KAC20213 直観

第三話 相棒が手首の上で呼んでいる

『ちょっと、ねえ! 聞いてるの! 応答してよ!』


 どこからか、声が聞こえる。

 どうしたんだよ、賢里さとり、そんなに叫ばなくても聴こえてるから、後五分だけ……。

 睡眠中にしては頭も背中も痛い……。

 まるで冷たい石畳の上にでも寝かされているような……。


 急に意識が明瞭になり、続けて右腕に強烈な痛みと熱を感じる。

 夢の中だと思っていた世界は目を閉じていただけで、ゆっくり瞼を開けてみるとそこは瓦礫に溢れた石の回廊。

 右手を持ち上げると、手首から先の重さを感じない。

 熱い何かが流れ続ける感覚。


 クソッ、奴らはどうなった?

 とりあえず自分の損傷より、先ほどまでの死闘の決着を確認するほうが先だ!

 俺はどれだけ意識を飛ばしていたんだ?


たかし! お願い、返事してよぉ!』


 左手首に着けている通信の魔道具から声が聞こえる。

 こいつはバカか! 俺が隠密行動してたらどうするつもりだ!


「生きてる! 状況確認したら連絡するから、次はバイブで発信してくれ!」


『隆……良かった……ってあんたこっちがどれだけ呼びかけと思ってんのよ! バイブなんかとっくに試したわよ!』


「あー、ちょっと意識が飛んでてな、それに」俺はちらりと右手を見る。


 出血がヤバいか? 見たところ、奴らの残骸が散らばってるだけで、稼働状態の個体は無い。


『……どしたの? 大丈夫?』


「いや、なんでもない。とりあえず北門の奴らは倒せたが、他の状況はどうだ?」


 俺は拡張ポーチから傷薬を取出し、右手首にふりかける。


「ツッ!」激痛と肉の焦げるような嫌な匂いと共に患部がふさがり、痛みも和らいでいく。


『東と西は陽動だったみたい、騎士団で対応できたよ。でも南がまだ、苦戦中らしい……モッドやケルクも死んだみたい……』


 守護騎士団七人衆のトップ2が死んだのか……。

 あらためて周辺を見回すと、俺と共に防衛に当たった序列3位と、4位、カルダラン兄弟が事切れていた。


「こっちも、カルダラン兄弟が死んだよ」


『王様からの要請よ、中央塔に戻ってきて』


「おい、南はどうするんだよ!」


 進入が確認された「侵攻者」の数は、この王城の最後の砦である中央塔を蹂躙する規模だと聞いていた。

 俺のいる北、東西が駆逐できたんなら、後は南を守ればいいじゃねーか。


『南は、三方の三倍の規模、それに、言語を話す上位種がいるそうよ』


 言語を話す上位種だと? クソっ、この期に及んでまだ俺たちに隠し事かよ。

 所詮は、無理やり召喚するような身勝手な連中だったってことか!


『それに、南は全滅したわ。たった今』


 カナルディ姫の持つ魔道具だろう。俺も着けている腕輪型の魔道具は、通信もできるし生体モニターとしても使える。


「じゃあ尚更、俺が南に行くしかねぇだろうが!」


『王様は、召喚を行うそうよ……中央塔の最上階、召喚の間さえ死守できれば逆転できるって思ってるみたい……私たち二人に、召喚中の姫の警護を』


「……俺たちの送還より、新しい戦力の召喚だと?……」


 今更、右も左もわからない地球人を一人増やしてどうなるってんだ!

 俺たちだって、ここまで戦えるようになるまで三年もかけたんだぞ?


『起死回生の神力に賭けるんだってさ』


 賢里の苦笑じみた声。俺たちが帰還するために溜めていた魔力を使うってことは、俺たちは、終わりゆくこの世界と運命を共にするってことだ。


「……すぐそっちに帰る」


 俺は傍らに転がっている、愛用の魔導銃と剣を見比べた。

 使える手は一つ。この選択が、結果を左右する予感がある。

 経験に促された直観で魔導銃を左手に持つ。

 元々、左手の魔導銃で牽制して、右手の剣で始末する。そんな戦闘スタイルしか知らない以上、左手で剣は振れない。


 走り出しながら、左手と腕輪の魔道具が飛ばされなくてよかったと思った。

 じゃなきゃ賢里さとりの事だ、姫の警護も投げ出して俺のところに来たかも知れない。

 そんな危険に晒さなくて良かった。

 あいつだけは、死んでも日本に返さなければ。

 それが、この滅亡を目前と控えた異世界で望む、たった一つの優先順位だ。


―――――


 物語で聞いたような異世界への召喚ってやつは、高校入学前のデート中の俺たち二人を選んだ。

 望んでもいない舞台へむりやり上げられ、それでも救いだったのは、王も姫も、この国全体が、とてもいい人たちだったことだ。


 外界からやってくる「侵攻者」によって、もうこの国しか残っていない惑星。

 地球人と同じ種を分けたこの星に住む人は、破滅の脅威から、禁忌である召喚を使った。

 後々調べると、召喚ってやつは、ずっと昔に星同士を結ぶワープゲートのようなものだったらしいが、異世界だろうが別の惑星だろうが、俺たち二人の状況は変わらない。

 俺たちが呼ばれた理由は、同じ種を起源として持つ人間同士でも、別の生態系、特に重力の影響により、この世界の人に比べ格段に強かったからだ。

 身体機能は二倍近い差があり、リアルで身体強化魔法を使っているかのような感覚を覚えた。

 その代り、地球には少ない魔力、マナってやつが豊富で、最初はそれの知覚やコントロールに時間がかかったっけ。

 今ではこの世界における科学の代用、魔道具、魔導武器などを十全に使えるまでに至った。

 更にこちらの人が言う「神力」

 スキル的な能力であるそれを、俺も、賢里さとりも持っていた。

 俺は身体機能を魔力で瞬間増幅できる「ブースト」

 賢里さとりは気配や意識を任意の場所に移動する「写魂(しゃこん)」ま、どちらも自分たちが名付けたわけだが。


 そして、俺たちは「侵攻者」と戦った。

 というより、「侵攻者」に対抗できる人はほんのわずかしかなく、俺たちは自分たちが生き残るために戦い続けた。


 「侵攻者」は、全長三メートルほど、六本足の外骨格を纏った蜘蛛のような姿。生物なのか機械なのかよくわからない存在で、人を殺し、家を破壊し、街を更地にし、人が生きてきた時間すら無かったことにしようとしてるみたいだった。

 奴らがどこから来て、何を目的としているのかはわからないが、専守防衛や戦争反対なんて主張は何一つ通用せず、意志の疎通すらできず、その暴力の前にわずかな抵抗を続けるしかなかった。


―――――


 中央塔、その基部ではすでに戦端が開かれていた。

 近寄る「侵攻者」に銃撃を与え、内包した魔力で爆散させる。ただ、貫通力は俺の魔力依存だ。トリガーのタイミングで魔力を込める、ブーストの応用のため、俺以外は魔導銃で奴らを倒せない。


「北はつぶした!」


 大量の「侵攻者」から塔への入口を守る近衛騎士団に声をかけながら走り寄る。


「タカシさま、異形が上に! ここは任せてタカシさまは上に!」


 任せることなんかできない。彼らは守りきれない。それを知っている。

 自分の無力さを歯噛みしながら、それでも、俺の優先順位を守るため、俺は螺旋階段を登る。


 身体能力にブーストをかける。

 思えば、自分を鍛えれば鍛えるほどこの効果は跳ね上がっていた。

 地球にいるとき、もっと体を鍛えておけば、彼らも守れただろうか?


 剣戟の音は最上階、召喚の間につながる広間から響く。


 王と、近衛騎士団最強の護衛セルデンと、体長五メートルほどの、まさに異形。

 六本足に加え、上半身のような部分にも二本の腕。


 頭に見える部分、そこに亀裂が生じ何やら奇怪な音を発する。


「タカシどの!早く召喚の間へ」


 王の言葉に、そんなに召喚が大事かよ!と毒づきながらも、賢里の待つ召喚の間へ飛び込んだ。


―――――


「隆!」


 観音開きにしては小さ目な扉が開いて駆け込んできた男は、私が待ち焦がれた人だ。

 素早く扉を閉め、姫がロックをかける。


「なんだ、この部屋……」


 隆の言葉は無理もない。私もついさっきそう思ったばかりだ。


「まるで、宇宙船か科学研究所よね……てか! あんたその右手!」


「ああ、ドジっちまった。そんなことより召喚は?」


「後、もう少しお待ちください」姫の声に、彼女の視線の先にある〝モニター〟を眺める。状況を表す緑のバーは、もう少しで100%に達する。


「時間がありません。二人はその円の中に!」切迫した姫の声に従う。


「いいですか、二人分の移動魔力がやっと溜まりました。私たちは最後までこの世界を救いたかった。お二人の力を借りて、でも、もうダメです……。せめて、あなたたちだけでもお帰しします!」


「ひ、姫は?」


「移動は生体二人分、それに、向こうへ送るには、誰かがこのボタンを押さなくてはいけないのです」


 姫は小さく笑う。私たちは何も言えずにいる。


「そんな顔しないでください。これは打算でもあるんです。あの異形はおそらく「裁定者」種の滅びを見届けるもの。そして次の目標を定めるもの。いつかあなたたちの世界も脅威にさらされるかも知れない。その時のため、あなた方が希望なのです。この国の仇を取ってくれる、それが私の直観……」


 ドンっ!という重い音と共に扉がひしゃげ、異形が入ってくる。

 頭の亀裂から風切り音のような音、警告か勧告のつもりだろうか?


 入口に近い姫に肉薄する異形に、隆の魔導銃が放たれる。

 最大のブーストを掛けたのか、異形の上半身が爆散しながら吹き飛ぶ。

 油断したつもりはなかったが、初めて見る尻尾のような器官が大きく弧を描き、ブーストの影響で硬直する隆を襲う。


 私はためらわない。

 この直観は何一つ間違っていない。

 私は彼を突き飛ばした。


―――――


 サトリは致命傷だったにも関わらず、放心した私をタカシと同じように転移陣に突き飛ばす。


「隆をお願いね」


 サトリはにこりと笑って起動ボタンを押す。


 私が知覚できたのはそこまでだ。


 気が付いてみれば、結局、タカシはショックで記憶を失い、私はそんな彼を抱え、見知らぬ街で途方に暮れていた。

 どこで歯車は狂ってしまったのだろう。私は何を間違えてしまったのだろう。

 

 でも、この知らない世界で生きなくちゃいけない。

 タカシもサトリも、召喚されてそうやって生きてきたんだ。


「今度はを、私が守る」


 私は抱きかかえた、子供のようなタカシと、左手首の魔道具に感じる、サトリのわずかな気配にそう呟いた。

 二人に託した直観を、いつか果たせるその日まで。

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