第13話 2017年 4月1日~2018年 7月31日② 作品出版会談
という訳で、僕はスーツにネクタイの営業マンスタイルで、東京都中央区のD社を訪問した。
八丁堀駅近くのD社は、白い外壁の自社ビルを構えていた。
玄関を入って受付嬢に表敬訪問の意を告げると、応接室に案内され、間もなくアポイントに応えてくれた部長さんが笑顔でやって来た。
部長さんは五十才くらいの紳士然とした人で、銀縁メガネをかけた、感じの良いおじさんだった。
…とりあえずお互いに挨拶や名刺交換をして、僕の方の会社で受けている業務の状況報告などをしながら軽く歓談する。
そして頃合いを見計らって僕の本題を切り出した。
「…ところで、御社の営業内容を拝見しましたが、印刷、出版と言ったところが主業務なんですね。実は私個人的にとてもその内容に興味を感じるんですが、具体的にはどういった物の印刷を受けてらっしゃるんですか?」
「はい、まぁ基本的にはお客様から依頼されたものですね。…ポスター、広告、タウン誌、個人依頼の記念冊子とか、そういったものが多いです」
部長さんがにこやかに答えた。
「…個人依頼の、って言うと、いわゆる自分史とか、小説などを自費出版したいと希望するお客様ってことですか?」
ここで僕は最も聞きたい質問をぶつけてみた。
「はい、その通りです。…自費出版に興味がおありなんですか?」
部長さんがメガネの奥の目をちょっとだけキラン ! とさせて言った。
「えぇ、まぁ…実は僕、旅行が好きでして、若い頃に国内のあちこちに行ったときの旅行記をいくつか書いたことがありましてね、やっぱりこう…自分で書いてみると、これが本になったら楽しいだろうな ! って思うじゃないですか?」
僕がそう言うと部長はさらに身を乗り出して来た。
「エッセイや小説は、お書きにならないんですか?」
「いや、書かないこともないですけど、素人の遊びみたいなものですから……せいぜいが仲間うちや同僚らに読ませて内輪受けをもらって喜んでるレベルですよ」
何だか逆に僕の方がだんだん気圧される感じになって来た。
「いや、それは素晴らしいですよ!…よろしければ一度、完成した作品の原稿を見せてもらえませんか?是非ともご相談に乗らせて頂きたい!」
部長さんはさらにキラリン目になって言った。
「う~ん…しかし例えば作品を印刷製本してもらったとしたら、やっぱり欲が出て来て、これを本屋に並べて販売してもらえないかな ! って話になるじゃないですか?」
と話を向けると、
「当然です!…実は当社は定期雑誌を出しているG出版社と提携してますので、そのルートで自費出版作品を全国の紀伊国屋書店さんに配本することが可能です!…つまり書店で販売してもらえますよ。良い作品で販売成績が良好ならば、増刷も出来ます!」
部長さんも盛り上がって来た。
「…しかし、素人の書いた作品が簡単に売れるものですかねぇ?」
「それはもちろん作品しだいです!…ですから一度原稿を拝見したいと申し上げてる訳ですよ」
部長さんはフッと冷静な顔に戻って応えた。
僕は会話が知りたい部分のところまで進んで来たので、最後に最も肝心なことを質問した。
「…実際に、作品を印刷して本にして、書店に配本してもらうとなると、費用はざっとどれくらいかかるもんなんですか?」
部長さんは手でメガネをちょっと直しながら「そうですねぇ…」と呟いた後、
「本の装丁にもよりますが、一般的な仕立てでやるとして…原稿チェック、打ち合わせ、印刷、製本、書店配本まで…ざっとで初版150万円くらいだと思います!」
僕の顔を見て言った。
(150万 !! ……う~ん、まぁでもそのくらいは妥当にかかるんだろうなぁ)
心中の動揺を顔に出さぬようにして、無理に笑顔を作りながら僕は部長さんにお礼を言って席を立った。
「わかりました。…本日はお忙しいところお時間頂きありがとうございました。自費出版のお話、たいへん参考になりました。自分の作品を今一度チェックして、考えてみたいと思います。…まだお話したいところですけどこの後、他のお客様に伺う予定がありますのでこれで失礼します」
…ということで僕はD社を後にした。
会社に戻り、自分のデスクに腰を下ろした僕は、ついついため息が出てしまった。
「150万かぁ…… ! 」
うっかり呟いた言葉に、隣席の事務職女子が反応した。
「何が150万なんですかぁ?…」
…仕方なく、僕が先ほどのD社の部長との会話の件を話すと、
「やっぱり作家になるって大変なんですね~!…森緒さん、150万払って本出すんですかぁ?…書店に出たなら私一冊買いますよ!」
と言うので、
「そんな訳無いでしょ!…150万なんてお金持ってません !! 無理です」
と即答した。
「やれやれ…自費出版も無理、文学賞に当選するのも絶望的、宝くじでも当たらない限り本など出せない!…せめて僕の作品を何とかいろんな人たちに読んでもらう方法は無いのかなぁ !? 」
…最後に愚痴ってしまった僕だった。
…ところがその翌日、出勤した僕にその事務女子が目をキランとさせて寄って来た。
「森緒さんの小説、いろんな人に見てもらう方法、見つけましたよ!」
…僕は唐突なことに驚いて固まっていた。
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