第9話 2016年 6月10日~7月20日 放射線とシン・ゴジラ ①

 僕たちは仙台南インターから東北道に乗り、本格的に帰路についた。

 …途中、福島県郡山ジャンクションから磐越道に入り、いわき市に向かう。

 家に帰る途中、2ヶ月ちょっと前に御座敷列車でアンコウ鍋を食べに行った小名浜港の状況を見たいと思ったのだ。


 …いわき湯本インターで高速を降りて、スパリゾートハワイアンズを右手に見ながら県道14号線を東へ向かい、一般道を15分ほど走ると、小名浜港に着いた。


 まだ震災から2ヶ月足らずの小名浜港は、正直言ってガタガタな状況って感じだった。

 港内の道路はあちこちヒビ割れ液状化の跡がはっきりしていたし、砂混じりの土砂が積もった立ち入り禁止の柵に囲まれた空き地が、広大な面積で残されていた。

 実は御座敷列車ツアーでアンコウ鍋を食べた割烹がどうなっているか気になっていたんだけど、もはやそれがどこかなのか見つける気持ちもなくなっていた。


「………………… ! 」

 僕たちは車から降りることもなく、無言のまま小名浜港を離れた。

 …結局、その後はいわき勿来(なこそ)インターから常磐道に乗り、まっすぐ家に向かった。

 常磐道は勿来から南へ向かうと、しばらくの区間はトンネルが連続する山間部を走る。

 最後の日立トンネルを出ると急勾配を下って常陸太田から先は広大な関東平野を進む訳だけど、広がる茨城県の景色の中、ほとんどの家屋はまだ屋根にブルーシートを被っていた。


 …しかし、被災した人々はその後、一年、二年、三年と、粘り強く自分たちの土地を街を少しずつ立て直して行った。

 家屋敷は屋根のブルーシートを外して崩れた瓦を直し、寺社霊園は倒れ落ちた墓石を直し、鉄道会社は流された線路鉄橋を直し、東北の人たちは廃墟となった街の瓦礫や破片を片付け、新しい街を造って行った。

 その多くの人が、家族身内友人同僚らを失なった悲しみを乗り越え、全く変わってしまった生活に戸惑いながら、復興への努力を積み重ねて行ったのだ。

 そうしたことはその後のニュース報道で、徐々に伝えられて行った。


 だがしかしそんな中で、どんな努力や希望や信念をもってしても、どうにも出来ぬことが残念ながらひとつ残った。

 それは原発事故の放射線による汚染問題、帰宅困難エリアが未だに残置されている問題である。

 このエリアの人たちは、住んでいた町自体を失い、現在も見知らぬ場所の仮住まいを余儀なくされているのだ…。



 …そして東日本大震災から5年の月日が流れた。


 関東首都圏エリアではほとんど震災の爪痕も消えて、すでに人々は以前と変わりなく暮らしていた。

 2016年6月、僕は毎年楽しみにしている恒例のさくらんぼ狩りへ出かけるため、山形県寒河江市に向かおうとしていた。

 僕の自宅から車で寒河江に行く最も一般的なルートは、東北道を北上して宮城県の村田ジャンクションから山形道に入って、奥羽山脈を越え寒河江インターへ…といったところである。

 しかし震災から5年が経過した現在は常磐道も仙台まで全通、原発事故後不通となっていた福島県浜通り区間も通行出来るようになっていたので、今回はこちらのルートで行くことにした。

 常磐道を宮城県の亘理インターで降りて一般道を少し走れば村田インターから山形道に入れることを地図で確認して、6月10日金曜日の夜、僕たちは自宅をスタートした。

 …流山インターから乗った常磐道は、5年の月日の間にすっかり修復され、路面のヒビ割れや段差も直されて快適なドライブ感を取り戻していた。


 夜の8時過ぎに出発して快調に車を飛ばして行った僕はしかし、さすがに途中で睡魔に襲われ、さらに天候も崩れて路上に霧雨が舞い、前方の景色がモヤって来たので運転を諦め、四ツ倉パーキングエリアに車を入れて停めた。

 助手席のマキがすでにどっぷりと眠っているのを見て、ぼくもシートを倒してそのまま睡魔に身を任せて行った。


 …目覚めたのは朝の6時少し前だった。

 昨夜の霧雨は止んでいたけど、相変わらずの曇り空の下、何となくモヤがかっているようなヒンヤリとした天気だった。

 僕は外に出て大きく伸びをして、トイレを済ましてから再び車を発進させた。

 さらに北へ常磐道を走ると、道路脇に黒い電光掲示パネルが立っているのが見えた。

( 気温計かな?…)

 そう思いながら通り過ぎようとした時、再度パネルを見たら「ただいまの放射線量」という表示になっていた。

「うわぁ…!」

 思わず僕とマキが小さく叫びながら道路周りの田園風景を見ると、あちこちに黒いシートを被った塊が残置されていた。

 帰宅困難エリアの町村に入ると、緑の中にぽつぼつと点在する明らかに空き家と思える家屋は、もはや雑草の薮の中に埋没していた。

 放射線量パネルは数キロ毎に現れ、黒シート塊と薮埋没家屋が連続する景色はしばらく続いた。

 何だかこの静かに異様な風景は、不謹慎ながら僕にはまるで現実感の無い、SF映画のように見えた。


 …僕は車のアクセルをやや強く踏み込み、速度を上げて常磐道を走り抜けて行った。























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