第6話 2011年 3月12日~3月27日 ④ 定善寺
国道245号線に出て那珂川を渡り、国道51号線へ右折して僕たちはお寺に向かう。
…定善寺は水戸市街の東側、周りを木立ちに半ば囲まれた静かな丘地にある。
国道から左折して田園の中の路地を進み、ほどなくして車はお寺の駐車場に到着した。
「えっ !? ……」
本堂や寺務所に隣接して墓所がある定善寺だが、目に入って来たその墓所の有り様を見て僕とマキは思わず声を漏らしていた。
敷地内の何十基という墓石は、全て倒れたり、台座の石から地面に落下していたのだ。
「…これは、思ったより酷い状況だなぁ!」
「…お墓参り、どうしよう?…」
お彼岸休みということで、マキの母親のお骨も納められているこの墓所には当然お参りするつもりで来た僕たちだったが、目の前の惨状に半ば茫然と立ち尽くしていた。
…結局、僕たちはお線香やお花を上げることは諦め、お墓に手を合わせて簡単な挨拶だけすることにした。
しかしそれだけでも、さほど広くはない墓所の敷地内ながら足元にバタバタと倒れている墓石を跨いだり避けたりしながら進まねばならなかった。
…何とかお参りは済ませたものの、お墓がこんなにも地震に弱いものだと、この時初めて思い知らされた僕たちだった。
水戸南インターから高速に乗り、僕たちは帰路についたが、車中では今日一日のうちに見た景色を振り返り、あらためて今回の地震の強さと被害の大きさを身近に感じてショックを引きずったままだった。
あの惨状がテレビニュースにならないのは、もちろん三陸や宮城福島の被害がとんでもなく大きかったからだとは思うが、それにしても茨城県のダメージも想像以上だ。…これがニュースにならないなんて、実際に今日来て見なければ全く認知されないことだった。
この時点ではすでに今回の地震や津波などの一連の災害に「東日本大震災」という名称が正式につけられていたが、関東首都圏の茨城県の今日実際を見てきた僕は、政府やマスコミの対応など含めて、
「16年前の阪神淡路大震災の時の教訓が全く生かされていないなぁ… ! 」と正直思った。
「だけど、とりあえず伯父ちゃん家が無事で良かったわ…」
ハンドルを握る僕に、マキが顔を向けて言った。
…フロントガラス前方には、路面に入った亀裂の補修跡が目立つ常磐道に西日が眩しく反射していた。
東日本大震災は、後々分かったことだが関東地方にも多大な被害をもたらしていた。
地震被害としては、私の居る千葉県などにも、例えば浦安市の住宅地が液状化によって地盤がガタガタになったりしたし、津波被害としては九十九里浜沿岸の漁港が壊滅的にやられていた。
九十九里浜特有の海岸線沿いに続く長い緑の松原も全て津波に呑まれて消滅してしまっていた。
しかし、こういった事実もテレビニュースなどではほとんど報道されなかったので、同じ県内に居る僕たちでさえこの当時知らなかったのだ。
…それでも、日にちが経つにつれ、関東首都圏では徐々にガソリンや電気や日常物資の供給も安定して行き、僕たちの暮らしも元に戻っていった。
テレビ放送などもまた、控えられていた深夜番組とかも流れるようになっていった。
その後、気がつけば茨城県や栃木県など関東近郊の田園風景の中にはどんどん太陽光発電のパネルが目につくようになった。
これはもちろん原発事故の影響が大きく報道された結果によるものである。
さらに海岸近くの丘や、地方の山の中には風力発電のプロペラ塔なども多く見るようになっていった。
この大震災を機に、急に脱原発の動きが始まった感じである。…元々、発電効率の良さや、火力発電所などより断然燃焼排気ガスが少ないことから原子力発電が推進されて来た訳だけど、施設が破壊される事故が一度起きると、爆発や有害放射線による汚染が広範囲に広がるリスクを抱えるものであることは誰もが認識していた。
ということは、エネルギー生産についてはリスクを伴う効率重視から、多少効率は悪くても危険の無い安全性を選択する方向へ向かって行く第一歩を踏み出したと言える現象かも知れない。
その後、実際に世間ではエネルギーや物資産出について「持続可能な…」というフレーズがよく使われるようになって行った。
だが、原発事故の影響は長く福島県の太平洋岸 (通称浜通りエリア) に残り、しばらくの期間国道6号線もJR常磐線も常磐道も不通の状態が続いた。
強制的に避難を余儀なくされた住民の方々も、なかなか現地に戻れる人は少なかった。
その他のエリアでも、津波に襲われた街などでは復興への道のりは果てしなく困難に満ちていた。
僕は震災のその後を断片的に伝えるテレビニュースでそれを見聞きするだけだったが、映像に写った被災地の人の姿に対し、とても「頑張って!」などと安易に言える空気ではなかった。
ところが、ゴールデンウィークが近くなって来た頃、テレビの特集の中で宮城県から、僕とマキの心を動かすニュースが飛び込んで来たのである。
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