第2話 2011年 3月11日 震災当日

 その日、僕は同僚の中嶋くんと千葉県松戸市内の現場へ作業に出ていた。

 僕の勤めていた会社は、建物の給排水設備のメンテナンスを主業務としていて、その日の仕事は一戸建てのお客様の敷地内に埋設してある排水管の一部改修工事だった。(古くなった配管が劣化により部分漏水した所を塩ビ管に交換するだけの簡単な工事である)

 …午前中に地面の掘削、旧排水管の撤去を行い、午後から新規配管工事を施工、あとは管の埋め戻しだけという状況になり、僕と中嶋くんは途中休憩を10分ほど取った。

「この分なら、4時くらいには終わりそうだな…」

「そうですね、順調に行って良かったです」

 などと言いつつ缶コーヒーを飲みながら一服する。


 再び仕事に戻って手にスコップを持った時、地面が揺れた。

「地震だ!…大きいな !! 」

 庭の木がユサユサと枝をしならせて震えるのを見て僕がそう言うと、中嶋くんはすでに現場から家の前の道 (住宅地の私道) に駐めた車の所へ逃げていた。

「森緒さん!軒下に居たら危ないですよ !! 上から何か落ちて来たらヤバい」

 中嶋くんが叫んだので僕も

「えっ、そう !? 」

 と言って建物を離れて車のところまで出て行った。

 直後にさらに激しい揺れが来た!

 車は前後左右にぐわんぐわんと揺さぶられ、僕たち2人はその車につかまりながら周囲を見れば、住宅地の電柱がユッサユッサと勝手に動いて電線は大きく波打っていた。

「うわ~っ !! 何ナニ?何これっ!」

 すると工事宅のご主人が叫んで玄関から飛び出て来た。

「地震のようですね… ! 」

 僕がそう言うと、

「いや、それは分かってる!…デカイだろ、揺れが !! 」

 ご主人が興奮気味に叫んだ。

「でもこれ、ユサユサ横揺れですよね、…ひょっとすると震源地は遠方で、相当な巨大地震かも知れないですよ」

 僕はにわか知識を頭に思い浮かべながら言ってみた。…確か直下型地震の場合ならいきなりズドンと突き上げるような縦揺れが来るはずだ。


 …とりあえず揺れがおさまったので工事を再開して、ほぼ予定通りの時間で終了。

 その後2人で会社に戻ると、幸い事務所での物的被害はほとんど無かったが、社員のみんなはザワついていた。

「さっきの、東北地方の太平洋岸に凄い地震が来たらしいですね!」

「大きな津波が来て、街が壊滅とか…ニュースで!」

 …口々にそんなことをみんなで言っていたけど、僕たちの現場職事務所にはテレビは無く、それぞれ携帯電話のニュース記事や作業車のカーラジオで聞いたニュースで知った情報からの言葉だった。

「…森緒さんの推測、当たりましたね」

 中嶋くんが僕に顔を向けて言った。

「松戸市であれだけ揺れたんなら、震源近くの街はどうなったのか?…まさか本当に壊滅した訳じゃないだろうけど…」

 僕がそう応えると、事務員の女子から業務連絡が来た。

「本社からの連絡です!作業を終えた社員の方はすぐに帰宅してかまいません、とのことです!タイムカードには手書きで定時の退勤時刻を記入して帰って下さい!…交通機関に影響が出ているかも知れないので、充分注意して帰宅するようにお願いします!…以上です」

(…確かに大きな地震だったけど、何だか大変なことになって来たなぁ… ! )

 僕は今さらながら激しい胸騒ぎを覚えながら、通勤の足である原付モンキーに跨がって家路を急いだ。


 家に着くと、妻マキがひと足早く帰宅していた。

「食器棚のものとかが倒れたり落ちてたりしたけど、大したこと無かったわ!」

 マキの報告にひとまずホッとしつつ、テレビをつけると、各局ともこの地震のニュースでわたわたしていた。

「…岩手県、宮城県の三陸沿岸への津波は10メートル~15メートルの高さに達し…」

 画面上のキャスターがそんなことを言っているので、

「おい、嘘だろ !? …ニュース原稿の読み間違いだろ? 10~15メートルったら、3階~6階のビルくらいの高さだぞ!」

 思わず画面に言葉を返すと、

「でも私、さっき会社の休憩室のテレビを見たけど、そうとうな揺れだったみたいよ!宮城県とか…、それと、震源地が海底だったから、今までにない津波が来るって言ってた」

 マキが応えた。


 その後、テレビはこの地震のニュースばかりになり、東北地方太平洋岸エリアの被害状況が徐々に明らかになっていった。

 …驚いたことに、10メートル~15メートルの津波が来たというのは事実だった。

 どうやら本当に三陸沿岸の街は壊滅的な状況になっていたのだ。

 三陸沿岸エリアは、昭和初期の時代にも巨大な津波に襲われ、多くの街が被害を受けた歴史があり、その後港の外側に海が見えないくらいの高い防波壁が造られた所もあったが、今回の津波はそれをも呑み込んで押し寄せて来たのである。

 僕たちは被害地の惨状に言葉を失うほどに驚いたが、しかしそれでも東北地方には僕とマキの親戚身内が居ないので、正直同情はしても他所事という感覚でこの時は見ていた。


 しかしそれは大きな間違いだったのである。











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