2011年 3・11からのカクヨム
森緒 源
第1話 2011年 2月27日 震災前の休日
松戸駅構内のびゅうプラザにて申し込みしていた、いわきへの御座敷列車ツアーの予約が取れたので、僕は会社の同僚らと四人で喜んだ。
同僚と言っても僕以外の三人はウチの会社の時給パートのお姉さん方で、やはり「一度は御座敷列車に乗ってみたい!」という思いでこのツアーに参加したのである。
…という訳で2月27日の朝、僕たちはJR常磐線松戸駅の下り線ホームに集合した。
朝8時を回って定刻にやって来た列車はシックな濃い茶色の車両で、四人で乗車すると、車内は畳敷き、テーブルに座椅子が用意された車室はまるで日本旅館の広間みたいな感じだった。
「あら、良いわねぇこれ、普通の電車より断然寛げそうじゃない」
お姉さん方はそう言いながら車室の端で靴を脱いで指定の席…というかテーブルの座椅子に腰を下ろした。
…始発駅の上野からやって来た御座敷列車は僅かな揺れとともにゆっくりと松戸駅を発車して、僕たちは手荷物を畳の上に置いて寛ぐ。
「みんな、朝御飯食べて来た?…私、おにぎり作って来たから食べて!お漬け物も少し持って来たからね」
座椅子に落ち着くと、料理好きのタマコお姉さんがそう言ってテーブルの上にタッパーに入った食べ物を出して来たので、車窓に流れる景色を見ながら四人で頂く。
こうしてみると、本当にここは「動くお茶の間」だ。
利根川鉄橋を渡って茨城県に入ると、風景は冬枯れの田舎そのものになり、乾いた田んぼやらその向こうに見える筑波山、チラリと流れる牛久沼の水面、林の木々…時々現れる建て売り住宅の街並みなどが車窓を通り過ぎて行く。
しかしそんな珍しくもない風景も、動くお茶の間の窓から見ると、まるでいつもの通勤電車から見るものとは味わいが全く違って感じられた。
朝のうちは曇り空で肌寒かったけど、列車が水戸駅を過ぎたあたりからは日が射して来て、暖房の効いている車内は温かく、薄っすら眠気を覚える。
列車の旅の良い点は、何と言っても車やバスと違って自由度が高いところだ。…寝てても飲み食いしててもダラダラしてても必ず時間通りに目的地に連れてってくれるし、トイレも好きな時に行ける。
…って訳で僕は座椅子にもたれてお茶を飲んだり畳に寝転んだりしながら車窓を眺めていると、日立駅を過ぎてから右手の窓に太平洋の海原が見えて来た。
レールと海岸の間には国道6号線が走っていて、並行して走る乗用車やトラックなどをスルスルと列車は追い抜いて行く。
ちょっとテンションの上がる風景である。
…やがて線路は海から離れ、いくつかの街を通り過ぎ、福島県に入ってまだ冬枯れの雑木林の中を抜け、松戸駅から所要2時間半余りで列車はいわき駅に到着した。…列車自体はまだ先の相馬駅が終着だが、僕たちのツアーはこの駅で下車である。
「何だかあっという間だったわねぇ、お座敷列車… ! 」
お姉さん方が名残り惜しそうに呟きながら四人でホームに降りて改札口を出ると、駅前には観光バスがツアー客を待っていた。
今日の日帰りお座敷列車ツアーの目玉は、もちろんお座敷列車それ自体もそうだが、さらにこの後小名浜に移動して港の割烹で「あんこう鍋」をいただくことになっている。
「お座敷列車&いわき路あんこう鍋ツアーの皆様、本日はいわき市へようこそお出で下さいまして、まことにありがとうございます」
他の大勢のツアー客とともにバスに乗り込むと、ツアーコンダクターのお姉さんがそう言って僕たちを迎えてくれ、間もなくバスは発車した。
今日のいわき市は風が少し強かったけど、日射しは温かでまずまずのツアー日和だった。
市街を抜けて、バスは乾いた田園の中を走り、陸前浜街道沿いの大きな土産店に寄ってから、丘の木々の間をしばらくの時間走って小名浜港へ到着した。
バスを降りると、港近くの大衆割烹の店に案内され、座敷にぞろぞろと上がると、テーブルの上にはカセットコンロと土鍋が用意されていた。
…あんこうの魚肉はコラーゲンたっぷり、あん肝はまったり濃厚…鍋を美味しく頂いた後は港でしばしのフリータイム。…好奇心旺盛お買い物好きなミサヨお姉さんはさっそく漁港脇の海鮮物産販売店舗 ( いわき ら・ら・ミュー ) へ、タマコさんともう1人のメンバー、マコさんを連れてずんずんと歩いて行った。
…などなどいろいろお土産も買ってエンジョイした日帰り旅の最後はまたバスでいわき駅に戻り、相馬から折り返して来た上りのお座敷列車に乗って松戸へと帰った。
そんな楽しかったその場所が、それから半月も経たないうちにあんな無残な姿に変わってしまうなんて、この時の僕たちは誰1人として全く想像も出来なかった…。
そしてついに日本に3月11日という日がやって来た。
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