TRANIMAIN

最早無白

TRANIMAIN

 最期を迎えた生物は身体を切り離し、魂は次なる居住先を探しに現世を彷徨う。


「どこだ……身体……」「早く見つけないと……」


「ちっ、また入ってるじゃねぇか! 死んだ目ぇしてんなよ紛らわしい!」


 ほらね。普通の人間には見えないし聴こえないだけで、実は魂達は次の住処を探しているんだ。あ、『霊感がある』なんて言ってる人に認識されるくらいかなぁ。夏場にテレビですごい取り上げられるやつ。簡単に言えばアレだよ。

 え? なんで身体を探してるかって? そりゃあ実体がないと美味しいものも食べられないし、趣味も満足に楽しめないからだよ。


 でも一番は『次のチャンスがある』こと、かな。今の人生に満足できてなくて、せめて来世は幸せに暮らしたいなぁって思う魂が多いんだよ。

 だからマンガやドラマでも『タイムスリップ』とか『異世界転生』みたいなジャンルが流行ってるんじゃないかな。あくまで予想だけどね。


 そんな感じで現世に溢れかえっている『はぐれ魂』をあの世に連れていくのがこの魂の列車、『トラニマイン』だよ。黒くてピッカピカでカッコいいんだよ。

 ――僕? 僕はトラニマインの運転手なだけだし、名乗るほどのものじゃないよ。

 じゃあ、そこにいる魂を乗せますか。あの世行きの切符をあげるのも仕事だから。


「どこだ……身体……」


「もしもーし、そこの魂さーん!」

 

 まずは呼びかけ、穏便に済ませたいからね。


「ん、あなたは?」


「あの世行きへの運転手、かな」


「あの世って……俺は次の身体を探したいんですけど」


 わざと信じがたいことを言って、ワンクッション置く。話の主導権をとった所で、トラニマインの説明をするんだ。大体の魂は理解してくれて素直に乗ってくれるけど、今回はどうかな。


「ごめんね、もう少し詳しく説明するね。僕は現世で居場所を探している魂を、あの世へと連れていく列車の運転手なんだ。あの世で十年くらい待てば、君はまた現世――君にとっては『来世』に戻ることができるんだ」


「十年って……そんなに待てませんよ! 俺は、仕事で重大なプロジェクトを任されているんです! それが上手くいったら、うちの会社は今よりもっと大きくなる! このチャンスはもう来ないかもしれないんですよ! それを、十年だなんて……!」


「落ち着いて。認めたくないかもしれないけど、君はもう死んでしまったんだ。もう『君』という存在が戻ることはないんだ。君が早く身体を見つけて業務に戻りたい気持ちは分かるけどね」


 志半ばで死を遂げた魂も一定数存在する。仕事、ということは今回の依り代は人間だったんだな。辛い気持ちは痛いほど分かるが、僕は『魂をあの世へ連れていく』だけで、『居住先を生き返らせる』ことはできない。

 あの世への片道切符しか、手渡せないんだ……。


「だけど考えてみて。もし君が今とは違う身体で出社して、自分の企画を説明したとしたら……それは世間的には、社外の人間がプロジェクトの内容を知っているってことなんだよ。もっと簡単かつ深刻に言えば、『社内の情報が漏洩した』……。自分の頑張りを、自分で潰す気かい?」


「確かに……。じ、じゃあ! 俺という存在は本当にいなくなったんですか? ――って、あなたが来たのが何よりの証拠ですね……」


「うん……。じゃあこれ、あの世への切符だよ。でも乗るのは今じゃなくていい。プロジェクトの完成を見てからでも、この切符さえあれば僕が君を乗せてあの世へ連れて行ける。君の判断に任せるよ」


「いや、今乗せてください。できあがったモノに俺の思いはもう入れられませんから。だったら十年でも百年でも待って、俺の思いが全て詰まったモノを一から作りますよ……!」


「そっか。じゃあ乗せるね」


 僕が指を鳴らすと、トラニマインがその場にやってくる。厳密に言うと『出す』が正しいかな。要はその場に現れるんだ。

 切符を預かり、魂を乗せる。僕にとってはいつものことだけど、その魂には彼ら彼女らのエピソードがあるんだよね。これだから魂っていうのは面白いんだ。

 

 おっ、また迷える魂がいたね。てことで、助けあげるとしますか……。


「どうしたの? ってアワアワしてないで、とりあえず落ち着いて」


「おぉ、トラニマインの運転手! ちょうどよかった。俺を早くあの列車に乗せてくれよ! あの世に行きたいんだよ!」


「おーおー。僕のことを知ってるってことは、前世の記憶を引き継いでる魂か……。ならなんでそんなに慌ててるのさ?」


 妙だ。僕やトラニマインのことを知っているのなら、何も急がずただ待っていればいい。いつかの仕事に情熱を注いでいた人間の魂と同じような境遇で、身体が命を落としてしまったのか?


「うるせぇ! いいからさっさと乗せてくれ!」


「説明もなしにいきなり乗せろだなんて……君は礼儀の一つも知らないのかい?」


「説明は後だ! 早く!」


 どうやら建設的な話はできなそうだ。ただ一つだけ分かったことは、この魂はということ。つまり­­……。


 僕は現世で起こっている事象を可視化し、辺りを見渡してみる。ああ、やっぱりそうだ。

 そこには生命としての機能を失った身体いれものが二つ転がっていた。一つは腹部、もう一つは首に深い切り傷。

 恐らくこの魂は、現世で過ちを犯したとしても、死んであの世さえ行けば『十年待つことで新しい生活を送れる』とでも思っているのだろう。


「悪いけどこのままでは、君をトラニマインに乗せることはできない。忘れてたのなら申し訳ないけど、現世と同じようにこの列車にもいくつか決まりがあるからね。例えば、『どんな生涯を送ってきたか分からない魂を、みだりにあの世へと届けるわけにはいかない』とか。──あえて訊こうか。君がその生涯を共にした身体は、一体どっちなんだい?」


「──首に傷がある方だよ。この女とちょっとしたことで口論になって、ついカッとなっちまって……台所にあった包丁で刺したんだ。それで、このまま逮捕されて不自由な暮らしをするくらいなら、ここで死んでお前にあの世に連れて行ってもらえればいいんだってな……! そうすりゃ十年後にまた一からやり直せる! だから頼むよ!  俺をトラニマインに乗せてくれよ!」


「はぁ……君は本当にバカだね。そもそも死んでるんだから、警察に捕まることなんてありえないのに。死に急いでやり直そうったって、誰も君のことなんか見てないよ。自意識過剰だね。ああそれと、君に切符を渡すことはできない」


「説明はちゃんとしただろ! なんで乗せてくれないんだよ! 運転手なんだろ?」


「もう……って言ったじゃないか。じゃあもう一例、『過ちを犯した魂は、トラニマインの燃料となる』」


「そ、それって……うあぁぁぁ! やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!」


「おいおい、リアクションが大きいな。身体はないんだから、痛みも何も感じないはずだよ? それに良かったじゃないか、君はトラニマインに乗れるみたいだよ。。でもやり直しは利かないね。君がカッとなって、人間においてのルールを破ったのが悪いんだ。仕方ないよね?」


 彼はとうとう悲鳴を上げる気力すら無くしてしまったみたいだね。僕としては、これまた面白いエピソードが聴けたから結果的には良かったのかな。

 現世の魂はちょっとした決まりごとも守れないやつらばかりだからなぁ。本当はこんな列車、今すぐにでも廃線になった方がいいんだけどね……。どうやらそうもいかないんだ。人間が居住先だった魂達が、少し前までドンパチやってたから、ね?


 あ、ちなみにあの世まではほんの数秒で着くよ。ただし、この列車に乗れるのならね。

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TRANIMAIN 最早無白 @MohayaMushiro

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