お題7 21回目 『白騎士と黒騎士』

 崩れたビルから排煙が立ち上り、夕焼けに染まった空には真っ黒な雲が漂っている。


「本当に行くのか…新田?」


 新田と呼ばれた男は、両腕にガントレットを装着しながら振り返った。


「ああ、止めるなよ本郷。アイツを止めるのは俺の役目だ」


 本郷は砕けたコンクリートの上に腰を下ろし、口に咥えたタバコから白煙を撒き散らした。


「…俺に鎧の適正があればなぁ…」


 ガントレットに埋め込まれた宝石が緑色の光を放ち点滅する。それは接続の完了を告げ、戦いに赴く準備が整った証だった。


「この戦い…勝っても負けても生きては帰れないだろう。……後の事は頼む」


 新田は本郷に別れを告げると、倒すべき巨悪となった曽ての親友を目指した。


 目標を捕らえるまで、長い時間は掛からなかった。悲鳴と絶叫が響く場所にあいつはいた。


「探したぞ…混相こんそう


 一見、人畜無害に見えるこの男は、生物の遺伝子を弄んだDNA研究者であり、これまで数多くの人間を怪物に作り替えて世に放った犯罪者。


「…新田か。見ての通り…また失敗だ。この方法で上手く行く可能性は低かったが、他の可能性に賭けるには時間が足りなかった」


 火の手が上がり、黒煙と瓦礫が辺りを埋め尽くす最中、混相は呆然自失に語る。


「混相、なぜこんなマネを?」


 白衣を纏った男はギロリと新田を睨みつけ、興奮した様に大きな声を響かせた。


「決まっているだろう…世界を人類を救う為だ!!」


「周りを見てみろ混相!」


 瓦礫の山となったビル。


 未だ燃え尽きぬ大火。


 足を引きずり、血と涙を流し助けを求める人々。


 逃げ惑う民衆を追いかける遺伝子を改造された元人間ミュータントたち。


「これのどこが人類の為だ…グリッター、アーマー展開!」


 ガントレットを構え、新田は荒々しい口調で叫ぶ。


命令Bestellung,承認Genehmigung外装骨格Exoskelett同期Synchronisieren 開始Start


 ガントレットに装着された宝石が輝き、白い線が新田の前身に絡み付く。


「変身!」


 その声に従って宝石が激しい閃光を放ち、新田の体が見る見る内に覆われた行った。


展開Einsatz完了FertigDer einzige 何者にもStolz, dass niemand 染められないfärben kann, ist誇りだけが、 Ihre Gerechtigkeit. 貴方の正義となる。


  純白の鎧を身に纏い威風堂々と佇むその姿は、闇に沈みゆく街を照らし、未来を掴まんとする希望の象徴。


「ヴァイスリッターか…分かっているのか?」


 混相は悲嘆の表情を浮かべながら、新田に語り掛ける。


「ああ」


 ただ短く。


「…21回目なんだぞ?」


 自分の真意を告げた。


「お前を止められるなら、この命なんて惜しくはない。…心配するな。一緒に逝ってやる」


 十年前――、迫りくる異星からの侵略を予言する奇妙な石が地球に降下した。遥かな高みから現れた石には、人類に対するメッセージが記録されていた。それは正しく宣戦布告であった。


 メッセージを解読した学者すら迫る危機を信じようとはせず、子供の考えた暗号ゲームだと勘違いをするあり様で、もしかしたらと備える人間がどうかしている。


 自分の新しい研究課題を探していた大学の研究員が、この石を調べ始めた事で事態は動いた。石の表面を成分分析した所、大気圏突入時の摩擦と同程度の火力で焼かれている事が分かった。隕石ならば当然の事だが、焼かれていたのはメッセージが刻まれた石の内部だった。


 それは文字を掘ってから隕石が落とされた証拠だった。


「…わかった。シュヴァルツグリッター!」


 誰に報告しても信じて貰えなかった研究員は、独自に異星人が対話を考えるだけの武力を求めた。


承認Genehmigung外装骨格Exoskelett同期Synchronisieren 開始Start


 三人の研究者は、それぞれの分野で対抗手段を求めた。


 本郷は電子工学を。


 新田はロボット工学を。


 そして混相は、遺伝子工学に。


「変身…っ!」


 やがて出来がったのは、騎士甲冑をモチーフに作られたパワースーツだった。プログラムの制御が不完全な所為で、自分達の遺伝子を改良しなければ体が持たない程のパワーが装着者の体を傷つけた。


 しかし、遺伝子ドーピングを施したとしても直ぐに限界が来るのは分かり切っていた。無事でいられるのは、凡そに十回程度だろうと。


完了FertigIch suche Licht jens暗い闇の先にeits der Dunkelheit光を求めて


 混相はその身体に漆黒の鎧を纏って、ヴァイスリッターと向き合う。


「シュヴァルツリッター、装着完了」


 混相は仲間を裏切ったのではない。刻まれたメッセージから、時間的猶予がない事を彼は知っていた。ただそれだけだった。


「混相おぉぉオォ!!」


 人類を救う英雄騎士たちの無意味な戦いが。


「新田ぁアアァぁ!」


 始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る