死体屋
『拝啓。お父様。お母様。如何お過ごしでしょうか? ふと学生時代の事を思い出して――落ち込んでいます。学業や魔導に専念しすぎて、普通の令嬢が送るような日々を送っていませんでした。友達と談笑とか、一緒に食事をしたり、パーティーに参加したり。ほとんどというか全くした記憶がないのです。俗に言う灰色の青春です。だからメイリンに隙を突かれてキーファ様を寝取られてしまったのでしょう。個人的にはメイリンが他の男と関係をもって修羅場に発展して刺殺事件になったら爆笑しながら見たいとは思ってますがね。まぁそれは良いのです。ある人の墓を作っていると、学生時代に交流があったトワ様の事を思い出したのです。トワ・コールド・タナトス様。帝国の主に貴族の死体検案や葬式に埋葬まで一手に引き受けているタナトス伯爵家令嬢。一部の学のないバカ貴族は「死体屋」と蔑称で呼んでますが、死後の事を考えているのか疑問ですね。私は死ぬつもりは無かったのですが、タナトス家に神代より伝わる魔導秘術を体験したくてトワ様に、私が死後の死体に関しては全てトワ様に任せると念書をしたためていたので、きっとトワ様が仕切ってしてくれたと思います。で、何を言いたいかというとですね。タナトス家に伝わる門外不出の魔導秘術。それがどのような魔法か聴きそびれていた事を思い出してしまったのですよ。一族の者が口伝でしか継承されない魔法らしくて、まさかこんなに早く死ぬとは思ってなかったので、結局は聞けずじまいでした。施してくれたとは思うのですけど、どんな魔法なのか。興味ありませんか? 私はあります。凄く気になって夜も寝ることができません。骨なので睡眠自体がないのですけどね!
アリア』
※※※※※※※※※
帝都から半日ほど馬車で走らせた場所にある国営墓地。ここには主に罪人や身元不明者の死体が埋葬される事が多い。
私――トワ・コールド・タナトスは、スコップを両手に持ち、穴の中に置いた棺桶へ土を被せている。
魔法を使えばスコップで土を被せると言った労力は必要ないのだけど、魔法でするよりもスコップの方が個人的には好き。こっちの方がきちんと弔っている気がするから。
『フィッシャー・カルメラン。享年24歳。12歳の時に母親に捨てられ孤児となり、その後に十年に渡り母親と同年代の女性を約20人を惨殺する。更には死体から子宮を持ち去り自宅に保管していたサイコパスのシリアスキラー。2年前にゼルヴァルトお兄様に捕らわれ、最後は私の魔導実験の協力者となり――死亡』
目の前にいる彼女は淡々と棺桶の中にいる人物の事を言った。
彼女の名前は、アリア・ランドリス・グラウデス公爵家令嬢。
帝都にある貴族の子息子女だけが通う学園の中で、唯一、友達と言えるのはアリア様だけだ。
実家のタナトス家は帝国貴族の死体検案や葬式など死体を扱うことから、縁起が良くないとされ、私に近づいたり話しかけたりする人はいなかった。そんな中で、アリア様だけは普通に話しかけてきてくれた。
正直、とても嬉しかった。もしアリア様に話しかけられなかったら、学園生活はとても寂しい物となっていたでしょう。
その恩もあり私はアリア様に頼まれたことは出来るだけ応えるようにしていた。だから、貴族でない罪人の埋葬をしていた。
『埋葬してくれてありがとう。トワ様』
『いえ、この程度の事は構いません。……ところで、先ほどから何を読まれてるのですか?』
『「フィッシャー・カルメラン」』
『?』
『神世で使用されていた世界魔法「アカシックレコード」。それを使い抽出した「フィッシャー・カルメラン」の一生を本という形に具現化したものだよ。帝国犯罪史に刻まれる犯罪者の全てが記されている』
『面白いのですか?』
『全ッ然。まぁキーファ様の論文を読んでいるよりはマシだけどね』
苦笑しながらアリア様は言った。
キーファ様はアリア様の婚約者。皇帝陛下により婚約させられた仲だと訊いた。
お二人の関係を言い表すなら「最悪」の一言に尽きる。もしも皇帝陛下の勅命でなければ、とっくの昔に破綻して婚約解消されていてもおかしくない。
アリア様は魔導関連さえさせてくれるのなら王妃となる事も子供を作る事も、全てを受け入れている。例え側室や愛人を幾らでも作ってもいいぐらいだと言っているほどだ。曰くキーファ様は凡人過ぎて愛とかどうこうする以前の問題らしい。
ただキーファ様を凡人と言えるのはアリア様ぐらいでしょう。
顔は学園内でも三本の指に入るほどの美形。魔導2級の実力者(アリア様は魔導1級)であり、学年のテストでも常に上位三位以内(アリア様の次の成績)に、論文も幾つか発表されている(アリア様にダメ出しされて8割近くは没にしたらしい)。
『……キーファ様に言っては駄目ですよ』
『え。言わないに決まってるでしょう。帝国犯罪史に名を残す犯罪者の一生よりも面白い論文を作れなんて、まだ棍棒1つでドラゴンに挑ませた方が確実性があるもの』
『……』
そうでは、そうではないんですよ。アリア様。
私が溜息を吐くと、アリア様は不思議そうな顔をして傾けた。
アリア様は自他共に認める魔導の天才。帝国史においてアリア様以上の才気に溢れた人物はたぶん片手で数えられるほどで、アリア様も魔導には人一倍並々ならない強い拘りを持っていた。でも、その分、アリア様は他人の情緒を理解したり、言葉や非言語ジェスチャーの裏に隠された意味を知る事を苦手としていた。
早い話、社会的コミュニケーションが困難な方だ。ただ洞察力はある方なので、身体的動作の細かな意味を理解して、記憶することで瞬時の判断を賄うことが可能なので貴族生活も送れていた。
アリア様のこの症状は、アリア様のお兄様――ルーファス・ライディン・グラウデス様から、友達になってしばらくして訊いた事でした。
『――この猟奇殺人者のほとんど全てが理解不可能で全く共感もできないのだけど、ただ1つだけ理解できて共感できる部分があるわ』
『どこ、ですか?』
『ゼルヴァルトお兄様と敵対した時の恐怖に関してね』
ゼルヴァルト・ゲイス・グラウデス様
公爵家長男で、帝国国内治安総局の局長の職に就いている方だと訊いた事がある。
『トワ様は遭ったことないから知らないだろうけど、ゼルヴァルトお兄様は恐いの。凄く怖いの!』
震える。あのアリア様が、恐怖を感じて、怯え、震えていた。
それだけでゼルヴァルト様が、どれだけ凄いのか感じられる。
『ゼルヴァルトお兄様は、帝国を護るためなら皇帝陛下を殺す事も躊躇わないほど愛国心が強い人。もし私が帝国に不利益になるようなら――殺される』
『そんな、まさか』
『絶対に殺される。私の死亡原因の上位3位の中には、ゼルヴァルトお兄様に殺されるって事が含まれてるもの。だから、私は帝国のために一生懸命働くの』
『アリア様……』
疑問が浮かんだ。
ゼルヴァルト様が存命中は、アリア様は帝国のために働き尽くすだろう。でも、もしゼルヴァルト様が亡くなったら? 人間は必ずいつかは死ぬ。それが世界の理。
ゼルヴァルト様という枷が無くなった状態で、アリア様は果たして帝国に居続けるだろうか。国外、海の先には魔導と科学が帝国よりも発展している国もあると聞く。
私はアリア様が、帝国に居続けてくれるとは、どうしても思えなかった。
まだ先のこと。でも、そう遠くない未来。
『あの! アリア様』
『ん? どうかした』
『――いえ。なんでもありません』
『変なトワ様』
「もしゼルヴァルト様が亡くなっても帝国に居続けますか?」
その一言を私はアリア様に聞くことができなかった。
アリア様は気にすること無く「フィッシャー・カルメラン」を読み続ける。
その間、特に話すこと無く、私はスコップで棺桶を埋め続けた。
『……ッ。フィッシャーのヤツ、私の事を血も涙もない「魔王」だってさ』
『魔導の実体実験を強制させられたので、仕方ないのでは……』
『まぁ久しぶりの実験していい死刑囚だったから舞い上がってたけどね』
死刑囚は、死刑執行される以外にも医療局や魔導省に回される事がある。
医療局は医者の技術向上や強力な薬の治験に使われる。魔導省は魔法の実体実験に使われているけど、平和なご時世なので死刑囚は医療局に回される事が多かった。
アリア様は魔導実験をする為に、何度も死刑囚を申請していたようだけど、実験の危険性や非人道的な観点から悉く申請は棄却されていた。
フィッシャー・カルメランが実験体に選ばれたのは、帝国犯罪史に残る人物だった事と、アリア様が提出した実験内容が加味され、皇帝陛下が許可されたと訊いた。最後までアリア様のお兄様――ルーファス様は反対されていたらしいです。
ブツブツと文句を呟きながらアリア様は読み終えたようで、土の上に本を投げ捨て、その上に私がスコップで掬い上げた土が被る。
『ああ――そうだ。トワ様にお願いがあったんだ』
『私に、ですか?』
『そう。私が死んだら、トワ様の家系――タナトス家に伝わる魔導秘術を私に施して下さい。死んだ後まで私は、魔導に浸かっていたい』
――アリア様がそう言われてから一ヶ月も経たない内に、アリア様は毒を無理矢理に毒を飲まされて殺されてしまう。
「――ま。――あさま。――お母様」
躰が揺すられ目を覚ました。
「そろそろローサリに着きますよ」
「――そう」
私を起こしてくれたのは、娘のノア・ウロス・タナトス。12歳。
灰色の髪。顔立ちは私に似ていると言われている。
「何か良い夢を見られたのですか? 寝ている間、表情がとても良かったです」
「……懐かしい人で、私の友達だった人の夢を見てたの」
もうアリア様がお亡くなりになって15年の月日が流れた。
最近では、アリア様と一緒に過ごした日々の記憶も、夢に見ることは無くなっていただけに、本当に久しぶりに夢でアリア様を見ることが出来た。
原因は分かっている。
『魔導人形』に使用されていた内部骨子。
魔法省に務められているルーファス様が、とある『魔導決闘』に使用されていた「魔導人形」を回収して、解体を行った際に内部骨子に人骨が使用されていた事が判明されました。
その「魔導人形」の制作者は、アリア様だった。
友達であり、検死の技術を持つ私に、誰の骨か鑑定するようにルーファス様から内密に依頼がありました。
アリア様が隠れて非人道的なことを行っていたか、心配されていたようです。
私の知る限りではアリア様は、そんな事はされない方……のハズ。ええ。
ルーファス様の心配を払拭する為にも、骨の鑑定を受けることにしました。
――骨はかなり乱雑に折られていて、怒りが沸くほどに。ただ、「魔導人形」に使用されていた骨は15年ほど前の物だと分かったのです。
渡された資料では、アリア様が造られたのは20年ほど前のこと。更に調べていき鑑定魔法を使用した結果、この骨が誰のものか分かりました。
アリア・ランドリス・グラウデス様。その人の骨。
そんな事はありえない。でも、何度も何度も何度も何度も再鑑定をしても、結果は変わらなかった。
資料を読み進めると、「魔導人形」は一度だけメンテナンスをされていた事が書かれていた。アリア様が造られた物をメンテナンス出来る人は、それほどいない。
メンテナンスをした者の名前は、エルプスユンデ。
魔導1級の実力を持ちCランク冒険者。
ローサリに向かっているのは、友人の骨を乱雑に扱った事に対して一言文句を言いたかったからだ。……「魔導人形」の内部骨子に使用された事は、たぶんアリア様なら喜んでいそうなので言いません。
ローサリの街へ着いた。
城門近くにある馬車を乗り降りする駅で降りて、衛兵の身分確認を受けて街の中へ入る。
トワに事前に調べていた宿屋への宿泊手配を頼み、私は冒険者ギルドへと向かう。
親の色目無しにしても、あの子は年齢の割にしっかりとしているので一人にしても大丈夫だと思う。それに魔導5級ほどの実力もあるので、万が一のトラブルの際も逃げることはできるでしょう。
冒険者ギルドは、帝都の物と比べると3分の1程度の大きさ。
中に入ると時刻が昼過ぎのためてじょう、あまり冒険者の姿はありません。
受付の所には、青色の髪をサイドテールにした若い女性がいる。
「あの。すみません」
「冒険者ギルドへようこそ。ご依頼でしょうか?」
「……はい。指名依頼をお願いします」
「指名依頼ですね。分かりました。ただ、指名依頼の場合は、通常と比べて割高になりますが宜しいでしょうか?」
私は頷いた。
タナトス家は検死や貴族の葬式などを行っているため、言い方は悪いけど、下手な産業よりも定期的に収入はある。
人はいつか死ぬ。寿命。病気。事故。殺人などなど。
それが世界の理というもの。反すれば修正力が働き、どんな事が起こるかは神のみぞ知る、と言えるでしょう。
「エルプスユンデという冒険者にお願いします」
「……彼女、ですか」
受付嬢は少しだけ言葉を詰まらせてから言った。
「ご存じとは思いますが、彼女はCランクの為、ギルドからは強制させる事が出来ません。受ける受けないかは、あくまで彼女自身の意思によります」
「はい」
「……あと彼女はギルドに顔を出す事はかなり不定期で、更に割と依頼を選り好みする性質なので、急ぎでしたら他の方にされる事をオススメします」
「数日滞在する予定です。それまでに来られないようなら、依頼はキャンセルします」
「分かりました。それでは、こちらに内容をご記入下さい」
渡された書類にペンで記入していく。
その間に、エルプスユンデという名乗る女性についた訊くことが出ました。ただ受付嬢はエルプスユンデの担当官ではないので、そこまで詳しくはないようでしたが話してくれました。
冒険者ランクはCでありながら、アリア様と同じ魔導1級に相応しい実力者。
本来なら冒険者ランクは「S」相当らしいですが、本人がランク上昇を拒否しているらしく、ずっとCランクのままということです。
中ランクのため実力を侮って勝負を吹っ掛ける人がいるようですが、そういう輩はほぼほぼ瞬殺されているようでした。エルプスユンデはその事自体は喜んでいるようで、本人が言うには、
――対人、しかも冒険者相手に合法で魔法を使える大切な実験チャンスなのに困ることってある?――
と、いうことらしいです。
冒険者ギルドでは、冒険者同士の戦いは禁止してはいない。するだけ無駄だから。しかしエルプスユンデと戦った冒険者の中には、引退した者もいたらしい。一生病院生活を余儀されるほどダメージを受けて訳ではなくて、実力差で心が折れての引退。エルプスユンデは対戦者の肉体的な傷は元通りに癒しているけど、精神的な傷までは癒やせていなかった。
勝手に闘いを挑んで、勝手に心を折られての引退。全く同情できる要素はありませんね。
ただ冒険者ギルドとしては、冒険者を辞められるのは痛手のため、ローサリの冒険者ギルド独自のルールとしてエルプスユンデに対して闘いを挑む事を禁じたとのこと。
「エルプスユンデさんが依頼を可否された場合のご連絡はどういたしましょう」
「しばらく『金色の館』に滞在しますので、そちらに連絡をお願いします」
「承知しました」
依頼が一通り済み、私は『金色の館』へと向かった。
名前に金色とありますが、別に金箔で金色にしている訳では無い。ただ貴族や商人等の小金持ちを相手に商売をしている事から、周りの宿屋と比べて幾分か豪華な造りとなっている。
宿屋の門の所に立っている番兵の横を通り過ぎて敷地内へと入った。
少しだけ敷地内を歩き、宿屋の入り口の扉を開けて中へと入り、フロントにいる女性へ声を掛ける。
「タナトス家で予約してた者です」
「お待ちしておりました。二名様で宜しかったでしょうか」
「……? 子供が先に来ているハズですが」
「いえ。ご予約のタナトス家の方は、まだご来店されておりません」
まだノアが来ていない?
分かれてから1時間は経過している。
迷子になるような子でもないし、何かトラブルにでも巻き込まれた?
……街の外なら兎も角。ローサリは長閑で平和な街。街中でトラブルに巻き込まれる可能性はゼロではないですが、極限りなく小さいはず。
私は「金色の館」へチェックインをすると、ノアを探すためローサリの街へと繰り出すことにしました。
※※※※※※※※※
私、エルプスユンデこと、アリア・ランドリス・グラウデスは久しぶりにローサリの街にやってきていた。
最近ちょっとした事があって魔界に行き、魔王城周辺にいる魔物を逆恨みと八つ当たりで駆逐していき、余波で魔王城が崩壊したけど、仕方ないよね。私が魔法を行使する範囲内にあるのが悪い。
三日三晩、最上級や禁術クラスの魔法を連発したことで魔力がほぼ尽きかけた。崩壊した魔王城にポツンの破壊されずに残っていた――魔導師の心擽る椅子。魔法の連発で疲れていた事もあって警戒することもなく座った。座ってしまった
――汝ヲ、十三王ノ内一柱「魔王」ニ承認スル――
……さすがは魔王城。全く笑えないジョークグッズを置いてある。
範囲を椅子だけに限定して、私の魔力だけでは心許ないので先代の魔力を借りて破壊魔法を発動させた。
それは私が使用できる最硬レベルの魔法障壁すらも貫通して破壊する魔法なのだけど、椅子は破壊される所か、傷1つ付かずに私を嘲笑うかのように、そこに無傷の状態でただただあった。
もしかて伝説にある世界が生み出した王の選定機の可能性が僅かにあることに思い至るけど、そんなハズはないと自分に言い聞かせ、慌てて住んでいる城に帰り、選定機のことを忘れるために不貞寝をすることにした。
で、気がつくと魔界に放置してきた椅子がそこにあった。私の感知魔法を擦り抜け、気がつくことも出来なかった。
深海、マグマ、宇宙、太陽、ブラックホール、別次元などなど。
椅子を様々な所に転移させたけど、気がつくと傷1つなくマイルームの現れている。
もうこれって一種の呪いのアイテムだよね。
柄にも無く恐くなった私は、気分転換も兼ねてローサリに来ているのでした。
冒険者ギルドで適当な依頼でも受けるか。
それともオルティナ様の所に行って魔導についての講習でも行おうか。
「アリア。アリア・ランドリス・グラウデス……?」
足を思わず止めてしまう。
背後から訊いた事の無い声色で、私の名前を呼ばれたからだ。
「間違いない。お前は、アリア・ランドリス・グラウ――――――」
私は思わず時を止めて。
……時空間魔法は、魔力消費が大きいので使い勝手があまりよろしくない。生前の私ですから、全魔力を消費しても10秒止められるかどうかだった。今なら最長で5分は停止出来る。
振り返り声をかけてきた人物を見た。
黒髪を膝下まで伸ばしている10歳ほどの少女。見た事あるような無いような……?
ッ。時間停止中に物思いに耽るのは費用対効果が悪すぎる。
元護衛騎士だったリリィですら気がつかなかったのに、後ろ姿だけを見ただけで私が、アリア・ランドリス・グラウデスだと分かった理由が気になるなぁ。
私と少女の下に転移魔法陣を展開して、私が住まう城へと転移した。
転移した先はマイルームではなく、敵対者接客用に私が改築した部屋。
13段ほどの階段を昇った先にある最近手に入れた呪いの椅子に腰掛ける。――捨てても勝手に帰ってくるなら使った方がいいじゃない理論で使うことにした。座り心地だけはいいからね。あと呪いなどが付与されない事も大きい。
椅子に座り一息つくと、眼下にいる少女を見下ろす体勢をして、時間停止を解いた。
「ここは。私は、ローサリの街にいたハズなのに」
「此処は私の城だよ。住み始めてから5年で初めてのお客様なのだから歓迎しよう」
「――ッ」
少女は空間からスコップ型の魔法杖を取り出すと、私を睨み付けてきた。
空間魔法を使う気配は無かったので、手にしている指輪の効果かな。制作者によって容量は変わるけど、少女がしている物はそこそこの物だ。まあ私が造った物と比べたら雲泥の差がありますがね!
それよりも気になるのは、少女が手にしているスコップ型の魔法杖。何処かで見た事があるような?
「『冥王様。世界の理に反し現世に彷徨う死者を地へ還したまえ』」
少女はスコップを地面に刺すと、呪文を唱える。
これは――対アンデット用魔法だ。しかも十三王の1柱である冥王の力を借りて発動するタイプの強力なヤツ。
昔、一度だけトワ様が使っているのを見せて貰った事がある。その時と違い、今は私に向けられている訳だけど、同じように私の下に魔法陣が現れ、そこから無数の半透明な手が伸びて私を押さえつける。
だけど、それは一瞬だった。半透明な手は私に触れると、何かを感じ取ったのだろう。自らが魔法陣へ引っ込んでいった。
――なるほどね。十三王の力を借りて発動する系統の魔法は、十三王に対しては行使できないと、誰かの論文に書かれていた事を思い出す。下手に使用される事で、十三王同士が戦うという事態に発展することを禦ぐためのセキュリティなのだとか。
それよりも「冥王」の力を借りて発動する魔法が、私に対して行使出来ないとなると、もしかして今座っている椅子は、ジョークグッズではなくて、王の選定機で且つ私を「魔王」に承認した可能性が、ほんの少しだけ、出てきた気がする。
「嘘。なんで……冥王様の力をお借りして発動する魔法が。こんなのあり得ない」
「あり得ないことなんてないんだよ。この世の中には、特に、ね」
例えば公爵令嬢で生きていたのに、罪を捏造させられて服毒させられた挙げ句に死亡。その後にリッチとして転生するなんて。普通ならあり得ないことだからね?
一先ず私の事はいい。
攻撃されたら攻撃し返す。それが私の流儀なのです。
「ゃぁあああ」
少女の背後に十字架の石柱を私と同じ視点の高さを造り出して鎖で拘束。更に女性が素直になる私が特殊配合して生み出したスライムを召喚して少女に取り付かせる。
「――ッ。っっっ。あっあああ」
「『生兵法は大怪我のもと』だと、昔の偉い人は言ったようだよ。良かったね、私がきちんとした真っ当な人物でさ。アレな人相手だと、殺されてるよ?」
ちょっとした効果があるスライムに取り付かれて苦しそうにしながらも睨んでくる。
芯の強い子だなぁ。あのスライムは、催淫効果と自白効果をミックスブレンドした個体なので、取り付かれたら大抵は素直になるんだけどね。
ギルドの依頼で討伐した女盗賊に使用したらあっという間だったのに。
「私の質問に答えてくれたら解放してあげる。――どうして私の事を、アリア・ランドリス・グラウデスだと思ったのかを教えてくれる?」
「――――」
首を横に向け答えるのを拒否する。
スライムは服の中に潜っていくと、躰を少女はビクッと震わせた。
因みにあのスライムには、衣服だけを溶かすなんて器用な真似を仕込んでいない。
「素直に吐いてよ。私は10歳の女の子を、スライム責めして喜ぶ性癖はないんだからさ」
「――ッ――」
「駄目か」
こういったタイプは、この責めは逆効果だったかな。
仕方ない。本当はあまり使いたくなかったけど。
「世界魔法『アカシックレコード』」
禁忌に指定されている魔法の1つ。
世界に接続する事で対象の現時点までの全ての記録を見ることが出来る。天才の私ですから習得したのは晩年である15歳ぐらいという超高難易度の魔法である。
今まで使用できる者が居なかったので放置していたのに、いざ使えるとなると、魔導省の役人たちが速攻で禁術指定して、闇雲に使用できなくなった。
生前で使用したのは、ある犯罪者の記録を見たときぐらいかなぁ。申請はしてないけど、何をしても良いというお許しがルーファスお兄様から出たので、たぶん問題は無かったはずだ。
紫色の淡い光が少女を包むと無数の髪が放出された。それが私の手元に集まり一冊の本が出来上がる。
本のタイトルは「ノア・ウロス・タナトス」ね。これが少女の名前か。って、ん?
タナトス?
私は少しだけページを捲る。そこには母親の名前が書かれていた。
――トワ・コールド・タナトス――
生前。学園に通っていた時にいた数少ない友達の1人だった少女の名前が書かれている。
……。
…………。
………………。
まぁ。落ち着こうか。つまり。つまりだよ?
この状況を整理するとだよ。
第三者がこの状況を見た場合、『友達の娘を攫い十字架の石柱に拘束してスライム責めをしているヤヴァイ奴』って事になりませんかね。
どんだけサイコパスなヤツなんだよ……。
と、とりあえず、この状況を改善しよう。
私は両手を叩くと十字架の石柱は粉々に砕け散り消滅した。拘束されていたノアは、浮遊魔法をかけてゆっくりと地面に降ろして、取り付かせていたスライムは召還する。
コホンッと咳払いをして椅子から立ち上がり階段を降りて少女の前に立つ。
「だ、大丈夫だったかな。トワ様のお子様なら、そう言ってくれたら、対応も違ったんだけどね? こう、お互いに、不幸な行き違いがあったということで、ね?」
「――!」
躰を両手で抱きしめて、射殺すかのような視線を向けてくる。
「あ、で、でも、先に攻撃を仕掛けてきたのはノアの方なんだから、私はあくまで正当防衛をしたまでで、ね?」
「――ッ」
「あ、ぅ、――ご、ごめんね?」
頭を下げて謝った。
「――アリア・ランドリス・グラウデス。噂通り、最低な人ッ」
「さっきから気になってたんだけど、なんで私が『アリア・ランドリス・グラウデス』だって言うのかな」
「……」
そっぽ向かれた。どうやら答える気はないようだ。
私の事を「最低」と噂している人は少しは気になるけど(トワ様でない事を信じる)、今は私を「アリア・ランドリス・グラウデス」と断定している方が重要な案件だね。
声で判別された可能性はゼロ。ノアとは生前にあった事はないし、私は風魔法で声色を少しだけ変化させている。
鑑定魔法の可能性は少しだけあるけど、魔導2級のオルティナ様でも看破できないほどに隠蔽魔法で厳重にしているから、ノアがもしも鑑定魔法特化していたとして見抜けるとは思えない。
他に何かあったかなぁ。
……私に対する評価が最低で、これをすると更に下がりそうだけど。まあ最低ならそれよりも下がることないからいいか。
「私の手の中には「アカシックレコード」で造り出した本があります。これにはノアが体験してきた全てが記されているの。隅々まで読まれて、何もかも知られるのと、自分から私に訊かれた事を答えるの、どっがいい?」
「ッ。お母様から訊いた事がある。他人の記録を全て見ることが出来る、プライバシー侵害の最低魔法!! でも、記録が全て記されているなんて眉唾もの」
へぇ。この私の魔法を疑うと?
本を少しだけ捲る。
「証拠としてノアだけの秘密を朗読してあげよう。そう。例えば初めて自慰をしたのは」
「死ねぇぇぇぇえ」
手に持つスコップを私に向けて投げてきた。
危ないなッ。対物理・魔法障壁は常に展開させているから、無問題なんだけどねッ
障壁に弾かれて宙に舞うスコップは、ノアが手を上げるとそこへ戻った。
ノアを見ると先ほどとは比べものにならないほどの強さで睨んできている。
「で、ど、どうする? わ、私としてはプライバシーは尊重したい所だけど――、駄目なようなら熟読するしか手は」
「今すぐにそれを渡して! ……貴女がっ、知りたいことは、なんでも、言うからッ」
涙を流しながらノアは声を上げて言った。
なんだから私が悪者の気がするのは気のせいでしょうか。気のせいだと良いなぁ。
言われた通りに本をノアへ渡すと、奪い取るように本を取り抱き抱える。すると本は淡い光を放ち、光の粒子となりノアの躰へ吸収されるかのように消えていく。
「コホンッ。まぁ、色々と脱線はあったけど、改め訊くよ。どうして私を私の事を『アリア・ランドリス・グラウデス』と断言できるの?」
「貴女から、お母様の魔力を感じたの。――この世界で、お母様の魔力を持っているのは、お母様と、禁術を使用されたアリア・ランドリス・グラウデスだけっ」
「なるほど。それで禁術ってどんなものなの」
「……タナトス家魔導秘術。禁術に指定されているそれは――対象者をリッチへ転生させる」
「へ?」
「成功率は極僅か。奇蹟とも言える極小の成功率の対価に、お母様は魔力の大半を失い、虚弱体質になった! お前がお母様と変な約束をした所為で――。だから、私はお前を絶対に許さない!!」
なるほど。なるほど。
母親が変な約束の為に、魔力を喪い更に虚弱体質になったら、その相手を恨む気持ちも……まあ分かる。
でもね、言い訳をさせてもらうと、私はそんなデメリットがあるなんて訊いてなかったんだよ。知っていたら、口約束だけに留めていた。念書なんて書かなかった。そもそも私はこんなに早死にするつもりはなかったんだけどね。
「ノアが私の事を恨んでいる事は分かったよ。もう1つだけ、リッチへ転生させる禁術も冥王管轄の魔法なの?」
「……そうよ」
ノアは頷いた。
冥王。十三王の一柱で数多の種族の魂を管理する冥界を統治する王。
私がリッチに転生したのは冥王が一枚噛んでいる可能性がある。じゃないと、奇蹟ほどの成功確率の禁術が成功するなんてありえない。
まぁいいや。とりあえず冥王の事は記憶の端にでも留めておくとして、ノアの扱いをどうするかだよね。
――殺そうか
ない。それだけはない。
先代の魔力を解放した影響か、思考がちょっと先代依りになっているのかもしれない。友達の娘に秘密を知られたからと言って殺すほど私は短絡的じゃない……ハズ。
チラリとノアを見る。
私が黙ってくれるように言ったとしても、ノアは黙ってくれるとは思えない。
トワ様に知られる分には百歩譲ってそれほど問題無いのだけど、「人の口に戸は立てられぬ」という言葉もある。何処から私の事が漏れるか分からない。
公爵家令嬢・アリアとしての私はもう15年前に死んだ。
今の私はリッチ・エルプスユンデとして存在している。
……下手に遭うと未練と後悔が生まれて、良くない物に転化したくない。私は私でありたいと思う。まぁ貴族令嬢からリッチになっているから今更か。
「仕方ないか。まだ魔導理論の段階で、一度も試したことのない魔法を試すか」
「な、なに――。なにをするつもり」
「大丈夫。恐くないよ。痛くもない。ちょっと弄るだけだから、ね」
「待ちなさい。弄るって何を。それに一度も試したことのない魔法って」
「偉い人は言いました。「どんな魔法も全ては一歩目を踏み出すことから始まる」と、ね。誰も体験した魔法の体験できるノアはラッキーだね!」
「どこがッ。最悪のアンラッキーよ!」
私の魔法の成功率は90%以上。対人にするのは危険が、それほど高くないのばかりなのに拒否されることが多い。人徳かなぁ。
魔法陣を高速で構築していき、初めての魔法を発動させた。
※※※※※※※※※
『拝啓。お父様。お母様。そうですよね。もう私が死んでから15年経っているんですよね。同級生に子供が居てもおかしくはないです。なんだか15年という月日のリアルを突き付けられて少しだけ落ち込んでいます。……もしも私が死ななかったら、キーファ様との子供が居たりしたんでしょうかね。――――――。
ぁああ、そうだ。トワ様の娘さんであるノアは、世界魔法「アカシックレコード」で抽出した記録を改竄をして、オルティナ様に預けました。初挑戦だった「アカシックレコード」の改竄はかなり難しく、四苦八苦しながらもなんとか成功。改竄したのは街で出会ってからの短い時間だったと言う事もありますけどね。これが長期間だと、今の私では上手くいかず、下手すると植物人間になる可能性もあったり……したかも? ハッハハハハ。まぁ今回は無事に成功したので無問題。あとノアには勝手に記録を改竄したお詫びに、ちょっとした仕掛けたを施しておきました。まぁこの仕掛けは発動しない事に越したことはないのですけど。仕掛けが発動=生命維持の重大な危機ってことなので。
ノアの事はこれぐらいとして、私がリッチとなった原因の一因には、冥王が関わっている可能性が出てきました。十三王は身勝手かつ我が儘でありながら、それを好しとされる強大な実力者。私をリッチにしたのは、何かしらの企みの可能性もある気がするのは、私の自意識過剰でしょうか? ただ、私は普通のリッチではなくて、先代のエルプスユンデから全てを継承しているリッチなので、その辺りは偶然だと思いたいですね。私は他人を掌の上で踊らせるのは好きですけど、他人の掌の上で踊らされるのは好きじゃない。
トワ様がしばらく街に滞在するようなので、遭わないようにしばらくまた引き籠もろうと思います。トワ様の魔力を隠蔽する新しい術式も開発する必要もありますし。
お父様。お母様。それでは、また、何かありましたら手紙を起こしたいと思います』
アリア』
※※※※※※※※※
暗く、昏き、冥い場所。
――冥界。
まるで夜空の星々のように輝いている浮遊している物質は魂魄である。
一際大きな城の中。礼拝堂を模した場所で、灰色の髪をした女性が、女神像の前で膝を地面に付け両手を重ね合わせて祈っていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
震えている。
目の所には隈が出来ていて、顔は少しやつれていた。
礼拝堂入り口が開く。黒のタイトスカートに黒タイツを穿いた出来る女性といった格好の女性が入ってきた。
祈っている女性を見ると溜息を吐く。
「ハァもう15年も経っていますよ。祈る暇があれば少し眠られては? あの時から一睡もされてないでしょう」
「眠れない。知ってるでしょう。寝たらあの女(ヒト)が私を責めてくるの」
「あの方はもうどの世界にも存在しません。タナトス家が禁術を使用してリッチとして転生させましたが、しばらくして消滅を確認しています」
「分かってる。そんな事は分かってる!! でも、仕方ないでしょう。あの女(ヒト)は、私の――私の所為で死んだも同然なんだからッ」
「それはそうですね。我が儘を言って地上へ出て、あんな事を起こすなんて。誰にも予測は出来ませんよ。冥王リンシェント・アルヴァスト様」
「冥王」リンシャス・アルヴァスト。
15年前。地上へ行った際に、自分の王位と名前から少しだけ取り、メイリンと名乗っていた少女である。
ジョブチォンジ。悪役令嬢→リッチ→魔王。どうしたこうなった! 華洛 @karaku_f
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