肉の芽
『拝啓。お父様。お母様。如何お過ごしでしょうか? 私は過去最高に絶不調です。理由は忘れていた人間の三大欲求、食欲・睡眠欲、性欲を思い出してしまったからでしょう。今まで街へ出かけて食べ物を見ても感じなかった食欲を感じ、魔導研究をしているといつの間にか眠りについていたり、たまに身体が妙に火照ったりします。原因は分かってます。――これは、本当なら私の記憶の奥深くに封じてしまい、忘却魔法で忘れ去りたいぐらいの失敗談であり、恥辱と屈辱に満ちた日々だったのですが……。二度と同じ失敗と後悔をしない為にも、手紙に記し、私自身への戒めにしたいと思います。そう。この手紙を記している時から1週間ほど前、私の身に実際に起こった『魔怪事案(※魔物・怪異・妖魔などが引き起こした事件のこと)』をです』
※※※※※※※※※
ツァツァンと呼ばれる村がある。
農作業・家畜・狩猟で生計を立てている特に特産品もない田舎の寂れた村だ。ローサリーからは山を1つか2つほど超えた場所にあり、一応は帝国領に属していた。
「私」は近くの山に入り山菜を採り終えて帰宅する所だ。
村に入ると擦れ違う人々に挨拶をした。人口が100人ほどのこの村の住人達は、全員が顔なじみで、互いに助けながら生きていた。
木で出来た一軒家。少しボロボロな感じがするけど、壊れた場所は見当たらないので、住む分には問題無いと思う。
「私」は家の扉を開けて中へと入った。
「あ、お姉ちゃん。お帰りなさい!」
「ただいま。ミュレナ」
「私」の帰宅を喜んで抱きついてきたミュレナを、大事に抱きしめて頬にキスをする。お返しとばかりにミュレナも「私」の頬にキスをしてくれる。
仲睦まじい姉妹。もしも私が、魔導一筋ではなくて、姉や妹達に少しでも意識を向けていたら、こんな風に中睦まじい事になっていたかもしれない。まあ、私は死んでしまっている以上、ただ後悔するしかないのだけど。
「あ、そうだ。アレクが心配してたよ。山に行くなら声をかけてくれだってさ。私も心配だよ。もう家族はお姉ちゃんしか――いないもの」
「心配性ね。大丈夫よ。魔物が出たら全力で逃げるもの。ミュレナは私の足の速さは知ってるだしょう」
「……うん」
不安そうなミュレナの頭を優しく撫でた。
アレクは「私」の恋人。幼馴染みで気がついたときには、そういう仲になっていた。
若手の中では剣の実力は高く、この辺りに出没する魔物なら一対一であれば勝てるほどの実力を持っている。冒険者で例えるならランクDほどの実力者。
「私」は服を脱ぎ、ミュレナが用意してくれていた桶の中に入っている水にタオルを付けて身体を拭く。
ツァツァンには公衆浴場が1軒だけあり、決められた日に該当する家族が入浴できる仕組みとなっていた。それ以外の日は近くの川で水浴びしたり、「私」がしているように水に濡れたタオルで身体を拭く事が日常であった。
「私」の名前はミョルナル。両親は魔物に襲われ死んでいて、妹と一緒に暮らす何処にでもいる村娘。それが「私」だ。
そして私の名前は、人だった時の名前はアリア・ランドリス・グラウデス。死後、リッチに転生してしまい先代リッチと同じ名を受け継ぎ、エルプスユンデと名乗っている。名前は外国では原罪の意味を持ち、魔導王、不死王、最近では極々一部で魔王とも呼ばれてしまっている、それが私だ。
なんで、こんなややこしい状況になっているか説明をしよう。本音はイヤだけど。
事の起こりは数日前。
私は魔法薬の素材集めのため山を探索していると、ミョルナルの死体と遭遇した。死体のあった場所を見る限り滑落事故だという事が推察できた。
服には人ならざる物に襲われた跡があったので、魔物からでも逃げている最中に足を踏み外して転落して、死んでしまっただろう。残酷なようだけど、魔物に喰われるよりは、きちんとした遺体がある分、マシだと思う。
流石に私でも死者蘇生の魔法は行使できない。――きっと出来たとしても使用しないけどね。死者を蘇らせるという事は、何かしらの歪みを世界に与える。そしてそれはきっと良くないことを引き起こす。
先代リッチの彼は悔しいけど私とは比べ物にならないほどにならないほど優れた魔導師で、魔導王の二つ名に相応しい人だった。一緒に過ごした僅かな時間だけで、私が魔導の実力差に打ちのめされたぐらいだもの。
そんな先代リッチは、完璧な死者蘇生の魔法を使用する事が出来たようで、何度か使用したようだけど、1人を蘇らせた代償だけで、後日、数千人から数万人規模の街に災禍が訪れ、住人達のおよそ8割近くが死亡したり重体になったようだ。
初めの内は偶然と思っていたらしいけど、死者蘇生してから最長でも一ヶ月以内には災禍が立て続けに起きている事から、世界の理に反する行為は世界に対して歪み与え、それを修正するべく動く力が災禍を引き起こすのだと、先代リッチが書き記した本には書かれていた。
だから、例え死者蘇生が出来たとしても、後々の事を考えると出来ない。一人の為に数千人規模の犠牲を出す覚悟はないなぁ。
とはいえ、ここで出会ったのも何かの縁。
魔物や獣に喰われるのも可哀想だから、身分証か遺留品があれば回収して地面に埋めてあげよう。
死体の少女の身体に触れた、その瞬間。
茶色の触手が骨に満遍なく絡みつき根を張った。
あっという間の出来事で対処が遅れたことが致命的だった。
魔法を発動させるどころか指1つも私の意思で動かす事が出来ない!
目の前に横たわる死体からは血肉が、まるで私に乗り移るかのように徐々に無くなっていき、最後は骨だけの状態になってしまう。
「あれ? わたし、どうして……」
私ではない「私」が、そう言った。
まさか。まさか! 帝国歴代でも最優で最高レベルの魔導の担い手たる私が、無様にもあっさりと乗っ取られてしまったというのッ。
屈辱だ。
婚約者であったキーファ様が、メイリンに寝取られて婚約破棄されたとき。
或いは、その後に魔封錠を掛けられ無抵抗のまま服毒されて殺されたとき。
その両方でもこれほどの屈辱を感じはしなかった!!
怒りのあまり魔力を爆発させてやろうとしたけど、骨に絡みついた肉の触手が魔力も制禦しているようで、魔法を行使することができなかった。
「私――そうか。魔物から逃げる最中に足を滑らせて、今まで気絶していたのね」
違うからね。「私」は死んだの。いいから、私を還せッ。
思念を送るも、「私」は気がつく筈もなく、そしてすぐ前にある自分自身の骨にすら気がつかずに籠を回収して下山した。
以上が私が数日前に体験した出来事の一部始終。
なんとか魔力を使用してみようとやってはいるけど、未だに魔力が使用できず、「私」へコンタクトを取ることも出来ない。
――だからこの時には、私は半分はもう諦めていた。
どうせそれほど長い事はこの生活は続かない。
先代リッチが書き記した本に、私の骨に絡みついている肉の触手の正体が載っていた事を思い出した。
『肉の芽』と呼ばれる妖魔だ。
無念の死や非業な死を遂げる時に、強い生への執着がある場合に極々稀に発生する妖魔で、近くにいる生者へ寄生して、死んだ人物に姿形を作り替え、元と同じような生活を送る、そんな擬似的な死者蘇生をさせる能力を持っている。
取り憑かれた生者は普通なら死ぬけど、私は骨だけのリッチ。だから、辛うじて死ぬことはなく、意識だけはある状態を維持していた。何一つ自由はないけどね!
今の状況は死んだ人間が、生きている時と同じ状態で過ごしているという歪。世界の理に反する行為。きっと世界は修正するべく動くだろう。死者を死者にする為に。
因みにリッチたる私は死者蘇生の領分ではなくて、生まれ変わりや転生といった領分のために世界の理は適応外のようである。
「ミョルナル!」
「アレク?」
勢い良く家の扉を開けて入ってきたのは、赤毛の青年。腰元には剣を下げている。
「私」の恋人であるアレクだ。
入ってくると「私」に抱きついてきた。
「心配したんだぞ。最近、魔物の動きが活性化しているんだ。村の外に行くのなら一声かけてくれ」
「――ミュレナにも言ったけど心配しすぎよ。私は足は早いの。魔物がいたら逃げる事ぐらい出来るわ」
クスクスと笑いながらいう「私」
確かに逃げることは出来るだろうね。無意識か魔力で足を強化して、走る際のスピードを上げているのだから。ただ、その結果が足を踏み外しての滑落事故死なので全く笑えない。
さっきも言ったとおり、「私」とアレクは恋人同士。
年齢は20ぐらいなので、まぁ、当然、こう、ネ? 男女の夜の営みがある訳で。肉は「私」のだけで、骨は私のだから、こう、ね?
ええ! とても恥ずかしいよ。なんで他人のイチャラブなアレを1人称視点でみないといけないのッ。ふざけるな! 生前ですらしたことも、見た事も体験した事もなかったのに。ぅぅ、くそぉ。骨だけじゃなかったら号泣しているよ。
屈辱的な体験中に恥辱を味わうことになるなんて――ッ。
「あのー、お姉ちゃん、アレク。私もいるんだけど、私の存在を忘れてない?」
ミュレナは頬を膨らまして「私」たちへ文句を言う。
「私」達は顔を赤らめ身体を互いに離した。
※※※※※※※※※
私が「私」になったから一週間が経過した。
甘酸で初々しいラブラブな恋人ライフを1人称で見せられるとか、新手の拷問かと考えている次第です。一週間でアレが二回ほどなのは、個人的には嬉しい。一軒家で個室がない造りのため妹と同居している以上は、そういった行為は限られるよね。
もしも毎日されたんじゃあ私の精神が持たない。精神が死ぬ。
「おかしいわ 身体が思うように――。体調不良かしら」
「私」は首を傾げる。
私の骨の至る所に絡みつき根を張っている『肉の芽』だけど、一週間の間に私の魔力を吸い上げ続けているため、オーバーヒートに陥りかけていた。
リッチと無尽蔵の魔力を持ち、時代によっては魔王とも謳われた存在。
『肉の芽』がどれぐらいのキャパシティを持っているかは知らないけど、無尽蔵に吸い続けられるわけがなかった。
オーバーヒートに陥り死にかけている事に連動して、同じく「私」も死に近づいていた。
……これでいい。
一週間の間、ツァツァンで「私」と過ごしてそれなりに愛着がわいている。そう。死者が蘇生した事により世界の理に反した事によって、修正力が働き災厄に見舞われるのを良しとしない程度には、だけど。
修正力を抑える方法は簡単。死者がきちんと死ねば良いだけである。
ただ今回のように『肉の芽』の場合は、死んだ本人に自覚がないので難しい。
――だけど、取り憑いたのが私だったのが幸いだったね。
オーバーヒートに陥っている『肉の芽』の支配力は緩み、多少の魔力は私自身が操れるようになったていた。そこで出かけるとき髪を整える為に鏡台へ座ったときを見計らい私は「私」へ催眠術をかけた。ある場所へ誘導するように。
「――ここは、確か、私が倒れていた、ッう」
ふらふらと歩きながら私が指定した場所へと「私」はやって来た。
「……ほね」
見えている。以前と違い、自分自身の骨が!
やはり『肉の芽』の限界が近づいてきている。
(聞こえる。今なら私の声が聞こえるでしょう!!)
「誰。誰か、いるの!?」
「私」は不安なのか、辺りをキョロキョロと見回した。
(いるよ。貴女の中。骨が私)
「ほね。なにを言ってるの……? 私の中にある骨なのだから私のに決まってるでしょう!」
(貴女の骨は目の前にあるのがそう)
「嘘よ。そんなのは、嘘に決まってる!! あり得ないわっ」
(確かに普通じゃあり得ないことだけど、この世にはあり得ないことは多々起きるものなんだよ)
婚約者に突然婚約破棄されたりとか。毒を無理矢理飲まされて殺されたりとか。死んだと思ったら10年後にリッチして蘇ったり。まぁ普通に生きてるだけでは体験できないようなあり得ない事を少しは経験した。
更にリッチとなって『肉の芽』に寄生されるなんて、中々にして味わえない出来事だと思う。
(信じる信じないを議論する時間は、あまりない。私と貴女がこんな風に会話が出来ている事がその証左。後どれぐらいかは分からないけど、『肉の芽』は死ぬ)
「にく、の、め? 死んだら、どうなる、の」
(……貴女は死ぬ。あくまで今の状態は『肉の芽』の力によって、擬似的な死者蘇生ということで動いているだけだから)
「――い、いや、いやいやいやいや。死にたくない。死にたくないわ! 私には大好きな人が、両親から託された大切で大事な妹がいるのッ」
大粒の涙を流しながらミョルナルは膝をつき号泣した。
『肉の芽』が弱ってきている為、今までのように私がミョルナルを同一視するほどのシンクロは今はもうない。
恋人のアレクは、紳士的で力強く、簡単に虚言を信じて断罪した某皇子とは雲泥の差がある良い男性。男女の営みが終わった後に、ミョルナルとアレクは将来をどうするかなど、真剣に話し合っていた。
妹のミュレナは大変可愛らしい。若い子が少ない村で誰からも大事にされている。お姉ちゃん想いのとても良い子。
(分かってる。貴女の人生の中では、ほんの僅かな時間だけど、肉体の骨として共有していたからね。だからこそ、言うけど、貴女が死なないとアレクやミュレナが死ぬ事になる)
「――――えっ。どう、いう、こと」
(死者蘇生という行為は世界の理に反する行為。死者が生者として生きるという事は歪みを生み出して、その歪みを修正するべく『災厄』という形で、その者の周辺に起こるの)
「さいやく、が」
(私が最も信頼する人が書いた本によると、数万人規模の被害が出たと書かれていたから、ツァツァンが滅びる可能性があるわ)
まぁ、今回は『肉の芽』がした擬似的な死者蘇生で、先代リッチのような完璧なものではないので、災厄が訪れたとしても、そんなに大きな被害出ないかも知れない。それでも、きっとミョルナルの親しい人達は死ぬだろう。
この世界は割と残酷に出来ている。
ただ救いがあるとすれば、「災厄」よりも『肉の芽』の限界が来たことだと思う。犠牲が出る前に、死ぬ事が「災厄」を禦ぐことが出来るのだから。
「――――ない」
(え)
「そんなことっ、信じない! 貴方こそ、私を自殺させて身体を乗っ取ろうとしている悪霊じゃないのッ」
よ、よりにもよって私を悪霊だとっ。確かにリッチで、元々骨だけの存在だけどもッ。
(ミョルナル。落ち着いて見て考えれば、目の前の骨が自分のだって、)
「知らない。見えない。こんなの知らない他人の骨よ!!」
立ち上がると泣きながら、足腰を魔力で強化して素早く走り始めた。
まるでさっきまで私との会話を忘れるかのように。
……失敗した。私は目覚めたときに自分が死んだ事を自覚して受け入れたから、ミョルナルもきっと受け入れるものかと勝手に思っていた。
魔導省に勤めるルーファス・ライディン・グラウデスお兄様に、死ぬ少し前に怒られながら窘められた事を思い出す。
『お前は異常で異端で天才だ。俺達のような凡人とは違うのだから、他者に自分が出来るからと同じように出来ると押し付けるのはやめろ。そうだな。自分と他者は違う生物だと考えろ。それがお前と周りの者達のためだ』
――中々に酷いことを言われた気がする。
私はただただ魔導を愛して日々を生きていただけのどこにでもいる令嬢だったと言うのに……。まあ結果的に婚約破棄されて、毒を飲まされて殺されたのだけどね。
私だって他人が私と同じように出来る事、または出来ないことは自覚しているつもり。その逆もまたしかり。
ただミョルナルと同化に近い形で過ごしてきて、自分の遺体の骨を見せて、これからどうなるかを言えば、きっと受け入れてくれると、私は勝手に思っていた。
リッチとして蘇ったあの日。
死んだ事に戸惑い、殺した者達への怒り、リッチになってしまった事に対する絶望。様々な感情が溢れていた。その時に先代リッチが顕れて、今は私が住んでいる古城に案内されて、色々なことを聞かされることで、私は全てを受け入れた。
そう言えば先代リッチも受け入れるのが早いと驚いていたなぁ。でも、受け入れるしかないじゃない。他に喚き散らすとかの行動をとったとして、時間が巻き戻るわけでも、起こった事象が無くなる訳でも無い。
「……本当、なの」
(え)
「婚約破棄されたとか。毒を飲まされて死んだとか」
(――私の考えている事が伝わっている?)
ミョルナルは躊躇っていたけど頷いた。
え。凄く恥ずかしいのだけどッ。この私が考えている事を読まれるなんて。穴があったら引き籠もりたい。骨だから墓穴かな!
「――ふ。ふふ」
(骨の私が言うのもなんだけど、きっとミョルナルは泣くよりも笑っていた方がいいよ)
「悲しいことがあって泣いていた時にも、アレクから似たような事を言われたわ」
(惚気ですか?)
「どうかしら。――ねぇ、貴女の名前を教えてくれる? 私だけ名前を知られているのは不公平だわ」
(――……エルプスユンデ。ううん、ミョルナルだから言うけど、私の名前は、アリア・ランドリス・グラウデス)
「グラウデス。まさかグラウデス公爵家の方ですか!」
(そうだけど。死んでいるから敬わなくてもいいからね。私は骨だけの存在。身分とかは皮膚や血肉と一緒に溶け落ちているからさ。だから、アリアで良いよ)
ミョルナルはクスクスと笑いながら木に背中を預け、ズルズルと地面へと身体を落とすと身体を丸めた。
「アリア。私は、本当にどうしようもないの」
(――ごめんなさい。どうしようもない。私とミョルナルが会話しているのがその証左)
『肉の芽』がオーバーヒートして死にかけている。また、オーバーヒートしなくても、近い将来に「厄災」が来る。
どの道にしろ詰んでいた。
もしも「肉の芽」がオーバーヒートせず、そして「厄災」の危険性もなければ、一度は死んだ身。50年も満たない間ぐらい、骨を貸すのは吝かでも無い。
取り憑かれてから数日は、イヤでしかたなかったけど、今はそうでもない。
恋人のアレクと妹のミュレナが幸せであるのならば――。偽りの生者として送っても良いと思えるぐらいには感情移入をしてしまっている。
「――そっか。私、あとどれぐらい生きられる? もう死んでいるのに、聞くのもおかしいけど」
(……分からない。『肉の芽』が記された書物は少ないし、リッチに取り憑いたなんてのは史上初めてのことだと思うから)
「――――そう、なんだ。その「厄災」の方はどうなの」
(死者蘇生が行われた際、最長でも一ヶ月以内には何かが起きて大量の人が死ぬみたい)
聞かれたことに対して私は知っている事をそのまま答えるのだった
私の名前はミョルナル。21歳。
帝都からかなり離れた場所。山間部にある小さな村・ツァツァンの村に住んでいる、たぶん何処にでも住んでいる村娘です。村娘でした。
どうやら私は魔物から逃げる際に、足を滑らせて崖から転落。そのまま死んでしまったらしい。私、意外とドジだったんだなぁ。
死んだ私は生きたいと想う強い感情により『肉の芽』という妖魔が出現。たまたま通りかかった冒険者でリッチのアリアに憑依さてしまったらしい。
アリアはその時からずっと意識はあって、私視点で出来事を見ていたようだ。
「あの、もしかして、その、アレクとの、情事――」
(勘違いしないで欲しいけど。好きで見たんじゃなくて、見せられたんだからね!?)
慌てたようにアリアは言ってきた。
やっぱり見られていたのか。うぅう、他人に見られていたと思うと凄く恥ずかしい。
おかしな事はしていない……と思う。他の人がどうしているかなんて私は知らない。
「おかしくは無かったよね?」
(知らないよ! 言っておくけど、私は生前は男性経験のない生娘でしたらね!!)
「あ、そうだったんだ。なんか、色々とごめんなさい」
(謝らないでくれるかなぁ!)
そして私達は笑った。
身体が重い。まるで病気にかかっている時のような感じがする。
病気というよりは、もう死んでいるのだけどね。
「――アレクとミュレナにお別れする時間ぐらいはあるかな」
(たぶん。ある)
今までと打って変わって自信がなさそうに答えたアリア。
……なんとなくだけど、たぶん、この調子だともって2日、ううん1日ほどな気がする。
木に手で掴み重い身体をなんとか立ち上がらせる。
いつまでも此処にいる訳にはいかない。もう時間はあまりない。だから、少しでも、一分一秒でも多くアレクやミュレナと一緒に過ごしたかった。
山を下る最中に、アリアと色々な事を話してくれた。
その僅かな時間は、私にとって大切な時だった。
木々の間からツァツァンが見え、私は足を止めた。止めてしまう。
「うそ」
ツァツァンは火と煙に包まれていた。
これが、アリアの言っていた「厄災」なの!?
(ミョルナル! 『肉の芽』の影響で、あまり渡せないけど、私の魔力を渡す。全力でツァツァンへッ)
呆けている私にアリアの言葉が響き、私はいつもと同じように足腰を魔力で強化して走るスピードをあげた。
アリアの魔力の影響だろうか。信じられないけど、今までの三倍異常のスピードが出た。
風圧で顔が痛いけど気にしている時間は無い。
普通なら30分はかかる道のりを、5分とかからずにツァツァンへ辿り付くことが出来た。
ツァツァンは酷い事になっていた。
火の手があがり、顔見知りの村人達は声を上げながら慌てて逃げようとしている
「――ミョル、ナル」
「アレク!!」
鎧は破損して全身に傷があって血塗れだ。左腕は、無かった。
背中には気絶しているミュレナが背負われている。
「あ、ああ、良かった。無事、だったん、だな」
「アレク。アレク。しっかりして。お願いよ!!」
「――ごめん、な。結婚式、あげる約束、したのに、できそうに――ない」
アレクは私の元まで歩くと正面から倒れ込んだ。
衝撃で背中に背負っていたミュレナがアレクの横に倒れる。
「――ミュレナは、無事、だ。気絶している、だけ、ぁぁ」
「いや、いやいや、しっかりしてアレク」
「ミョ、ルナ、ル。逃げ、ろ」
出血が多いためかアレクはそれだけ言うと倒れた。
「いやぁぁぁぁああ」
(ミョルナル! 落ち着いて。まだ死んでいない。彼は助かる。助けてみせる! 腕を彼に近づけなさい!)
「――ッ」
アリアに言われて腕を彼に近づけた。
(『肉の芽』を魔力ブーストして吹き飛ばす。肘から先だけなら時間はかからない。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね!)
アレクに差し向けた腕の肘から先が焼けるように熱くなった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
焼かれ、肉が引き裂かれるような、激痛が奔り、私は必至で我慢したけど、どうしても呻き声があがってしまう。
ちょっと痛いってレベルじゃないのだけどっ。
ボコボコと音を立て、皮膚が、肉が、地面へと泥のように落ちる。
骨にはまるで木の根っこのようなものが絡まっていたけど、黒く焦げ落ちた。そして骨だけとなった手は、私の意思に関係なく、自由になった事を確認するかのように勝手にグーパーして動く。
……ああ。信じてなかった訳じゃないけど、本当に骨は私のじゃないんだ。
骨の手はアレクに向けた。綺麗な幾何学式の魔法陣が現れると、まるで時間が戻っているかのように傷が回復して腕も元に戻る。
凄い。破損した部位を瞬時に回復させるなんて、帝都にある医療院ぐらいでしかできないものだと思っていた。
(――よし。これで問題無い)
「あり、ありがとう、アリア」
涙を流しながらアリアにお礼を言った。
次の瞬間。家が破壊された。
壊れた家から現れたのは高さが3メートル近くはある巨体の鬼。
「見た事、ないけど、あれがオーク?」
(違う。アレはオーク系最上位のオーガ。冒険者ギルドがAランクに指定している魔物。でも、あり得ない。この周辺の環境下でオーガが現れるなんて事は、絶対にない!)
アリア曰くオーガは魔界や魔王城周辺などの魔力濃度が濃い場所で生息していて、普通ならこの周辺に現れる事は絶対にあり得ないことらしい。
でも、その絶対に現れない凶悪な魔物が現れて、村を襲い、アレクを傷つけた。
現象には何かしらの因果がある。
「――厄災。これが、厄災なの。原因は私なの」
(……)
アリアは何も言わない。けど、分かる。この場合は、無言は肯定なのだから。
(……ミョルナル。さっきの事で「肉の芽」がかなり弱っている。もうそれほど時間なく「肉の芽」は死んで、貴女も死ぬ。でも、今なら勇者として、皆の記憶に残る死に方が出来る)
「……え」
(貴女がオーガを斃すの)
「無理。無理よ。私は村娘よ。公爵家令嬢で魔導の才能溢れている貴女とは違うの!」
(分かってる。でも、今は骨は私だってこと忘れない? 私なら斃せる。それに……)
「?」
(これは私達の所為で起きた厄災。なら、私達の手で決着をつけないといけない)
そうね。確かにそうだわ。
私が生きたいと願い。死を拒絶した事で起きた「厄災」。なら、アリアが言うように私達が――――ううん、私が決着をつけるべき事だろう。
アレクの身体を仰向けにして、顔を近づけて、唇と唇を重ねた。ほんの少しの時間。でも、凄く長く感じた。もしかしたらアリアが時間操作してくれたのかもしれない。
「アレク。ごめんなさい。結婚式の約束、破ったのは私の方なの。二人で、幸せになろうって約束したのに、してくれたのに、本当に――ごめんなさい。色々と言いたいことはあるけど、時間がないの。でも、これだけは言わせてね。私、ミョルナルはアレクの事をずっ愛してます。私に幸せをくれてありがとう。私はここまでだけど、貴方は私の分まで生きて幸せになってください」
気絶しているミュレナの頭を撫でる
「ミュレナ。駄目なお姉ちゃんでごめんなさい。両親から貴女の事を託されていたのに、成長を見届けること無く置いて逝ってしまう。お母さんに似のミュレナはきっと綺麗に成長して、格好いい素敵な男性と結婚するのでしょうね。貴女の成長を、見届けたかったわ。本当に、ごめんなさい」
謝ってばかりだな、私。
本当はもっと色々と二人に言いたい。でも、アリアが言ったとおり時間がない事はなんとなくだけど感覚で理解していた。
重くなった躰をなんとかして奮い立たせ立ち上がる。
私は暴れ回るオーガを睨みながら、一歩、一歩、向かっていく。
「ミョルナル。どこへ行くつもりなの!! 早く逃げなさいっ」
「おばさん。神様から――あの鬼を斃すための力を貰ったの。だから、大丈夫」
「何を言ってるんだいッ」
「私よりもアレクと、妹のミュレナをお願いします。私は、もう、駄目だから」
「――ミョルナル。あんた、まさか」
たぶん、私は笑えたと思う。
ふと気がついた。骨だけになっていた肘から先が元に戻っている。
(戻ってないよ。幻術で隠しているだけ。骨の姿じゃ、格好悪いでしょう)
「アリアは骨だけでも格好いいと思うわ」
(……ありがと)
私の敵意に気がついたオーガは、睨み付けてきた。
不思議と恐くなかった。死んでいるというのもあるけど、一番の恐怖が分かった。アレクやミュレナが死ぬ事だ。
二人が生きてくれるなら、恐怖なんて打ち勝ってやる。
「ッぅぅうあ」
(ごめん。オーガを斃すためには両腕が必要なの)
先に言って欲しかった、かな。
左手と同じように皮膚と肉が泥のように落ちて骨だけの状態となり、直ぐに幻術で腕があるように見えるようになった。
左右の手を前へ向けると、先ほどとは比べ物にならないほどの複雑な魔導式による魔法陣が現れ、バチバチと音を立てる。
分かる。膨大な魔力が収束されていく。
――ああ。本当にアリアは凄い人なんだ。
■■■■■■
オーガは雄叫びをあげ、手に持つ斧を掲げる。
足を踏み出して突進して来る気配をだしたけど、突如として足下は黒い沼に取られ、動くことが出来なくなった。
(魔法罠「暗黒泥」。捕らわれた相手は身動きが出来ず、更に毒などのバッドステータスも付与される。――オーガ相手だから、どこまで通じるか不安だったけど、動きを封じられて良かった。さて、と)
アリアは悲しそうな感じで言った。
(『爆雷魔法』を収束させて一点に向かって槍のように撃つ私のオリジナル魔法アレンジ。威力は申し分なくオーガ程度は吹き飛ぶけど、反動で『肉の芽』も死ぬ。その、)
「いいの。もう、覚悟は出来ているから」
(……)
「アリア。少しの間だったけど、貴女と一緒にいて、話すことが出来てとても楽しかったわ」
(私、私も楽しかった。生前に、こんなに他人と話した事は、無かったから。とても短い間だったけど、ミョルナルの事は親友だと思ってる)
「ふふ。ありがとう。私もそう思ってるわ。アリア、さようなら――」
(――うん。さようなら)
オーガ。私が蘇ったことで発生した「厄災」
原因は私だけど、ツァツァンを襲い、ミュレナとアレクを傷つけた事は絶対に許さない。
魔法陣は一際輝くと強大な魔力が放出され、オーガを貫き、あっという間に肉片1つ遺さずに消滅した。
そして同時に私は意識を失い――死んだのだった。
※※※※※※※※※
『拝啓。お父様。お母様。以上が、私が経験した魔怪事案です。ミョルナルはオーガを斃した勇者としてツァツァンで奉られることになりました。人の記憶に永遠に残るという事は、ある意味で不死と変わらないのでは無いでしょうか? 恋人のアレクは少し落ち込んでいましたが、今は彼女がいて護ったツァツァンを護るために鍛えているみたいです。ミュレナはアレクが養女として引き取り、ミョルナルが死んだ事を悲しみながらも生活を送っています。きっと時間が、彼彼女の傷を癒やしてくれると思いたいです。
今回の事でやはり生者と死者は一定の区切りがあり、それを越えると不幸なことになると思い知らされました。――なんで、10年ほどで目覚めたのでしょうね。100年以上経っていれば、お父様たちは亡くなっていて、こんな風に思うことはなかったでしょう。正直、家族に会いたいという欲求はあります。ありますが、今回の事でやはり会わないことが正解だという気がします。ただ、せめてお父様。お母様の死に際には会う事ができればと思わずにはいられません。
では、また何かあれば手紙に起こしたいと思います。
アリア』
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