魔導人形
『拝啓。お父様。お母様。如何お過ごしでしょうか。季節の変わり目は、体調を崩しやすいのでお気をつけ下さい。私はリッチ。骨だけの存在。病気などに成るわけないと根拠のない自信を持っていましたが、なぜか最近は寒気がするようになりました。こう、ゾクゾクと……。不思議です。ああ、不思議と言えば護衛騎士を務めてくれていたリリィが何故かローサリの街で良く見かけるようになりました。あまり遭いたくないので、隠遁魔法を使ってエンカウントを避けていますが、彼女ほど優秀で強い騎士が、地方都市で暇を持て余すのはどうかと思う次第です。まぁリリィの人生なので、もう私がどうこう言える立場にはないのですが……。万が一、万が一ですよ。私の死が影響しているのであれば、申し訳ないと思います。いえ、きっと影響していますね。その所為でリリィはどうやら私の事を昔のようには思ってくれていないようですから。こういう時、骨だけは困ります。泣きたい時に流す涙がありません。お父様とお母様が亡くなったときも、私は泣くことができないでしょう。――ごめんなさい。辛気くさくなってしまいました。親より先に死んだ親不孝者の娘が願うのもおかしな話ですが、出来るだけ長生きして下さい
アリア』
「領主様の娘さんの家庭教師?」
「はい。条件が魔導2級以上となってまして、当ギルドに登録されている方の中で、魔導2級以上の方はエルプスユンデさんしかいないのが現状でして」
両親へのエア手紙を書いている内に気分が昏くなった私は、気分転換を兼ねてローサリにある冒険者ギルドへとやって来た。
こういう時は魔物討伐がいい。出来る事なら大型。理由は魔法をぶっ放す事が出来るから。魔王扱いされるから爆砕魔法と轟雷魔法の合成魔法『爆雷魔法』は撃てなくても、爆砕魔法レベルを撃てたらかなりスッキルする。
……この世界は私には優しくないので、希望する大型魔物討伐はなかった。
とりあえず近くの村から出されたゴブリン討伐の受けようか悩んでいると、ミルキィ・ノルウェイさんが声を掛けてきて今に至る。
「確かに私は魔導1級保持してるけど、冒険者ランクはCランク――」
「エルプスユンデさんがCランクなのは、進級試験を受けないからじゃないですか。進級試験さえ受けてくれたらBランク、いえAランクまでランクアップ可能です」
「Bランク以上になるとギルドからの強制指令を受けることになるでしょう。――命令されて動くのは、もう、止めたんだ。私」
もし試験を受けてBランク以上になっていたら、今回のような領主からの依頼は断ることが出来ずに、強制的に受けることになっていた。Cランクだからこそ、受けるかどうかの自由がある。低ランクを維持していた甲斐があった。
そもそも領主さまは無知過ぎる。
条件の魔導2級以上とか、万人に一人ほどの割合。魔導1級となると億人に1人ほどの割合となる。
公爵令嬢だった時は10歳で魔導1級を取得した。これによって帝国から魔導研究への補助金や高級素材などが支給されるようになり、思う存分に研究に没頭することができた。その頃だったかな。キーファ皇子との婚約が決まったのは。どうやら皇族と婚姻させて、私を帝国皇室に縛り付けて働かせるつもりだったみたい。
――補助金や高級素材の受け取り書の中に、婚約契約書を紛れ込ませて、サインさせるのは卑怯だよね。内容を確認せずにサインする私も悪いけど!
「一部ですが、冒険者ランクCの者が、魔導1級は不釣り合いと言う者もいます」
「魔導階級を降格させるってこと? 別にいいよ。今の魔導1級は天体魔法「流星群(メテオレイン)」を見せただけで認定されたものだからね。個人的には3級程度が、面倒事がなくて助かる」
3級は千人に1人程度の割合なので、それほど珍しくはない。この冒険者ギルドにも、魔導3級保持の魔導師は数名だけどいる。
公爵令嬢だった時は魔導1級の恩恵を受けていたけど、今は全く受けていない。魔導1級になれば国から恩恵を幾つも受けられるけど、その分だけ国に縛られる。キーファ皇子との婚約がその最たるもの。
魔導1級だけど、国からの恩恵を一切受けないことで、国から枷を嵌められないようしている。悠久の時間がある不死王となった今は、素材とかを自分で採取採掘するのも、また楽しみの1つでもあった。
「第一にさ。なんで魔導2級以上って条件を付けてるの?」
「知らないのですか?」
「うん。知らない」
「領主さまの娘様は、とても優秀で15歳で魔導2級を保持されています。きっと自身より階級の低い者には教わりたくないのでしょう」
「それは――確かに優秀だ」
15歳で魔導2級になれるという事は、かなりの魔力を保持していて、かなりの魔導センスがあると言うことになる。
まあ私は10歳で魔導1級を習得しましたが?
――でも、少しだけ気になる。
魔導2級になるほどの才能ある者が、魔導に関しての家庭教師を欲している。高確率で魔導絡みの事案だと思う。
凄く気になる。もしかして珍しい魔導具とか、新しい魔導術式関連かもしれない。
領主の娘というのが、少し億劫ではあるけど。受けてみようかな。
「……今回だけ受けるよ」
「エルプスユンデさん。ありがとうございます!」
ミルキィさんは喜ぶ。
この人の笑顔は好きだなぁ。……なんかいつも乗せられている気がするけど、気のせいだと思いたい。
※※※※※※※※※
翌日。
私はローサリ郊外の森の中を歩いていた。
領主の屋敷へ行ったところ、娘さんは郊外の森で待っているらしい。
因みに郊外の森はかなり広い。ただ郊外の森で待っているとただ言われただけで、何処で待っているか具体的な場所は教えられなかった。
探して見ろってことかぁ。試すのは好きだけど、試されるのは好きじゃない。
爆雷魔法で森を吹き飛ばそうかなぁ。魔導2級の実力なら生き延びられるでしょう。
……いや、しないよ。そんな行為はまるで魔王の所業じゃないか。少しやってみたい気はあるけど!
でも、探索魔法なんて簡単な魔法を使って見つけたとして。
『魔導1級と聞いてましたけど、なんの変哲もない探索魔法で見つけるだけですの。がっかりですわ』
金髪で縦ロールのお嬢様が見下してくる姿を想像する。
かなりムカつく。私は魔導に関しては、それなりにプライドを持っている。キーファ皇子が私の提出した論文にイチャモンをつけて来たときは、きちんとバカでも分かるように丁寧親切に1つ1つを論破したぐらいだ。
ここは格上の魔導1級保持者として、舐められないようにするべきだろうね。
上空に巨大な魔法陣を出現させる。同時に隠蔽魔法も使い気取られないようにした。魔法陣を相手にそのまま見せるのは三流以下。どんな魔法を使用するか、相手に態々教えているようなものだから。
今回使用する魔法は召喚魔法。
召喚するのは「観察・凝視する眼(ビッグ・アイ)」
魔法陣は歪み消えると空に孔が空いた。そこから巨大な眼が顕れ、眼下を見ている。その景色は私へと伝わってくる。
ギャロギャロと眼球を動かして森全体を見る。
目標は直ぐに見つかった。森の奥。拓けた場所で優雅にお茶を飲んでいて、――そして視線が絡み合った。
ッッッ。
どうやら間違いなく魔導2級の実力はあるらしい。私の隠蔽魔法を看破して、「ビッグ・アイ」と視線を合わせたのだから。
これは実に楽しみだなぁ。
「ビッグ・アイ」を召還を行ってから、目標の人物のいる所に向かった。
時間指定はされていないのでゆっくりと歩いて行く。骨だけの身体とはいえ、運動は必要。城の中で実験と研究で引き籠もったり、移動も転移魔法を使用するため、それなりの距離を歩くことはあまりないからね。
1時間ほど歩き、待ち人が待つ場所へと辿り着いた。
上空から見た通り、丸形の机の上にはポットとカップが置かれていた。
優雅にカップを飲むのは、紺色の短髪でボーイッシュの感じがする貴族の令嬢にしては珍しい感じがする。
私の学生時代には、そんなタイプの娘はいなかったなぁ。
まぁ友達自体がいなかったんですけどね。
ハッハハハハハ。
骨だもの。涙は流れない――。
「――貴女、が、エルプスユンデ、と呼ばれる、この領地最高の魔導師。私の名前は、オルティナ・フィナ・ファンストリーと申します」
「領主のご令嬢さまに知られているとは恐悦至極。座っても宜しいでしょうか?」
「――どうぞ」
座るように指示出しされたので、椅子を引いて腰掛けた。
「それで私にどんな用件があるのでしょう」
「まず。隣の領地を管理している貴族令息、アルバトスに婚約を申し込まれました。拒否しましたけどね」
「はぁ」
「でも、アルバトスは諦めが悪く、とてもしつこく言い寄って来て――闘うことになりました」
「なんで!?」
「言葉巧みに乗せられました。私が勝てば二度と私に付き纏わない。私が負ければアルバトスと結婚する」
――帰りたい。
色恋とか私から一番遠い概念なんだけどさ。今は骨だし、生前は毒殺される始末。
なのに恋愛相談みたいなことをされても、どうする事も出来ない。
ただ気になる事があったので、手を上げて質問をしてみた。
「1つ質問が。貴女様は冒険者ギルドで魔導2級と聞きましたけど、そのアルバトス様は2級以上の実力保持者でしょうか?」
オルティナ様は首を横へと振った。
「いえ。彼は魔導5級ほどの実力しかありません」
「なら楽勝でしょう」
魔導2級の者と魔導5級とでは、才能と魔力の差があまりに大きすぎる。
はっきり言って勝負にすらならない。例えば同じ火炎系魔法を唱えたとして、その威力はマッチ棒の火とドラゴンのブレスほどの差がある。
「単純な魔法勝負なら、絶対に負けない自信はあります。ただ、今回の闘いは『魔導人形』を使用した闘いなのです」
「例えそうだとしても、2級のオルティナ様が造った物と、5級のアルバトス様が造ったものとでは歴然の差があると思いますがね」
「――本来なら、そうです。今回、私が使用する『魔導人形』はこれなのです」
オルティナ様は自身の横に召喚魔法陣を出現させると、一体の『魔導人形』を喚び出した。
それは私が知っている物だった。
「『魔導人形』パラスアテナ……」
「ご存じでしたか」
「え、ええ。まぁ」
私は頷くことしか出来なかった。
『魔導人形』パラスアテナ。
私が唯一生前に制作した『魔導人形』の一体。断っておくと、別に『魔導人形』に興味が無かった訳じゃない。
『魔導人形』は術者が、魔法を撃つ際に無防備になるため、その間に自身を護らせる事を主目的とした魔導具。その為、『魔導人形』を造っているとリリィが泣きながら訴えてきた。
『アリア様! 御身の護衛に対して私に不安があるのならおっしゃって下さい。全て克服して実力を伸ばして見せます!! ですから、そんな人形に頼らず、私を、私だけを頼って下さいッ』
……ウザかったけど、なんとか説得して、この一体だけは完成させたんだったなぁ。
もう20年以上も前の話。私がまだ10歳そこらだった時のこと。
現在『魔導人形』がどれぐらい発達しているかは知れないけど、流石に私が造った物とはいえ技術の世代差は大きいハズだ。
「ご存じの通り、この『魔導人形』はあるお方が生前にお造りになったものです。もう20年ほど前の物になります。今回、私はこれを使用して、最新の技術で造られた実験機であるワンオフ機体と闘うことになりました」
「つまり20年前の『魔導人形』で、最新『魔導人形』と闘わないといけないということでしょうか……?」
「はい」
今の『魔導人形』がとれぐらいのスペックかは知らないけど、かなり厳しいと思う。
しかも見た感じあまりメンテナンスはされていないようだ。
「あの――、その『魔導人形』はどちらで手に入れられたのでしょうか?」
「誕生日にお父様から送られた物なのです。私はこれを造られたお方に憧れて魔導の道に踏み入れた経緯があって、何か1つでもあのお方が造られた魔導具が欲しくて……」
「そう――なんですネ。でも、他にも色々あったのでは?」
「あのお方が造られた物は、基本的に帝国魔導省が管理運用されていて、誰も扱えないという事で、お父様経緯で魔導2級の私に送られたのです」
「誰にも、扱えない、ですか?」
そんな複雑な造りにした記憶は――あった。
リリィの所為で一体しか造ることが出来ないと判断した私は、当時持ちうる技術と公爵家の金と権威を利用して、最高のパフォーマンスの「魔導人形」を造り上げたんだった。
その結果。魔導1級の私ぐらいしか扱えない複雑な物が出来上がってしまったんだっけ。でも、それを言い出したら私の造った物は、私専用のものがほとんどになる。
「はい。でも、この魔導人形と私の相性が良かったのでしょう。なんとか、動かすことが出来たのです。だから、送られる事が出来たのだと思います」
「そうだったんですね」
「ただ。造られた方は天才のあまり私では理解しがたい所もあってメンテナンス等が行えていない状態なのです」
「つまり、魔導1級の私に、そのパラスアテナのメンテナンスをして欲しいという依頼ですか?」
「はい。本当は時間を掛けて自分で行いたいのですが、『魔導決闘』で使用する事になった今では、早急に行う必要が出てきたのです。私は、絶対にこの機体を使って勝ちたい」
凄い闘志を感じる。
「そこまで結婚がイヤなのですか? 貴族である以上、政略結婚はあたりまえ。自由恋愛は中々に難しいと思いますが」
「結婚は別に構いません。父親以上の年配の貴族。金満貴族。肉体だけの関係を迫る貴族。私は家のためなら、私はどのような形でも嫁ぐ覚悟はあります」
「……アルバトス様の何が不満なんです?」
話を聞く限り同年代の子だと思う。
きっとこの子は、先ほど言った言葉通り、家のためなら政略結婚として、どんな家でも相手でも嫁ぐ覚悟はあるのだろう。目に嘘はない。
今回、結婚を迫ってきているアルバトスは、そんなに問題を抱えたヤツなのかな。帝国貴族はイヤな奴が多いので、その可能性は大きい。
「――彼は、私が敬愛し尊敬するあのお方が造った、このパラスアテナを「ガラクタ」「ポンコツ」「石像」等と言ってきたのです」
……。へぇ。
私が、造った物に対して、「ガラクタ」、「ポンコツ」、「石像」?
良い度胸してるじゃないか、たかだか魔導5級の小童が!
「それに私が自分より優れた魔導師というのが気に入らないのでしょう。彼と結婚すれば、私は魔力封じされて、魔導6級以下にまで下げられる事になります。私は。私は! 魔導が大好きなんです。あのお方のようになりたいと思ってます。なのにッ、魔力封じをされたら、それが叶わなくなります。だから、今回の『魔導決闘』では、絶対に彼に勝ちたいのです」
オルティナは涙を流しながら訴えてきた。
私はかなり怒りを覚えた。
婚約なんかで魔導2級の者が、魔力を封じられて魔導6級以下に降格?
それは死刑宣告に斉しい。私なら自害するレベルの行為。今はリッチなので死にたくても死ねないのだけど!
……それにしても、どうやらアルバトスとかいう世間知らずには、魔導の深淵というものを見せてあげる必要性があるみたいだね。
「分かりました。魔導1級である私――エルプスユンデが、オルティナ様の依頼を受けましょう」
私の名前は、オルティナ・ザラ・ハザード。男爵令嬢です。
とても困った状態に陥ってます。
私の人生を左右する『魔導決闘』まで残り1週間足らず。なのに、使用する『魔導人形』パラスアテナのメンテナンスがまるで出来ていない状態なのです。
これを造った人は、アリア・ランドリス・グラウデス様。
私も魔導2級をこの歳で取得したからには天才と自負してましたが、この『魔導人形』をメンテナンスする為に弄っているだけで、自分とアリア様の才能の差を突き付けられ、自信が少しずつ削られていく感覚を味わっている。
『魔導人形』のみを使用した『魔導決闘』
負けたら、私は魔力を封じられ魔導6級以下に降格され、アルバトスの元に嫁ぐことになってしまいます。
……それだけはイヤ。私にとって魔導は、生きる糧のようなもの。それを奪われると言うことは、死にも斉しい所業。封じられるぐらいなら、肉奴隷の方がまだ良いぐらいです。
ただ時間だけが無為に過ぎていく日々。
そんな中で、ある噂を耳にしました
――ローサリの街に魔導1級の冒険者ランクCの者がいる――
魔導1級と言えば、帝都でも片手で数えるほどしかいないほどの実力者。
そんな実力者が地方の方にいると言うだけでも眉唾物で、それも冒険者ランクCというならば虚偽である可能性が高いと考えていました。
しかし。今の私は追い詰められて猫の手も借りたい気分でした。
そこで私は冒険者ギルドへ依頼。魔導の家庭教師という名目で。
ちょっとした試験のつもりで森の中で待つことにしました。どのように私を見つけることが出来るか。期待して。
探索系魔法で見つけるものと思い待っていると視線を感じて上いた時には、そこには巨大と言って良いぐらい大きな眼がありました。
隠蔽魔法を掛けているのでしょう。森に住まう動物たちは静かで、私ですら何かしらの視線を感じて魔眼で見ないと気づかないぐらいです。
視線が合うと、眼は消え、しばらくすると、私が依頼した者が現れました。
「――貴女、が、エルプスユンデ、と呼ばれる、この領地最高の魔導師。私の名前は、オルティナ・フィナ・ファンストリーと申します」
「領主のご令嬢さまに知られているとは恐悦至極。座っても宜しいでしょうか?」
「――どうぞ」
ローサリの冒険者ギルド職員は無能の集まりですか!?
こんな怪物を冒険者ランクCにしておくなんて正気とは思えません。
声をかけられた瞬間に、私は死を覚悟しました。仮に目の前の者が暗殺者で、私を殺しに来た場合のシミュレーションをしましたが、2手以内で私が死にます。それほど実力差を感じました。
……本当に人間なのかも疑わしいぐらいに。
もしかして先日のリレル大森林が、何者かに破壊された事がありましたが、目の前の方ならそれも可能かもしれません。あくまで私の妄想でしかありませんけどね。
私は恥を忍んで、アルバトスの婚姻の事と、魔導人形を使った『魔導決戦』の事を包み隠さずに全てを話しました。
「分かりました。魔導1級である私――エルプスユンデが、オルティナ様の依頼を受けましょう」
エルプスユンデ様は、初めは戸惑い、難しそうな雰囲気を出してましたが、最後には頷いて承諾してくれました。
「その魔導人形――パラスアテナのメンテナンスですけど、私の工房で作業をしたいので、お預かりしても宜しいでしょうか?」
「ええ。どうぞ。ただ、――何日ぐらいで終わりそうですか」
「きちんと見てみないと分かりませんが、最短で2日。最長でも4日以内には終わらせると思います」
「――本当に?」
思わず零してしまいました。
帝都にいる魔導1級の方々もメンテナンスが出来なかった程の複雑な魔導人形。それを最長でも4日でメンテナンスが出来ると言ったことが信じられませんでした。
「この魔導人形を造った方は、魔導に関しては天才、いえ、超天才、比肩しうる者がいないほどに才能が溢れていた数万年に一人の才女でしょう。――でも、私はその方よりも上です。大凡で15年分ほどね」
胸を張り躊躇うことなくエルプスユンデ様は言い切りました。
虚言を言っている様子はなく、ただありのままの事を言っている雰囲気です。
「それでは、さっそく作業の入りたいと思いますので、パラスアテナをお借ります。――完了次第お屋敷とお持ち致します」
「あの!」
「はい、なんでしょう」
「約束の一週間。残った日数はパラスアテナの操縦方法を教えていただいても宜しいでしょうか。きちんと操縦できるか不安なんです」
「良いですよ。私がメンテナンスした魔導人形が、負けるのも目覚めが悪いですからね。オルティナ様が言い出さなければ、私から恐れ多いですが、進言する所でした」
――私はこの言葉を少し後悔することになります。
圧倒的な鬼の如き扱きに遭うことになり、エルプスユンデ様の実力が圧倒的だという事実に打ちのめされる事になるのでした。
エルプスユンデ様。
外国の言葉で、原罪の意味を持つ魔導師。
私が死ぬ時まで先生と仰ぐ方との出会いでもありました。
※※※※※※※※※
空は快晴。絶好の『魔導決闘』日和と言える。
私達がいる場所は、交遊の街「ペガサシア」にある円形型闘技場。
ここで『魔導決闘』が行われる。
貴族同士の『魔導決闘』は珍しいためか、闘技場には一般人や暇な貴族達が合わせて数百人規模で見学に来ていた。
その中には、私の元護衛騎士のリリィアンデ・ファブニアスの姿もあった。きっと私が造った魔導人形・パラスアテナだと聞きつけて来たのだろう。ストーカー根性恐れ入る。
「オルティナ。今なら負けを認めたら、無様に負けることはないぞ」
「勝手に私が負ける事にするのは止めて。勝負は分からないわ」
「おいおい。お前のパラスアテナは、世代遅れの骨董品のガラクタ。最新最高の魔導人形・ウラノスに勝つつもりか! 笑わせてくれる」
「バカにしていいの? 負けた時に、恥が大きくなるよ」
オルティナ様とアルバトスは睨み合い。
――私の造った物をバカにした事で、観客席から鋭い殺気が籠もった視線が送られているけどアルバトスは気がついていないようだ。これからは夜道に気をつけた方が良いよ。
私は怒らない。と、言うかもっとバカにしてもいいよ。
最新最高(笑)の魔導人形とやらが完膚なきまで負けた時が見物だものね!
「――揃っているようだな。ちっ」
舌打ちをして二人の間に割って入ってきた人には見覚えがあった。
ルーファス・ライディン・グラウデス。
私の兄の1人。生前も誰かの所為で気苦労していたようで、眉間に皺があったけど、今も変わらず、いや、最後に会ったときよりも険しい表情をしている。
あれから15年も経っているんだ。もうおじさんだね。
「――ただでさえ仕事が多いのに、余計な事で仕事を増やしてくれたな」
2人を睨み付けて文句を言う。
貴族同士が『魔導決闘』を行う際は、魔導省から監督役が派遣されて、監視と監督をする決まりがある。もし魔力が高い者同士が闘うとなると、地形が変化してしまう事ある為、そのような事態を少しでも抑制するためだ。
闘技場の壁際には魔導省の職員と思われる魔導師が結界を張って、観客席に被害が出ないようにしている。
「くそっ。妹たちが造った魔導人形でなければ、他の奴に押し付けられたのに、計ったように家系が造った魔導人形をぶつけて来たな、お前ら」
妹「たち」?
パラスアテナは私の作品。「たち」と言う事はウラノスは私の妹の作品という事になる。
誰の作品かな。私が生前は2人の妹がいたけど、どっちだろ。
そもそも妹が出来た事は知ってたけど、私は自分の工房に引き籠もっていて、あまり合ったことないなぁ。新年の挨拶で顔を合わせるぐらいだった気がする。
顔どころか名前もうろ覚えで出てこない。
――私。姉として最低じゃないかな?
「まぁいい。アルバトス男爵。魔導省として公平な勝負をモットーとしている」
「……知ってますよ」
「勝敗が婚約はいい。だが、負けた際にオルティナ子爵の魔力を封じると言うならば、公平にアルバトス男爵も負けた際に魔力封じをすることになる」
「なっ。なぜだ……なぜでしょうかっ」
「言っただろう。『魔導決闘』公平公正でなければならない。負けた際の条件も互いに同じでなければならない。断るようなら、この『魔導決闘』は中止するしかない」
たぶんアルバトスはオルテイナ様が負けた際に、言い訳をさせないため衆人観衆の前で闘うことにしたのだろう。
更に魔導省まで立会人を要請して完璧を期したつもりだったのだろうけど、裏目に出た形だと言える。
魔導省は融通がかなり利かない頭の硬い組織。生前も禁術クラスの魔導研究をする際に申請したところ数ヶ月待たされる事は珍しくなかった。ルーファスお兄様は、私専属の監視監督役をする羽目になったとかで、愚痴っていた。私に言われても困る。
ここでアルバトスが断れば、ルーファスお兄様はこの『魔導決闘』を即座に中止する。
ここまで人を集めて中止となれば損害賠償もかなりのものとなるのは予測できる。中止した原因がアルバトス側となりば、それを払うのはアルバトスということになるだろう。
「分かり――ました。受けますよ。負けたら素直に魔力封じを受けますよ!」
「では、条件の再確認をする。オルティナ子爵が負けたらアルバトス男爵と結婚、及び魔力封じにより魔導2級から魔導6級以下に降格。アルバトス男爵が負けた場合は二度とオルティナ子爵に近寄らず、魔力封じにより魔導5級から魔導13級へ降格とする」
「まっ、待ってくれ。なんで魔導13級まで降格しなければ!」
「公平と言ったはずだが? 魔導2級の者が6級レベルまで魔力封じするというのならば、アルバトス男爵は13級レベルまで降格が妥当だと魔導省は判断した。異論はあるか?」
「――ッ。ありま、せんよ!!」
魔導13級と言えば、一般人の子供と対して変わらない。そこまで落とされたら、貴族としては底辺も良いところだ。
「では、これより『魔導決闘』を行う。決戦方式は魔導人形対決。
オルティナ子爵令嬢、アリア・ランドリス・グラウデス製造『パラスアイナ』
対
アルバトス男爵令息、アリサ・ウァル・グラウデス製造『ウラノス』」
オルティナ様とアルバトスは闘技場の端へと移動。
召喚用の魔法陣が地面に描かれ、それぞれの魔導人形が顕れる。
私が造ったパラスアテナは女神を模しているのに対して、妹――アリサが造ったウラノスは男神を模していた。
「審判は私、ルーファス・ライディン・グラウデスが務める。では、互いに正々堂々と貴族らしく闘いたまえ。では、『魔導決闘』開始!!」
先手を取ったのはアルバトス側のウラノス。
ウラノス後方側に空間が波紋のように揺れて砲門が出現した。その数20門。
砲門からは赤い光が放たれパラスアテナに当たり、直ぐさま20門。全てから光が奔る。
圧倒的な魔力量。悔しいけど、流石は最新型のワンオフ機体。世代格差を感じるなぁ。パラスアテナ単体ではあの魔力量を放出できない。
ウラノスが出現させた20門の砲門から幾重にも閃光が放たれている。
3分ほど経ち、数百発の魔導砲を放ち一段落したのか、砲門から放出は落ち着いた。
アルバトスは笑みを浮かべている。あの笑みはムカつく。もう勝った気でいるようだ。
土煙が晴れるとそこには少しだけ土埃を被った無傷のパラスアテナが立っている。
「馬鹿な! あの威力の魔導砲を全て受けて無傷だと!!」
アルバトスは驚きの声をあげる。
まぁ私の造った機体以外なら、もう完膚なきまでに破壊されていただろうね。
パラスアテナが禦ぐことに使用していた盾の外装に亀裂が奔り砕け散った。
「あの! 愚妹が! やはり帝国皇城の宝物庫から盗んでいたかッ。帝国至宝の1つ。あらゆる攻撃を禦ぐことが出来る絶対防御の盾を!!!」
いや、ルーファスお兄様、別に盗んでいませんよ?
なんか色々な物を置いている所に、たまたま地面に落ちていたから、拾って外装を偽装しただけなんです。それを盗んだ、なんて酷いです。濡れ衣です。
――まぁ仮に盗んだとしても、私は死んでいる訳で、時効ですよ。時効!
ハッハハハハ。
そもそも、パラスアテナは詠唱中に私の身を護ることに特化した性能が欲しかった訳で、なら「絶対防御」の盾があるのなら、絶対に装備させるしかない。
どうせ使わずに物置に置いておくならば、有意義に使ってあげた方が、盾も喜ぶはずだ。
つまり私は、全く、これっぽっちも悪くはないってこと!!
「砲撃が駄目なら、近接戦闘で決着をつけるまでだ!!」
左右に装備している鞘から刀身のない剣を取り出した。
抜いた瞬間に鍔から魔力が放出される。魔力剣かぁ。あの魔力量だと大抵の魔力防御の物ですら切り裂けるだろう。※パラスアテナの盾は除く。
風魔法で浮遊して高速で飛ぶと、パラスアテナへと正面から向かっていく。
バカなのかな? 正面から突っ込むとか。
ウラノスは地面に圧し付けられてる。同時に隠蔽していた魔法陣が出現する。重力魔法を使用したトラップ。ウラノスが攻撃している最中に、パラスアテナはただ防御していた訳じゃない。きちんと次の手を打っていた。
「くそっ、小賢しい手を使いやがって!! ウラノス、重力罠を破壊して、そこから脱出しろッ!」
ウラノスは手に持つ魔力剣を地面に突き刺す。地面から複数の魔力の刀身が現れ、重力罠の魔法陣に干渉した。
魔法陣は亀裂が奔り砕け散った。
地面から魔力剣を抜くとウラノスは立ち上がる。そして再び浮遊してパラスアテナへと向かっていく。
……さっきも思ったけど機動力も向こうが上だよねぇ。
やっぱり技術の世代格差は、幾ら私が天才でも限度がある。
メンテナンスはメンテナンス。強化改造する時間はなかった。後一ヶ月ぐらい猶予があれば、色々と弄ってウラノスなんかに後れを取らない魔導人形に仕上げたのだけどね。
私がした事と言えば、メンテナンスのついでに魔導人形の基本骨子を総入れ替えしたぐらい。魔力伝導率が高い素材があったから試してみるには都合が良かった。
ぶっちゃけると素材は私の骨。
リッチの特性か骨の再生率はかなり高かった。だから頭蓋骨以外の骨、だいたい九割ほどを折ったりして組み込んだ。実験なのでどうなるか不透明だったけどね! でも、オルティナ様に教え込んでいる内に、パラスアテナは人間と同等以上の動きをすることが分かった。更に私の骨を使っているためか、私が使用できる魔法をほぼ使用できる事が発覚した。それを使用するには、使用者の魔力が必要だけど。
ピシッと空間が亀裂が奔る。
無鉄砲に放たれた魔力砲の攻撃。重力罠による行動抑制。
攻撃魔法の魔法陣を作り出すには十二分の時間を稼ぐことができたハズだ。
まぁ相手が魔導5級の小僧だから可能なことなんだけどね。これが魔導3級以上だと、攻撃用魔法陣を展開するまでにジャミング等をされて発動することは難しかったハズ。
「この、2つの魔法陣は――、リレル大森林を破壊したと冒険者ギルドから報告のあった『爆雷魔法』か。全局員! 防御魔法陣を最大展開!! 観客を巻き込むなぁぁぁぁ」
さすがルーファスお兄様。私のオリジナル魔法を冒険者ギルドの報告書だけで見抜くとは。でも、残念。リレル大森林を破壊したときから少し改造して、空間破砕の効果も加えて威力を大幅アップしているのだ!
魔導省の局員レベルの防御魔法では防げるレベルじゃなんだよ!!
ハッハハハハ――。
まぁ客席に被害がでるのは私の本意じゃない。だから、私かいる。
魔導省の局員たちが展開する魔法陣にハッキングして強化する。これぐらい強化すれば問題ないだろう。たぶんね!
パラスアテナは槍を投げる。
あの槍も盾同様に、同じ場所にたまたま地面に落ちていた物を拾って装備させた。
盾は絶対防御に対して、槍はあらゆるものを貫く投擲槍。投擲したら最後。時間・空間・概念を無視して、対象物を貫く。
発動にはかなりの魔力が必要だけど、盾には絶対防御の他に魔力を溜める効果がある。私は盾と槍を魔導ラインで繋いで盾の魔力を槍にチャージするように改造している。
ウラノスの無鉄砲な攻撃で、槍の効果が発動できる魔力チャージは完了していた。
パラスアテナが投擲した瞬間に槍は消え去り、ウラノスを貫いた。
槍は『爆雷魔法』が発動する爆心地。
ウラノスはパラスアテナを睨んでいるように見える。再び空間から砲門を出し、幾重もの砲撃をしながら剣を構えて突っ込む。真っ正面から。バカかな?
重力罠が1つな訳がないじゃない。ウラノスは再び魔力罠に嵌まり地面に伏せた。
それと同時だった。
パラスアテナが『爆雷魔法』が発動。
爆炎が地面から噴き上がり数多の雷が降り注ぎ空間が破砕されていく。
ああ、なんて美しくて感動できる光景なんだろう。
生み出して、本当に良かった!!
※※※※※※※※※
『拝啓。お父様。お母様。如何お過ごしでしょうか。私は久しぶりにルーファスお兄様に出会いました。向こうは私に気がつくハズもありませんでしたが。遭ったのは交遊の街「ペガサシア」で行われた魔導人形による『魔導決闘』です。ある貴族同士の婚姻の揉め事の決着をつけるためです。――私もそうでしたが、婚姻というのは面倒事の筆頭ですね。本当。さて相手方が持ち出してきた魔導人形は、なんと私の妹――アリサの作品らしいのです。名前は訊いた事あるような気がして、顔までは思い出せないのは、私は姉として失格でしょうか? 少し研究に没頭しすぎました。因みに『魔導決闘』は私のパラスアテナが勝ちましたよ。絶対防御の盾を装備してしても半壊するのですから、私のオリジナル魔法『爆雷魔法』の威力の凄さと美しさと言ったらなんの!
――こほん。少し熱くなりすぎました。あ、アリサが造ったウラノスは全壊。木っ端微塵となって修繕不可能だということです。アルバトス男爵は魔導13級レベルに魔力を封じられ、ウラノスにかかった膨大な金を借金として背負うことになったようです。オルティナ様は無事に婚約せずにすみましたが、パラスアテナはルーファスお兄様に回収されたようです。帝国皇城からすこしばかり拝借していたのがバレた事と、盾と槍はパラスアテナ用に調節しているので、パラスアテナごと回収されるのも仕方ありません。ただ代わりにアリサがウラノスとの兄弟機をオルティナ様に送るそうなので、送られてきたら見せて貰おうと思います。あと今回の件でルーファスお兄様とアリサが、私に会いたいと言っているとオルティナ様が言ってたらしいので、しばらく城で引き籠もる事にします
それではまた何かあれば手紙を熾したいと思います。
アリア』
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