第16話 ケットシーとの交流 世界が違うと見えるものも違う
ルミンに言われたとおりに玉子焼きを作ってやることにした。
味付けは必要ないということなので、どんどんそのまま焼き上げる。
素材の味が一番美味しいらしい。
いつの間に出したのか、ナツとルミンはお茶セットを取り出してお茶を飲んで会話を楽しんでいた。かなり仲がいいようで、元々深い付き合いがあったようだ。
ルミンの友人ということなら仲良くしていて損はない。
「ナツさんはお腹空いていますか? 空いてれば玉子焼き以外にも、他に簡単なもので良ければ作りますけど」
「いいんですか? それじゃあお願いします。人に料理を作ってもらうことがないので楽しみです。さすがいいお弟子さんですね」
「いい弟子だなんて……任せてください。何か苦手なものとかはりますか?」
「特にないですよ。偶然遊びに来て良かったです」
「偶然……ですか?」
ルミンが少し眉毛をあげ少し疑うように見つめているが、ナツはそのまま紅茶のカップに口をつけ、聞こえていないようにスルーしている。
タイミングとしては、ばっちりで確かに偶然としては思えない。
ナツのために卵料理を作りながら、同時進行で玉子焼き以外の料理もどんどん作っていく。それにしてもルミンとナツはどういう繋がりなんだろうか?
普段、褒められることが少なかったのでかなり調子に乗ってしまった。
「ナツさんはうちの師匠とはどこでお知り合いに? 俺あまり師匠のこと知らないので、もしよければ教えてくれませんか?」
「フフッ、謎多き女性ですからね。出会いくらいは話しても?」
「余計なことを言ったら玉子焼きあげないわよ」
「そこは任せてください。私たちの関係は……簡単に言ってしまえば戦友でしょうか? ただの友達という感じではありませんね。ペットと飼い主っていう感じもあてはまるかもしれません。もちろんペットは彼女ですけど」
「ちょっとそれは聞き捨てならないです」
それを聞いた師匠がふざけて水魔法で水をかけてきた。
ナツはそれを予想していたかのようにバク宙で避けるが、運悪く食事を運んでいた俺がびしょびしょになる。
「師匠……食事準備してるんですからふざけてないでください」
「いや、今のはナツがふざけるから……」
たまに子供のような態度が可愛いと思う。
風魔法で服を乾かしながら、料理を並べていく。
「もう、相変わらず冗談が通じないんですから」
ナツが前脚を軽く振ると、俺の身体についた水滴を集めると近くの地面へと投げ捨ててしまった。
ルミンもかなりすごい魔法使いではあるが、ナツもただの妖精ではないらしい。
ケットシーという妖精が魔法を使えるのは知っているが、こんな細かい魔法が使えるなら人間ともめ事や、捕まえられていてもおかしくはない。
「ナツさんもすごい魔法使いなんですね」
「にゃはは! 私がすごい? なにをご冗談を。私なんて彼女の足元にも及びませんよ。全盛期の彼女を見たらきっとおしっこ漏らしていたと思いますよ」
「そこまで。ナツ、よほどあなたは玉子焼きいらないようね?」
「いえ、それは親戚の結婚式にお渡しするつもりなので頂いていきます。ルミンさんがコカトリスの卵を手に入れたのはみんな知ってますから。森の上を卵持って飛ぶなんて普通いないですからね」
「やっぱり偶然じゃなくて狙ってきたのね」
ナツは一瞬目をそらし何かを考えるが……結局開きなおった。
「親戚一同コマトリスの卵を期待していますから。ここで持ち帰らなかったら……ケットシーが暴走しますよ? もはや結婚式はコカトリスの玉子焼きを食べる会になっているんですから」
「それは……結婚するケットシーたちが可哀想すぎるでしょ」
「いいんですよ。結婚式なんて、みんなで楽しく騒ぐのが目的であって、披露するのはおまけみたいなものですから」
大丈夫なのかケットシー一族。
それにしても、ケットシーの間で情報が伝わる速度が速すぎる。
まだ、取りに行ってきたばっかりなのに。
「猫の妖精なのに玉子焼きが好きとか珍しいですね」
「いや、結婚式に招待された私たちはレッドラッドを食べる会だったんです。知ってますかレッドラッド? 空腹の時のレッドラッドなんて本当に美味しいのでぜひ一度招待したいくらいです」
「それは嬉しいです。ケットシーの食事会とか参加してみたいですね!」
「ぜひぜひ、でも最近急に手に入らなくなってしまって」
「レッドラッドって……最近目撃情報が少なくなったっていうネズミですか?」
ギルドの掲示板にもそんな内容が記載されていたはずだ。
「そうなんですよ。でも、結局コカトリスの卵が変わりに手に入ったので喜ばしいことなんですけどね。ケットシーはレッドラッドも大好物なんですよ。ぜひ、見つけたら教えてくださいね。お礼はもちろんしますから」
「わかりました」
「コロン、ナツの話は半分くらいにして聞いておいた方がいいわよ。ナツの目の前にレッドラッドなんて置いたら一緒に食事になんてならないから。こんな可愛い顔していて油断させるけど、一瞬で場所が戦場に変わるわ。私は二度と誘われてもいかない」
「にゃはは、そんなこともありましたね。でもあれからだいぶ私も大人になりましたから」
「本当に?」
ルミンが黒熊くんの口から何かを取り遠くの方へ投げると、ナツは一心不乱でそれを追いかけだした。今までの余裕のある表情とはまったく変わっていた。
「師匠あれは何を投げたんですか?」
「前に狩ったレッドラッドよ。コロンも賢者を目指すなら知っていた方がいいわよ。妖精や亜人たちが色々誘惑の声をかけてくるかもしれないけど、基本的には常識が違うと認識も変わってくるってことを、優雅な姿とは違ってあれが本性」
「肝に銘じておきます」
ナツは空中でレッドラッドをキャッチするとそのまま、一飲みで食べてしまった。
その小さな身体には入らないと思われる量だが……。
今までの紳士的な対応とは違い、そこには野性味溢れた姿があった。
「ちょっと、ずるいですよ。こんな不意打ち。でも美味しかったです」
ナツはずるいといいつつ、もっとあるんでしょ?といった感じで両手を前にだしてルミンの前に座り込む。
「あなたが有能ならまた探して捕まえといてあげるわよ。でも今日はコカトリスの玉子焼きで我慢しておいてくださいね」
「我慢だなんて、それだけでも最高の送りものです。我が一族を代表してお礼を言わせていただきます」
俺は、できた玉子焼きをナツの前に置いてあげる。
どれくらい作ったらいいのかわからなかったが、俺とルミンが食べた倍以上はある。
「コロンさんもありがとうございます。こんな綺麗な玉子焼きみたことないです。お礼はまた持参させて頂きますので」
ナツはいつのまに準備したのか容器に玉子焼きを詰め一礼すると闇の中へ消えていってしまった。来た時も急だったが、消える時も急だった。
なんとも不思議な経験をさせてもらった。
今まで16年間街の中で生きてきて、一度もケットシーを見たことはなかった。もちろん、噂や吟遊詩人の歌の中にはケットシーという一族がいるのは聞いたことがあった。
なんというか……今まで俺が見て来た世界が一変してしまったような、そんな気持ちになってくる。
今まで見て来たものは表面的なものだけで、本当はもっと俺が知らない世界が広がっていたなんてまったく考えたこともなかった。
世界は面白い。
「師匠ありがとうございます」
「どうしたんですか?」
「いや、ここ数日楽しいことや、新しい発見ばかりで。師匠に出会わなければきっと一生しることがない世界だったんだろうなって思って」
「そうですね。でも、本当はコロンのまわりにも世界は広がっていたんですよ。どこまでも世界はあったし、この先もあり続けます。でも、それをみんな自分のまわりの世界だけしかみてないだけですよ。大切なのは新しい世界があることを認識して、一歩踏み出す勇気だけです」
「世界は広がっていたですか、もっと広い世界を見てみたいですね」
「できますよ。大切なのは今の自分が見ている世界が、この世のすべてだって思わないことです。コロンが今までいた世界は小さな区分けされた世界だったってことを忘れなければ自分の価値観を人に押し付けることもなくなりますし、今後はもっと大きな世界に飛び出せるようになるわ」
「そうなると嬉しいですね」
まだ見たことない違う世界があるなら……憧れる自分と、まだ飛び出す勇気がでない自分が心の中に混在していた。
でも……新しい世界を知ることは楽しい。
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