第15話 美味しい卵料理とケットシーのナツ

 なんとかブラッグボアから逃げ切り、キャンプ地に戻ると辺りは暗くなりはじめてしまっていた。

 お昼に軽く食べたあと何も食べていなかったのでお腹が空いている。

 本当に余計なことは考えるべきではない。

 師匠のことは疑わずに信じてついていけばいいのだ。


「それじゃコロン、料理よろしくお願いしますね」

 ルミンはコカトリスの卵の調理を俺が調理するのが当たり前かのように言ってきた。普通の卵料理ならいくらでも作れるが、コカトリスの卵料理なんて作ったことはない。

 

 しかも、あの毒の池の水を飲んで育ったコカトリスの卵に毒がないとは思えないんだが……。

 

「師匠、お願いってこんな大きさの卵なんて料理したことないですよ? それに……大丈夫なんですか? 毒とかあっても処理の仕方わからないですよ?」

「コカトリスの卵には毒はないわ。不思議でしょ? あれだけ誰もすまないような毒の池で生息しているのに。他の魔物もそう思うわ。だから、誰もコカトリスの卵を狙わないんだけど、実はコクがあってとっても美味しい卵なんですよ。私が料理をしたらそんな高級食材でもあっという間にあの物質に早変わり」


 ルミンは自分で言いながら自分で落ち込んでいた。

 もはや料理下手とかのレベルではない。

 完全に呪われていると言っても過言ではない。


「俺が謹んで美味しい料理へと変えさせて頂きます」


 とは言ったものの何を作ろうか。

 目玉焼きは無理だから、卵を溶いた状態でできるものだな。

 俺の収納魔法もこんな卵が入るくらい大きければ、使い勝手がいいんだけど、残念ながらそんな余裕はなく調味料や簡単な食材をいれることしかできない。


 そうだな……玉子焼きにオムレツ、オムライス、ちょっと嗜好を変えてプリンなんていうのもいいな。


 あっ……もしかしたらあそこにヒントがあるかもしれない。

 俺は、初級冒険者に配れる冒険者手帳を取り出してコカトリスの卵についてみてみることにした。冒険者手帳には色々な魔物の生態や細かい特徴などが書かれている。


 冒険者ギルドごとで発行されており、その手帳を集める冒険者手帳マニアなんてのもいるくらいだ。


 これにはこの街の近くにいる魔物はだいたいカバーされており、食べられるかどうか、毒があるか、などの情報が満載だ。


 俺はもちろんE級冒険者になれなかったので知り合いの冒険者から高い値段を払って売ってもらった。冒険者になれれば誰でも無料でもらえるものなのになかなかぼったくりだったが、どうしても欲しかったのだから仕方がない。


 さて、コカトリスの卵は……ページをめくり調べてみると意外と好きな人は多いようだ。


 どうやら玉子焼きにするとふんわりとしてかなり美味しくなるらしい。魔物や亜人の中でもファンが多く、食べるためにコカトリスの卵を盗みにいって命を落とす人も多いと書かれていた。


 ルミンが高級食材だと言ったことからもかなり期待が持てそうだ。


 ちなみに、中身は卵としては最高級の味でで外側の殻は武器や防具の材料になるため高値で取引きされると書いてあった。冒険者ギルドでの買取り価格もかなり高い。なんか食べるのもったいなくなってきて。このまま売ってしまえば俺の生活はいっきに楽に……。


 いや、ダメだ。

 ルミンが楽しみにしている卵を売るだなんて……でも、この卵を売ってそのお金で美味しいものを師匠に食べさせて……いやダメだ。そんなことルミンに悪い。


 だけど仮にこれを丸々売ったとしたら、武器も装備も全部取り替えて、しかも大人のお姉さんと楽しくお茶が飲める楽園エビルズにも行けて、そのあとはマッサージとか、南国の街へ旅に行くのもいいな。


 その時は護衛をしっかりつけて、うん悪くない。


「ずいぶん葛藤しているみたいだけど、中身は売りませんよ? コロンが料理しないのであれば仕方がありませんわね。私が腕によりをかけてイチかバチか勝負です」


 料理はイチかバチか勝負するものではない。

「やっやります! 今すぐ美味しい料理を作らさせてもらいます!」

「ちょっと投げやりのようにも聞こえますが、まぁよしとしてあげましょう」


 一瞬換金したあとに豪遊する夢をみてしまったが、自分が冒険者になれたらこんな生活ができると思うと、夢が広がる。


 でも今日はルミンのために美味しい卵料理を振舞おう。

 自分一人では街の外にすらでられなかった俺が、この数日で大きく成長できたのは間違いなくルミンのおかげなのだから。


 それに料理人としても、新しい食材にはぜひチャレンジしてみたい。

 普通の親父さんの食堂で働いていたら、こんな高級食材で料理をするなんてことは死ぬまでありえないのだから。


 まずは安定した場所に卵を立てて、上の部分を割ってみる。

 さすがに、武器や防具の材料になるだけのことはあってなかなかの強度がある。『カキンッ』と小気味のいい音でナイフが弾かれる。


 普通には割れそうもないので、金槌と大きな釘を準備して少しずつ穴をあけていく。少し時間はかかるが下手な割り方をして食材を台無しにしてしまうよりはいい。


 半分ほどまで普通に割っていたが、段々と手に力が入らなくなってきた。

「なかなか、大変そうだな。コロンはなにになりたかったんでしたっけ? 不器用な料理人ですか?」

「俺は……あっもしかしてこれにも応用可能ってことですか?」

「フフフッ挑戦してみたらいいと思いますよ?」


 俺は両手に魔力を込めて金槌を振り落とす。

 一瞬何が起こったのかわからないほど、すんなりと釘が卵の中へ入っていった。


「師匠! これすごくないですか?」

「魔力循環って、魔力を扱う人の基礎になるんですけど、多くの人はその基礎の大切さを知らないんですよね。みんな派手な魔法や、詠唱が長い大魔法に憧れるので。だけど、本来はそんな魔法よりも基礎の魔法をとことん突き詰めていった方が強い場合の方が多いです。だって、詠唱なしで連続で打てて高火力なら、詠唱している間に全員たおせるじゃないですか」


 ルミンの言っていることはある意味正解だけど、その高火力をだせる人がほとんどいないと言った方が正解だろう。だけど、それをルミンがいうことで説得力がでてくる。


「こんな簡単なことに誰も気が付かないってことなんですか?」

「いいえ、気が付いていても目の見張る方へ人は流されてしまってことですね。地味に真面目に頑張っている人よりも、少し無能でも声が大きかったり、顔が可愛いだけで認められてしまう人がいるように、目立たない罪というのもありますから」


「目立たない罪ですか」

「そうです。コロンのように有能なのであれば、それは世界に発表しなければいけません。自己主張が下手だから世間に埋もれてしまっている才能が沢山ありますからね」


 ルミンの説明は俺の新しい世界を開いてくれるようで新鮮だった。

 魔力を込めることで普通に割るよりも力が入るし、なおかつ、疲れ方が全然違った。


 新しいことを覚えると世界が広がって、どんどん応用ができるようになる。

 今までの自分はこの卵の殻のように、いかに小さな世界でしか自分の世界を見ていなかったのかがわかる。


 知らなかったことを知るのって楽しい!

 もっと、自分の知らない景色を見てみたい。

 そう心の底から思うことができた。


 カリンもこの街じゃない世界が見たかったのだろうか。


 今まで自分には魔力量が少なくてできないことばかりだと思っていたのが嘘のようだった。


 卵の殻を割ったら、次は中の黄身と白身をかき混ぜる。

 分離させて材料にする料理なども作ってみたいが、今は残念なことにそんな余裕はなかった。とにかく黄身と白身をかき混ぜるだけでも大変だ。


 細やかな魔力操作をしながら料理のことも考える。

 なんせ、今度は魔力を込めすぎて割ってしまったら元も子もないのだから。


 さて、何から作ろうか。まずはそうだな。純粋に卵の味を楽しむために玉子焼きにしてみよう。味付けは……。


 それからの俺は早かった。

 どんなに卵料理を作ってもなくならいので、どんどん形を変えた料理を作っていく。今まで料理をする自分をどこかで逃げているような気持になっていた。


 だけど、やっぱり料理も楽しい。

 どちらかに決めようなんてしなくてもいいんじゃないだろうか。

 料理人も冒険者も一緒にやっていけばいい。


「師匠、料理できましたよー」

「はーい。お腹ペコペコです」


 テントの中から師匠が顔をだすと、今にもとろけそうな笑顔になった。

「美味しそうな匂いがしますね。これはもしかして人をダメにする料理ってやつじゃないですか? 一口食べるとスライムのように身体を溶かすという伝説の……」

「はいはい。冗談はいいですから。どうぞ温かいうちに召し上がってください」


 ルミンが、玉子焼きを箸で割ると中からとろっとしたアツアツの卵が流れ出る。

 とろふわの玉子焼きだ。今回味付けはいろいろなものを作ってみたので、種類ごとに楽しむことができる。


「あふっ、あふっ。これは悪く言っても最高じゃないですか」

「気に入って頂けたようでよかったです。こちらもありますから」


 オムライスや味を変えてオムレツにしてみたり、オーク肉を混ぜたりしてたくさんの卵料理を作ってみた。


 師匠はどれを食べても美味しいと言ってくれて、俺の料理を堪能してくれた。そういえば、師匠に聞きたいことがあったのを思い出し聞いてみる。


「今日のコカトリスの時に思ったんですけど、師匠の黒熊のぬいぐるみって生きているんですか?」

「この子ですか?」


 師匠の背中に張り付くように黒熊のぬいぐるみがいた。師匠が手に取っていない時にはペタッとくっついているらしい。だから、最初の時に気が付かなかったようだ。


「黒熊くんでしたっけ?」

「そうですよ。よく覚えていましたね。この子は私の収納魔法とペットみたいなものなんです。私の魔力で生きていて、ある程度簡単な命令には従ってくれるんですよ」


「黒熊くんよろしくね」

 俺が手を出すと黒熊くんは俺の手を握って上下に激しく振ってくる。

 弾かれたらどうしようかと思ったけど、どうやら仲良くやっていけそうだ。


「これよかったら、黒熊くんも食べてみて」

 俺が玉子焼きをだすと、ルミンの顔を見ている。


「食べさせてあげても?」

「もちろん大丈夫ですよ」

 ルミンの許可を得た黒熊くんはどんどん食材を食べていった。

 暗黒物質を食べていた時よりも、嬉しそうにしている。

 やっぱり感情があるよね?


 黒熊くんが料理をどんどんお腹にいれてくれるのはかなり助かった。

「結構食べきれない量を作ってしまったので良かったです」


 ルミンは辺りを見回すと口元を少しあげ微笑んだ。

 どうしたのだろうか? 誰もいない場所を見てにやけている。

 なにか楽しいことを思い出したりしたのだろうか?


「コロン、まだコカトリスの卵は残っているんでしょ?」

「えぇ、これだけ料理を作りましたけど半分以上残っていますね」


「悪いんですが、玉子焼きを大量に作って欲しいんだけど、お願いしても大丈夫ですか?」

「もちろんいいですけど、俺ももう食べられませんよ?」


「いいんですよ。コカトリスの玉子焼きを欲しいっていうお客さんが来たようですから。コロンも仲良くしておくといいですよ」


 ルミンが何を言い出したのかと思いまわりを見渡してみるが、誰も近くにはいなかった。

「師匠何を言ってるんですか?」

「あらあら、コロンはまだ訓練不足みたいですね」

 そう言いながらルミンはいつの間に連れてきていたのか、膝の上に乗った毛の長い猫をなでていた。


 猫は膝の上から飛び降りると二本足で立ち、優雅に頭をさげてくれる。

「初めまして、コロンさん。私ケットシーと呼ばれる猫の妖精ナツと申します。あなたの師匠とは長い付き合いをさせて頂いています。どうぞお見知りおきを」


 ケットシーのナツはとても愛くるしい表情で俺にあいさつをしてくれた。

 いつの間に現れたのかまったく気配がしなかった。


 たしかケットシーは妖精の中でもかなり腕の立つ妖精で人前にはあまり姿を現さない。ルミンとどういう関係なのか……?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る