第14話 コカトリスとおいかっけことB級冒険をはめてみた。
「師匠本気で言ってるんですか?」
「もちろんですよ。ほらここで言い争いをしているとコカトリスが戻ってきてしまいますから。行きますよ」
ルミンは卵を軽々と持ち上げると、俺に渡してきた。
見かけとは裏腹に、魔法は使えるし力まで強いなんて本当に驚かされる。
俺もギルドの配達係をしていたので、少しは重い荷物を運ぶのに慣れてはいるが、でもこの足場に悪い森の中をこんな大きな卵を持って帰るなんて想像したくない。
でも、ルミンは俺のそんな気持ちを知ってか知らずか楽しそうに大声をあげた。
「行っきますよー!」
師匠は俺が卵を持つと楽しそうに俺の身体をのぼり、来た時と同じ肩車のポジションに収まった。大きな卵を持って足元が見えにくいのに、肩の上にルミンを乗せて走るなんて、こんなのまともに運べるわけ……卵が一瞬ふわっと軽くなる。
「えっ? 今師匠何をしたんですか?」
「あくまでも魔法の訓練の一環だってことを忘れないでくださいね。例えば普通にこんなのを持って帰るのは大変ですけど、コロンは魔法が使えるんだから魔法を使えばいいんですよ。そのために昨日激痛に耐えてもらって左の回路を通したんですから。それでは両手から最小で風の魔法をだしてみてください」
俺はできる限り、弱めに風魔法を両手からだしてみると卵がいっきに軽くなった。
「昨日と一昨日で魔力の出入りや魔力をどれくらい使うと気持ち悪くなるかがわかったはずです。今まで大雑把に魔力を使い切るまで使っていた魔力も少しだけ使えば、コロンの場合には回復が早いからほぼ無限に魔法を使えるはずですよ。それじゃあ行ってみましょう」
ルミンの言う通り細かい威力を意識すると、気持ち悪くもなく魔法を使い続けることができた。
「これは大成長じゃないですか。さすが俺の才能が怖い」
「違いますよ? 師匠が優秀なんです」
「師匠が言うならそういうことにしておきましょう」
「いいですよ? 修行はこれからですからね」
「任せてください。俺の才能がついに開花しましたから今ならどんな困難でも乗り越えられそうです。楽勝ですね」
「へぇーそれは楽しみですね」
意気揚々と卵を持って歩いていると、空の上からバサバサと大きな鳥の羽ばたく音が聞こえる。これって……楽勝とか言ってごめんなさい。
「師匠何か聞こえませんか? なにかこう大きな鳥とか……いや、やっぱり俺の気のせいかかもしれないですね」
「安心してください。ちゃんと聞こてますよ。バサバサ言っているけど、誰かが布団でも干しているのかしら」
「なるほど、斬新な考えですね。こんな森の中で布団ですか。確かにさっきもB級冒険者もいましたし、一人くらいそんなことをしている奴がいたとしてもおかしくないですよね。ところで、どっちが頭上を確認します?」
「それは……コロンが確認した方がいいわよ? もちろん、戦ってもいいわよ。無理に逃げる必要は……」
なにを馬鹿なことを言ってるのか、師匠が何かを最後まで言う前に俺は森の中を走り始めていた。せっかく初めて採ったコカトリスの卵、なんとかして持ち帰りたい。
でも、命まではかけるつもりはない。
できなければ師匠には悪いが投げ捨てるつもりだ。
「さすがに今のレベルで石化があると可哀想ですからね」
ルミンが俺の上からコカトリスの尻尾を切り落とす。
まじでか……どうやら本気を出さなくても一人で余裕で倒せるらしい。
これだけ小さな身体にどれだけの力を蓄えているっていうのか。
「師匠、倒せるなら倒してくれませんか? 卵を安全に持ち帰るためには、そっちの方がいいと思うんですよ」
「何を言ってるんですか? ほら、才能溢れる弟子の成長の機会を奪ってしまっては悪いじゃないですか。それにまだ、今日の修行の大事な部分が始まってないのに終わらせるわけないですよ?」
「生意気言ってすみませんでした。今後は師匠を立てて調子に乗らないことを誓います」
「いいんですよ。たまには調子に乗るのも大事ですから。それに肩車してもらうの楽しいですし」
ルミンはすごく楽しそうにしているが、頭おかしいんじゃないのかと真剣に考えてしまう。最近、見た目通りの年齢なのかなって思ってしまう時がある。
もしかしたらロリ婆じゃないかって。
「スロウ」
俺の身体が急に重くなり、走るスピードが急に遅くなる。ルミンが俺に動き全体を遅くなる魔法をかけてきた。
「えっ? 師匠何してんですか! これ俺が死んじゃうやつですよ」
「いや、顔がなんか失礼なこと考えてる顔してたから、少し修行のレベルをあげようかと思いまして」
生き残らなければいけない時に余計なことを考えてはいけなかった。
「尊敬してます。めっちゃ尊敬しかありません」
「黒熊くん、コカトリスの尻尾回収してきて」
ルミンがいつも持っている黒熊のぬいぐるみがルミンの背中から飛び降りると、そのままルミンが切り落としたコカトリスの尻尾を口の中に入れて回収して戻ってきた。
たまにルミンの作ったご飯を食べると涙目になっているような気がしていたけど、あれ生きていたのか?
コカトリスは、一瞬ルミンからの風魔法を受けて距離を取っていたが、俺のスピードが急に遅くなったことで、挑発されていると思ったのか怒りに身を任せて接近してきた。大空から両足で捕まえようとしてくる。
足で俺を掴んで空高くまで持ち上げるつもりらしい。
「コロン止まってください!」
俺の身体はルミンの声に反応して急に止まる。
「卵を置いて、上空のコカトリスの羽に向かって右手から水魔法、左手から氷魔法を放ってください!」
指示通りにコカトリスの卵を地面に置いて、右手から水魔法、左手から氷魔法を放つ。今までよりもすんなり魔法が発動する。
羽に水魔法と氷魔法が当たったことで、羽が一気に凍り付きバランスを崩したコカトリスが地面に落ちてくる。
「師匠! 俺がコカトリスをやりましたよ! 大成長です!」
「おぉーおめでとうございます。やっと修行の準備が整いましたね」
「えっ?」
コカトリスがはバタバタと空を飛ぼうとするが氷が邪魔で上手く飛び上がれない。
地面に落下へのダメージはほとんどないようだ。
「ほら、ぼっーとしてないで卵を拾って逃げますよ! はっしれー」
ルミンは心から楽しそうにそう言うが、スロウの魔法をかけられた俺は、いつもの半分くらいのスピードしかでない。
「グウエ!」
コカトリスは顔を左右に一度振って、俺の方を見ると暴走したかのように大声をあげながら追いかけてくる。
「師匠! これはまずいですって! すぐに追いつかれますよ!」
「本当に、ほら早く逃げないと死んじゃいますよ?」
「どうすればいいんですか? 師匠は逃げる方法を知ってるんですよね?」
「おっいいですね。その考え方はすごく大事ですよ。他力本願はいけませんが、大切なのは困難にぶち当たった時にどうしたらいいかを考えるってことです。今回なら、両手には卵を抱えて、スピードもでなくて、後ろから追いかけてくるのはAランクのコカトリス。どうしたらいいと思います?」
「逃げるしかないじゃないですか! 戦ってもさっきの攻撃では効いてないんですから。それか師匠が魔法で倒す!」
「私が倒すのはないかな。じゃあどうやったら逃げ切れると思います?」
どうやったら? どうやったらって!?
全然頭が働かない。
もうすぐ後ろにコカトリスが迫ってきている。
どんどん足音は大きくなってきている。
幸いにも、森の中の木々がコカトリスの動きを少し邪魔してくれる。
「わかりました! 卵を投げ捨てるってことですね」
「本当に卵を捨てたところで助かると思います? あの顔を見て本当に?」
一瞬コカトリスの方を見るが今さら卵を返したからといって許してくれるような感じではなかった。むしろ、森の中の木が邪魔していることから怒りが増しているようにみえる。
「あれは無理ですね」
「早くしないと段々と距離が詰まって来てるよ」
コカトリスの呼吸音や凶悪な足音がどんどん近づいてくる。
「あっ! 師匠のスロウを解いてもらう」
「いいところに来てるじゃないですか」
「じゃ、じゃあ足を速くする!」
「そろそろ時間切れだけど、いいところまで来たじゃないですか。足を速くするにはどうすればいいですか?」
そんなことを言われたって……もう破れかぶれだ!
「足に魔法をかける!」
「コロン、両手に魔力を込めるように両足に魔力を込めてください! 身体の中の循環を思い出して! 今です! 思いっきり踏み込んでください!」
俺は言われるがままに思いっきり地面を蹴り、そのまま空中を走り続けるように身体が少しずつ浮いていく。
「えっ? どういうことですか? 空飛んでるってこと?」
「落ち着いて足を動かして、最初の魔力で空中に風の板をイメージすればもっといいですよ」
空の上に空気の板のイメージをすることで、急に足元が安定しだした。
「空の散歩って楽しいでしょ?」
「はっはい!」
なんとも不思議な感じだ。
「そしたらあっちの方向へ向かって走って」
ルミンが示した先は街とはちょっと違った方向だったが、言われた通りそっちへ走っていく。俺の足元の方からは未だにコカトリスが木々をなぎ倒して追いかけてきているのがわかる。
「魔力残量に気を付けて、そして慣れてきたら、少しだけ足の回転を速くするように魔力を込めてみてください」
ルミンの言う通りに足に魔力を込めたら、空中で一回転しそうになって卵を落としそうになり、俺は危うく墜落するところだった。
「さすが呑み込みが早いですね。空の散歩楽しいですね」
「全然楽しくないですよ。危うくコカトリスには食べられそうになるし、空は飛ぶし、地面には落下しそうになるし……めっちゃ最高でした」
「いや、もっと面白いのはこれからですよ」
ルミンが指差した先には先ほど俺たちに絡んできたケルクたちがいた。
「うわぁ! コカトリスだ!」
「逃げろ!」
「戦え!」
「どうしろっていうんだよ」
森の中から声が聞こえてきた。俺とルミンは顔を見合わせて笑ってしまった。
「石化の魔法は使えないし、羽は凍り付いているからBランクパーティなら問題はないですよ。冒険者同士の決闘はダメですけどね」
上空からケルクが戦っているのが見えた。
ケルクの手にはポピロン草のような草を持っているのが見えたが、コカトリスがケルクの手ごと食べようとして草が見えなくなってしまった。
コカトリスが好きな草だったのだろう。
「くそ! また一から集め直しじゃねぇか!」
森の中にはケルクの叫び声が響き渡っていた。俺はゆっくりと足の魔力を抜きながら地面に降りたつ。
魔法の扱いがかなり上手くなった気がする。
ルミンの教え方は自分で考えることが多いがその分、成長しているのを実感できる。こんなに教え方が上手なんてやっぱり、見た目とは裏腹に年齢高めな……。
「スロウ、スロウ」
「ちょ……と……なにを……」
俺が降りた場所の近くにはブラッグボアという猪の魔物がいた。
動けないのにこれはきつい。
せめて卵ぐらいはどうにか守らないと。
「あんよが上手、あんよが上手、次ロリ婆とか思ったらこれじゃすまないわよ」
心まで読めるのか⁉
ってそんなこと思ってないのにー!
森の中を逃げ惑う途中、スロウを重ね掛けされたせいで、せっかく採ってきたコカトリスの卵を割りそうになったのは言うまでもない。
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