第9話 たまに料理失敗するんだよね

 音のした方を見てみると、ルミンがフライパンを握りしめながらプルプルと震えていた。いったい何があったというのだろう。


「ルミン大丈夫か? うっ……」

 フライパンからはなぜか異様な刺激臭が漂ってくる。 

 なんだあれは?


 先ほど、俺が乗せた目玉焼きとベーコンは、なんということでしょう。洗練された黒い物体へと姿を変えてしまっていた。しかも焦げただけとは思えない異様な臭いを発している。


 この暗黒物質はいったい……?

「ルミン……何をしたんだ?」

「いや、私にもわからないんだ。大丈夫だ。責任持って食べるから」


 ルミンは悲しそうな目をしながら串でその物質を刺そうとしているが、サラサラと突き刺したところから風に舞って消えていく。


 少なくとも、俺が知っている食べ物ではない。どうやったらこんなものを作れるというのだろうか。


「ルミン、それ食べられないと思うよ」

「大丈夫だて。意外といけるんだから」


 ルミンは熊の口に手を突っ込み、スプーンを二つ取り出してくれる。

「ほら、遠慮しないで」

 

 遠慮とかの問題じゃない。

 どう見ても食べ物ではない。でもルミンはそれを自分の口にいれて食べてしまった。


「この口どけがたまらないんだよ」

 本当か? でも、料理人をしていた人間としては初体験の食事は挑戦してみたくなる。


 ルミンから受け取ったスプーンを使って少し舐めてみる。

「おうぇ!!」


 なんて言葉で表したらいいのかわからない。この味は……口の中にゴブリンの耳カスと目ヤニとドブ川魚のロブンと、10日間冒険し続けたおっさん冒険者の靴下を煮込んだようなヒドイ臭いと味だった。これを食べて口どけと言えるルミンは普通の感性ではない。


 急いで口の中に水魔法を使って口のすすぐけど、しばらくこの味は残りそうだ。

 風に舞って臭いがまわりにいったのか、他の冒険者たちが怪訝な顔をしてこちらを見てくる。


「ルミン、それを今すぐどこかに捨てるんだ」

「えっ? あっうん」

 彼女はその暗黒物質を黒熊の口の中にしまった。

 気持ち、黒熊のぬいぐるみの表情が曇った気がするが、さすがにそれは考えすぎだろう。


「なんて言うものを作るんだ!」

「たまに料理すると失敗するんだよね。昔弟子に食べさせたら怒ってどっか行っちゃったんだ」


 あんなの食わされたら弟子だってブチ切れるに決まっている。

「ん? ルミンは弟子をとっていたのか? その年齢で?」


「ほら、私って天才だからこう見えても習いたいって人いっぱいいるんだよ? でも、私の修行って他の人から見るとストイックすぎるみたいで、辞めていっちゃうんだよね」


「それって……俺でも……俺が1週間修行をするだけでも成長できるものなのか?」

「コロンの場合は無理かな」

「だよな」


「魔力の容量を増やすのって1週間くらいで増やせるものではないんだよね。だけど、他の方法ならできるかも……あとは成長するために冗談抜きで命を何回かかけられるなら?」


 ん? 命をかけられるなら可能性があるってことなのか?

 まぁ少女が命をかけるなんて言ったところできっとたいしたことはないだろう。


「頼む。その方法を教えてくれ」

「いいけど、私の弟子になるなら私のことは師匠って呼ぶことできます? 私そういうところ厳しいので。命令には絶対服従すること。敬語を使うこと。料理と洗濯をすること。それに、マッサージと肩車とお菓子を作るのと、それから、それから……とにかく全部言うことを聞いて絶対に逃げ出さないならいいよ?」


「わかった……わかりました。ルミ……師匠」

「それならいいですよ。期限は一週間で賢者になるための基礎を仕込んであげますね」

 ルミンに師匠と言うとかなり上機嫌になった。


「あっ師匠一つだけお願いがあるんですけど」

「なんでしょうか? 寛大な師匠がお願いを聞いてあげましょう」


「さっきの暗黒物質は料理ではありませんから、料理と同列にするのは辞めてください。あれは食べ物ではありません」


「えーあの口どけがたまらないって一部のマニアには涎必須のアイテムなんだよ?」

「どんなマニアかは知りませんが、あれは兵器みたいなものですから。それに料理は俺に任せて頂ければと思います」


 短時間で卵とベーコンを暗黒物質に変える才能はある種魔法のようなものだが、二度とあんなものを食べたくはないし、なんなら見たくもない。


「私も女性ですのでたしなみとして料理は必要なので考えておきます」

「そう言われると……まぁそれはおいおい話しましょう。それで修行はどんな修行から始めますか?」

『ぐきゅるる~』


 ルミンのお腹がなったところで、一端朝食を作ってからってことにした。

 俺が料理をしている横で、ルミンは皿を二枚取り出すと、いつ料理が完成してもいいようにと皿を持ったまま嬉しそうに踊っていた。


「最近ずっと一人でご飯を食べてたからね、誰かとご飯食べるの嬉しいんだ」

「俺も最近、一人だったので師匠と食べるの嬉しいですよ。さっ今度は失敗しませんでしたので暖かいうちに食べてしまいましょ」


 ルミンの持っていてくれた皿の上に料理を乗せて、一緒に朝食を食べる。

 こんな小さな子供を師匠と呼ぶのも変な感じがするが、それでも、できることは全部やろうと思う。昨日の夜一晩ルミンと話をしてみて、ルミンの持っている知識というのは本物だった。少なくとも俺が一人だけで学んできた知識や経験よりも多くの時間を魔法について費やしてきたのは間違いない。


 食事をしながらこれからのことについて話を聞いておく。

「師匠、それで朝食が終わったらどんな修行から始めますか?」

「詳しくは……まだ秘密。でも、最初の修行から飛ばしていくよ」


「おいおい、そんな少女を師匠って呼ぶなんてこの冒険者、頭大丈夫かよ?」

 俺たちが朝食を食べていると、この街のギルドでは見たことがない冒険者が絡んできた。

「あれ? こいつ……この街のギルドの雑用ですよ。グッドルがこないだ言ってたやつだと思います」

「こいつか……俺たちさ。ここの場所使いたいからさどこかへ行ってくれないからな?」

 グッドルの知り合いらしいが、礼儀を知らない奴ららしい。


 こんな奴ら俺が簡単に倒してやる……ただし、ルミンの修行が終わったらな。

 心の中で悪態をつきながらも、足が生まれたての子羊みたいに小刻みに震えていたのは言うまでもない。


―――――――――――————————

コロン「絡まれるの早くない?」

ルミン「弱い者たちが夕暮れってやつかな?」

コロン「朝食の時間だけどな!」


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