下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる
コータイの本名は免疫グロブリンです。足付きコータイはB細胞受容体、足のついてないコータイは抗体とも呼ばれます。
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あたしはコータイ。ヘビーとライトっていうホムンクルスが2匹ずつ集まって出来てる高級ホムンクルスよ。コータイの仕事は敵ホムンクルスにべったりくっついて、そいつの活動を妨害したり、駆除会社を呼んで自分ごと食わせたりすることよ。会社の外壁にハマってる敵なら、壁壊し屋を呼んで壁を壊させることもあるわ。敵は誰かって?このニンゲン国の
もちろん、身体の相性ってものがあるから1匹のコータイが誰にでもくっつけるわけじゃないわ。100種類の敵を捕らえるには敵のどこかにくっつく、少なくとも100種類のコータイと、それぞれのコータイを生み出す100種類のB支社が必要なの。今まで会ったことのない、無数の敵に対するコータイをどうやって揃えるかですって?カタログの切り貼りよ。B支社がコツズイ地方で発足する時、ヘビーとライトの敵にくっつく部分、頭から胸の部分なんだけど、そのデザインが載ってる
* * *
さて、あたしが最初に生まれた時の話をするわね。頭と胸しか持ってないライトの方は、もう
今、あたしの支社がいるのはコツズイ地方。発足したてのB支社で大混雑よ。あたしと同僚の足付きコータイたちはその辺を漂ってるホムンクルスや、他の会社の外壁から突き出してるホムンクルスとひっきりなしに接触してる。もしここで身体の相性が良い相手に出会ってくっついてしまったら、支社内に『すぐ自爆しなさいシグナル』を送らなきゃならないの。ニンゲン国のホムンクルスにくっつく危険な事故コータイを作る支社はここでお取り潰しになるのよ。幸い、あたしたちは誰ともくっつくことなく、支社はコツズイ地方から出てヒゾウ地方で研修を受けて、ようやく正式に設立が認められたわ。これからはまだ見ぬ獲物を求めて水路やリンパ水路沿いに全国のリンパ村を巡礼して回るのよ。
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前世と同じB支社の中で生まれ変わったみたい。相変わらず足付きの状態よ。あれから1週間くらい経ってるらしいわ。支社の寿命は数週間しかないから早く獲物が見つかるといいんだけど。おや、リンパ村に到着したみたい。ずいぶん騒がしいけど何かあったのかしら?
突然、近くにいた同僚が叫んだ。
「やったあ!大当たりよ!」
まさか、と思った瞬間に何かがあたしにくっついた。間違いないわ、大当たりだわ。あたしたち足付きコータイの足元に控えている2匹の助手を通して支社の内部に興奮が伝わる。コツズイ地方にいた時の自爆シグナルじゃなくて、子会社を作る準備を始めましょうってシグナルよ。
ただ、司令室が子会社作りの決断を下すにはあたしたちからのシグナルだけじゃ足りなくて、ヘルパーT警備システムからのお墨付きが必要なの。そのためにはまず獲物をウチの解体部屋に届けて解体師にバラバラにさせるのよ。それで、特殊展示師がバラバラ死体を持って外壁に出て、ヘルパーT支社の鑑定師の面接を受けるのよ。バラバラ死体の少なくともひとつにくっつく鑑定師に会えれば、そのヘルパーT支社がお墨付きをくれるらしいわ。
解体部屋で解体師を待つ間に獲物とおしゃべりしたんだけど、彼はコロナ組のスパイクって名前のホムンクルスだったわ。本当なら空気ダクトのあたりの会社で生まれて海賊船の乗組員になるらしいんだけど、今回はなぜかキンニク社で生まれて船が見つからずに放り出されてこのリンパ村に流れて来たんですって。『どうしてこうなったのか全くわからん、しかも俺がエーシーイーツーにくっつくのに大切な部分にひっつきやがって』ってプリプリ怒ってたわ。あ、解体師が来たみたい。今世のあたしの使命は終わりね。
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(解説:読み飛ばして下さってかまいません。)
主人公の本名は免疫グロブリンの一種であるB細胞受容体です。免疫グロブリンは重鎖(”ヘビー”)と軽鎖(”ライト”)というタンパク質分子が2つずつ合わさって出来ており、B細胞によって作られます。B細胞は血中やリンパ組織中に多く見られる免疫細胞です。免疫グロブリンのうち、末端に膜貫通ドメイン(”足”)を持ちB細胞の表面にくっついているものをB細胞受容体(”足付きコータイ”)、膜貫通ドメインが無くB細胞から離れて血中や粘膜表面を漂っているものを抗体(”コータイ”)と呼びます。
免疫グロブリンはよくY字型に描かれますが、上半分が抗原と結合する部位(可変領域、“頭から胸“)で、2箇所あります。抗原とは獲得免疫のターゲットとなるものの総称で、たいていはタンパク質分子の一部分です。B細胞から放出された抗体は、結合した抗原の働きを阻害したり(スパイクに対する中和抗体など)、Y字型の下半分(定常領域、”腹”)において、食細胞(”駆除会社”)表面のFc受容体や、補体(免疫反応を媒介する血中タンパク質の一群。全部揃うと細胞膜の破壊ができますが、一部だけでも食作用の促進などを起こします)に結合して、結合した抗原の破壊と排除を促進したりします。B細胞受容体が抗原を捕らえた場合には、B細胞内にシグナルが伝わり、さまざまな反応が起こります。
B細胞が骨髄で作られる時に、重鎖と軽鎖の遺伝子の抗原に結合する箇所(”頭から胸”)をコードする部分が編集し直されるため、それぞれのB細胞クローン(”B支社”)は異なる抗原に結合する免疫グロブリンを作るようになります。これはVDJ遺伝子再編成(“カタログの切り貼り”)という現象で、前話に出てきたように、T細胞受容体遺伝子でも起こります。VDJ遺伝子再編成は両親から由来する2つの染色体の1つだけで起こり、2箇所にある軽鎖の遺伝子に関してはさらにその1つでしか起きないので、1個のB細胞は1種類の抗原結合部位を持つ免疫グロブリンを作ります。免疫グロブリンの多様性を正確に知るのは難しく、諸説ありますが、比較的最近の説でおよそ66億というのがあります。
免疫グロブリンの定常領域(”腹”)にはいくつかのタイプ(M、D、G、E、A)がありますが、その部分はB細胞の分化増殖が始まってから選び直されるので、現時点ではMタイプです。この、定常領域のクラススイッチという現象に関しては後の話で出てきます。末端にある膜貫通ドメイン(”足”)を持つか否かはDNAではなくメッセンジャーRNA(”
主人公の最初の生は骨髄で始まりました。ここで、VDJ遺伝子再編成を終えたばかりの無数のB細胞クローンから、自己抗原に結合する抗体を作ってしまったB細胞クローンが排除されます(”支社のお取り潰し”)。ただしこの排除の過程は完璧ではなく、自己抗体(”事故コータイ”)を作る少数のB細胞クローンが常に体内に存在します。骨髄から出て、まだ抗原に遭遇していないB細胞をナイーブB細胞と呼びますが、その寿命は数週間です。主人公のいるナイーブB細胞クローンはコロナウイルスのスパイクのACE2への結合を妨害し、ウイルスの感染を防ぐ、いわゆる中和抗体を作ります。しかし、もしワクチン接種やウイルス感染でスパイクが体内に入ってこなければ、数週間後には寿命が尽きる運命でした。ただし、ある程度の頻度で、似たような免疫グロブリンを作るナイーブB細胞クローンが骨髄で生まれ続けます。
さて、主人公のいるナイーブB細胞は血流に乗ってリンパ節を訪れ、そこでスパイクに遭遇しました。このシリーズでは、ワクチン接種箇所の骨格筋細胞で作られたスパイクがリンパ管に入ってリンパ節に流れ着いたということにしてありますが、RNAワクチンを直接取り込んだ樹状細胞がリンパ節に移動してそこでスパイク(バラバラ死体でなく丸ごとの)を産生する可能性もあります。何はともあれ、主人公のB細胞受容体はスパイクに遭遇して結合し、細胞内にシグナルが送られました。しかしナイーブB細胞の増殖と分化が始まるにはこのシグナルだけでは不十分で、スパイク由来のペプチドに結合できるヘルパーT細胞の存在が必要です。
そのため、B細胞受容体に捕らえられたスパイクはB細胞内部のライソソーム(”解体部屋”)に引きずり込まれてカテプシン(”解体師”)によって分解されます。そして、その分解産物であるペプチド(”バラバラ死体”)がMHCクラスII分子(”特殊展示師”)に結合したものがB細胞の表面に展示され、ヘルパーT細胞上のT細胞受容体(”鑑定師”)による鑑定を受けるのです。そのシーンは次回で描かれます。
次回の主人公は再登場のT細胞受容体(”鑑定師”)です。
(参考文献)
1. 抗体 (https://ja.wikipedia.org/wiki/抗体)
2. 補体 (https://ja.wikipedia.org/wiki/補体)
3. The generation of diversity in immunoglobulins (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK27140/)
4. Understanding the human antibody repertoire (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7153836/)
5. The Other Function: Class II-Restricted Antigen Presentation by B Cells (https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2017.00319/full)
6. Antigen Receptor Allelic Exclusion: An Update and Reappraisal (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3008371/)
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