くっついたりくっつかれたり
スパイクは新型コロナウイルス粒子の表面から突き出しているタンパク質です。
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俺はスパイク。コロナ組のホムンクルスで海賊船の乗組員だ。スパイクとして数え切れないほど転生を繰り返してるぞ。今、ちょうどニンゲン国のキドウジョウヒ社で新しい生を受けたところだ。コロナ組の印刷師の姐さんたちが印刷した
さて、そろそろ仲間と一緒に新しい海賊船に乗り込むか。他の乗組員のフルネームは省略するが、Nって奴らが船室内で
出航した途端、俺たちの船は突風に吹き飛ばされてニンゲン国の換気口から広い世界に投げ出された。ほとんどの場合はどこにも到達できずに墜落して朽ち果てるんだが、今回は運よく別のニンゲン国の換気口から吸い込まれたようだ。換気口に続くダクトの内壁は湿っていて、キドウジョウヒ社の建物がずらりと並んでいる。さあ、俺の出番だ。
建物の外壁からはいろんな種類のホムンクルスが半身を突き出して外を見張っている。俺はエーシーイーツーというヤツを見つけてえいやとくっついた。俺とヤツの身体の相性はピッタリなんだ。すぐにもう1匹のホムンクルスがやって来て俺の服装をドレスコードに合うよう整え直すと、船の壁と会社の壁が融合してまるごと会社の中に招待された。侵入成功だ。いったん海賊船がキドウジョウヒ社に入ってしまえば、俺たちスパイクはお役御免だ。解体担当のホムンクルスが俺の身体を切り刻み、意識が薄れてゆく。
* * *
長い夢を見た。遠い昔の記憶らしい。その頃、コロナ組はニンゲン国とは別の国を好んで侵略していたんだ。ところがある時、印刷師の姐さんが
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目が覚めると、またキドウジョウヒ社で生まれたところだった。ところが、船に乗り込んで出航した途端、外にいたコータイにくっつかれた。コータイってのはニンゲン国の水路の中とかダクトの内壁とかにワンサカいるホムンクルスだ。敵認定したホムンクルスにべったりくっつく厄介な連中だが、相手の選り好みが激しい。前回の生でもダクトの内壁に結構いたが、俺の身体にくっつく奴は1匹もいなかった。
ところがニンゲン国の警備システムが俺たちコロナ組の侵入を察知してしばらくするとなぜだか俺の身体にフィットするコータイの数が激増するんだ。多分、この国では最初の海賊船が侵入してかなり時間が経ってたんだな。同僚のスパイクもくっつかれちまって俺たちの船はコータイまみれだ。これじゃエーシーイーツーにくっつくのは無理だ。今生のミッションは失敗だ。
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見慣れない場所で目を覚ました。なんだか身体の一部が少しギクシャクするな。俺を作ってくれた錬金術師に聞いてみるとここはニンゲン国のキンニク社だという。ふーむ、キンニク社の外壁にはエーシーイーツーはほとんどいないはずだがどうして海賊船が入れたんだ?俺を作るための
首をひねりながら、他の乗組員との待ち合わせ場所に急ぐ。ところがそこにはスパイクがたむろしているだけで、
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俺はデンドリ駆除会社の解体師にバラバラにされて死に、前回と全く同じキンニク社の中に生まれ変わったらしい。海賊船クルーの待ち合わせ場所にはやはりスパイクしかおらず、俺たちは再び裸一貫で放り出された。仲間がデンドリ駆除会社に飲み込まれてゆく。
今回の俺は運よく見落とされてリンパ水路に紛れ込み、流れに乗ってリンパ村に流れ着いた。村中がワイワイお祭り騒ぎをしているようだ。と、誰かが俺の身体にガッチリくっついた。
「やったあ!大当たりよ!これで子会社を作る許可を申請できるわ!」
なんだ?コータイに捕まったのか?大喜びしているこいつは前の前の生で俺にくっついたコータイと似ているが、足を持っていてそれをB警備会社の壁に突っ込んでいる。子会社を作るだと?もしかしてそうやってスパイクにくっつくコータイを増産するのか?
焦っていると足付きコータイの足元が陥没し、次の瞬間、俺は足付きコータイもろともB警備会社の内部の小部屋に閉じ込められていた。
「悪いけど、ここであたしと心中してもらうわよ。あなたのバラバラ死体を提出しないと、T警備システムから最終許可をもらえないから。」
彼女の言ってる意味は良くわからんが、どうやら前世と今世の俺は妙な場所で生まれて海賊船に乗れないまま放り出されたあげく、ニンゲン国のコロナ警報を発動させてしまったらしい。
扉が開いて解体師たちがなだれ込んで来た。
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(解説:読み飛ばして下さってかまいません。)
主人公のスパイクは新型コロナウイルス粒子(”海賊船”)の表面から突き出しているタンパク質です。細胞膜(”会社の外壁”)から突き出ているACE2というタンパク質分解酵素に結合します。ACE2と結合したスパイクは、やはり細胞膜にハマっているTMPRSS2という別のタンパク質分解酵素によって少し形が変えられ、それを合図にウイルス粒子が細胞内に取り込まれます。ACE2の本来の役割は、血中にあるアンギオテンシン2というホルモンを捕まえて壊すことによって血圧が上がりすぎたり炎症が進みすぎたりするのを防ぐことです。
新型コロナウイルスが中国の武漢地方で突然流行し始めた理由として、地元の野生動物が持っていたウイルスが偶然人間に感染して変異したのではないかという説があります。よく似たウイルスがコウモリやセンザンコウから見つかっていますが、別の動物から来た可能性もあります。このように野生動物由来のウイルスがヒトに感染して問題を起こした例には鳥インフルエンザとか黄熱とか色々あります。また、スパイクの変異によって従来のものよりずっと感染効率が高くなったウイルスがイギリスや南アフリカで見つかっています。
人間には獲得免疫という武器があるので体内でコロナウイルスが無限に増え続けることはありません。感染後、体内でコロナウイルスのタンパク質が作られると、それに特化した免疫システムが働き始めるからです。対コロナ獲得免疫システムの中で、中和抗体と呼ばれるものはスパイクに強く結合し、ACE2との結合を阻害してウイルスが細胞に侵入するのを阻止します。残念ながら、一部の方々は免疫システムがうまく働かなかったり暴走したりして重症化し、重篤な肺炎や多臓器不全によって亡くなることがあります。
新型コロナウイルスワクチンは、まだ感染していない人の免疫システムにウイルスタンパク質の情報を与えることにより、あらかじめ対コロナ獲得免疫を増強しておくためのものです。ワクチンにはいろいろな種類がありますが、このシリーズで描かれているRNAワクチンは欧米諸国で最も早く実用化され、日本でもしばらく前に承認されたもので、スパイクに対する中和抗体の誘発を目的としたものです。中和抗体を誘発するのに大切なスパイクの立体構造を安定化するために、フリンというタンパク質分解酵素に認識される部位が潰されています(”なんだか身体の一部が少しギクシャクする”)。
RNAワクチンの接種は3週間おきに2回行われますが、ここでは初回だけが描かれています。主人公がワクチン由来のスパイクとして生まれ変わった最初の生では樹状細胞(dendritic cell, ”デンドリ駆除会社”)に食われてカテプシン(”解体師”)と呼ばれるタンパク質分解酵素にバラバラにされました。その次の生では主人公はリンパ管を通じて近くのリンパ節に流れ着き、そこでB細胞受容体(B細胞の表面にくっついているタイプの抗体)に捕らえられ、さらに細胞内に取り込まれてカテプシンにバラバラにされました。樹状細胞とB細胞の中でスパイクがバラバラにされるのは、中和抗体の量産に向けての不可欠なステップです。次回以降はその結果何が起こるかという話になります。
次回の主人公はMHCクラスII分子(HLA class II, 主要組織適合遺伝子複合体クラスII)です。樹状細胞やB細胞の表面でタンパク質の分解産物を提示することによって、T細胞とB細胞の活性化に重要な役割を果たします。
(参考文献)
1. コロナウイルスの構造と複製サイクル(ライフサイクル)(https://www.jiu.ac.jp/features/detail/id=6822)
2. ウイルスに対する免疫応答の仕組み https://www.covid19-taskforce.jp/opened/immune-response1/
3. 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について (第7報、国立感染研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10220-covid19-36.html)
4. Insights to SARS-CoV-2 life cycle, pathophysiology, and rationalized treatments that target COVID-19 clinical complications (https://jbiomedsci.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12929-020-00703-5)
5. The proximal origin of SARS-CoV-2 (https://www.nature.com/articles/s41591-020-0820-9)
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