〜魅了〜
それから約一週間。
毎日血を飲ませようとするクレハに耐え、やっと満月の日になった。
何とか私に血を飲ませようと試行錯誤していたクレハは一生懸命で、私を拘束している当人がクレハでなかったら少し情が移っていたかもしれない。
まあ、時折見せる傲慢で小悪魔なところのおかげで本当に情が移ることは無かったけど……。
でも、結局は血を飲むことは出来ずに今日が来てしまった。
少しでも体力を付けたくて普通の食事は出来る限り食べた。
血も、頑張って飲み込もうとはしたんだけれど……。
まあ、無理なものは仕方ない。
とにかく、今日もクレハは夜になる前に私のところに来るはずだ。
そしてクレハがいなくなったら鎖を引きちぎって朔夜を探しに行こう。
大丈夫、心配なんて必要なかったくらいには力が湧き出てきている。
鎖を引きちぎって、朔夜のいる部屋を走って探すくらいの体力は十分にあった。
朔夜、もう少し……もう少し待ってて。
私は
部屋の中も薄暗くなったころ、クレハがいつものように室内に入ってきた。
夕飯を持ってきたのか、カチャカチャと食器の鳴る音も聞こえる。
近くの棚にお盆が置かれると、そこに赤い液体の入ったパックも見えた。
やっぱり今日も飲ませる気なのか……。
「やあ望。今日こそ飲んでもらうから……ね……」
思った通り、クレハは血液パックを持ちながらそう言ってベッドに近付いてきた。
でも、少し様子がおかしい。
私の姿を確認すると、目を見開き手に持っていた血液パックを落とす。
何……?
震えながら手を差し伸べてきたと思ったら、その手は私に触れる前に止まった。
クレハの表情は……蒼白だった。
「ああ……そんな……」
信じられないものを見る様な目。
今にも泣きそうな表情。
ぎこちなく、何かを否定するようにゆっくり首を振っていた。
でも、その何かに敗北したかのように自分自身の体を抱き、しゃがみ込んだ。
ベッドの端から見える肩は、ガタガタと震えている。
何だと言うのか……。
私はその異常さを不思議に思い、声を掛ける。
「……クレハ?」
呼ぶと、クレハの肩がビクリと震える。
次いで呟くような声が聞こえた。
「……い」
「え?」
「……なさい」
「……?」
「……ごめ……い。ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい――」
クレハは、ひたすら謝っていた。
その謝罪の言葉は延々と続き、終わる気配が無い。
仕方なく私は、クレハがいなくなってから引きちぎろうと思っていた鎖を引っ張った。
ギギッ……と金属の軋む音が聞こえ、更に力を込めるとガシャン! と鎖が外れた。
鎖が切れた音にクレハは反応して私を見上げる。
起き上がると「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げてしりもちをつき、後退りした。
久々に起き上がって上手く動かない体をほぐしながら、私はクレハの様子を探る。
恐怖に打ち震えて今にも泣きそうだ。
私、そこまで怖がられるようなことした?
そう疑問に思っていると、クレハがまた謝罪の言葉を呟き出す。
「ごめんなさい。ごめんなさい……手を……出しちゃいけなかったんだ……」
「え?」
“ごめんなさい”以外の台詞に、私は聞き返す。
「今の君は、美しい……美しすぎる……」
体の震えの所為か、声まで震えている。
「君は……貴方は、僕なんかが触れていい人じゃなかったんだ……ごめんなさい……」
そうしてまた「ごめんなさい」と繰り返す。
そんな風にうつむいて呟くクレハは、見た目の歳よりもさらに幼く思えた。
可哀想とか、思ったわけじゃない。
でも、私は無意識にクレハの柔らかな髪を撫でていた。
初めこそガタガタと震えていたクレハだけど、私の行為に次第に落ち着いていく。
「っ貴方を僕のものにしようなんて……なんておこがましい……」
そう呟いたクレハは、悔いるように涙を流していた……。
私は今の状況を本能で理解していた。
私の中の朔夜の――純血種の血が教えてくれる。
私は今、高まった魔力とその美貌でクレハを魅了しているんだ。
クレハはもう、私に逆らえない。
「クレハ」
「はい」
呼ぶと、今度は震えていない静かな声が返って来る。
「朔夜のいる部屋はどこ?」
「この部屋を出て左。真っ直ぐ行った、突き当たりです」
その答えを聞いた私は、「ありがとう」と一言残し、部屋を出た。
今までいた部屋も立派だったから、廊下も広いんだろうと想像出来た。
想像通りだった廊下には誰もいない。
私は裾の長いドレスを邪魔に思いながらも、クレハが言った部屋へと走った。
朔夜!
朔夜ぁ!!
やっと、やっと会える!!
逸る気持ちに足がもつれる。
それがもどかしくても、早く朔夜の下に辿りつきたいという思いは止められない。
私はドレスの裾を引き上げて持ち、とにかく前に進んだ。
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