〜接触〜
「朔夜と連絡が取れたのね!?」
私が昨日の夜のことを説明すると、沙里さんは身を乗り出してそう叫んだ。
今日はいつもとは違って朝すぐに協会に行った。
そして佐久間さんに説明した後でこの喫茶店に来たのだ。
昨日朔夜が言っていた事が気になるから、本当はすぐにでも沙里さんのところに来たかったけれど、吸血鬼である沙里さんは朝が苦手だから10時を過ぎないとこの喫茶店には現れない。
ちなみに私も吸血鬼になったから朝は苦手なはずなんだけど、前が人間だったせいかそれほど苦手じゃない。
「はい、それで首謀者の狙いが最初から朔夜だったらしいんですけど……あの事件と朔夜と、どう関わりがあるか分かりますか?」
本当に沙里さんが知っているのかは分からなかったから、私は少し控えめに聞いてみた。
「私が知っていると、朔夜が言ったの?」
「あ、はい。勘付いてるだろうって……」
そう答えると、沙里さんはふぅと小さくため息をついた。
やっぱりそうだったのか。という風に見えた。
そして、怖いくらいの眼差しで私を見る。
「朔夜は、動けないと言ったのよね?」
「は、はい」
突然深刻な表情になった沙里さんにたじろぎながらも、私は返事をする。
「昨日、私が確信がもてたら説明すると言ったこと、覚えてる?」
「え? ええ、昨日のことですし……」
何故今そんなことをと、私はいぶかしげな表情をした。
「まさにそれだわ……。事件と朔夜の関連性、全て繋がった……」
沙里さんは深刻な表情のまま、今度は深くため息をついた。
「……どういうことですか?」
沙里さんの様子を見て、私も真剣な表情で聞く。
沙里さんは少し表情を
「人間は、違う型の血液を輸血とかで注入した場合、死に至る危険があるわね?」
「ええ、O型は大丈夫だと聞いたことはありますけど……」
「まあ、そういう例外は置いといて……。では、吸血鬼の場合は?」
「え? ……わかりません……」
どう、なんだろう。
私は、全ての血液の約三分の一を朔夜のものに変えられて吸血鬼になった。
人間の血液より吸血鬼の血の力のほうが強いから、吸血鬼の血は人間の血液を吸血鬼のものに変えてしまうと説明された。
逆に人間の血を入れられたとしたら……。
同じように入れられた人間の血が吸血鬼のものに変わってしまうのだろうか?
「同じよ」
まるで心を読んだかのように、沙里さんは言った。
「貴方が吸血鬼になったときと同じようなものよ。ただ吸血鬼の血が入るのか、人間の血が入るのかの違いだけ」
沙里さんはテーブルに肘をつき、リラックスして続けた。
「吸血鬼の場合は、他の血が入ってきてもそれを自分のものに変えてしまうわ。……まあ、普通の吸血鬼に朔夜みたいな純血種の血を入れた場合はどうなるか保障できたものでは無いけど……」
その言葉を聞いてゾクリとした。
私はその朔夜に血を入れられたんだ……。
「ん? ああ、貴方の場合は大丈夫よ。元が力の無い人間の血だったから」
思わず身震いしてしまった私の様子に気付いて、沙里さんは笑って私の不安を吹き飛ばした。
「とにかく、吸血鬼に他の型の血を入れても死にはしないってこと」
それは理解できた? と確認された。
「はい」
返事をすると沙里さんは次の説明に移った。
「それで死にはしないのだけど、要は異物が入ってきた状態なの。だから吸血鬼の血は、他の血が入るとすぐその異物を自分のものに変える事に集中するわ」
つまり、と続ける。
「その間一切体を動かせない状態になるのよ」
そこまで説明されて、私は朔夜に血を入れられた翌日のことを思い出した。
あのときの私も一切体が動かなかった。
私の場合は体自体の変化がまだ終わってなかったからだったけど、似たような状態なのかもしれない。
「そこで例の事件。色んな人間、色んな型。そんな血液を混ぜたものを入れられたら、吸血鬼でもそう簡単には動けないわ」
その言葉で全てが理解できた。
「それって!」
「理解できた? そう、きっと事件で採取された血液は、朔夜を動かせなくするため……つまり無力化させるために取られていたのね」
そうか……。
だから朔夜は、魔力が高まる新月の夜にしかツクヨミに意識を移せなかったんだ……。
「朔夜自身の血の強さを考えても、そんな血液を入れられたら数時間は動けないわね……400mlで約8時間ってトコかしら」
沙里さんの分析を聞きながら、私はやっぱり自分が助けに行かなくちゃならないんだと強く思った。
私は立ち上がり、元気を取り戻して声を上げる。
「沙里さん、説明有り難う御座いました」
お礼を言って私はすぐに走り出そうとする。
目的地は朔夜が消えた公園付近。
その辺りなら朔夜の言っていた繋ぎ役と接触しやすいかもしれない。
「あ、ちょっと待って」
でも、そのまま喫茶店を去ろうとした私に沙里さんが声を掛けた。
「こっちでも色々調べてみるわ。もう一度その首謀者の名前を教えてくれる?」
沙里さんの質問に、私は朔夜が一度だけ言ったその名を思い出した。
「コトハ、です」
「コトハ……。分かったわ、有り難う。……望さん、元気が出たみたいで良かったわ。頑張って!」
最後の励ましの言葉に心から感謝し、私は沙里さんに笑顔を向けて今度こそその場を去った。
朔夜が待ってる……そう思うだけで私は頑張れる。
昨日までの絶望が嘘のように消えていた。
今はただ、朔夜の元にたどり着くことだけを考えていた……。
……そしてかれこれ3日後――。
「繋ぎ役って、どこにいるのよ……」
私は公園のベンチに座り、さっき買った缶コーヒーを飲み干し呟いた。
そりゃあね。いつ接触してくるかなんて分からないから、私の方からはどうにも出来ないけど……。
でも昨日までの二日間で声を掛けてきた男は一人だけ。
もしかしてと思って探っていたら吸血鬼で、しかも例の事件の関係者だった。
そこまでは良かったんだけど、問い詰めてみると結局はただの使いっ走り。
私に声を掛けたのはただのナンパだったそうな……。
結局そいつは協会に引き渡したけど……。
……にしても何で私、吸血鬼にナンパされやすいのかしら?
今回のことといい、朔夜と一緒に捕まえた最後の使いっ走りといい、他にも思い当たる奴がちらほら……。
……なんだろう……。
吸血鬼に好かれる相でもあるのかな、私。
まあ、そうだとしても関係ない。
私は朔夜にしか興味ないから。
ただ一人。
私の唯一の人。
こうやって離れてさらに実感した。
朔夜は私の片翼。
どちらが欠けても飛ぶことが出来ない、比翼の鳥――。
私は朔夜がいないと飛べない。
だから私は朔夜だけを求めてる。
離れているこの瞬間さえも……。
「さてと!」
朔夜への想いに浸った後、私は切り替えて繋ぎ役と接触するべく場所を移動しようと立ち上がった。
「しばらくここにいたし、ちょっと移動しようかなっと!」
私はそう言いながら、手に持つ空き缶を少し離れたゴミ箱に投げた。
でもその空き缶は、コントロールが悪かったのかゴミ箱のふちに当たって外れてしまう。
「あ~、しまった……」
呟きながら私はコロコロと転がっていく空き缶を追いかける。
そのままにするわけにはいかないから。
そう思って空き缶を追いかけていると、一人の少年がその缶を拾ってくれた。
「あ、ごめんね」
ハーフだろうか、髪は金で目は黒。
すっきりとした顔立ちは子供ながら綺麗だった。
「ダメだよお姉さん」
少年はニッコリしてそう言うと、ゴミ箱のところまで歩いていき空き缶を捨てた。
「こうやってちゃんと捨てないと」
正論に私は言葉を詰まらせた。
……うん、投げちゃダメなのは分かってるよ。
でも勢いでやっちゃったって言うか……。
「あはは……ごめんね」
私は笑って誤魔化し、もう一度謝った。
「じゃあ、もうしないって約束する?」
少年が私の近くまできて、首をちょこんと傾け聞いてきた。
12、3歳のまだあどけなさが残る少年のその動作は、とても可愛らしく見える。
私はほのぼのといった感じで微笑みながら答えた。
「分かった、約束する」
すると少年は満足そうにニッコリと微笑んだ。
「そういえばお姉さん、最近よくここに来てるよね? 何か探しているの?」
「え? うん、何かって言うか人なんだけどね」
答えながら、ちょっとした疑問が浮かぶ。
こんな綺麗な子、今までこの公園で見たことあったかな?
見たらきっと忘れないと思うんだけれど……。
そう思ったけど、朔夜のことばかり考えていたから見逃していたのかもしれない。
と、このときはあまり気にしなかった。
「大事な人がいなくなってね。その手がかりになる人を探しているの」
そう続けて、もしかしてこの子が繋ぎ役なんじゃないかとふと思った。
でもすぐにまさかと打ち消す。
いくらなんでもこんな子供が繋ぎ役なんて。
確かに朔夜は顔は分からないって言ってたし、可能性はないとは言い切れないけど……。
そうやってちょっと考え込んでいる私に、少年はさらに質問してきた。
私はその次の質問に瞠目する。
「お姉さん、吸血鬼だよね?」
「っ!? どうして……君も、吸血鬼……?」
まさかと思い沈めた疑惑がまた頭をもたげた。
「お姉さん、名前は?」
「……望」
僅かに迷ったけど、私は結局名乗った。
名前だけ、簡潔に。
「望さんかぁ、いい名前だね。僕はクレハ、きっと望さんが探してる人って僕のことだよ」
「っ!?」
まさか自分の方から名乗り出てくるとは思わなかった。
私はそのことに驚くと同時に、
先程もしかしてと思ったことが当たっていてそれにも驚く。
でも、この場合どうすればいいんだろう……。
繋ぎ役はきっと正体を隠して近付いてくるだろうと思っていたから、私はそのケースの場合の対応しか考えてなかった。
対応を間違うわけにはいかない。
間違えれば、最悪朔夜への道が途絶えてしまうから……。
「とりあえず僕についてきてよ、望さん」
私が迷っていると、クレハは余裕の表情で言った。
私がそれに逆らえないことを知っている目。
私の考えてることなんて読まれてる……?
最初、そのあどけない表情が素直に可愛いと思った。
ついさっきのことだと言うのに、私はもうその笑顔を可愛いと思えない。
油断のならない子。
ついて来いというのも、きっと罠だろう。
でも、ついて行くしかないのよね……。
「……分かったわ……」
そう返事をして、私は歩き出したクレハの後を追った。
クレハがどういう行動を取るのか分からない。
慎重に、気を張って様子を見ながらついていく。
クレハは、それほど歩かないで止まった。
公園の端のほう、木が密集していてあまり人がいない場所だった。
数メートルの間を空けて私も足を止める。
その瞬間、周りにいくつか気配を感じた。
そしてクレハが私のほうを振り向くのが合図だったかのように、その気配が姿を現す。
左右に一人ずつ、後ろに一人。
後ろを陣取った者が、女なのか男なのかも分からないうちに戦闘は始まった。
とはいえ、それは戦闘と呼べるほどのものではなくあっさりと決着がつく。
血も飲めずに弱っている私。
吸血鬼四人相手に、敵うわけが無かった。
羽交い絞めにされた私は、口と鼻を布で塞がれる。
吸い込まない様にとは思ったけれど、思い切り吸い込んでしまい意識が遠のいた。
遠のく意識の中で、クレハの声が暗示のように響く。
「安心して、殺しはしないよ……」
その言葉が終わると同時に、私の意識は闇に落ちていった。
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