〜月読〜
『……み』
「うーん……」
『……きろ……み』
「う、んん……?」
声が聞こえた。
これは――。
『起きるんだ、望』
朔夜の声……。
これは夢かな?
夢でもいい。
声だけでも聞けるなら……。
『起きろ!』
夢で折角朔夜の声が聞けているのに、“起きろ”なんて酷い。
起きたら、聞けなくなっちゃうじゃない。
『あまり時間は無いんだ、起きろ!』
てしっ
今度は声と一緒に頬を柔らかいもので叩かれた。
「う、うぅ~ん」
『起きろと言ってるだろう!?』
てしてしてしてしてしっ!
「う~……もう、何よ!!?」
そうして、私は仕方なく起きた。
『はぁ、やっと起きたか』
起きても朔夜の声が聞こえる。
夢じゃない!?
でも、朔夜の姿はどこにも見えない。
「朔夜? ……どこ?」
今の声が聞き間違いでないことを祈りながら、私は呼びかけた。
『こっちだ、もっと下に』
声の導くままに視線を移動させると、そこには――。
「ツッ、ツクヨミぃ!?」
そう、そこにはアイスブルーの瞳を持った黒猫・ツクヨミがいた。
って、待て待て。
常識的に考えてツクヨミなわけないじゃない。
きっともっと下なんだ。
ベッドの下とか?
そう思ってベッドの下を覗き込もうとしたら――。
『どこ見てる。こっちだ、ツクヨミで合ってる』
今しがた見たツクヨミのいる場所から朔夜の声。
私は恐る恐るもう一度ツクヨミに向き直った。
「えっと……本当に?」
『本当だ』
ツクヨミが僅かに口を動かし、そこから朔夜の声が聞こえる。
気のせいじゃない。
夢でもない。
確かに現実に朔夜の声が聞こえている。
ただし、ツクヨミから。
「でも何でツクヨミから……?」
『ツクヨミと言う名と俺の名は共通するだろう?』
と朔夜が説明を始めた。
確かにツクヨミは朔夜の名前と同じ意味を持つ。
私がそう考えて名をつけたんだ。
『名はそれだけで力を持つ。ツクヨミが俺と共通の名前を付けられた時点で、俺とツクヨミは……まあ、簡単に言うと似た存在になったんだ』
不本意なことだったがな、とぶつくさ聞こえた。
『とにかく、似た存在だからこそこうやって意識を移すことも出来るんだ』
「ってことは、意識だけツクヨミを通じて会話してるってこと?」
『そうだ』
短く答えた朔夜に私はがっかりした。
朔夜が帰って来た訳じゃないんだ……。
でも、声すら聞こえない今までよりはずっとマシ。
「朔夜は? 意識だけじゃない朔夜は何処にいるの?」
それは今の私が一番知りたいこと。
どんなに探しても手がかりさえ見つからなかった……。
朔夜の居場所――。
『分からない』
「そんな!?」
『あの公園に繋ぎ役が現れるという情報、あれは罠だった……』
「え?」
朔夜が唐突にあの日の出来事を語り出した。
『よく考えてみれば俺たちは結構派手に使いっ走りを捕まえてたからな。そこを利用されてしまったんだろう……あの女にとってはまさに飛んで火に入る夏の虫だったわけだ』
そう言ったあと、悔しげな舌打ちの音も聞こえてきた。
「何? どういうこと?」
『例の事件の首謀者の狙いは、最初から俺だったようだ』
「え?」
大勢の人間の血液少量採取と、朔夜とがどういう風に繋がると言うんだろう?
『とりあえず、そこら辺の詳しいことは沙里にでも聞け、どうせ勘付いているだろうからな』
それより、と朔夜は続けた。
『俺は今動ける状態じゃない。力もろくに使えず、魔力が高まる朔月の今日、やっとこうやって意識を飛ばすことが出来る程度だ』
言われて、今日が新月だということに初めて気付いた。
『望、最近……俺がいなくなってからお前に接触してきた男はいないか?』
「え?」
聞かれ、私は疑問に思いつつも最近のことを思い返してみる。
最近の行動は毎日が一定で、公園、協会本部、喫茶店、あとはここら周辺しか行ってない。
朔夜の痕跡を探す際、私の方から誰かに聞くことはあっても、誰かが私に近付いてきたことは無い。
「……ううん。いないわ」
『そうか、じゃあこれから接触してくるだろう』
私の答えに朔夜はすぐにそう言った。
『望、よく聞け。そいつが繋ぎ役だ』
「え?」
『あの女……コトハと名乗った女首謀者は、お前を邪魔に思っている。顔は分からないが、その繋ぎ役にお前の始末を任せていた。だから近いうちお前に接触するはずだ』
そこまで説明され、朔夜が言わんとしていることが何となく分かってきた。
「逆に私がそいつを探って、朔夜の居場所に行けばいいのね?」
『ああ、そうだ』
希望が、見えてきた。
朔夜とまた会えるという希望が。
『すまないな……動けさえすればもっと早くお前の元に帰ってやれるのに……』
「朔夜……」
朔夜も、私がいなくて寂しいと思ってくれたんだろうか。
こんな風にしおらしく謝ってくるなんて……。
「いいの、こうやって声が聞けただけでも嬉しい。……おかげで、会えるまで頑張れるから」
本当に、つい数時間前まで歩くことすらままならない体だったのに、声を聞いただけで今すぐ探しに行きたいと思えるほど力が湧いてきた。
私は、ツクヨミを愛しそうに抱き上げる。
感触も朔夜と繋がっているかは分からないけど、私の体温が彼に伝わればいいと思いながら。
『そうだな……』
耳元で、朔夜の声が聞こえた。
『会いに来い。それまで我慢して待ってる。……会えたら、我慢した分お前を愛しまくってやるから覚悟しておけよ?』
「なっ!? さっ朔夜!!」
私の顔は真っ赤だ。
朔夜に見えているかどうかは分からないけど、きっと見えていなくても分かるだろう。
私の声はかなり裏返っていたから。
『ククッ……今お前の側にいないのが悔やまれるな。いたら、その赤くなった顔に何度でも口付けてやるのに……』
「っ!?」
やっぱり朔夜は朔夜だ。
こんな風に声だけでも私の心を自由にもてあそぶ。
会いたい……。
朔夜に会いたい!
会いたいという想いが、私の力となっていくようだった。
またあの不敵な笑みを見られるなら。
またあの力強い腕に抱かれるなら。
そのためなら、何だって出来る気がする。
そう想いを募らせていると、朔夜がチッと舌打ちした。
『あの女が来たな……。仕方ない、ここまでだ』
それは別れを意味する言葉。
私の心に、また僅かに寂しさが戻ってきた。
でも大丈夫。
前とは違って今は希望がある。
朔夜と二度と会えないわけじゃない。
だから、頑張れる。
『では望、待ってるぞ? お前に俺が必要なように、俺にもお前が必要だ。早く、見つけに来い』
「うん、分かってる……」
そう会話をした後、ツクヨミの中から朔夜の気配が消えた。
ツクヨミの口からは、ナァ~オ……といういつもの鳴き声しか出てこない。
でも、私はそのツクヨミを抱きしめた。
「本当に……お前がいてくれてよかった……」
私は、ツクヨミの存在に心から感謝した……。
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