〜喪失〜

「すまないね。朔夜に関しての情報は何一つ入ってきてないんだ」


「そう、ですか……」


 私は佐久間さんの言葉に、力なく項垂うなだれた。



 朔夜が行方をくらませて二週間が過ぎようとしている。



 翌日には何とか動けるようになった私は、すぐに例の公園へ向かった。


 朔夜は、そこに行くと言って帰って来なかったから……。



 でも公園では何も手がかりは無かった。



 だから私はすぐに佐久間さんと沙里さんの元へ行って何か情報がないか聞いて回った。


 でも二人の元にも情報はなく、あとは周辺をひたすら探し回った。



 なのに朔夜のことは何一つ分からない……。




 それから毎日、私は公園、協会の佐久間さん、その帰りに沙里さんがいる喫茶店へと通いつめていた。


 そしてその後も、暗くなるまで色んな場所を探し回った。




 なのに、朔夜の痕跡すら見つけられない……。



 まるで、朔夜と言う存在そのものがいなくなってしまったかのように。




 いや!

 そんなはず無いもの。そんなの、認めない!!


 


 朔夜がいなければ、私はどうやって息をすればいいのかすら分からなくなる。


 どうやってこの腕を……この足を動かせばいいの?




 どうやって、生きていけばいいの!?




 今はまだ、見つけ出すという目的があるから生きていられる。



 でも、もし見つけ出せなかったら?


 もし、朔夜が――。




 ううん、今はそれは考えない。


 考えてしまったら、私はその時点で動けなくなってしまうから……。




 コトッと、目の前のテーブルに赤い液体が入ったグラスが置かれた。



「これは……?」


 そのグラスを置いた佐久間さんに聞いた。



「血液だよ。……君、朔夜がいなくなってから一滴も飲んでいないだろう? 日に日に衰弱していくように見える」



 佐久間さんの言う通りだった。


 いつも朔夜に口移しで飲ませてもらっていたのもあって、朔夜がいなくなってから一口として飲んでいない。



「朔夜を探すにしたって、体力がないと話にならないだろう? ……飲むんだ」



「そう……ですよね」


 私は力なく返事をして、グラスを持ち口をつけた。



 口の中に広がる、覚えのある濃厚な香り。


 少し生臭くも感じる血液だけど、吸血鬼としての私はその血液を求めた。



 そして一口、飲み下す。




 でもそれが胃に到達した瞬間、私はうっと詰まった。



 口元を押さえながらグラスをテーブルに置き、近くにあったゴミ箱を引き寄せる。


 そしておもむろにゴミ箱の中に赤い液体を吐き出した。



「うっかはぁっ……ぅぐっ」


「だ、大丈夫かい!?」



 佐久間さんが慌てて私の背中を擦ってくれる。


「うっげほっ……どうして……?」


 何で吐き出してしまうのか自分自身理解できず、思わず呟いた。



「……拒否反応を、起こしているみたいだな……」


 そう言った佐久間さんを見上げると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



「おそらく、君は朔夜からの口移しで飲むことに慣れてしまったんだ。だから、それ以外の方法で飲むと拒否反応を起こして吐き出してしまう……」


 佐久間さんはそこで一度言葉を切り、テーブルの上のグラスを手に取った。



「多分、他の者から口移しされても同じだろうな。君自身が拒否してしまうから……」



 佐久間さんの説明に、私は悲しく微笑んだ。



「私は、現実的な意味でも……朔夜無しでは生きていけない体になっちゃったんですね……」



 力なくそう言った私を佐久間さんは眉間にしわを寄せ、ただただ見つめていた……。



 


 一人では血が飲めない私に、佐久間さんは今まで以上に朔夜の捜索に力を入れてくれると約束してくれた。



 そして協会での用が無くなった私は、いつものように沙里さんのいる喫茶店に向かう。




「あ、望さん。こっちよ!」


 私の姿を見つけた沙里さんが声を掛けてくれた。



 私は力なく微笑み、フラフラとそちらへ向かう。


「こんにちは。早速ですけど、朔夜のことは……?」


「ごめんなさい……やっぱり朔夜の情報は何一つ見つからないわ。分かっているのは貴方も知っての通り、あの日例の公園に向かったということだけ……」



「そう……ですか……」


 私はやっぱりダメかと思い、肩を落とし落ち込んだ。



「これは、私の推測でしかないんだけど……」


 そんな私に沙里さんが語りかける。



「朔夜がいなくなったことと、例の少量吸血事件。関係があると思うの」


「そうですね。朔夜、その繋ぎ役を見つけに行っていなくなったんですし……」



「ええ。それもあるのだけれど、他にも気になることがあるのよね……」


「気になること?」



 そう私が聞き返すと、沙里さんは口元に手を当てて少し黙った。



「……ごめんなさい、これは確信がもてないの。もう少しちゃんと調べてから言うわ」




 今聞きたい気がしたけれど、あまりにも不確かなことだったらぬか喜びにもなりかねない。


 私は数秒迷って――。



「……はい」


 と答えた。



 だって、ぬか喜びの後がキツ過ぎる。




「とにかく、やっぱり探すなら例の事件を追ってみたほうが確実だと思うわ……でも」


 沙里さんは、そこで私の様子を見て言葉を詰まらせた。



 私は弱々しく微笑む。


「分かってます。今の私じゃあ、使いっ走りの奴らを捕まえることさえ難しいでしょうね」



 自分でもはっきり分かるほど、私の体力は落ちていた。



 これは血が飲めないことだけが原因じゃない。


 朔夜という、誰よりも大切な人が側にいない辛さ、どこにいるのかも分からない焦燥からくるものだ。



 朔夜がいない……。



 たったそれだけのはずなのに、私にとっては命に関わるほど大切なこと……。



 精神的なショックは、確実に体をむしばんでいた。



「ええ、そうね。……とにかく貴方は無理はしないで。朔夜のことは最優先で調べるから」


 そして沙里さんは力強く微笑んだ。


「純血種の朔夜の消息を知ることは、吸血鬼全体に関わることよ。全ての吸血鬼が協力してくれるわ」


 だから安心して待ってて、と付け加えた。



 私はそれを嬉しく思いながらも、体力の無い自分を呪った。




 沙里さんと会った後も、私は暗くなるまで徒歩でいけるところをくまなく探していた。


 沙里さんには無理はするなって言われたけど、どうしてもじっとしていられない。



 もう、意志とか関係ない。


 本能が朔夜を求めて、彼を探している。



 その本能だけが、今の私を動かす原動力だった……。






 暗くなって、流石に疲れも限界だった私はマンションに帰って来た。



 いつも一緒にいたから使わなかったマンションの部屋のキー。


 一応持ってろと渡され、今まで使ったことなんて無かった。



 ずっと、使わないだろうと思っていた……。



 それが、今は毎日使っている。




 中に入って、携帯の発信履歴を見る。


 そこには朔夜の名前ばかり……。



 携帯の電話番号も、朔夜がいなくなってから何度もかけている。


 いつも側にいて、かける必要なんてほとんど無かったのに……。



 その発信履歴の名前の多さが、朔夜と離れた時間の多さに感じられて、私はまた胸が苦しくなった。



 ナァ~オ……



 私の寂しさを感じ取ったのか、ツクヨミが足元に寄って来た。


「ツクヨミ……」


 私はしゃがんでツクヨミの頭を撫でた。


「お前がいてくれて良かったわ……」



 ツクヨミ……朔夜が私のために拾ってきた黒猫。


 朔夜は暇つぶしにって拾ってきてくれたけど、朔夜がいない今、私には心の支えになっていた。



 マンションの最上階。


 この広い部屋でたった一人でいたら、寂しくて心が壊れてしまっていただろうから……。



 ただでさえ、この部屋は朔夜と過ごした場所だ。


 その思い出が詰まった場所に朔夜がいない。



 朔夜だけが……いないんだ……。





 私はツクヨミにゴハンをあげたあと、シャワーでさっさと体を洗いベッドに突っ伏した。




 あの日、あの満月の日……。


 このベッドで、朔夜と何度も愛し合った。



 あのときは確かにあったぬくもりも、今は全く残ってはいない。


 しばらくあった朔夜の香りも、日に日に薄れていく。



 朔夜は確かにここにいたのに、その事実すらも消えていくようで……。



 私は涙で枕を濡らした。




「朔夜ぁ……本当に、どこ……行っちゃったのぉ……」





 その日世界は、闇夜に包まれていた……。

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