~望月~
「よし! 捕まえた!」
私はそう意気込んで、何人目かの『使いっ走り』の男を捕まえた。
反対側からすぐに朔夜も現れる。
「望、捕まえたならすぐに俺に引き渡せ。お前は俺以外の男に触るんじゃない」
何処まで独占欲が強いんだろう。
「もう、なによそれ……」
困った子供を見てるようでちょっと笑えてしまう。
私は笑いながらも言う通りに引き渡した。
「お、お前らだな!? 最近俺たちを捕まえて協会に引き渡してる吸血鬼は!?」
朔夜に引き渡していると、男が話し出した。
「え? 何、知ってるの?」
聞き返すと男は当たり前だ、と何故か得意気に言う。
「何人も捕まって人手がたりなくなってきたって、繋ぎの人が言ってたからな」
「!?」
こいつ、繋ぎの人物を知ってる!?
「その繋ぎ役は何処に居るの!?」
私は思わず掴みかかった。
朔夜が不機嫌そうな顔になったけど、それは気にしないでおこう。
「知ってるけど、ど~しよっかな~?」
嫌みったらしく、男は朔夜に後ろ手を掴まれたまま言う。
コイツ、ムカツク……。
いっそ殴ってしまおうかと拳を震わせる。
「このままだと協会に引き渡されるんだろ? それは勘弁してくんねぇ?」
男はこっちが何も言っていないのに、勝手に交渉をし始めた。
「それと……」
そう言ってニヤリと笑う男に、私は悪寒がした。
「あんたイイ体してるよな? 一回でいいからヤらしてく――ぐぅ!?」
男の言葉は途中で朔夜に遮られる。
今にも絞め殺しそうな勢いで、朔夜は男の首を掴んでいた。
「望……コイツ、殺したいんだが?」
「うん、私もちょっと本気で殺意わいたけど……。でも協会から罰則受けちゃうから半殺しくらいにしといて」
私は怒りマークを顔に張りつけて、飛び切りイイ笑顔を向けた。
……
…………
「で? 繋ぎ役の居場所は?」
場所を変え、人が通らない場所でさっきよりちょっとボロボロになった男にもう一度聞いた。
男は、半泣きの状態でべらべらと話し出す。
「そいつがどこにいるのかは知らねぇよ」
「その落ち合う場所ってのは何処なんだ?」
男の首根っこをつかんだまま、朔夜が聞いた。
「毎回違うんだよ。次は明日、この近くの公園で落ち合う予定で――がっ!」
男の言葉は最後まで言うことは出来なかった。
何故なら朔夜に首の後ろのツボを突かれたみたいで、男は気を失ってしまったから。
「情報は手に入ったし、もう協会に渡して大丈夫だな?」
「繋ぎ役の容貌とかも聞き出したかったんだけど……もういいわ」
朔夜は早く男を協会に引き渡したいみたいで、ジロリと睨まれた。
分かったわよ!
もう……。
そして朔夜の要望通り、男をさっさと協会に引き渡してきて私達はマンションに戻った。
ちょっと帰るのがいつもより早かったけど、今日はもうやることは無かったから。
あとは明日。
男が言っていた公園で張っていればいい。
容貌が分からないのは痛いけど、人を探しているか待っているかしている人物を手当たり次第調べていけば何とかなるだろう。
今日はゆっくり休んで、明日に備えることにした。
マンションに戻って一日の汗を流すと、外はすっかり暗くなっていた。
入れ替わりにバスルームに入った朔夜をリビングで待っていた私は、特にしたいこともなくて何となく窓辺に移動する。
大きな窓に近付くと、外が思っていたより暗くないことに気付いた。
何でだろう? と思い、すぐに気付く。
「そっか、今日は満月だ」
眼下に向けていた視線を上のほうに上げ、確認する。
「綺麗……」
真ん丸で
神秘的なその光をもっと堪能したくて、私はリビングの電気を消した。
そうしてまた窓に近付くと、足元でナァーオという鳴き声が聞こえた。
「ツクヨミ……」
ツクヨミは朔夜が拾ってきた猫だ。
朔夜が拾って、私が名付けた。
アイスブルーの瞳をもつ黒猫はどことなく朔夜に似ている。
それを朔夜に言ったら怒られたけど……。
「ナォーン」
ツクヨミがまた鳴いて私の足に尻尾を絡みつかせた。
「ふふ……くすぐったいよ」
私はツクヨミを抱き上げ、その喉を指先で撫でた。
ツクヨミの喉の奥がゴロゴロ鳴り目が気持ちよさそうに細められる。
「ほら、今日は満月よ。綺麗よね……」
そう言って私はツクヨミを抱いたまま月を見上げた。
意識が吸いこまれてしまいそうな白い月。
そんな月の光を浴びて、私は月の力を貰っている様な気すらしてきた。
そうしていると、カチャッ…という音がバスルームの方から聞こえてくる。
朔夜が出てきたんだろう。
「何故電気を消してるんだ?」
リビングに来た朔夜は開口一番にそう言った。
私はツクヨミを抱きながら軽く振り返って答える。
「月をもっと良く見ていたくて……。今日は満月だから」
そして私を見た朔夜の目の色が変わる。
「朔夜?」
聞くと、朔夜は目を細め近付いてきた。
その表情は少し怒っているようにも見える。
「どうしたの?」
若干
その反動で抱いていたツクヨミが床に落ち、抗議の鳴き声を出している。
朔夜はそれに構うことなく私を抱きしめる腕に力を込めた。
「っ朔夜……苦しっ……」
そう言った私の声も聞こえているんだかいないんだか……。
朔夜の腕の力が弱まることは無い。
顎を捕らえられ、唇が重なる。
キスはすぐに深まり私は息苦しさでクラクラしてきた。
貪るような熱いキス。
せわしなく動く舌と唇が、朔夜の余裕の無さを伝えてきた。
こんな、余裕の無い朔夜は初めて……。
溶けるような意識の中で、私はそんなことを思う。
どうしたんだろうと疑問を持つのと同時に、朔夜の手が服の中に入ってきた。
「っふぇ? ……朔夜?」
キスの合間に聞いたけど、朔夜は私から唇を離さなかった。
貪るようなキスは続き、服の中に入ってきた手が背筋を撫でる。
「んっ……ふぅんっ!」
いつもは甘い言葉で攻め立ててくるのに、今日はただ行動のみで示してくる。
本当にどうしたの?
聞きたくても唇は塞がれている。
それに、朔夜の指は私の意識をどんどん溶かして行くから……。
私はもう、どうでも良くなった。
「朔夜ぁ……ベッドに……」
一つになる前に、そう要求した。
だって、やっぱりこういうことはベッドのほうが……。
なのに朔夜は動きを止めない。
「我慢、できるか……!」
「っあ、ああ!」
この時の朔夜はいつも以上に私を求めてきて……私も、いつも以上に感じていた気がする……。
私はそのまま窓辺で朔夜に愛された。
見上げた先に、満月が静かに私達を照らしている。
その冷たくも優しい光が、私の意識を吸いとっているかのようだった……。
スゥ……と意識が浮上し、私は目蓋を開いた。
真っ先に見たのは朔夜のあどけない寝顔。
綺麗な朔夜の顔は、眠ると無防備な子供のように可愛かった。
本人にそれを言うと怒るから、これは私だけの秘密。
昨夜、窓辺で愛された後もベッドに移動し何度も抱かれた。
正直数えるのが怖いほど……。
私自身、よく途中で気を失わなかったなぁと思う。
それに昨日の朔夜は少しおかしかった。
何かあったんだろうか?
そう不思議に思いつつ、朔夜の頬に触れようとした。
うっ……!?
動かそうとした腕に違和感を感じる。
と言うか痛い。
何これ、筋肉痛!?
「う……ん? どうした?」
朔夜も目が覚めたらしい。
薄く目蓋を開けて聞いてきた。
「何か、筋肉痛みたいで動くの辛いんだけど……」
ちょっと恨めし気に言ってみる。
だって、これは明らかに朔夜の所為だから……。
朔夜はじっと私を見たあと、視線を逸らして「悪い」と呟いた。
一応悪いとは思ってるんだ……。
そのままジト目で見続けると、朔夜は気まずそうに話し出す。
「悪かった……だがな、お前が美しすぎるのも悪いんだぞ?」
「は?」
いきなり何を言うんだろう。
美しすぎるって……いつも見てる顔のはずでしょう?
「俺が新月に魔力が増すように、お前は満月に魔力が増すらしい。望……望月は満月のことだからな……」
「それで、昨晩の私はいつもより綺麗になってたって事?」
自覚は無かったけど……。
「そうだ」
と囁いた朔夜は少し寂しそうに目を細め、私の頬に触れた。
「月の女神かと思うほど、美しかった……。美しすぎて、かぐや姫のように月へと行って帰ってこなくなるんじゃないかと思った……」
そうして、朔夜は私を抱きしめる。
「そう思ったら、確かめずにはいられなかった。お前が俺のものであるということを……」
「朔夜……」
「何度抱いても、月の光を浴びたお前は美しすぎて……。いなくなってしまいそうで、怖かったんだ……」
すまなかった……と、かすれた声が聞こえた。
「じゃあ行ってくる」
私をベッドに残し、外出の準備を終えた朔夜がそう言った。
今日は肝心の繋ぎ役が現れる日だ。
昨日得た情報の公園に行かなければならない。
でも私はろくに動けないためお留守番だ。
「……早く、帰ってきてね……?」
昨晩さんざん愛し合った後だけど……ううん、愛し合ったからだ。
だから私は離れるのが寂しくて素直な気持ちを伝えた。
私がこんなふうに照れもせず言うのは珍しいから、朔夜は少し驚いたみたい。
ちょっと見開いた目をぱちくりさせてる。
そしてフッと笑って、私の髪に口付けた。
「大丈夫だ。捕まえるなり後をつけるなりして犯人の女吸血鬼の居場所を確認したら、すぐ帰ってくる。……俺も、あまりお前と離れていたくは無いからな」
朔夜の最後の言葉に、私は赤面する。
暗に同じ気持ちだと言われて、照れた。
でもそれ以上に嬉しかった。
こんなにも想いを通わせる事の出来る相手と共にいられるのは、とても幸せなことだから……。
「じゃあ今度こそ本当に行くからな」
名残惜しげに言う朔夜に、私も名残惜しく思いながら「いってらっしゃい」と声をかけた。
その背中を見送りながら、一瞬不安が心を
朔夜が私の側から居なくなるような、そんな不安が。
でも、それは本当に一瞬のことで、きっと気のせいなんだと思う。
寂しいからそんな風に不安になるだけなんだ。
私はその寂しさを紛らわせるために、ベッドに残る朔夜のぬくもりを感じた……。
でも……。
その日、朔夜がマンションに帰ってくることはなかった……。
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