~捜査~
すぅっと、意識が浮上して私は目を覚ました。
目蓋を開くと、見慣れてきた朔夜の寝顔が真っ先に視界に入る。
いつ見ても綺麗な顔。
規則正しい寝息をもらす唇に、触れたくなって胸がギュッとなる。
初めて会って、2日とたたないうちに私は朔夜に心を奪われた。
私の方からは何も言って無いけれど、朔夜は気付いてるんだろうか。私の気持ち。
……だめ、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。
そう。
今は朔夜への想いに振り回されてる場合じゃない。
佐久間さんから受けた事件。
私の両親の仇・十六夜が起こした事件。
今はその事件の情報収集を朔夜と二人でやっている。
朔夜への想いに気付いたあの日の夜、私は彼に全てを話した。
数年前の、私の過去の話も……。
数年前……あの夏の日。
深夜、物音がして目を覚ました私は、寝ぼけたままの状態で居間に向かった。
お父さんとお母さんの声が居間から聞こえたから。
電気はついてなくて、何をしてるんだろうと思った。
不思議には思っても、特に不安になんて思いもせず私はドアを開く。
月明かりが窓から差し込み、居間の中は薄暗いながらも良く見えた。
そして私がそこで見たのは、床に倒れている両親と、棒のように立っている美しい顔立ちの魔物だった。
床には黒い水溜まりが徐々に増えていく。
微動だにしない両親に、嫌な予感がした。
「お、とう……さん? おかぁ……さん?」
掠れる声をやっとの思いで出した。
でも、呼び声に両親は全く応えない。
代わりに魔物の男が私を見た。
心が凍り付くような恐怖。
男の視線を受けただけで私は身動きが出来なくなった。
殺気。
男は、確かに私を殺すつもりだった。
でも、近づいて来た男は私を間近で見て凶悪な笑みを浮かべる。
「ぅ……あ……」
私は叫んで逃げたかった。
でも、声が出ない。
体も金縛りにでも遭ったかのように指一本動かせない。
男が、死よりも恐ろしいことを企んでいるということは見てとれたのに……。
そして、私は恐怖と苦痛を思い知った……。
最後の部分は詳しく話すことが出来なかった。
あの恐怖は、未だに私を
でも――。
「知ってる……だから言わなくていい」
思い出し怯えている私に朔夜は言った。
「今日会っていた女は情報屋なんだ。……お前のことを知ろうと思ってな……」
「……そう、なんだ……」
「その情報屋に全て聞いた。……あの男が言っていた名前。十六夜だったか? そいつなんだろう、お前の仇は」
私は何も言わず、ただ頷いた。
「それで? お前はどうするつもりなんだ?」
そう言った朔夜に、私は佐久間さんから受けた事件の書類を差し出す。
朔夜は不思議そうに書類を受け取り、ざっと見た。
「佐久間さんから受けた事件。……その事件、十六夜が起こしたものだと思う」
そこまで言って、朔夜が視線だけで私を見た。
どうするつもりなのか、問うている目。
「……捕まえて協会に引き渡すわ。……ハンターとして、それが最適な行動だから……」
本当は迷っていた。
私は、本当にそれでいいと思ってる?
そんな私の思いを知ってか知らずか、朔夜はただ「分かった」と言った。
そしてあの日以来、朔夜は特に何も言わず私の手伝いをしてくれている。
本当は、私が迷っていることを知ってるんだと思う。
それでも朔夜が何も言わないのは、それは私自身が出さなきゃいけない答えだから……。
でも、ただ考えていただけじゃ答えなんか見つからない。
何にせよ、今は行動しかないってことね。
だったら早く起きて今日もまた情報収集に歩き回らないと。
「朔夜、起きて!」
呼んでも起きる様子は無い。
「…………」
ならせめて自分だけでも起きようとするけど、朔夜に抱きつかれた状態のため無駄なあがきだった。
全く……私は抱き枕じゃないってのに。
朔夜はどうも、何かを抱きしめて眠るクセがあるみたいだ。
仕方ないので、私は朔夜が目を覚ますまでその寝顔を観察することにした。
とても綺麗な顔をしている朔夜。
でもその寝顔には、少しだけ幼さも見え隠れする。
……可愛い。
愛しい……。
フワリと心が温かくなる。
この瞬間がとても好き。
朔夜が私のことを本当はどう思ってるのかとか。
いずれは殺すつもりなんだとか。
そんな思いなんて関係なく、この瞬間だけは朔夜を素直に想えるから……。
「うっ……ん」
あ、起きちゃった?
残念。
でも仕方ない、起きないと。
うっすらと開いた目蓋からアイスブルーの瞳が現れる。
まだ少し寝ぼけている様な朔夜に私は小さく笑った。
愛しいと、心から思う。
私は目を覚ました朔夜に、「おはよう」と言った……――。
「それで? 結局この2週間で分かったことはな何なんだ?」
お昼、昼食に立ち寄った喫茶店で朔夜が少し不機嫌そうに聞いてきた。
「……事件の犯人が十六夜って言う吸血鬼ってことと、この事件が私を誘っているものだってこと」
私は指を折って数えるように答える。
そして折った指は二本で止まった。
……つまり、全く進展がないのだ。
事件の依頼を受けたあの日、朔夜の血を吸った男が私をその十六夜のもとに連れていくと言っていたから、あっちの方からすぐに何か仕掛けて来るかと思った。
でも、何の動きもない。
事件そのものもピタリと止まってしまっていたから、あとは情報収集に駆け回るしかないんだけど……。
「……これからどうするんだ? 最後の頼みの綱も、無駄に終わったぞ?」
重いため息をついてそう言う朔夜。
そうなんだ。
情報収集の甲斐もなく、十六夜のことは全く分かっていない。
朔夜の言う最後の頼みの綱も、午前中に調べたが無駄に終わった。
「……ど、どうしよう?」
苦い笑顔で聞いてみる。
はっきり言って、私にはもう手の打ちようがない。
「あの男からもっと何か聞き出しておけば良かったな……」
あの男とは、朔夜の血を吸った吸血鬼のことだろう。
確かに、私を十六夜のところに連れ去ろうとした男だ。
十六夜のことを色々知ってただろうに……。
でも、あの男がどうなったかは分からない。
一応あの時の場所にも行ってみたけど、男の姿は無かった。
生きているのか死んでいるのかも分からないのに、居場所なんて分かるはずもないのだから情報も聞き出せるわけもない。
本当に、あの時もう少し聞き出せていればと後悔ばかり募った。
「仕方ない。ヤツがお前を狙っているのだとすれば、いずれ何かしら仕掛けて来るだろう。それまで待つしかない」
それ以外の方法はないのかちょっと考えて、やっぱりない事に気付き私は諦めのため息をついた。
「はあ……そうね……」
そんな感じで、私達は喫茶店を後にした。
「でも、それならこれからどうしよう? やることなくなるのよねー」
一端マンションに戻ろうかということになって、朔夜の車に乗り込みながら私は呟いた。
「そうか?」
私の呟きに朔夜はそう返すと、助手席の脇に手を回し背もたれを倒した。
「わあ!?」
いきなり上半身を支えていた背もたれを倒され、私はその背もたれと一緒に倒れてしまう。
その上に朔夜が覆い被さった。
「ヒマならヒマで、色々とやりようはあるが?」
影になった顔が笑う。
「ダメ……止めて……」
私は近づいて来る顔に言った。
触れてしまえば求めてしまう。
触れたいのすら我慢しているのに、朔夜の方から触れられたら抑えがきかなくなりそうで怖かった。
「朔夜、ダメ!」
私の静止の言葉を無視してキスしようとする朔夜に、私はもう一度言った。
すると、まさしく寸前と言うところで朔夜が止まる。
「?」
どうしたのかと不思議に思っていると、朔夜はスッと離れた。
そして私を覗き込んだ状態で目を細めニヤリと笑う。
「ダメ……ね。嫌ではないんだな」
「っ!?」
顔がカッと赤くなる。
見透かされた。
朔夜は私の反応に満足気に笑い、車のエンジンをかける。
からかわれた?
今度は別の意味で顔が赤くなる。
ムスッとして背もたれを戻すと、朔夜が車を発進させた。
朔夜の顔を見ていたくなくて……。
同時に私の顔を見せたくなくて、私はずっと助手席側の窓から外の風景を見ていた。
朔夜の意地悪!
ドS!
すれ違う車や人を見ながら、私は心の中で悪態をついていた。
それでも『嫌い』なんて言葉は出てくる様子はなくて、やっぱり好きなんだなあと再確認してしまう。
まあ、だからこそなおさら腹が立つんだけど。
窓ガラスにうっすらと映る朔夜は無表情だ。
その端正な横顔を見て、私はため息を一つついた。
結局のところ、私はこうやってからかわれるのも嫌いじゃ無いってことなんだ。
ああ……私ってMだったのかなぁ……。
そして最後にまた諦めのため息をついた。
ふと視線を歩道の方に向けて、私は驚きで目を見開く。
私の視線がとらえた姿は、2週間前の例の吸血鬼だった。
「朔夜止めて!」
考えるより先にそう言った。
朔夜が「どうした?」と聞きながら車を横付けして止める。
気が焦ってたんだろうか。
私は朔夜にろくな返事もせず、すぐに車から降りて男の姿を追う。
「望!?」
呼び止める朔夜の声もちゃんと聞いてはいなかった。
十六夜の手がかりはもうあの男しかいない。
絶対に捕まえて聞き出さないと!
私の頭の中はその考えしか無かった。
脇目も振らず男を追う。
他の通行人もいるせいで、なかなか男の元にたどり着けない。
走って走って、人通りが無くなってきたと思った時。
気付くとそこは廃ビルの中で、回りに人の姿は全くない。
そのときになって私はやっと気付いた。
敵の狙いは、私と朔夜を引き離すことだということに。
冷静になると、何故あんなにも焦っていたのか不思議に思う。
きっと、男の姿を見た瞬間催眠術でもかけられたんだろう。
十六夜は催眠術の手だれらしいから……。
とにかく朔夜と合流しないと。
佐久間さんにも、何度も朔夜と行動するようにと念を押されていたし。
実際、私一人ではまともに戦える自信がない。
今、十六夜と会ってしまったら……。
そう思った次の瞬間――。
「望……久しぶり」
突然背後から声が聞こえた。
忘れたくても忘れられなかった声。
瞬間的にゾワッと鳥肌が立ち、私は振り返りながら距離をとった。
赤みがかった茶髪。
白い肌。
琥珀色の瞳。
そして、つねに薄く微笑みの形をとる唇。
全てが、記憶と一致する。
十六夜……両親の仇……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます