~吸血~

 成人した大の男。


 運ぶのは簡単じゃなかった。




 引きずってやっと運べる程度。


 寝室まで運んだだけでも一苦労なのに、ベッドに寝かせるのもまた一苦労。




 やっとのことでベッドに寝かせると、私はベッドの端に上半身だけをした。




 つ、疲れた……。




 でもここでヘバってるわけにはいかない。



 今の朔夜はきっと血が足りないんだ。



 彼がいつ吸血したのか分からないけど、この様子だと最近はしていないんだろう。


 血を吸われて、貧血の様な状態になっている。



 眉間にしわを寄せている朔夜は本当に苦しそうだった。




 こんな状態で良くここまで平気に運転してこれたものだわ。


 普通の人間ならその場ですぐ動けなくなるのに。



 やっぱり吸血鬼と人間だとこういうところも違うんだな。




 そんなことを考えながら私は朔夜を見つめていた。




「朔夜……」


 こんなときにどうかと思うけど、眉間にしわを寄せる朔夜は色っぽかった。



「うっ……」


 形の良い唇から洩れるうめき声も熱を帯びているように聞こえてしまう。



 私は自分で自分が恥ずかしくなって、朔夜の顔から視線を下げた。



 でも、そうして次に視界に入ったのは朔夜の体。


 襟を大きく開いているため露わになっていた胸板だった。



 見ただけで分かる女とは違う体。


 硬く、がっしりとしている。




「っ!」


 自分でも分かる。



 今私、絶対顔赤くなってる!




 そろそろと、今度は惹かれる様にその胸に触れた。



 硬い……。



 この身体に……。



 触れていたい。


 触れられたい。




 そして……。






「エロイ顔をしてるな……」



 朔夜の声で、私はハッと正気に戻る。



 私、今何を考えてた?



 とっさに朔夜から手を離し、心の動揺を隠そうとした。




「ちっ……油断したな。それに最近血を飲んでいないのがあだになった……」


 朔夜の悔しげな舌打ちに、私は少し驚いた。


 余裕がない状態の朔夜というのが想像出来なかったせいもあり、何だか新鮮に感じた。



「飲んで無いって……どれくらい?」



 朔夜は気だるそうに少し考え、答える。


「ひと月……位かな……?」



「そんなに!?」



 血が吸血鬼の食料だと言っても、人間のように毎日摂取しなければならないわけじゃないことは知っていた。


 それでもひと月は長すぎる。



 通常は大体一週間ごとに摂取するはずだ。



「普通のヤツと一緒にするな。協会で聞いたんだろう? 俺が純血種だってことを」



「うん……」



 ということは、朔夜は長い間飲まなくても平気という事だろうか。




「とは言え……流石にそろそろ飲まなければと思っていたんだ。だからお前とのゲームに勝って、血を吸おうと思っていたんだが……」




 ゲーム……。



 その言葉に、心臓をグッと掴まれたような痛みを感じた。




 朔夜にとってはやっぱりゲームなんだよね……?



 それを悲しいと思うのは、もうすでに心は朔夜のモノになっている証だろうか……。



 でも、殺されるのが分かっていて体を許す事はない。



 それが私にとって、最後の砦だった。




「仕方ない……明日協会にでも行って血を貰うか……」


 やはり気だるそうに言う朔夜に、私は告げた。





「血なら、ここにあるじゃない」




 朔夜がいぶかしんで私を見る。



「私の血を飲めば良いでしょ?」



 せめて、それぐらいはしてあげたかった。


 全てをあげるわけにはいかないから……。



「……本気で言っているのか?」


 少し辛そうに上半身を起こす朔夜。



「……本気」


 私はベッドに腰掛け、朔夜の目を見る。



 左手で頭の後ろから右側の髪を寄せ、右手で服を引っ張り首筋をあらわにする。


「……でも、全部は吸わないでよ?」


 これだけは釘を打っておかないと。




「自信は無いな」


 でも、朔夜は私を引き寄せそう呟いた。



「吸血鬼が血を吸う欲求は、食欲と性欲が合わさった様なものだ……」


 朔夜の舌が首筋の血管をなぞるように這う。


「っ……」



「直接吸って、抑える事が出来るか分からないぞ?」


 良いのか? と聞かれ、熱く溶ける様な吐息を肌で感じた。



「私はハンターよ。吸血鬼に血を提供するのも、仕事のうちだわ」


 私は何とか冷静さを保つために、そんなことを言った。




 本当は仕事なんか関係無いけど……。




 でもそんな私の僅かな抵抗は虚しく終わる。




「どうなっても知らないぞ?」


 そう言った朔夜は、私の首筋に牙を突き刺した。



「ぅくう!」


 あまりの痛みにうめく。



 異物が侵入してくる痛みは激痛となって私を襲った。


 でもすぐに痛みは熱に代わり、思考を溶かしていく……。





 何も考えられなくなった頭は感覚のみを読み取る。



 朔夜は牙で穴をあけると、そこからむさぼるように血を吸った。



「あぁ……」


 血だけではなく、全てを吸い取られているかのような感覚に私は目蓋を閉じ力なく声をもらす。



 目蓋を閉じ、視覚をなくした私は他の感覚がさらに強まる事を知る。



 こぼれ落ちそうな赤い滴を舐めとり、溢れるソコには焦らすかの様に口づけをする。


 朔夜の行為は、まるで愛撫されているかのようだった。






「っ! 朔夜!?」


 胸の辺りに違和感を感じて、私の頭は思考を取り戻した。



 朔夜は私の声なんて聞こえていないようで、夢中で血を吸い舐め取っている。




 胸、触ってるんだけど!?


 



「ちょっ、朔夜! 血は吸っても良いって……言ったけど、んっ。こういうのは……ぁやあぁっ!?」



 朔夜は全くもって聞いていない。


 それどころか、そのままの状態で私を押し倒した。



「あっ朔夜ぁっ……」


 私は非難するように叫んだつもりだった。


 でもその声は喘ぎ声にしか聞こえない。




 朔夜は夢中で血を吸い、私の胸をまさぐっている。


 私も、血を吸われ意識が朦朧もうろうとしてきた。



 まさぐられている身体も、徐々に熱を持つ。


 理性とは裏腹に、私は朔夜を感じていた。



「あっ! そこはっ! あぁっ!」



 もう……ダメ……。



 私の意識は、そこで途切れた……。





 気付くと、私はベッドに一人寝かされていた。


 起き上がろうとして目眩を覚え、頭をまた枕に沈ませる。




 ……あぁ……貧血か……。


 吸われた分の血が足りないんだ。




 とりあえず、生きてて良かった。



 あの状態の朔夜を思うと、必要以上の血を吸われてもおかしくなかったかもしれない。



 それにしても……。



 血を吸いながら身体をまさぐって来るとは思わなかった。




 意識が途切れた瞬間。


『……イッたのか……?』


 という朔夜の声を聞いた。




 どうやら、私は昇りつめてしまったらしい。


 


 …………。



 は、恥ずかしい!!


 体は許さないって決めたばかりだっていうのに!



 私は布団を上げて頭まで被った。



 そのまま赤くなった顔の熱を何とか冷まそうと思ったのに、丁度良く寝室に足音が入ってくる。


 私以外には朔夜しかいないんだから、当然彼だ。


 

 ベッドの脇で足音が止まり、しばらくは沈黙が続いた。




 そして朔夜がポツリ。


「昨日と同じだな」


 ため息でも出そうな呆れた声が、布団越しに私の耳に届いた。




 昨日と同じ……確かにそうだ。


 昨日もこんな風に、恥ずかしさで布団に潜り込んでいた。



「とにかく起きろ。そして食え。じゃないと血を作れないぞ?」



 ……食え?

 って、何を?




 朔夜の言葉に少し顔を出すと、出来立ての料理の匂いがした。



 朔夜が作ったの?


 吸血鬼も料理するんだ……。



 実際普段の食事は人間と変わりないのだからそれも当然なんだろうけど、朔夜がと思うと何だか妙な気分だった。




 でもこれって……。



「この匂いは……」


 嫌な予感に恐る恐る呟く。



 朔夜はそれにさらりと答えた。


「レバニラ炒めだ」


 予感的中。



「私レバー苦手……」


 そう言ってまた布団の中に戻ろうとした私。



 そこで朔夜の手が容赦なく布団を剥ぎ取った。




「ちょっ!? 何するの!?」


「望……」



 当然目の前に顔を寄せられ、迫られた。




「俺が手間暇かけて作った料理、食べられないと?」



 視線を逸らすことを許さない瞳に睨まれる。


「で、でもキライなんだもん。我慢しても一切れ二切れが限界」



 無理に食べると気持ち悪くなってくる。



「でも食わないと血作れないぞ? かなりの量の血を吸ったからな。しばらく辛いと思うが?」



「うっ……」



「ろくに動くことも出来なければ、抵抗も出来ないよなぁ?」


 言葉を詰まらせた私に、朔夜があくどい笑みを浮かべて更に迫って来た。



 もうあと1ミリ位で唇が触れ合いそうなり、私は目蓋を閉じる。



 ……?



 でも予想していた感触はなく、代わりに何かを口の中に無理矢理詰め込まれた。



「うっむぐぅ!?」



 驚いて目を開くと、目の前の朔夜は片手にレバニラ炒めの皿、もう片方には箸を持っていた。


 そしてその箸は私の口に……。



 口の中に入ったものが何か。


 考えるまでもなかった。



「うっうぐぅ……」


 一度口に入ったものなら出すわけにいかない。


 私は涙目になりながら口の中のレバニラを飲み込んだ。



「なんてことするのよ!?」


 叫ぶとまた詰め込まれた。


「ふぐっ!?」



「そんなに嫌なら俺が食わせてやるよ。嬉しいだろう?」



 嬉しいわけあるかーーー!



 いくら朔夜のことを好きになってしまったとしても、キライなものを無理矢理食わされて嬉しいわけがない。



 でも口を開くとまた入れられるため、私は何も言わなかった。


 すると。



「……ほほぅ、口を閉ざすか……。ならこっちも手段を選ばないことにしよう」


 朔夜は何だか楽しそうだ。


 自称Sの朔夜は完全に私をいじめる態勢に入ったようだ。




 ひいぃ!?



 左手に持っているレバニラ炒めの皿を枕元に置くと、その手で私の首筋を撫でた。



「ひゃっ!?」


「もっと口を大きく開けないと食わせられないじゃないか」



 朔夜は心底楽しそうに、服の中に手を入れてきた。



「っぁ! ダメっむぐ……」


 口を開けると容赦なくレバニラ炒めが放り込まれる。


 そうなるとやっぱり食べるしかない。



 朔夜は私が飲み込むまでジッと待ち、また私が口を閉ざすと手が動いた。



「んっあぁ……はぅぐっ……」




 これはある意味拷問だー!



 私は涙を堪え、心の中で叫んだ。



 楽しそうな朔夜に憎しみに近い感情を覚える。




 何でこんなやつ好きになっちゃったんだろう……。



 涙ながらに私は自分の想いを認めた。


“好きになっちゃったんだ”って。



 だって、こんな酷いことをされても好きなのは変わりない。



 本当は止めて欲しいけど、触れられてちょっと喜んでいる自分がいる。



 

 もう、仕方ないよね……。



 この想いだけは止められない。


 止めようがない。





 朔夜が……好き……。





 ……でも、この状況が私にとって拷問であることは変わりない。



「ほら、これで最後だ」


 私は最後は素直に口を開いた。


 正直、抵抗するのに疲れたから。



 すっかり冷めてしまったレバニラは不味かった。


 でも何とか噛んで飲み込む。




 う~気持ち悪い……。



 何とか全部は食べられたけど、無理矢理食べたせいで気持ちが悪くなってきた。



「ちゃんと食ったな。じゃあ、ご褒美だ」


「え?」



 朔夜はニヤリと笑い私の唇に指で触れる。


 じっくりと指の腹で撫で、離したかと思うとその指を自分の唇に当てた。


 そのまま自分の唇を撫でた朔夜は、妖艶に唇を舐めとった。



「っ!?」



 間接的に唇を舐められたような感覚になる。



 緩やかな仕草が逆に恥ずかしい。



 朔夜に魅入られ、力が抜けた私の腕を取った朔夜は、私の頭の横にその腕を置き、手首を伝って手のひらを合わせ指を絡めた。



「んっ……朔…」



 何がしたいのか聞こうとして止めた。


 覆い被さる朔夜の顔が、じりじりと近付いて来たから。



 今度は直に唇が触れ合う。


 でも、朔夜はすぐに舌を入れてこようとはせず、まずは私の唇をついばんだ。


「んっ……」



 そして舌が唇をなぞる。



「っはぁ……」



 私の吐息がもれると、やっと舌が唇を押し上げてきた。



「ん……朔夜ぁ」


 優しく甘い口づけに、私はそれよりも甘い声を出す。



 やだ……こんな風にされたら、抵抗できないよ……。




 このまま、最後まで行ってしまってもいいとさえ思ってしまった。



 駄目。

 どうにかしないと……。




 そう思い何とか出来ないか考えていると……。





「……レバニラ臭いな……」



 朔夜が少し唇を離し呟いた。





 ぷち……。





「あんたが食わせたんでしょうがぁ!」



 体は動かせないので、代わりに頭突きを食らわせる。



「うぐぁっ!」


 唐突な攻撃だったため朔夜はまともにくらった。



 ……私も痛かったけど。




「もういい退いて! 私シャワー浴びてくる!」


「元気になったじゃないか……」



 朔夜はそう呟いて素直に退いてくれる。



 心配してくれていたみたいだけど、怒っていた私にはどうでも良かった。


 私は足を踏み鳴らしてバスルームに向かった。






 あんな甘い雰囲気させておいてレバニラ臭い!?


 それは思ってもあえて言わないトコでしょう!?




 私は脱衣所で怒りに任せながら服を脱いだ。



 温かいシャワーを浴びて、やっと少し落ち着く。



「……朔夜の馬鹿……」





 私は頭からシャワーを浴び、しばらくの間そのまま動かなかった……。



 キュッと蛇口を止め、私は備えつけてある鏡を見た。



 寂しそうな顔してる。



 私、もしかして朔夜に抱いて欲しいって思ってる?



 ……そうなのかもしれない。



 気付いてしまった想いは止めどなく溢れて……。


 想いだけじゃ足りなくて……。



 触れていたいと欲望のままに望んでいる。




 私はため息をつきながら鏡におでこをつけた。



「これじゃあ欲求不満みたいじゃない……」


 もう一度ため息をつき、気付いた。



 首筋に残るキスマーク。


 朔夜が私の血を吸った証。




「……あれ?」



 3つある……?


 


 吸い痕は、キバの数の2つのはずだ。



「じゃあもう1つって……っ!?」



 恥ずかしさで、思わずキスマークを隠した。



 2つは咬み痕。


 ではもう1つは?




「っ……本当の、キスマーク……」



 これは朔夜がつけたものだろう。


 だって、マンションに戻るまでは何もなかったから。



 ということは、吸われたときに一緒につけられたもの……。




 私はソロリと手のひらを退け、もう一度キスマークを見た。



 朔夜……何のつもりでつけたんだろう?


 自分のものだという証?




 だったらいいな……。



 いずれ殺すつもりなのだとしても、自分のものにしたいと……そう思ってくれているのなら……。


 私の全てが欲しいと思ってくれているのなら……。




 私は……。






「……嬉しい……」



 私はまぶたを閉じ、一粒の滴を流した。



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