中学編 第3話 二年三組②
「土屋はよーっ!」
二年三組の教室に着くと、栗色の髪を前髪だけ星のついたゴムで上げている
いつ見てもちょんまげにしか見えないが、これがよく似合ってるものだからずっと言うに言えないでいる。
「はよ」
簡単に返事をして、夏になってもなぜか春から変わらない名前順の席──斎の後ろに鞄を置いた。
「今日だっけ、土屋の幼なじみが転校してくるの。男?」
斎の後ろから、天然パーマ気味で伸びかけの黒髪に、黒縁メガネが顔を出す。せっかくいい顔してるのに髪型のせいでモサッと見えてしまっている、残念イケメン
少し気にした様子で聞いてくるのは、恐らくコイツが女性恐怖症だからだろう。
「女。可愛いよ」
あまり表情に出さない秀は珍しくなんとも言えない顔をして、うぐ、と声を出した。
いつも俺が一緒にいる二人だから、先に未来の目について話してはいるけど……さっきの先生みたいにならないでくれたらありがたい。
「あのさ、前にも言ったけど……」
「あ、目のことか? 大丈夫だって! ちょっと誤解は受けやすいかもしれねーけど、土屋が大丈夫って言うなら俺らも大丈夫だよ」
斎が明るく受け流す。秀もこくこくと頷き、相槌を打ってくれる。
二人の様子を見て、俺は幾分か不安が和らいだ。
話し終えた直後、見計らったかのように本鈴が鳴り、各自席に着く。斎も秀も、違う意味でそわそわしていた。
俺はどうか何事も無く、みんなが平和に受け入れてくれることをただ願っていた。
「はい席に着けー」
世紀末先生が教室に入ってきて、少し緊張した面持ちで教壇に立つ。
クラスのみんなが静かになっても、先生からはどんなふうに言おうか迷っている感じが見受けられた。口を開いては閉じてを繰り返し、意を決したように言葉を紡ぐ。
「今日は、転校生を紹介します」
おおー!! と、周りから歓声が上がった。元々静かではないこのクラスがもっとうるさくなっていく。
「ただ先に言っておきたいことがあって。少し変わった目を持った子だ。お前らはしないと信じたいが、差別とか、そういうのしないようにしてくれな」
先生の言葉に何のことだと少し静かになるも、まだざわめく中、先生が入ってと未来に声をかけた。
うつむき加減な未来が、俺の手入れされていない赤っぽい髪とは正反対の、さらさらとした長い黒髪を
クラスのやつらはみんな息を飲んだ。
それは彼女が中学生と思えないような美人だからというだけではないだろう。
教壇の横に立った未来は真っ直ぐ俺たちを見る。
その美しい黒髪が映える白い肌と、そこに二つある、海の中を思わせる深い
「自己紹介を」
そう促された時だった。未来から小さく声が上がり、顔が少し歪んだ。未来の左目の上、眉毛の辺りから、血が線状に散る。
「未来っ!」
ガタッと椅子から勢いで立ち上がった俺に、未来の手が大丈夫と言うように向けられる。だからそのまま血を拭うのを見ているしかできなかった。
かなり深く切れたのだろうか。拭う手に血が流れ、ブラウスの袖をじわりと赤く染めていく。
「相沢……! おい誰だこんなの投げたのは!」
先生が未来の足元に転がる血のついた物差しを拾い上げる。同時にだれかが「バケモノ」と呟いた。その言葉が未来の耳に届いた時、それを皮切りにしてクラスの一部を除くほぼ全員が、悲鳴を上げ、罵倒を始めた。
「ばけもの」
──やめろ。
「バケモノだッ!!」
そんな心無い言葉であいつを傷付けるな。
「なんでこんな所にいるの!?」「何が転校生だよ!」「私たち殺されるんだ」「いやああ!」「こっち見んじゃねえ! 見んじゃねぇよ怪物が!!」
やめろ。
「化け物!」
やめてくれ。
「化け物!!」
頼むからやめてくれ……!!
「ばけものッ、バケモノ!!」
どこからともなく物が未来に向かって投げられる。
先生は落ち着けとクラスに言うが彼らは聞く耳を持たない。一切抵抗を見せない未来に、投げる物もエスカレートする。
もう、見ていられない。
これ以上危険になる前にと、俺は未来の正面に立ち盾になった。直後、開いたハサミが二人の真横を通り、黒板に当たってカツーン! と音が鳴る。それを境に、誰もが沈黙した。
「この……青い目を持った
ビクッと、俺の後ろで未来が固まったのを背中で感じた。
未来の小さな荒い息づかいが聞こえる。
恐る恐る視線を向けると、傷口を拭っていた手が脱力し、二、三滴血が床に落ちた。
哀しみから魂を宿す死人は、一つ目であれど三つ目であれど全員青い目をしている。マダーでない彼らは、青い目であれば死人だと、目が青い生き物は死人だと。そう理解しているのだ。
これは仕方がないこと。それは、俺も未来も、今までの経験で痛いほどよく知っている。
だけどここまで酷いあしらい方をされるとは、思いもしなかった。
こんなにもキツい『拒絶』は、受けたことがなかった。
教室全体が、しんと静まり返る。
「なぁ、目青かったら死人なの?」
不意に声が上がる。斎だった。続けて秀が言葉を繋ぐ。
「なわけないでしょう。外国にはそういう人わんさかいるし、特別珍しいことじゃない。ただここが日本だからってだけの偏見だよ」
先生も何か言ってやりたいという様子が伺えるが、生憎言葉が見つからないらしい。
だけどそれはどうでもいい。これは好機だ。
こちらの言葉を聞いてもらうチャンスだ。
未来をちらっと見ると、同じように思ったのか、彼女は不安そうな顔で小さくひとつ頷いて、俺の前に出る。
「誤解を与えてしまい、申し訳ございません。私は生まれつき碧眼であり、正真正銘人間で、死人を狩る『マダー』です。これまでにも同じように死人と言われ、忌み嫌われ、前の学校においても化物の居場所はないと言われました。諭す存在のはずの先生も……誰も助けてはくれませんでした」
丁寧に、大人のように、ゆっくり少しずつ話す。きっと何度も話し続けたせいで、こんな子供離れした言葉遣いになってしまったんだろう。
「この目が死人と同じに見えるのは、重々承知でございます。違いなど分からないというのも理解しています。仲良くしてくださいなんて恐れ多いことは言いません。ただ、前の学校には居られない事情ができてしまいました。我儘は言いません。だからどうか、どうかここに居させてください」
未来が深々と、頭を下げる。お願いします。お願いしますと、何度も懇願する。泣いているのだろうか。髪で隠れて見えないが、声に震えが感じられた。
するとどこからか、小さな拍手の音が聞こえた。
未来が顔を上げると、次第にそれは大きくなる。一変してクラス中が歓迎ムードになり、何人かが未来の前までやって来て、一人一人謝り出した。
「ごめんね。驚いちゃって、つい……」
あまりにもその対応が対極的だったから、驚いて俺と未来は顔を見合わせる。
未来は驚いた顔のまま、とんでもないと全員に応じた。
続いて他のクラスメイトも謝りに前に出てきたが、一部、恐らく物差しやハサミなど投げつけてきた一角からは、席を立つ者はいなかった。
「相沢、先に保健室へ行こう」
かなりの出血をしている傷口を心配した先生が、みんなにまた後で改めて歓迎してやるようにと制止させる。
未来を誘導する先生に、さっきの職員室での反応が気になって、俺も一緒についていこうとした。
すると、なぜか斎が勢いよく手を挙げた。
「よっちゃん先生、俺、保健室行く用事あるんで俺が付き添うよ!」
たーっと近寄ってきて未来の手を取り、俺が止める間もなく行こうと誘う。
みんなには聞こえないぐらいの小さな声で、「クラスの様子も見といた方がいいだろ」と、少し真剣な表情で言われた。
どうやら今のクラスの変わり様に気持ち悪さを感じたのを見透かされていたらしい。
教室を出る際に、可愛らしくウインクをされた。
「ああ、じゃあ頼むな。先生もすぐ行くから」
そう言って二人を見送った先生は、みんなを座らせ、ホームルームと称し今あった出来事について説教を始めた。
特に流血の原因になった例の一角に向けて言っていることもあるように思えたが、聞いているようには全く見えなかった。
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