中学編 第2話 二年三組①
参ったな。そう、口に出してしまえば楽になるのだろうか。
隣をずっと俯き加減で歩いている
そこにあるのは、晴れ一色。
周りで蝉が忙しなく鳴いているのがいやに耳に付く。
ぱしゃっ……
一瞬だけ、彼らの鳴き声は未来がわざと踏んだ水溜まりの音によって掻き消された。
音の根源である彼女の足元へと自然に意識が誘導される。
靴に跳ね返った水がするりと流れていくのは、今の彼女の顔を真似ているようにも見えた。
「なぁ未来、泣くなって。知らない土地でしんどいと思うけど、俺もいるし、俺の友達もいる。驚くかもしれないけど、あいつらはお前のこと蔑んだりしねぇよ」
ぼろぼろと泣きじゃくる未来を俺はさっきから必死に宥めている訳だが、どうにも泣き止んでくれない。
学校に行くのが怖いのだろう。学校恐怖症とかじゃなく、恐らく今までの経験のせいで。
(あの二人は理解あるやつらだし知識もある。未来の目を見たところで差別したりはしないだろう。問題はクラスの方だな)
何も起きなければそれでいい。でも、もしかしたら。
頭の中に良くない光景が浮かんでしまって、無意識に口を噤んだ。
俺が黙り込んだからか、未来は眉を八の字にして涙ぐんでこっちを見てくる。
「
「未来……」
どうフォローしてやればいいかわからなくて、俺は何も言ってやれなかった。
口に出すには長い、
だけど怖がりながらも足は一歩一歩学校に近付いている。見ようとしなくても見えるぐらいの位置に、俺たちの学校、ジーニアス中学がそびえ立つ。
毎日思ってるけど天才の中学校って、誰だよこんな名前付けたやつ。
「ほら、もう着くから涙拭け。職員室行かないといけないんだろ?」
泣いたまま彼女はこくん、と首だけを振り、今度は目が埋まるんじゃないかと思うぐらいの勢いで擦り出した。
ギョッとした俺は慌ててその手を掴んで、半ば強引にその行為を
「そんなことしたら痛いだろバカ! あーあー腫れてるし」
泣き続けた未来の目は赤く充血して、パンパンになっている。
だけどその赤くなってしまっていることよりも、更に目立つ彼女の
(昼間に使うのは気が引けるけど、未来のためだ)
制服のズボンのベルトに一緒に取り付けている白い四角の、だけど
言葉で例えるなら多分、カリカリ、チキチキ。なんだか形容しづらい音が鳴る。
『キューブ』と呼ばれるこの物体がパタパタと展開し、手と腕に染み込むように巻かれる形で張り付いた。
そして左の手のひらには、俺の能力源とも言える『炎』の文字が刻印される。
「ん。目あっためて冷してを繰り返して」
目の腫れを沈めようと、体育用に持っていたタオル二枚を水筒の冷たい水で濡らし、うち一枚を手から火を出して燃えないように温めて渡した。
キューブは本来昨日の夜討伐したような、捨てられた哀しみから生まれる
彼らは基本的に夜しか姿を現さないから、規定では夜のみ使うようにってなってるけど……まぁ緊急事態ということにしておこう。
そうしている間に学校の門を通り過ぎ、足取り重く職員室へと向かった。着いた時点でドアは開いていたため、軽く二回ノックだけして顔を覗かせる。
一番手前に座るのが、担任の
なんでそんな読み方をするのかとよくみんなから聞かれてるけど、未だに理由は教えてくれない。
「お、
「おはようございます。この子、転校生の
「ああ、連れてきてくれたんだな。ありがとう。幼馴染だと言ったか」
世紀末先生が椅子から腰を上げ、近付いてくる。
未来はまだタオルを目から外そうとしないが、先生はお構いなく自己紹介を始めた。
「相沢さん、はじめまして。担任の世紀末だ。担当教科は社会、可愛い奥さん募集中のぴっちぴち27歳だ」
少し筋肉質なガタイのいい体を、はっはと笑ってリズム良く揺らし自己紹介する先生。
ふ。と未来がタオルに隠れながら小さく笑った。
こちらもきちんと話さなくてはと思ったのだろう、タオルをゆっくり下ろす。
伏せている目をまたゆっくりと先生に向けた。
俺の知り合いということだけで、何の手続きもせず転校生として受け入れた適当な学校。だから必要な書類だけ郵送されて、対面するのはこれが初めてだった。
でも予め未来の目については触れているから、先生は大丈夫だろうと思った。
「相沢未来です。よろしくお願いしま」
言葉を、先生の持っていた書類がバサッと落ちる音で遮られた。
その瞬間、俺の考えが甘かったことを自覚する。
先生は目を見開いて、一歩後ろに下がる。
口元がほんの少し引きつったように見えた。
「あ、あぁ、書類にも書いていたね。ごめん、初めて見るから理解はしてるんだけど、ちょっとびっくりしちゃって。本当にごめん」
あぁ……だめか。やっぱり、異質だと思われるのか。
俺からしたらとても綺麗な目だと思うのだが、彼らはそれが怖いらしい。
「いえ……慣れてるので」
未来はまた目にタオルを当てて俯いてしまった。
先生はやってしまったとでも言いたげに、頭をガシガシと掴んで申し訳なさそうな顔をする。
嫌な沈黙が流れ、外から門が閉まる音が聞こえた。
「土屋、もうすぐ予鈴だから先に行ってなさい」
そう促された俺は仕方なくその場を後にした。未来が目に当てていない方のタオルに血が付いているのを、視界の端で認識しながら。
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