碧眼の彼女

さんれんぼくろ

中学編 第1話 序章

 時は二〇三〇年。機械、医療、建物、食物。目に入る物全てが発展していた。だがその一方で、必要ないと判断されたものは急速に衰退していった。ゴミを捨てる場所が無い日本では、不必要な物を小さく細かく圧縮する所謂巨大な『ゴミ箱』が造られ、衰退した何かは全てそこへ入れられた。そしてそれらは静かに、寂しく、哀しく、ひとりでに魂を宿らせていった。人々はこの魂を『死人しびと』と総称し、これを狩る者を『マダー』と呼んだ。つまり、人殺しだ。


 ──二〇三六年。


未来みく、そっちに行ったぞ!」


 月が雲の隙間から顔をちらちら覗かせる。ここは東京都の真ん中だが、目の前に広がる光景に灯りはほぼ無い。月の光だけを頼りに、二人の中学生は灯りを白熱電球を追い掛ける。


「ちょこまかちょこまかと! りゅう、あいつ捕まえるから爆破させろ!」


 そう荒い口調で言った少女、相沢あいざわ未来みくは、ポニーテールにした長い黒髪を翻して、逃げ回る白熱電球の前を砂埃を上げて横切る。白熱電球はその脚としている口金くちがねを器用に細かく弾ませ走るスピードを緩めるが、砂埃からは未来が操る植物の蔓がその生き物目掛けて飛び付いていた。


「逃がさない」


 未来は不敵な笑みを浮かべ「おらよ!!」と捕らえた白熱電球を蔓ごとぶん投げる。


 ゴォッと空気の唸る音と共にグルグルと高速回転しながら投げられたその先には、土屋つちや隆一郎りゅういちろうが待て待てとでも言うような顔で、手から炎を上げて待ち構えていた。


 白熱電球の中央にある、碧色の目玉に映る炎が消えたように見えた刹那、パリン。小さな音が二人の耳を撫でた。白熱電球は抗う間もなく、声も上げず、静かに粉砕し欠片となって消滅したのだ。


 最小限の音と炎で爆破されたそれは、細かな粒子となって集積し、丸いビー玉程の大きさの透明な『ガラス玉』に変化していく。


「なぁ未来さんよ」

「なんだい隆さん」


 若干おふざけ混じりの言葉を交わす間に、ガラス玉から眩しい灯りが外へゆっくりと出ていく。

 霧が出るようにふわりと放たれたそれらは、周りにある建物や道路沿いの街路灯へと消え入るように入っていき、暗かった街に灯りがぽつぽつと戻り始めた。


「あのな、爆破させろはいいんだけどさ、こっちに投げてきたら俺巻き込まれるじゃんか。ちょーっと考えて欲しかったなって」


 隆一郎がちらっと彼女へと視線を送る。


「この電球さんさ、ゴミ箱から生命いのち宿って出てきたんやろ?」


 無視かよ。と隆一郎は思った。

 自らの能力で自身が怪我をすることは無いけど、それでも爆発に巻き込まれるなんてごめんだ。とも。

 そんな隆一郎には目もくれず、彼女は続ける。


「他にも捨てられた白熱電球は沢山あるやろに、この子だけ死にたくなくて魂宿っちゃったんやな。独りでも今普及してる電気よりも自分は有能やって、自分の方が照らせるでって言いたかったんやろうな」


 未来がそっとガラス玉を拾う。ふわりと手のひらで覆われたガラス玉からは、哀しい気持ちが伝わってくるように思えた。


 時が移ろうにつれ、物というものは、昔よりもより良くなってまた新たにうまれていく。そうして忘れられていく古き物たちは、こうして哀しみから魂を宿らせ、それは生命となり、哀しみを伝える為に能力を持って暴れるのだ。


「でも結局今の街にある灯りよりもずっと弱くて……もっと強い光になりたくて街の灯りを吸い取っちまったってことか」

「やろな。ほんまに死人は、哀しい生き物やで」


 未来がふと自分の目元に手を当てる。彼女の瞳はこの国において異質だとだけ述べておこう。隆一郎はそんな未来にいたたまれない気持ちを抱いたが、ぐっと唇を噛み締め、おちょくるような顔で未来を覗き込んだ。


「ま、お前の場合はその関西弁をどうにかする事だな!  明日からだぞ、新しい学校」


 隆一郎の言葉に、げ。と心底嫌そうな顔で固まる未来。

 大阪から転校してきて、明日から東京の隆一郎と同じクラスに入ることになっている。

 肩を落とす彼女に、隆一郎はどうにかなると言い聞かせるが、自身もとても不安だったのだ。異質なこの子を彼らは受け入れてくれるだろうか、と。

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