中学編 第16話 俺の答えは①

「それで、どうして今日はこんなに荒れてるんだい土屋くんは。」


 ある夜の事だった。この日は快晴で、朝から夜までずっと雲がなかった。

 だが今は煙で星はおろか月さえ見えないほど視界が悪い。何を隠そう俺、土屋隆一郎つちやりゅういちろうのキューブの炎から出る大量の煙のせいだ。


「何だその喋り方。」

「僕の方が何だって言いたいよ。初の僕ら二人での仕事の日なのに何だよその態度?らしくないよ。動きも大胆過ぎて前が見えないし。」


 ため息混じりに言うのは俺の新しいチームメンバー秋月秀あきつきしゅう。伸びかけの髪を後ろで束ね、邪魔にならないよう眼鏡は能力の氷で作ったコンタクトにしている。昼間の学校のときとは印象が正反対の、チャラ男みたいなイケメン君。


 死人の討伐最中なのだが、ゴミ箱から少し離れた塀でずっと座って見ている。動く気はないようだ。


「増えてきたから手伝え。」

「やだよ。こんなに前が見えなきゃ僕なんかすぐに殺されちゃう。もう少しどうにかならないの土屋。」


 そう言われ、数の増え始めた死人を横目に周りを見渡す。

 確かにここまで煙まみれだと、初心者の秀どころかある程度の経験者でも立ち回りが難しいかもしれない。


 どうやら俺の様子があまりにおかしかったので声をかけずにいたようだ。


「…悪い。考え事してた。」


 一度場に出ている全ての炎を片付ける。煙も徐々に薄れていき、ゴミ箱からわらわらと逃げ回る死人達の姿が鮮明になった。

 五体、いや、六体はいるか。


「今日は特にやばい敵じゃないからいいけど、あんまりこんなふうになるなら少し考えないといけないからね。【氷河リンク】」


 秀が塀からトンっと大きく高く跳んで、死人が群がるゴミ箱周辺にスケートリンクのように氷を敷く。

 雑魚どもはぴーとかきーとか奇怪な声を出してつるんっと足を滑らせた。

 氷の粒を纏った体が空中でくるんと宙返り。

 真下にいる死人目がけて【氷柱つらら】を投げ落とす。

 急所を捉えられた死人は粉々になって弾け飛び、ガラス玉になる。

 氷河に着地した秀はその流れのまま氷に体を滑らせ残りの死人にとどめを刺す。


 お見事。素晴らしい動きだ。


 カツンコツンとガラス玉が跳ねた。


「何かあった?土屋。」


 立ち尽くす俺に秀は首を捻る。

 ガラス玉を回収して小袋に入れる二人。これは今度纏めて本部に送ることになる。何かの研究に使っているらしい。

 未来はこれを戦いに利用するから持ち歩いているが。


「ごめん、あんなに煙たくなる事は基本無い。配分間違っただけだ。」

「何かあったのかって聞いてるんだけど。」


 無視か。このやろう。


「何を凹んでるのさ。仕事に支障が出るなんてよっぽどでしょ。」

「ごめん。ほんとに。」

「そうじゃなくて、どうしたのかって聞いてるんだよ。何かあったなら聞くから。」

「いや、迷惑かけてごめん。」



 反省した俺は素直に謝った。

 なのに何故か目の前のチャラ男は目をキッと吊り上げて睨んで、ツンとした態度で俺の横を通り立ち去っていった。


 その後ろ姿を見ながら、明るくなってきた空を見上げた。

 もうすぐ夜明け。初の二人での仕事は最悪な終わりを迎えていた。



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「隆。起きてー隆〜。遅刻するー。」


 仕事からの帰宅後、学校までの時間は俺の爆睡タイム。ぎりぎりまで寝て学校に向かうのがいつものセオリー…なんだけど。


「ごめん未来…今日も先行っといて。もう少し寝てから行くから。」

「遅刻するよ?」


 早朝自主練をしようとしたあの日以降、俺は未来と距離を置いていた。

 力の差を思い知ったのもあるけど、何より強くなると決めたすぐそばから、あんなふうに思ってしまった自分が恥ずかしくて、腹立たしかった。


「おーい。」


 無反応を貫く俺の顔を何かいい匂いのするふわふわしたのが撫でる。シャラっと微かな擦れて動く音が聞こえるあたり多分未来の髪の毛だろう。

 本人は気付いていないみたいだが、なんともこそばゆい。


「昨日敵強かったの?」


 ああ、心配してくれてる。

 最近の俺の態度に怒るでもなく、いつも通りの声で問いかけながら断固として動かない俺の頭を優しく撫でる。

 マジで良い奴なんだよなあ。


「…そんなに。でも、秀とケンカした。多分。」

「ええ?どうしたの。」

「わかんない。悪いと思ったから謝ったんだけど、逆に怒っちゃった。」


 実際、俺はどうして秀が怒っているかわかっていなかった。

 少し考えれば心配してくれているのに何も言わない俺が悪かったと気付くところだが、如何せん未来との事で頭がいっぱいだった俺の頭は考えもしなかった。


「どちらにせよ、会って話しないとずっとその状態になっちゃうよ。ほら、今ならまだ間に合うから、とりあえず遅刻する前に学校行こう。」

「先行ってってば…。」


「いいから!いーくーの!!」


 倦怠感の残る俺の体を強引に引っ張り、部屋から出して玄関まで引きずられる。そんな小柄な体のどこにこんな力があるんだ。

 仕方なく俺は靴を履き、眩しい空に目を細めながら未来の後ろを歩いた。







 予鈴が鳴った後に教室に着いた俺たちは早々に自分の席に着く。

 俺の前の席に座る秀に、はよ、と声をかけたが返ってくる言葉はなかった。怒ってるんだろうか。


 …次の休み時間にでも声をかけようか。


 キーンコーンカーンコーン


「秀、あの」

 ガタッスタスタピシャンッ

 …すんげえ勢いで出ていったな。


 キーンコーンカーンコーン

「あのさしゅ」

 ガタッ

「先生ちょっと質問が…。」

 …わざとだなこいつ。


 キーンコーン「しゅ」

「土屋今日日直だろう。ちょっと来てくれ。」

「よぎみせんせぇ…。」

 タイミング…。





「なあ、お前ら何やってんだよ?」


 昼休み、斎が呆れ顔で弁当を持ってきた。

 俺だってこんなふうにしたいわけじゃないんだけどさ。


「僕、今日は他の人と食べるから。」

「「え?」」


 そう言ってパンを持って足早に教室を出ようとする秀に、さすがにイラついて俺は後ろから肩を掴んだ。


「待てって。俺、朝から声掛けてんだろ。なのにそうやって無視貫いてんじゃねーよ。話聞けよ。」

「なに?僕が聞いても何も言わなかったくせに何を今更聞くの?」


 それは確かにそうだけど。


「だから今言おうとしてんだろ!」

「どうしてさ。僕が怒ってるから?怒ってると思うから言いたくないけど言わなきゃってなってるんじゃないの?僕の顔色を伺ってるんでしょ?」


 ちょっと落ち着け。

 そう斎が間に入ってくるが口論は収まらない。


「昨日は…ただ言いたくなかっただけで!大体お前だってそんな態度だから言おうにも言えねーんだろ!?」


 クラスがざわついてる。周りの視線が刺さる。


「言いたくなかった?僕の態度?そうやってこれからも誤魔化していくんだ?だったらもうこんな関係いらないよね?」


「秀、ちょっと落ち着けって!土屋も一旦黙れ!」


「離して斎!もういい、こうやって揉めるなら友達なんてやめてやる。チームも解消だ。いいね。」


 押さえようとする斎の手を振り払い強引に出ていく秀に、俺は後ろから勝手にしろ!と叫んでいた。

 何か言いたげな未来に気付かないふりをして。







「きりーつ、礼。ありがとうございましたー。」

「皆気をつけて帰れよー。」



 あれから秀とは一言も交わさず下校の時刻になった。お互い譲る気はないらしく終礼が終わると同時に教室のドアの前後から出る。

 そのまま校舎の両端にある階段から顔を合わせないよう下校した。んだけど。


「………。」

「………。」


 まあ、そりゃ靴箱が同じところにあるんだから顔合わせるよな。

 心底嫌そうな顔をする秀を睨みつけ、顔を背ける。


 こんなふうになりたかったわけじゃないのに。


 靴を履き替えて校舎を出ようとした。

 だけど妙な人影を見つけ俺は足を止める。

 背中からどいてよと言う秀の声が聞こえるが、俺はその場に立ち尽くしていた。


「なんだあれ…。」

「ちょっと、出られないからどいてくれないかな。」


 再度言うその声に返事はせず、俺は秀の方へ振り返ってあの人影を指差す。


「なああれさ、もしかしてしび」


 …一瞬だった。

 紡いでいた言葉が止まるのも。

 鮮血が宙を舞うのも。

 不快に思っていた顔が驚いて、目が落っこちそうなぐらい見開かれるのも。

 何かが横を通って、そのすぐ後にスローモーションのように倒れていく友達の姿も。




「______秀ッ!!」


 血にまみれた秀の体を俺は必死に抱き起こした。

 体を伝って聞こえる秀の心臓の音が、激しく脈を打っていて。

 腕の中にある白い制服のシャツが秀の血で濡れて。

 抱きしめる自分のシャツも赤く染まって。

 荒い息が聞こえて。


「秀、秀、しっかりしろッ大丈夫だ!」


 右ポケット。左ポケット。違う、鞄の中かもしれない。

 マダーなら絶対持っといた方がいいって言われて、長谷川の家で前に確か買ったことがあったはずだ。

 どんな大ケガも瞬時に治す最強の薬、完治薬!代わりに強烈な痛みを伴うとも聞いたけどそんなものなりふり構っていられない。


「ッあった!!」


 焦る俺の腕が、手が、指が、大きく震えて薬の蓋が開けられない。

 液体だから、間違ってこぼしてしまえばもうあとは無い。

 やめてくれ、止まってくれ俺の体。

 慎重に、慎重に。

 カタカタと震える俺の体。

 急げ、急げ。

 こうしてる間にも秀が、秀が。


「つ、ちや…。」


 か細い静かな声が、腕の中から聞こえた。


「ご、め……こんな、ことっな、るなら、あんな……」

「いい、そんな事いいから!喋らないでくれ、喋ったら…ッ」


 喋ったら、血が。


「ごめん、ごめんな。俺が意地張ってたばかりに…ッ」


 乱れる呼吸も、大きく動く肩も、脈打つ心の臓も、全てが秀を奪っていく。

 止まらない俺の手。蓋が開けられない。回せばいいだけだ。ペットボトルの蓋と同じ。なのに、なのに、目の前で消えようとしている命が、温かさが、そうさせてくれない。


「い、い。つちや…いい。ぼく、のこと…おい、てて…みん、な…を」

「______!駄目だ、そんな事赦さない…!!」


 俺は強引に蓋部分を口に咥え、震えて使えない自分の手の代わりに歯で噛みちぎるかのように開けた。


 こんな時でも、お前は周りの事を心配するのか。

 お前は、正真正銘の戦士だな。

 俺は、。そんなこと思えない。


 あの時未来も言ってた。守らないといけないものは、この街で、この世界。

 俺たちの使命は、目の前の友達を助けることじゃなくて多くの人を助けること。




 だから何だ。

 たった一人救えずにどうやって世界を守る。



 もう力が抜けてきてズシッと重くなった体に、たった一つ願いを込めて、大きく開いた右肩から左腹部へ薬を撒いた。


「生きろ秀。もう、これ以上…これ以上んだ…!!」

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