中学編 第14話 相沢未来FIRST③

 火に包まれていた学校が、雨と水で元の姿を取り戻していく。嵐のような雨だった為、土は水を含んで濃い茶色になっていて、なんとも言えない重苦しい気がする。火で割れてしまった窓や植木は修復が必要だが、被害としては抑えられた方だと思う。


「隆、起きて隆。」


 死人の魂が抜けた隆の体はだらんと脱力している。私が抉ってしまった右胸の傷の治療を急いで始めた。隆に呼びかけながら、完全に分離してしまっている血管を花の道管のイメージで結合させる。パックリ切れている肉と筋肉、皮膚も、蔓のイメージから糸を作って縫合する。隆の持っているキューブの真ん中にある四角の埋め込まれたボタンを押して、何かあった時の為にあらかじめ取っている隆自身の血液の入ったパックを貯蔵庫から転送させる。道管とトゲで作った針で輸血をする。


「隆、頑張れ。頑張れ…。」


 何度も声をかける。特別心配はしていない。死人は消えているし傷口も閉じてある。輸血は必要なレベルだけど、キューブを使っていたから出血量も死には程遠く、回復も早い。でもやっぱり、反応が無いのは怖い。


「なあ隆。私さっきの死人が言ってたこと、実は理解できてなかったんよ。私バカやからさ、ちゃんと説明してもらわな分からんのよ。」


 制服に付いてしまった隆の血と土を蒸散で落としながら続ける。


「私でもわかるように隆の口から聞きたい。隆が本当に思ってること。やからさ。」


 制服も綺麗になった。全部元通り。


「さっさと起きんかい。」バシッ!!

「いッッ!!」

「おはようさん。」


 輸血も終わって傷口も抜糸が出来るほど完全に閉じている事を確認してから、平手打ちしてやった。そう、思いっきり。


「おま、手加減とかないの…。俺怪我人なんだけど?」

「寝たフリするような余裕がある人は怪我人じゃないですー。」


 寝たフリ、というのもさっき隆の顔が笑ったように見えたのは、死人が消えてからだったから。状況をわかってて今の今まで意識が無い振りをしていたわけだ。全く、とんでもないやつだ。

 ぷいっとしてやったが、ふと隆が私の体を青い顔で見ているのに気がついた。恐らく、さっきの炎の防壁の中に飛び込んだ時にできた、ボロボロになった制服と広範囲のびらんが見えてしまったんだろう。


「お前…それ…。」

「そのうち治る。気にせんでええよ。それよりも、隆が教室出ていくときに、クラスメート何人か一緒に連れ出したらしいんやけど、隆覚えてへん?」


 気にしだしたらずっと気にしてしまう隆だから、早々に話題を変える。問いかけながら、先に助けようとしてできなかった凛ちゃんと加奈子ちゃんの救護へと向かった。火の渦が極限まで強まった時の熱気にやられ、水の防壁があっても意識を失ってしまったようだった。…おかげで、仲間の命を奪うかのような瞬間を見られずに済んだけど。


「ごめん、全然覚えてない。何なら1限目が終わってからのことは何も…。」

「そうやんね…。」

「この二人のことじゃないのか?」

「ううん、二人は私と手分けして隆の事探してくれてたんよ。やから他におると思うんやけど…。あ、ごめん凛ちゃんお願いしていい?保健室連れていく。」


 一応息をしているかを確認してから体についた土を落とす。意識の無い状態だと完全に力が抜けて重たいので華奢な加奈子ちゃんを背負わせてもらい、隆に凛ちゃんを任せる。

 歩きながら展開していたキューブを元に戻し、代わりに携帯を転送させて耳に当てる。


「電話?」

「うん、避難誘導してもらってた谷川君と秋月君に。…あ、二人とも今大丈夫?」


 電話はすぐに繋がった。きっと待機してくれてたんだな。


『相沢さん平気!?土屋どうなった!?怪我してない!?よかった連絡あってちょっとハラハラしちゃってたからっ…あそうだ他にも』

『斎ちょっと黙って。相沢さん、こっちは大丈夫。どうぞ。』


 凄い勢いでこちらの状況を聞く谷川君を宥める秋月君の声は、いつも通りの落ち着いた喋り方だった。


「良かった。こっちももう大丈夫。隆も無事です。怪我は…まあ少しだけ。キューブが敵側にまわると怖いなって思ったかも。」

『それ、大丈夫なぐらいの怪我?』

「問題ないよ。」


 避難して誰もいない保健室に、背負っている二人を寝かす。隆が申し訳なさそうな顔をしながら、ベッドに付いているパネルを操作して、《火傷(軽傷)》ボタンを押す。彼女らの体に霧のようなふわふわが出来ていく。このふわふわが軽い怪我なら治してくれるのだ。学校以外にも色んなところに設備されているけれど、一日に使えるエネルギーに限界がある為、何度も使っていいものでは無い。


「凛ちゃん加奈子ちゃんも今ベッドに連れてきたから、すぐ意識取り戻すと思う。」

『そっか。』

『相沢さん、さっき土屋が連れて行っちゃったっていうクラスメート、秀が連れてきてくれたんだ!』

「あ、本当!?良かった。」


 安心したところに、隆が戸棚にあるこういう時用の予備の制服を持ってきてくれたので、見つかったとだけ一旦伝えた。


『話聞いたら、長谷川と阿部さん見つけたらポイってされたらしい!』

『多分その二人に用があったんだね。』

「なるほどね。それならこっちで解決してる。じゃあ、オールオッケーかな?」

『オッケー!じゃ皆に教室戻ってもらうね?もう昼休み終わるから!』

『また後で。』


 電話を終えた私は、丸椅子に座って小さく動かしている隆を見た。いつもの大きな背中は、項垂れて縮こまっていた。

 予備の制服を脇において、隆の横へ移動する。顔を覗き込むと若干引いてしまうほど涙と鼻水でぐちょぐちょだった。


「隆ってばそんな落ち込まんくても…。」

「おぢごむにぎまってんだぉー…。ぐずっ。自分のせいで死人が生まれで皆に迷惑かけて挙句未来に怪我させてんだがら…。」

「だーいじょうぶやから。」


 机にあったティッシュを手渡して宥める。浄水器から水をくんで置いてやって、すっかり自信を失ってしまっている幼なじみの頭を撫でる。拭いては溢れる涙を何度も何度も拭って、鼻をかんで。子供みたいだと思った。


「誰だって同じようになる可能性があるんや。今回たまたま隆がそうなってしもただけで、特別おかしなことも無い。気にせんと、な?」

「ゔゔー。」

「それにほら、怪我も既に治りつつあるし。後は新しい制服を着といたら誰も気づかんよ。」


 少しづつ治り始めている手のびらんを見せる。キューブを使っていたときの怪我だから、皮膚の回復ぐらい明日の朝には完全復活しているだろう。


「あ…予鈴かな?ここ聞こえにくいね。」


 廊下の方から若干聞こえるチャイムに気付く。あと5分後には午後の授業が始まってしまう。


「まあ、病人怪我人のいるとごろだからな。」


 少しスッキリした様子の隆が答える。そのとき、ぐ〜〜という大きな音が鳴った。隆の、お腹。


「……っ!」

「ふ、ふはは。」


 顔を真っ赤にしている隆につい笑ってしまう。お昼、食べてないもんね。


「先教室戻って少しだけでも食べときや。本鈴までもう少しあるからさ。私は着替えてから行くよ。」

「うぐ…悪い…。」


 顔を手で隠して恥ずかしそうに出ていく隆を見送ってから、制服を脱ごうとした。


「ッ、いた…。」


 袖を引っ張ると激痛が走った。大した怪我じゃないと思っていた手前、何事かとしっかり見てみる。


「未来ち…多分それ皮膚と服がくっついちゃってる…。」

「え?」


 振り返ると目を覚ました凛ちゃんが薄目でこちらを見ていた。


「無理に取ると皮膚全部持っていかれるかも…。脱がない方がいい。」

「そっか…。」


 ゆっくり起き上がる凛ちゃんに大丈夫かと声をかけようとすると、ふあぁ〜と彼女の大きな欠伸が。


「ふふ、体は大丈夫そう…かな。」

「うん、問題ない。何があったのかよくわかんないけど。よし、ちょっと失礼。」


 机の引き出しの中からハサミを取ってきた凛ちゃんが、私の腕をとる。


「ちゃんと冷やした?治りが早いからって応急処置はサボっちゃダメだよ。」

「うぅ、ゴメンなさい…。」


 そう言いながら付いてしまった制服を切りつつ丁寧に手当をしてくれる。家が薬局のためかとても手際が良い。…例の痛い薬も塗ってくれたから痛みは増したけど。


「そういえば、凛ちゃんがくれたこのケガかくし、凄く耐性があるんだね。制服はボロボロだけどこれだけ何ともないの。火傷もしなかったし。」

「ああ、それ戦闘用のやつだから、かなり強いのよ。薄いジェルパッドだから暑さもマシだと思うし、しばらくもつよ。」

「そうなんだ。ありがとう本当に。おかげで長袖が億劫じゃないよ。」

「どういたしまして。喜んでもらえて良かったよ。」


 手当を続けてくれる彼女との間に、沈黙が広がる。


「…聞かないの。」

「うん?」

「傷跡のこと…。凛ちゃん気味悪がったりしないし、何があったかとか、聞かないから。」


 少し気になっていたのだ。あの日、執拗に長袖の理由を知ろうとしていた。傷跡を見たあのときも理由を知りたがっていたように見えた。でも聞くまいとすぐに口を閉じて、その後プールのときも入れないんだよねとしか聞かなかった。聞かないかわりにこのケガかくしをくれたのが、優しいなと思って。


「今までこの傷跡を見た人は皆、碧眼のせいもあってこれまで以上に化け物とか、気持ち悪いとか、言うの。だからこんなふうに優しくしてもらうの初めてで…。なんでかな…って思って。」


「…。」


 凛ちゃんが顔を上げて、私を見た。


「気にならないって言えば嘘になるかな。でも聞かない方がいいと思ったから聞かない。」

「…そっか。」

「聞いてって言うなら勿論聞くよ。でも…死人との戦いでできたケガじゃなさそうだから…。無理に言わなくていいよ。」


 私は左手で右腕を小さくさすって、微笑む凛ちゃんにお礼を言う。


「ありがとう…。凛ちゃん優しい。」

「…別に優しくないんだよ、これくらい。今まで未来ちーの周りにいたやつらがおかしかったんだよ。」

「そうなのかな…。」

「そうだよ。周りから傷つけられることに慣れないで。それは当たり前じゃない。それが普通だなんて思わないで。」


 凛ちゃんが私の頬に手を当てて言う。…泣きそうな顔をして。


「…アタシも最初傷つけた。ホントに、ごめんね。」

「やだ、もういいんだってそれは!大丈夫だから何回も謝らないでよ…。」


 寧ろこんなに良くしてもらってるのに。と付け足すと、クスッと少し笑った。


「…こんなに綺麗な目なのにね。」

「怖いんだよ。同じ色だから。」

「それだけ…なのかなあ。」


 凛ちゃんがボソッと何か言ったように聞こえた。うん?と聞きかえしたがなんでもないとはぐらかされる。


「はい、手当終了。お疲れさん。服着れそう?手伝う?」

「ううん、大丈夫。ありがとう。」


 今すぐには治らない大きな怪我のところだけ服に擦れないようにしてくれていた。引っ掛けてしまわないよう慎重に制服を着る。その間に凛ちゃんはベッドの設定を元に戻していた。


「加奈っちはまだ寝てるからこのままにしとこうか。授業中だよね。サボっちゃう?」

「こーら。元気なら途中からでもちゃんと受けるべきだよ。」

「んぇーしょうがないなー。」









 1階にある保健室から、階段を登って教室に向かう途中、隆が蹲っているのが見えた。慌てて声をかける。


「隆?」

「…未来。」


 顔だけこちらに向ける隆の顔が、青白かった。


「どうしたの、怪我痛い?まさか傷口開いちゃった?」


 焦って状況を聞く。傷口が開いているなら一大事。血が出やすいところなのに。


「いや、違うんだ。その…。」

「あー、つっちー教室入りにくいんだ?」

「え?」


 どういうこと?と凛ちゃんの方を見ると、何故かにんまりと笑っていた。隆が少し間を置いてからこくんと頷く。


「皆に迷惑かけたから、なんていうか、どうしていいかわからなくて。」

「…そっか…。」

「だいじょーぶ。アタシにいい考えがあるよ。」


 自信満々に言う凛ちゃんが、任せたまえと言わんばかりに胸を張った。


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「あいつら帰ってこないな。」

「まあ授業もあんな後で自習だから、別にいいんだけどね。それよりもこの教室の空気。重たすぎて嫌になっちゃう。」

「んだな。土屋…バッシングとか喰らわないといいけど…。」

「はぁーい皆さんご機嫌麗しゅう〜。」

「り、凛ちゃん…。」


 教室のドアを勢いよくバッと開け、テンション高く皆に挨拶する凛ちゃん。


「な、なんだなんだ。」「いないと思ったら、どうしたんだ。」「え、何あの機材?カメラ?」「何する気なの?」


 ザワつく教室の中に、カメラとモニターを設置する。


「何してんだ長谷川のやつ…。」

「…もしかして、土屋のフォロー…。」


 凛ちゃんが来い来いと手を振るので、私と隆も教室の中へ入る。


「皆おまたせー。わざわざ先生が自習にしてくれたのにこっちの準備が手間取っちゃってさ。遅くなってごめんね?じゃあ改めて未来ちーのサプライズ歓迎会を始めまーす!いえーい!!」


 …へ?


「は、長谷川さーん私たち聞いてないんだけど…。」「俺らも!」「歓迎会するならもっと色々用意したのに!」


「大丈夫!アタシがバッチリ用意しました!ではこちらをご覧くださーい。」


 用意したカメラとモニターを電源オン。するとさっきの戦闘シーンの動画が映る。


「え…。」


 モニターが映す私と隆の本気の戦闘シーン。それが、カッコよく美しく、ドラマティックに修正が施されていた。


「これはね。アタシが未来ちーにめっちゃお願いして撮らせてもらった、未来ちーの本気の戦闘シーンなの!皆には緊張感を持ってもらいたかったから、言わずに進めちゃった☆」


「ええー何それーびっくりしたー!」「本気でオレらビビってたのにー」「今どきビデオ制作ってー!」


 ドっと教室内に笑いが溢れる。

 映像は、所々抜き取っていて隆が死人だと勘違いされるようなシーンは完全カットされていた。私が隆を刺したところも、上手くカメラの位置を切り替えて隠し、最後には平手うちでノックアウト、という形で終わった。

 そうか、学校中を飛び回ってる監視鳥のカメラから全部作ってるんだ。任せてと言って、パソコン室で何をしているのかと思っていたら…こんな動画修正ができるなんて…すごい…。


「相沢さんカッコイー!」「決めゼリフ震えた!」「土屋お前役入り込みすぎだっつーの!」「役者いけるぞ土屋ー!」


 明るい教室。皆笑っている。


「ま、という訳で!未来ちー。改めて、これからよろしくね。」


 凛ちゃんがキッチリと締めてくれる。隆も楽になったみたいだった。


「えへへ…。皆さん、よろしくお願いします。」


 用意がないからと、ワーッと皆がカバンの中に入れていたお菓子やジュースや今朝買ったというコスメなんかまでくれた。唐突に始まった歓迎会ムードに、私は困惑しながらも、とてもとても嬉しかった。





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「じゃー土屋、相沢さん、またあしたなー。」

「斎、明日土曜日。次は月曜日だよ。」


 秋月君にツッコミを入れられる谷川君。あれっ?と惚けているのがなんだかかわいい。


「斎、秀。」


 隆が帰ろうとした二人に声をかける。


「今日…迷惑かけて、本当にごめん。」

「何気にしてんだよ。よくある事だろ?」

「そうだよ土屋。いい感じに収まったから良かったんじゃない。僕らがもし同じようになっちゃった時、助けてくれたらそれでいいよ。」

「…さんきゅ。」


 良かった、二人も気にしてないみたい。凛ちゃん加奈子ちゃんや最初にさらってしまった二人にもさっき謝ってたし、これでもう問題ないね。…あ、ひとつを除いて、かな。


「未来、帰ろうか。」

「うんー。じゃあ凛ちゃん、加奈子ちゃん、今日は本当にありがとう。また月曜日ね。」

「いいっていいって!またね。」

「ばいばい未来ちゃん〜。」







「なんか、助けられたな。マジで。」


 靴を履き替えながら隆が言う。


「そうだね。良かったよ、本当に。」

「…未来、ごめんな。」

「大丈夫だよ。寧ろ皆ともっと仲良くなれそうで、嬉しい。」


 私も靴を履き替え一緒に外に出る。


「…あのさ隆。あの時ね、消えた方の隆が、私がそのうち壊れるって言ってたの。だから守らないといけないんだって。」


 後で聞こうと思っていたことを改めて聞いてみる。


「どういうこと?」

「どう…。えと、なんていうのかな、俺としては、未来がこれ以上傷つかないようにしたいなって思ってただけなんだよ。」

「そんなに傷つくような事ないよ?特には…って、こういうところか…。」


 さっき凛ちゃんに言われた事を思い出す。


「とにかく、守りたかった。それだけ。それ以外に特別なことはないよ。」

「そっか。ならいいんだ。」


 あまりにもあの死人が悲しそうだったから、何かあるのかもしれないと思ったんだけど…気のせいだったみたいだ。


「あーしかし、なんかやたら疲れたわ…。」

「結構激しくぶん殴っちゃったせいかも?」

「…ありがたき幸せ…。」


 しばらく未来に反抗できねーわと、落ち込む隆。その様子がいつもの隆っぽくて、落ち着いた。もうあんなにも悲しそうで…怖いと思うような隆は見たくなかったから。

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