中学編 第13話 相沢未来FIRST②
走る。走る。長い廊下を通って、階段を下りて、また廊下を走って、走って、探す。
「でもさ、昨日ゴミ箱からは何も出なかったんでしょ?いつ土屋の体に入ったのかな。」
隣を走る秋月君が私に問う。昨日、確かにゴミ箱からはなんの反応も無かったはず。しかも谷川君の言ってた様子だと何かが隆に付いていた訳でもないらしい。なら寄生して操る奴じゃなくて、中に入って主人を操るような奴。だから多分...。
「いつかはわからないけど、恐らく形がない死人なんだと思う。だから気付こうとしても気付けなかった。」
「形がない?そんな事あるの?」
「例えば、意思とか、感情とか。時々あるの、すっごく強く願っていたことが不意に必要なくなっちゃったりした時とかにね。」
「極端な話、大会で優勝しよう!って意気込んでたのに大会自体無くなって思いのやり場がない...とか?」
「そう。でも実体がないから力を出せずに自然消滅するのが普通なんだけど。」
元いた3階から1階まで下りて、最後の廊下を走る。ここにもいなければ他の校舎か外にいる事になる。学校の中に居たらいいけど、もし校外に出てしまっていたら見つけるのがかなり困難だ。
秋月君と手分けして探すか悩んだけど、しない方がいい気もする。何をしてくるか分からないし、何より戦闘経験が少ないと思うから。
廊下の終わり、外に出るドアが見えた。
「未来ちゃん来ちゃダメ!!」
加奈子ちゃんの声が聞こえ、ドアを出かかっていた私は止まれと秋月君に合図した。次の瞬間目の前が火に覆われる。火も煙も、高く高く立ち上る。
「キューブまで使われてるのか、厄介だな。」
「どうしよう?こんなに一面火の海じゃ近づくこともままならないよ。」
不安げな秋月君が指示を仰いでくる。確か能力は氷だったなと一瞬考えてから、自分のキューブを展開した。
「【蒸散 オール】」
手のひらに作った小さな植物から、通常の何億倍かのスピードで蒸散作用を起こし、水蒸気から水へと変換する。その水を二人の体へ纏うように形作る。
「これで火の中でも動ける。でも秋月君はきっと相性が悪いから、ここから出たら他の校舎にいる皆に避難するよう誘導してほしい。こっち側の校舎は谷川君がするって言ってくれてたから大丈夫だと思う。私は先に出て隆の気を引くよ。」
「わかった。気を付けて!」
秋月君の声を聞きながら勢いよくドアから飛び出す。周りが火ばかりで前が見えないが、関係ない。纏った水を少しだけ前に出して、進行方向の火を消火して進む。
揺らめく炎の先に見慣れた大きな背中が見えた。その背中に向けて、水を纏わせた【
「...隆。」
声をかける。意識が少しでもあれば手荒な真似はせずに正気に戻せるだろう。だが返事は返ってこない。それどころか、振り返りもしない。同じ方向、凛ちゃんと加奈子ちゃんがいる、炎の渦巻きの中をじっと見つめたままだ。
「隆。やめて。」
「未来ち逃げな!つっちー今おかしいんだって!何言っても答えないしアタシらもこんな状態で何が何だか分からないんだよ!」
「そうだよ未来ちゃん!さっきから変なの!ちがう人みたい...危ないよ!」
「だったら尚更でしょ?少し我慢していて、必ず助けるから。」
きっと彼女らは隆がおかしい事は気付いていても死人が関係していることには気付いてないんだろう。危機感を感じていないようだ。隆が何かする前にあの二人を助ける。隆への対応はそれからだ。
「上がれ。」
彼女らの周り、炎の渦よりも内側に蒸散でできた噴水を起こす。あの渦は恐らくただの水では消すことが出来ないと思う。でも直撃するよりうんとマシなはずだ。
「隆。...いや、お前は誰だ?」
私はそこにいる隆が誰なのか問う。名乗れと声を上げると、その背中がやっと動いた。
『俺は、土屋隆一郎だ。お前の幼なじみだ。』
「嘘。隆は私が嫌がることはしないんだよ。」
『いいや、俺は土屋隆一郎。土屋隆一郎の中にいる土屋隆一郎で本物の土屋隆一郎だ。』
何を言っているのか。おツムはそこまで良くないのか、それともわざとか。
「じゃあ土屋隆一郎さん。その二人を解放して。私の知ってる土屋隆一郎ならすぐに聞いてくれるでしょう。」
『それは出来ない。コイツらは今すぐ抹殺する。』
「それはおかしいよ。本物の土屋隆一郎は人を殺せないもん。」
諭しつつ、攻撃する準備をする。本気で殺すつもりなら、こちらも手段は選べない。見えないぐらいの小さな芽を足元に3種生やす。
『それは今までのコイツが仮の姿だったからだ。この俺が本当の土屋隆一郎だ。お前の知ってる土屋隆一郎は、ニセモノだ。』
「酷い物言いだね。11年も一緒にいるのに私の知ってる隆が偽物だって?笑わせる。」
『そうか?ならお前は、コイツのことをどこまで理解しているというのだ。』
ニタァと笑う隆の顔は、今までに見たことのない人間離れした、言うなれば死人に近い表情をしている。
『お前は、コイツが今どれくらい追い詰められているか知っているか?』
「は?」
『コイツが今何に悩んで、何を決意していて、何を守りたいのか、本当にお前はわかっているのか?』
「あなたはそれがわかるとでも?」
『わかるさ。俺は土屋隆一郎なのだから。何に怯えているのかも、全てわかるぞ。可哀想に、こんなに辛い思いをしてな。』
そう言ってこちらへと少しずつ歩み寄る隆に、少し後退りをした。
『死人が怖い。死ぬのも怖い。友達が死んでいくのが怖い。未来が急成長して置いていかれるのが怖い。守れなくなるのが怖い。守られる側になるのが怖い。強くなれない。努力が足りない。もっともっとやらなきゃ。何かあった時に俺が傍にいてあげなきゃ。俺が未来の一番の理解者でいなければ。』
「...何を...。」
『いつも守れなくて守られる側で、こんな俺じゃ、きっとずっと、ずっと...守れない。』
...何を言っているんだろう。まるで本当に隆がそう思っているかのよう。
隆との距離は、あと50センチ程だろうか。哀しそうな顔をしているように見える。
『俺は、未来を守りたい。未来を傷つける奴は、俺が全部ぶっ潰してやる。』
...ああ、そうか。そういうことだったんだ。実体がないのに消滅しなかったのも、やたら丁寧に二人を拘束しているのも、私のことをこんなふうに言うのも。
「...あなたは、隆の一部なんだね。」
『ああ、そうだ。俺は、土屋隆一郎の意思から生まれた。未来を守る。そう思っていたのに奴ら現れなかった。凪さんに頼まれたのに、すごく気を張ってたのに、必要なかったんだ。』
語り終えた隆が自身の周りに莫大な火力の炎を纏う。火の粉があちらこちらに飛んで、燃えていく。空気が熱い。喉が焼けそうだ。
「じゃあ尚のこと、あの二人を解放して。何も私を守る事と関係ないでしょう?」
『いいや、大アリだ。アイツらは未来を傷付けた。だから殺す。』
「傷付いてない。仲良くなれた、それだけでいいの。」
『傷付けた。怪我をさせ、傲慢な態度で未来を陥れようとした。能力を考えずに使うが故に、多くの人を見殺しにし、結果未来が怪我をした。お前は大丈夫だと言った。傷付いていないフリをした。元気なフリをした。自分は何も辛い思いをしていないと思い込むことで、俺や凪さんに心配をかけまいと自らを鼓舞し、明るく振る舞っているんだ。』
「.....。」
『このままだと、近い将来お前は壊れてしまう。だから俺は、お前を壊す可能性があるものは全て殺す。破壊する。アイツらも、この学校も、ここが終わったら街に出て、未来を否定するものを全て消す。』
隆の体の炎が、更に燃え上がる。奥にいる凛ちゃん達を覆う炎の渦も更に強くなる。校舎の傍にある花壇からも炎が上がり、ドアや窓から校舎の中にまで広がる。自分の周りも、殆ど火しか見えない。
でも。
「わかった。あなたが私を本気で守ろうとしてくれていること。私を理解してくれていること。理解した。土屋隆一郎の一部であること。」
『やっとわかってくれたか。』
「でも、お前はやっぱり隆じゃない。」
その返答に少し死人の顔が歪んだ。
足元の芽の1つを急成長させ【
『何故だ、何故わかってくれない。俺は』
「あなたは隆の一部が負の感情に巻き込まれて出来たただの破壊するだけの意思だ。優しい心を持ったあいつとは違う。」
雨で顔が濡れて、泣いているようにも見える。
3つめの芽を校舎の半分ぐらいの大きな【木琴】にする。
「それに隆は、私が育てた花は絶対壊さない。」
雨で弱まった火の中から見える灰になった花たち。そこに面影など無い。
「隆から出て行きなさい。悲しい生き物。」
勢いよく木琴を叩く。頭にぐわんぐわん響くような凄まじく大きな音が鳴る。耳を腕で塞ぎ手を頭に当てて悶え苦しむ死人に、追撃の【玄翁】を投げ付ける。間一髪避けられるが、その瞬間に合わせ後ろに回り込んだ。
「【
オヤマボクチの口からの攻撃。校舎までぶっ飛ばす。
「【しなれ、一ノ矢】」
体を突き抜けることの無い柔らかいバルサの木で作った弓矢を、大きく引いて飛ばす。その後を追って死人に近付く。だがそこに死人の姿は無い。
『【貫け、二ノ槍!】』
後ろを取られた。炎で出来た槍をギリギリかわす。
「【落ちて、三ノ矢】」
ヒノキでできた弓矢を死人の真上から超スピードで落とす。防御する死人の頭の上ギリギリで軌道を逸らす。
「【引き抜け】」
チャンス。鳥のクチバシに似た花ストレリチアを殴るように叩きつけ、死人だけを吸い込んで取り除こうとする。だが上手くいかなかった。隆の意思で、取り付いているのが隆本人だから。
『【火柱】!!』
死人が自らも巻きこんで炎の柱を両者の足元から起こし、頭まで炎に包まれる。
『分かってくれないのなら、お前を殺すしかない!その後俺も死んで今度は天国で未来を守るんだ。』
炎が強すぎて体を纏う水が消えかける。直接当たれば火傷では済まないだろう、集中して水を保つ。
『だから、死ね!!』
「...お前は何も分かってない。」
強く、水を作る。
「私たちは殺しすぎた。死人と呼ばれる命も、仲間も。」
強く、強く、水をはる。
「天国で守る?バカを言うな。」
命あるものを守るために命を奪う。それが自分たちの仕事。だから。
「私たちが行くのは、地獄だよ。」
足元の炎の周りに水の渦巻きができた。それを火柱と同じように立ち上げ、二人を巻き込む。火の勢いより強く、炎をかき消した。
「【木刀・改】」
切れ味良い改の木刀を持ち、死人との距離を一気に詰める。
『脅しならきかねー!そんな物使えば俺は死ぬぞ!』
言葉と裏腹に炎の防壁を作る死人。
「脅しじゃない。」
その炎の中へ。溶けてしまいそうな灼熱の火の中へ飛び込む。体を守ってくれている纏った水が...消える。
手に馴染む刀の柄を、苦しいながらもギュッと握りしめた。
「必要なら殺す。この世界の必然だ。」
死人の、いや、隆の目から出た小さな涙。火ですぐに蒸発してしまうのが見えた。
「黙祷…。」
ごめん。そう思って、刀を振りかざす。勢いよく隆の右胸に突き刺す。痛い。苦しい。そんな隆の声を聞きながら、そこにある死人の心臓が壊れる音を待った。
『未来…なん、でわかって、くれないんだ…。』
「…あなたの言うとおり、私は自分を偽って生きてるのかもしれない。本当は自分が思ってるよりも傷付いて壊れそうなのかも。あなたの方が私を理解しているのかもしれない。」
ピキピキとヒビが入る。同時に、胸から血が溢れる。
「でも、私はこんな世界でも生きていたい。自分が周りからどんな目で見られようと、私の大切な人が生きてるこの世界は守りたい。」
一際大きな音が鳴る。貫通する音が。
『…人間に殺されるかもしれないお前が、人間を守るのか。』
割れた心臓から、更に細かく細かくヒビが入る。
「そうだよ。」
『お前の存在を否定するこの世界を…守ると言うのか。』
「うん。そうだよ。」
こちらを恨めしそうに見ていた隆の顔が、少しづつ緩んでいく。そうか、と言ってゆっくり目を閉じていく。死人の命が消えようとしているんだ。
「でもあなたのおかげで、もう少し自分を大事にしてあげようって思ったよ。だから…ありがとう。」
木刀を離し、傷口に手を当てて礼を言った。その瞬間、死人の心臓が完全に割れ、その粒がガラス玉へと変わっていった。
最後は少し、笑っているように見えた。
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