中学編 第12話 相沢未来FIRST①
「凪さん」
もうすぐ23時。今日は当番の日だから、そろそろ用意しますと凪さんに言った時、下の方から彼を呼ぶ声が聞こえた。
「未来!起きたのか。」
声の主は、起きてすぐに探しに来た事が容易にわかる姿をしていた。髪は寝癖だらけで、パジャマで、それを隠すかのように毛布にくるまっていて、なんとも可愛らしい。
隣にいる凪さんが、じっと未来を見つめてから軽やかに屋根から降りる。後を追って自分も降りた。
「…大丈夫?」
優しい声で、未来の体を心配している。さっきまでの険しい顔が嘘みたいな、優しい、顔。
「うん。ありがとう。なんか、めっちゃ体が軽い。何かしてくれた?」
「未来のお友達が薬を届けに来てくれてね、それを寝てる間に使ったよ。」
「え、それさっき俺に…。」
全部使ってなかったっけ。未来用に取っておいたのかな?
「良かった、帰っちゃう前に起きれて。いつもお礼言う前に居なくなっちゃうんだもん。」
「はは、ごめんね。何かと忙しくて。でも今日は起きるまで居るつもりだったから、安心して。」
そう言って未来の頭を撫でる。気持ちよさそうな顔で頬を赤くするこの子はきっと…凪さんの事…。
「りゅーちゃん、用意するって言ってなかった?」
「あ、やべ。」
ちょっと時間が押していた。急ピッチで用意して行かないと。
「隆、私も行くよ。」
「いやでもお前、体治ったばっかだろ?」
「大丈夫。本当に!」
元気!と言うように毛布を脱ぎ捨ててくるんと回ってみせる。
ダメだ、可愛い。じゃなくて、用意。
「未来、無理はしないこと。隆一郎。…頼むね。」
「はいっ!」「はい。」
凪さんの声掛けに元気よく返事をする未来と、少し緊張が走る自分の声。
戦闘用の服に着替えて、キューブを握りしめる。凪さんに見送られながら、二人急ぎ足でゴミ箱へと向かった。
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「んー……。」
「暇、だな。」
「珍しく何も起きへんね。」
零時を回って早2時間。未だゴミ箱からはなんの反応もない。何も無いに越したことはないのだが、こんなにも長い時間ただ待つってことはここ最近はなかった事だ。
「隆、聞いていい?」
ゴミ箱前の階段に座っていた未来が、腰を上げ、トトンと音を立てながら一段ずつ両足で下りてくる。
「昨日の夜、私何してた?」
「…え?」
思いもよらぬ問いかけに俺は少し困惑した。昨日の夜…って、死人のせいで4人死んだり、遺族の所へ行って殴られてケガして…とか。
「えと、忘れちゃってるってこと?」
「んーなんでかな、昨日の夜の事がはっきり思い出せないんよね。ぼんやりしてるっていうか、もしかして凪さんまた記憶弄ったんかなぁ。」
階段の最下段に着いた未来が、幅跳びの要領で10メートルくらい離れた俺の近くまでぴょんっと跳んできた。
…もしかして、凪さんの手元が赤く光ってたあの時のアレか。
「あの人そんな事までするのか。」
「んー、前にも一回されたで。右腕事件の頃に。」
《右腕事件》
未来がこう呼ぶこの事件。これは未来が真夏でも長袖を着る羽目になった、右腕のあの痛々しい傷ができた時の話。半年前の冬。まだ大阪にいた未来が、アイツから逃げるために、東京に、俺のところに隠れることになった。そのとき未来を抱き抱えて来た凪さんの血の気の引いた顔が脳裏に焼き付いている。止血が追い付かなくて、出血多量で危なかったから無理矢理傷口を閉じたって。普段使わないキューブを使って、あんなに必死で。
「…覚えてないのか。」
「覚えてるよ。覚えてる…。怖かったあの瞬間だけ、消してくれてん。何があったか完全に忘れたら、もしまた出会ってしもた時に自分の身を守られへんからって。」
服越しに右腕をさする未来。その下には更に包帯が巻かれていて、基本中の傷が見えることは無い。皆気遣ってあの日の事は触れずにいたから、凪さんが対処してくれていた事なんて知らなかった。
「怖かったよな。」
「んーー多分ね?今はもうよくわかんない。」
そう言って腕を高く上げて一度伸びをしてから、キューブを展開した。またあの形容し難いチキチキという感じの音が鳴る。腕を前に少し出して、手のひらを上にして広げる。
「【育め生命よ。】」
そう呟いた彼女の周りに、小さな芽がぴょこぴょこ生えてきた。ぐんぐん育って、小さな蕾をつけ、綺麗な花が咲く。
「でも分からないのに、もう二度と会いたくないって、思ってるかな。」
「…そうだな。」
少し俯く未来に、俺は相槌を打つ事しか出来なかった。
「在るべき所へお行き。」
その場にしゃがんだ未来が囁くと、まるで魔法がかかったように花たちが独りでに歩き出す。すぐ近くの植え込みや、道路の脇へと迷いなくまっすぐ向かう。
死人との激しい戦いのせいで、夏場でも草木をみかけることがほとんど無い。それが悲しいと、いつも未来は嘆いていた。
何度も生命を吹き込み、足元が全体的に華やかになった頃、眩しい光に目が眩んだ。夜明けだった。
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晴天。雲ひとつない青い空に眩しい太陽。昨日の雨で水たまりがあるものの、それも太陽を映していて眩しい。正直徹夜明けの俺はこの暑さ眩しさがキツイ。隣を歩く未来は長袖だからもっと暑いだろう。
「大丈夫か、未来。のぼせてないか。」
「だいじょばない…。包帯してるとこ、汗で痒くなってきた。」
マジか。それは辛いな。
「早く学校行こう。そしたらクーラーついてるから。」
そう未来に促し、学校へと急いだ。
隣を走る小学生が、お花ー!と叫んでいた。
「未来ちーーー!おはよー!」
教室を開けた途端長谷川が未来に抱きついてきた。体制が崩れてよろめき、今後ろから来たらしい秀にぶつかる。
「「あっごめん!」」
二人が同時に秀に謝る。
「大丈夫。相沢さん、体の具合はどう?」
「うん、もうすっかり。ありがとう。凛ちゃんも、昨日薬届けに来てくれたって聞いた。ありがとうね。」
「心配したーっ」
そう言ってまた抱きつく長谷川の横を通り、俺と秀は先に来ていた斎におはよと声をかけ席に着く。教室の端から阿部が二人の方へと小走りで向かっていた。阿部も同じように心配してくれているみたいだ。
俺は秀に、昨日全然死人が出なかったことを話しておいた。データで管理しているだろうけど、一応。ちょっと調べておくと言われ、その話は一旦終える事にした。
鞄から小さいクッションを取り出して、授業まで少し寝る体制に入る。時間だけセットしておけばクッションが振動で起こしてくれるスグレモノ。安心して眠れる…。
...........
.....................。
なんか、クッションじゃなくて体が揺れてるような。
「土屋、当番で疲れてるとこ申し訳ないけどな、相沢が起きてキッチリ授業受けてる以上お前の居眠りは許されないぞ。」
眠いながらもノッソリと顔を上げると、現国の先生の顔があった。どうやらクッションの振動にすら気付かないほど爆睡して今は授業中…という事らしい。寝た気がしない。
「さーせん…。」
頑張って起き上がって、クッションを鞄に戻す。先生が悪いなと言って教壇の方へ戻っていく。時計を見ると授業時間の半分が終わったぐらいだった。どうにか教科書とノートを広げ、ペンを持ったが授業は全く身に入らない。それどころかまた寝てしまいそうだ。
「隆、隆。」
隣の未来に小声で呼ばれ、今にも閉じそうな目を向ける。何か手渡され、ボーッと見る。
「睡眠阻害ガム。」
ああ、あのめちゃくちゃ効果が強いガム。12時間ぐらい全く寝れなくなる眠気対策の最強ガムか。なるほど、これがあれば起きていられる。
厚意に甘えてガムを受け取り、包み紙を開けて口に入れる。ツンとくる爽快感が口から目鼻頭の方まで突き抜ける。スッキリしてきた。
「未来さんきゅ。授業受けられそう。」
これ以上授業に置いていかれないように急いで板書をした。
********
「土屋ー。おーい、つーちーやー。」
「...起きないな。」
「起きないね...。」
「疲れてるなぁ。」
「授業終わった途端バタンキューだったもんね。」
「でももう休憩時間終わっちゃうし...氷でも当てて無理矢理起こす?」
「ちょっと可哀想じゃないか?あのガム食べて寝れるって相当眠いんだと思うぞ。」
「夜明けに家帰ったらなんでかすぐに筋トレ始めたの。負荷がかなり高めの。しかも昨日仮眠取ってなかったみたいなんだよね。」
「え、じゃあ完徹?」
「それはさすがに眠いね。」
「と思う。私は昨日夕方から夜にかけてぐっすりだったから問題ないけど...。」
「敢えて相沢さんも寝ちゃったら先生も何も言えないかもね。」
「斎名案。でも相沢さんも授業受けられなくなっちゃう。」
「...寝たフリして授業受けようかなあ。先生が黒板の方向いてる間にノートとってさ。」
「普通は起きてるフリして寝るのにな。」
キーンコーンカーンコーン
「先生がこっち向いてない時教えようか?」
「ううん、大丈夫。それだと秋月君大変だから、この子にお願いする。」
「何それ、目みたいなのついてる。」
「アリストロキア・サルバドレンシス。可愛いでしょ。」
「...ごめん、可愛くはないかな...。」
********
キーンコーンカーンコーン
********
「まる一時間分サボりっと。」
「ぐっすりだったね。」
「相沢さんすごかった。黒板向いてる時だけバッて顔あげてダッシュで書いてこっち向く前に突っ伏して。」
「ちょっと大変。でも何も言われなくて良かった。」
「未来ちーちょっと来てー!」
「はーい?」
「仲良いなあ。」
「そうだね。」
「未来ちんだったのがなんか未来ちーになってんね。」
「呼びやすいのかも。」
「かもな。しかし土屋、まさか一日寝るつもりじゃないだろうな。」
「無理だよ、次の次体育でプールだし。」
「...起こして起きるか?」
「無理。」
「即答!」
「でもどうにか起こさないとね。」
「だなあ。」
********
********
「隆ー。おーい。」
「ダメか。」
「しょうがない。強硬手段だね。」
「うん?」
「この子に助けてもらおう。」
「朝顔?」
「そう、この子の蔓を使って...。」
「うお!?動いた!」
「巻き付いた部分ならこの子が自由に動かすことが出来るの。後は起きてるように見せるのにテープか何かで目を開けさせよう。」
「白目!白目!!」
「えっ顔にまで蔓があるとさすがに目立つかも。」
「黒のペンで書くとか。」
「視力失っちゃうよ...。」
「冗談、でもどうする?」
「んー...基本視線が下を向くようにしておいて、どうしても前を見ないといけない時だけ前見させてたらどうにかならないかな?」
「厳しそうだけどそれでいこうか。」
「相沢さん着替えだけは俺らでやるよ。」
「あ、本当?助かる、ありがとう。まっすぐ立って腕上げさせておくね。」
「...中々シュールだな。」
********
「未来ちーやっぱプール入れないんだよね?」
「うん、さすがにグロすぎてこの傷見せられないからね。」
「足だけでもプール入れさせてもらう?」
「ううん、全身入りたくなっちゃうからやめておく。凛ちゃんがくれたケガかくし、包帯よりうんと涼しくて気持ちいいから耐えれるよ。」
「いいでしょそれ。この暑い中長袖だし蒸れるだろうなって思ったから。」
「ありがとうね。」
「どーいたしまして!じゃあアタシの番だからいっちょ泳いでくるね」
「頑張って!」
「相沢さん相沢さん。」
「谷川君、どうかした?」
「次土屋泳ぐ番なんだけど、呼吸ってどうなる?」
「.......。」
「...えっと。」
「考えてなかった...。普通の呼吸しかできないから最悪水の中で呼吸しだすかも。」
「ど、どうしよう?」
「...起きない、よね?」
「全く。」
「土屋!?アイツなにやってんだ!?」「どうした気でも触れたか!」「いや、笑いとってんだって!」「なーにやってんだよ土屋ー!」ははははは!
「犬かきときたか。」
「まあ、溺れないよね。」
「しばらく笑いの的にされるな。」
「後で私から謝っとくよ...。」
「笑ってない?相沢さん。」
「ふ、だってあれ、ふふ。」
************
「お昼だけど...起きない?」
「さっきからかなり揺すってるんだけど、全然起きない。」
「僕ちょっと心配になってきた。」
「私も...。」
「息はしてるし、もう少し様子見よう。食べ物の匂いで起きるかも。」
「ふふ、かもね。じゃあ私もお昼食べてくるよ。」
「お、教室出る?」
「うん、凛ちゃんと加奈子ちゃんと屋上行ってみる。」
「おお、阿部が加わったか。」
「何か面白いメンバーだね。」
「元ギャルと、天然と、...相沢さんは...。」
「異彩人。どう?」
「カンペキ。」
「...外、騒がしくない?」
「うん、ザワついてるな。何かあったのかな。」
「ちょっと見てくるよ。」
「俺も行こうか。」
「大丈夫、土屋起きるかもしれないから待ってて。」
********
「あ!秋月君。」
「相沢さん、相沢さんも気になった?」
「うん、何だろう?ゾワゾワする。」
「外見た?」
「うん、上から。でも特におかしいところはなかったと思う。凛ちゃんと加奈子ちゃんが一応下りて確認しに行ってくれてる。」
「そっか。」
「でもさっきは外の方が気になったけど、今は中の方が変な感じ。特に教室の方。」
「...斎ひとり置いてきちゃった。」
「戻った方がいいと思う。早急に。嫌な予感がする。」
********
「あ、秀!相沢さん!」
「斎、無事?」
「俺は大丈夫。でもクラスの奴が連れてかれた!」
「連れてかれた?誰に?」
「...隆か。」
「そう、土屋!急に立ち上がって、フラフラしてると思ったら何人かとっ捕まえて凄い勢いで出ていったんだ!」
「一体何が...。」
「...昨日からだったんだ。」
「昨日、からってつまり」
「昨日何も無かったんじゃなくて、昨日の内に死人が隆の体に入り込んでたって事...!急いで隆を見つけなきゃ。隆が人殺しになっちゃう...!!」
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