中学編 第11話 無傷の先導者③
キッチンの方からいい匂いがする。リズムよくまな板に打ち付ける包丁の音が心地よい。鼻歌を歌いながらウキウキでご飯の用意をしている母の後ろ姿をじっと見る。
「…母さん。」
母を呼ぶ自分の声が、思っていたより小さかったのが自分でも驚いた。料理の音で聞こえないかもと思ったが、母はこちらに顔を向けてくれた。
「うん?」
「あのさ、俺…その…。」
もごもご口ごもる俺に、座れと言わんばかりに指を指す。促されるままに椅子にお尻をつけると、そこからねちゃっと音がした。
「ひっ!?」
「にゃはは引っかかったな我が子よ!」
ケラケラ笑う母。この悪戯好きめ。椅子に何か塗りやがったな。全くいつもいつも…
「緊張解れたでしょ。」
「…。」
「地下から出てくるのいつもより随分早かったから、何かあったんだと思ってね。」
「そんなわかるもの?」
「わかるよ。家族だもん。昨日未来ちゃん抱えて帰ってきた時も、一昨日帰ってきてからトイレにこもりっきりだったのも、声かけようか迷ったのよ。でも必要ならちゃんと話してくれるって知ってるから、少し待ってたの。」
まじか。母ってのはすげぇな。
「どうしたの?」
料理の火を消して、向かいの席に座る母に、一言だけ言った。
「俺、強くなりたい。」
皆守りたい。誰も死なせたくない。
未来を守れるようになりたい。
全部守りたい。
「…そう。」
母が1回こくんと頷いて、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、沢山食べて沢山勉強して沢山訓練しないとね!今日はガッツリ系にしたから、しっかり食べな。」
「そんな簡単な話じゃないってば!でも…飯は大事だよな!」
凪さんと、もし起きてたら未来にも飯だって伝えに行こうとすると、身長がほぼ変わらない母に抱きしめられた。
「でも覚えておきなさい。あなたはまだ中学生なのよ。守れるものには限界がある。だから自分を大切にして。周りを頼ること。力が十分になってから、自分も周りも守れるようになりなさい。」
「…うん。」
先に未来の様子を見に行こうとすると、ドアが少し開いていた。ちらっと覗き見ると、ベッドで寝ている未来の隣に凪さんが座っていた。手を未来のおでこに当てて、少し険しい顔をしている。
声をかけていいんだろうか…。
「…【Blessing】」
凪さんの声。初めて見る、キューブを使う姿はなんだかとても神々しかった。
未来の体に纒わり付くように青くて柔らかい光が見える。それが徐々に体の中へと入っていって、最後には胸元にある水晶のネックレスがぼんやりと光った。…あんなネックレス、つけてたっけ。
「あんまり見られると恥ずかしいよ。」
「うっ」
見てるの、バレてた。
「ご飯出来たから呼びに来ました…。」
「ありがとう。すぐ行く。」
そう言って何度か未来の頭を撫でる。
一瞬凪さんの手がピンク色の光に覆われて、すぐに消えた。ふー。と大きく息を吐いて立ち上がる。
「おまたせ。行こうか。」
「あの、一体何を?」
見ていても何をしていたのかよくわからなかった。
凪さんは問いかけにはしっかり答えてはくれなかった。この国が平和だったら必要のないこと。とだけ言って。
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食後、地下にあるサウナに入った。体を絞るために。無駄な肉は戦闘に必要ないから。ちなみに、凪さんと二人で。
「………。」
「…………。」
「………………。」
「……………………………………。」
無言。ちらっと見てみると、瞑想してるみたいに目を閉じて背筋がピンと伸びていた。腹筋、顔に似合わないぐらいバキバキ。
「あんまり見られると恥ずかしいよ…。」
「あ、ごめんなさい。」
視線を感じたのかこちらに目をやる凪さん。口癖、なのかな。
「………。」
「…………。」
「………………。」
「………………………。」
そろそろ出よう。暑い。無理。
「先、出ます。」
火照る体を冷やそうと出口に向かう。
「…隆一郎。」
呼び止められ、振り向いた。
「未来を、守って。」
「…。」
「僕は、いつもいつもは、守ってあげられない。今回のことも、…あの時も。僕の目が届かないときは、隆一郎が守ってほしい。」
「…俺は、まだ、未来よりも弱いです。」
強くなりたい。守りたい。それは本心だけど、まだそんな力はない。
「じゃあ、強くなりなさい。鍛錬は時間のある時は付き合ってやる。…頼むから、未来を守って。」
なんだ?何をこんなに焦ってるんだ?何か、あるのか…?
「凪さん…今日どうしたんですか。何かあったんですか?」
「…。」
「唐突に来たのも、未来のお見舞いじゃなくて、理由があったんじゃないですか?さっきの鍛錬のときも、いつもみたいな余裕さを感じなかった。」
黙りを続ける凪さんに、部屋の暑さを忘れて質問攻めをする。
「教えてください凪さん。何かあるなら。情報共有してもらえないとちゃんと守れないです。」
「…教えられない。」
「何で、どうしてですか。」
「…。」
沈黙したのち、すっと立ち上がる凪さん。
一言、暑い。と言って外に出て行った。
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「どーぞ。」
体を冷やすため外に出た俺たち。家の前にある自販機で即吸収プロテインを奢ってもらった。
「ちょっと人気のないところに行こうか。」
凪さんが、神妙な面持ちで言った。
少し歩いたところにある誰も住んでいないマテリアルの屋根に座り、プロテインを飲みながら空を見上げた。
「…この先、もっと死者が出る。」
「…え?」
重い口を開いた凪さんの顔は、今までに見たことがないぐらい険しい顔をしていた。
「奴らどんどん強くなってる。それだけなら対策を打てばいいだけだ。でも強くなってるだけじゃない、こちら側の死亡率が高すぎる。」
「…授業で言ってた、166年後、ですか?」
「いや。僕の中では、このままだと10年持たないと思ってる。」
「ッ!?10年って…!」
声を上げる俺に凪さんの視線が刺さる。落ち着けと言うように。
「何でこんなに死ぬのか考えてたんだ。好まれてマダーになったんじゃない人達は、申しわけないけど仕方ない。でも昨日一昨日亡くなったのは皆正規の戦闘員だ。例え敵が強くたって、簡単には死なないはずなんだ。」
「…。未来が、来てからだって言いたいんですか。」
「そう。」
「あなたまであいつを否定するんですか!?」
「違う。」
「あいつも昨日言ってた、死神みたいだって!でも違う、この街は元々死人が多い街で」
興奮して息が荒くなる俺の肩を掴まれる。聞け、と前置きをして、真っ直ぐ目を向ける。
「僕が言いたいのは、未来に呪いの類をかけている奴がいるんじゃないかって事だ。」
「のろ、い…?」
それは、親から語り継がれてきた、初代の死人の話。一番最初に生まれた死人は、全てを壊し、全ての生命を喰らった。その莫大なエネルギーを消費しきれず、自分を分裂させ、エネルギーを分散した。その内の一つに、呪いをかける力を持つ死人がいて、その呪いをかけられた者は生涯解くことは出来ないという。
「あんなの、実際どんな形で呪われるかとか知られてないですよ。」
「わかってる。だけど僕が集めている情報の中から一説を見つけたんだ。」
余裕のない凪さんの顔。それが事の重大さを表している。
「その呪いは愛に似たもので、その人の事を大事だ、愛してると思えば思うほど強くなるって説だ。愛されれば愛されるほど、呪いが強くなる。」
「愛…?」
「そう。あの子は生まれつき碧眼だと思ってるけど、隆一郎いつか言ってただろ。幼稚園頃までは青くなかったって。」
「ええ、確かに、最初は青くなかったですけど…。」
「その呪いで、後から変わっていったって事はないかな。東京に来て唐突に周りの人間が死んでいくのも。…半年前のあの時の事も。」
「だとしても、誰が…。」
「わからない。もしそれが正解とするなら、敵は身近にいる人だと僕は思ってる。…だから無闇に情報を流さないで欲しい。」
「…それで凪さん今日…。」
「…本心を言うと、誰も信じれないから他人に言うつもり無かった。でももし未来が狙われてるとすると、失ったときの損害が計り知れない。死人の討伐にも凄まじい影響が出るだろうし、何より…ただ死ぬだけで済むかどうかもわからない。だから一部、信頼できる人だけに情報共有する事にするよ。」
そう言ってもう一度空を見上げる。星が見えないほど曇った黒い空が、今の話と相まって不気味に見える。
「守ります。」
拳を力いっぱい握る。
「あいつの悲しそうな顔、もう見たくないんです。」
「うん、僕もだよ。これ以上の不幸なんていらない。」
1人でなんでも出来る凪さんが頼ってくる。…それがどれほど恐ろしい事なのか、考えるとゾッとする。そんな気持ちと裏腹に、思考の最奥では、この人の頭のキレの方が最も危険だと思っていた。
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