中学編 第10話 無傷の先導者②
授業が全部終わって、帰る頃。小ぶりの雨が降っている。教室の窓から見える木々の葉が、溜まった雨粒に耐えかねてしなり、その透明の粒を地面に落とす。元の位置に戻ったすぐそばから、雨粒が溜まってまたその葉先を下へ向ける。
雨の日は苦手だ。雨の日は、自分の能力を存分に発揮できないから。炎があの小さい粒で消されることはないけれど、やはり乾燥した空気とは全く違う。乗り越えないといけない課題だけど、未だ解決策が思いつかない。自然の摂理だから。
早めに家に帰ろうと鞄を勢いよく持ち上げたとき、ファスナーが開いていたようで携帯が床に落ちた。拾い上げると小さな通知音が鳴った。
《プリンが食べたい》
未来だった。なんだか風邪ひいて休んでるみたいだ。斎と秀にまた明日と声をかけ、帰りのコンビニで買って帰ってやるかと考えながら教室を出ると、後ろから長谷川が声をかけてきた。
「つっちー。未来ちんとこ連れてって!」
「あー、そうだった。悪い忘れてた。」
全く!そう言って隣を歩く長谷川に周りの生徒から視線が集まっていた。
「ねー、アタシダサくなった?だから皆見てんのかな?」
不安そうな顔をして自身の黒髪をイジる。確かにあの派手なイメージがなくなって、頭を下げたりとかしたし、取り巻きも…いないから皆が気になるのも何となくわかるけど。
「いや、カッコよくなったと思うよ。前よりずっと。」
「…そ?」
おい、頬を赤らめるな。
「コンビニ寄る。プリンをご所望だ。」
知らんぷりするように、話を逸らした。
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「あ、合鍵…!?」
「違う違う!ここ、俺ん家!」
俺の家で俺の鍵!なんだこの説明。つまり未来の家だと長谷川は思っていたために俺が鍵を持っていたから合鍵と思ってしまったわけだ。
「や、つっちーの家は別に興味無いんだけど?」
「酷くないか…。俺だって未来以外に女入れるつもりなかったっつーの。」
どういうこと?とでも言うような顔をしつつ、いそいそとついてくる。
玄関からふたつ奥の右側のドア。コンコンと2回ノックをして、ゆっくりドアを開けた。
「お!?」「ひゃ!?」
俺と長谷川が同時に声を上げた。開けたドアのすぐ真ん前に、何故か凪さんが立っていたからだ。
「しー。」
俺の口元に人差し指をそっと置く美青年。やめて変な気起こすぞ。
「未来、今寝たとこなの。あんまり寝れてなかったみたいだから寝かせてあげて欲しい。」
……『未来』。今、未来って、呼んだ。みーちゃんじゃなくて。
「未来ちんと同じクラスの長谷川凛子です。今日は授業ありがとうございました。あの、未来ちんは…大丈夫なんですか?何があったかちょっと把握してなくて。」
「丁寧にありがとう。大丈夫な事は大丈夫だよ。…まぁ丈夫な子だから。」
そうちらっと未来の方を見てから、俺たちを押し出すように廊下側に出てくる。自分の家かのようにリビングの方へ行き、堂々とお茶の用意をする。
「凪さん、いつもどうやって家の中に…。」
「んー…秘密?」
にっこりと笑って、はぐらかされる。多分キューブを使っているんだろうけど、どうやってるのか全く分からない。何なら、この人の能力が何なのかすら知らない。多分死人対策だと思うけど。
「みーちゃんね、昨日、亡くなったマダーの事を御家族に報告に行って、そのときにかなりやられてね。僕はそのお見舞いに来たんだ。」
お茶を長谷川に渡しながら、短く事情を話す。
「そうだったんですか…。連絡先交換するの忘れてて、全然知らなくて。あ、これ薬持ってきたんです。」
「あぁ、ありがとう。よく効くお薬だね。いつもお世話になってます。」
…使ってないだろ。怪我ゼロなんだから。
「つっちー…未来ちんと一緒に住んでんの?」
女の敵とでも言いそうな目で俺を見る。凪さんとの対応の違いがとてもとても気になる。
「しょうがねーだろ。転校決まったの急だったし、中学生一人じゃ住むとこ確保できないし。心配しなくても親もいるんだから何もねーよ。」
「でもりゅーちゃん、年頃の女の子だよ?来年はそうも言ってられないかもね?」
「なっっ…」
「ちょっとつっちー…。」
余裕な笑みでからかう凪さん。それはなんとも言えないからその…ってそうじゃない!
「もーふたりとも帰れよ!未来寝てんだったらいても意味ないだろ!」
「はいはい。」
散々からかわれたのち、帰れアピールをする。
長谷川は笑いながらまた明日ねと玄関のドアを開けた。
「ごめん、僕はもう少しいるよ。勝手だけど。」
「…いつものことでしょう。」
この人はいつも夜中まで帰らない。晩飯食って風呂入って帰るような人だ。でも何故か今日は、長居じゃなくて、何か理由がありそうだなと、長谷川を見送りつつ思っていた。
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「まーーー凪ちゃん!来てるなら来てるって連絡くれたら豪華なご飯にしたのに!」
…母さん、俺のときは豪華にしてくれないんすか。
「いえいえ、むしろいつもご馳走になっちゃってすみません。」
女を虜にする悩殺スマイルで我が母までも取り込もうとする。天然、だよな。
母がご飯の用意をしてくれている間に、少し自主練しようと地下にある広場に向かう。
「鍛錬?」
後ろから凪さんが付いてくる。
「はい。最近は飯の前にしてるんです。」
「そっか。付き合うよ。」
…?珍しい。凪さんが自分から付き合う、なんて滅多に言わないのに。
不審に思いながらも準備運動を…しようとしたときだった。
「うぉっ!?」
突如殴りかかられた。間一髪で腰を捻らせて避けるがすぐさま蹴りが飛んでくる。かわせない…!腕でガードするも力が強すぎて後方に飛ばされ、二回ゴロンゴロンと逆でんぐり返りした。
「ダメだよ隆一郎。敵は待っちゃくれないんだから、すぐに戦いに入らなきゃ。」
「や、え。」
何か反論しようとした刹那、目の前に足が。低い位置にある頭を更に下に下げてギリギリ避ける。二発目、多分来る。早く起き上がって
考えてる間に今度は拳の方が顎にクリーンヒット。頭が揺れた。
「考えるんじゃない。体で感じなさい。相手がどうしてくるか、どうしたら勝てるか。」
なんだ?凪さん、何か、マジ?
だとしたらやばい、俺も本気でやらないと。
冗談抜きで死ぬ。
「けほっ…。…キューブは。」
口から流れる血を拭いつつ、ふらつきながら一言聞く。
「ご自由に。」
キューブは使っていい。なら遠慮なく使わせてもらう!
「【
まずは合間をとる…!それから、
「【
炎を纏う矢を大量に放つ。
「【
炎の龍が上から墜ちる!!
真っ赤に燃え上がる炎に向かって、更に更に撃ち続ける。
わかっているからだ。こんなモノあの人には通用しないって事。
「【
地面から天井まで筒状の火が立ち上がる。前が赤一色だ。そこに一瞬だけ、明るいめの茶色と白が映る。多分、髪と制服。突如自分の体が悲鳴を上げた。白がもう一瞬だけ見えて、今度は視界が全部真っ白になった。多分、殴られた。ただそれだけ。
「ふざけるな。ちゃんと敵を見なさい。」
ふざけて、ない。でも、たった二発。たったの二発で、俺は立ち上がるのが困難になっていた。
「立ちなさい隆一郎。骨が折れようが内臓が破れようが立て。隙を一瞬でも見せるな。」
そう言って拳を振り下ろす。
避けなきゃ。避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける
避けなきゃ…。
耳慣れない音がすぐそばで聞こえた。甲高い、でも心臓に響く、パリンとかキーンとかじゃないもっと重たい音。
「はぁ……はぁ……っ」
荒い自分の息遣いが聞こえる。怪我の痛みもあるけど、それ以上に、あと数ミリズレてたら多分死んでたから。わざと、拳が横に逸れていたから。耳慣れない音の正体は、地下を作っている素材、爆破しても壊れないとかいうマテリアルが壊れた音だった。
「凪…さん…。」
声が出にくい。
たった数分。2分とか、3分とか。たったそれだけ。力の差を思い知らされる。
「隆一郎、そのまま聞きなさい。」
「…はい…。」
「僕は今、キューブを一切使わなかった。」
「………。」
「力を出してもいなければ自身の力を強化したりもしていない。」
「…はい。」
お互い動かず、淡々と凪さんが続ける。怒ってない。自分が強いだろうとか言うつもりもないと思う。ただ今どうだったかの結果報告。どうしてキューブを使っても傷一つすら付けられないのか、ということ。
「隆一郎が今反省すべきは、僕に殺意を向けなかったことだ。君は死人と殺り合う時、あれぐらいの覚悟でやってるのか?」
「…いいえ。」
「そうだね。どんな時も、戦いになるならきちんと殺しにかかりなさい。どんな時も、誰が相手でも、だ。」
「…それは…。」
「そうじゃないと、これから先勝っていけなくなる。守りたいものも、守れなくなる。」
そう言って凪さんの体が離れていく。自分も起き上がろうとするが、凪さんが言ってたように肋が折れてしまってるし、その奥の内臓が多分ズタボロなんだと思う。起き上がるどころか意識が遠のく。
「隆一郎は何か他の力を隠してそうに見える。それが使えるかどうかはさておき、色んな技を磨きなさい。」
「いっだあああっぁあ」
突如失いかけた意識が戻ってきた。どうやら怪我のところにさっき長谷川が持ってきた薬をドバっとかけられたらしい。
「あははははりゅーちゃん泣いてるじゃんあはは!」
「笑い事じゃ、ないっ…」
くそいてぇ…。笑うなくそ…。
その代わりにすごい勢いで体が修復されていきやがる。元気になってきたな。
「………隆一郎。」
「は、はい。」
やべ、また説教か。
「ごめん。やり過ぎた。」
「……いえ…はい。」
「生半可なやり方じゃ、伝えられないからと思って…。ごめん、本当に。」
…あの余裕しかない凪さんに、犬が叱られてしゅんとしてるみたいな、なんとも言えない可愛さが見える。
いや、でも。
「本気で死ぬかと思いました。」
「殺そうと思えば殺せるよ。」
「怖いから!怖いから言わないでください!!」
ボロボロになった広場に笑いが響く。
笑いながら、思った。このままじゃダメだと。この人の言う通り、このままだといつかきっと…。
俺は、笑いながら焦っていた。
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