中学編 第9話 無傷の先導者①

「相沢さん...今日は休み?」

「ん、ああ。休ませた。無理矢理。」


 1限目が始まる少し前、肩身が狭そうな阿部がおずおずとやって来て、昨日はごめん。と、ほっぽり出して帰ってしまった事を謝罪してきた。使用者のいない俺の左の席を見て阿部があの後何かあったのかと慌てて問い出す。俺の前にいた秀が隠れるように右に回り、少し付け足す。


「相沢さん...やっぱり体調悪そうだった?」

「まあ...昨日帰ったあとは、俺が少し腕引っ張っただけでこけるぐらいふらふらだったよ。今朝は何ともないって本人は言ってたけど...一応な。」


 昨日、あの後。火葬が終わって遺族の元へ報告に行こうと、未来がシフトの名簿に書かれた住所を指して言った。でも秀が未来は行かない方がいいと諭した。理由は知ってのとおり。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴った為、俺は簡潔に事の流れを説明して、問題ないからと阿部を席に帰らせる。




『この人殺しが!!』



 .......。

「きりーつ。」ガタガタッ

「礼、着席。えー、社会の時間だが...ここ最近生徒が多く亡くなっている事から、前半は臨時で高等部の弥重凪みかさなぎ君の授業を受けてもらう。」




『なんで息子が死んだって報告をされないといけないんだ!』




「おはようございます。高等部1年の弥重凪です。今回はこの時間を、少しお借りして、君たちの生活の現状を説明させていただきます。」




『やめてください!殺す気ですか!』

『うるせえ!!何が形は残りませんでした。だふざけるな!』




「えっと、配布する資料の1をご覧下さい。これは今年に入ってから半年間の死人による死傷者を纏めたものです。6ヶ月と2日。これだけの間に1720人が死亡、そのうち一般人は166人、残り1554人がマダーです。」




 ...殴る、音が耳にまだ残ってる。殴って、地面に叩きつけられる音が。されるがままの彼女の悲しそうな顔が。




「えーっとそうだな、右から2番目の列の真ん中の、土屋君?」

「えっ、はい。」


 名前を呼ばれてうつむき加減だった顔を上げた。教壇の方を見ると、そこには俺がよく知っている爽やかで優しそうな青年がいた。


「今年の東京の人口はどれくらいだったか覚えてますか?」

「年末に報道されていたニュースによれば、毎年昔では考えられないほど人が激減して今は50万人程度だと...。」

「はい、正解。ありがとう。例えば半年で1500人これからも死に続けるとします。生まれてきた子供がどれぐらいかはとりあえず置いておいて、これを計算すると...。166年後、僕達の孫が生きている時代に、東京は壊滅します。」


 教室の中に誰も人がいないかのように、全員が静かにその話を聞いていた。俺達は既に寿命で死んでいるだろうけど、こんなにも終わりが近いと誰が予想していただろう。


「皆さん知っていると思いますが、50万人もいるのはここ東京のみ。県外ではもっと少なく、中には1万人もいない県もあります。あくまで東京が壊滅するのが166年後というだけで、もうそれまでに日本は終わりを迎えているでしょう。資料2を見てください。」




 ページをめくる音だけが静かに響く。けれども俺の耳にはまだ、痛い音が聞こえている。辞めてくれと懇願する自分の声が。




「これには死因を多い順に纏めてあります。もし気分が悪くなったら無理しないで言ってください、外に出てもらって構いません。では続けます。10位から.....」




『申し訳、ございませんでした...。』

『アイツはな、ただ役に立ちたいと、そう願って戦場に出る事を選んだ。墓なら死んでから作ってくれたらいいと言われてな。なのに遺体が無いだって...!バカにすんじゃねぇよ!』

『っ申し訳...ございま...ーーッ!』


 みぞおちに拳が入って息を詰まらせる声が。




「次、5位。これはしっかり覚えていてください。5位は...。」




『やめてください!』

『庇うな!この人殺し...!』




「遺族による敵討ち。」




『殺してやる!!!』




「僕達マダーは、チームを作ってグループで毎夜戦っています。もしもメンバーが死ぬ事があれば、遺族の元へ報告に行き、遺体を届けます。でも家族にとってそれはとても残酷な事で、耐えられなくなり何故我が子を守ってくれなかったのかと怒りをぶつけられる事が度々あります。僕達が必死で戦って、どうしても守ることが出来なかったとしても、遺族には関係ないことです。我が子は今夜も無事帰ってくる。立派に街を守ってくれる。…そう思って毎日送り出すからこそ、失ったときの気持ちは計り知れないものです。」


 そうだ。昨日の未来もそうだったのだ。

 守れなかった。生きて帰れなかった。遺体もない。しかもそれを報告しに来たのは死人のような目を持ったマダー。

 あの父親が暴力に身を任せてしまうのも、何も不思議なことは無いんだ…。


 俺は仕方の無いことなんだと、気持ちを切り替えるべく教壇に立つ弥重凪に目を向けた。彼も、ちらっとこちらを見ていた。



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「りゅーちゃん。」

「その呼び方やめてください凪さん…。」


 授業後、子供のような呼び方をしてくるこの人は、未来が小学校の頃にお世話になった2つ上のちょっとマイペースな、でも凄く頼りになるお兄さん。最近学校では見かけなかったけど…またどこかに行ってたんだろうか。


「みーちゃんがいないみたいだけど?会えるの楽しみにしてたんだけどなー。」


 みーちゃん、は未来のこと。全員こうやって呼ぶつもりなのか…。


「未来は…その…。」

「知ってるよ。こっちにも報告来てたから。」


 なら聞くな。言いづらいわ。


「あの子、無理するタイプだからさ。りゅーちゃんわかってると思うけど、一番近くにいるんだからしっかり見ててあげて。大丈夫って言う時が一番大丈夫じゃないからね。」

「ええ、ちゃんとわかってますよ。」

「…ねぇ、学校。来たがってた?」


 凪さんが少しだけクラスを見てから、小声で聞いてくる。


「とても。こんな体で授業なんて無理だって何回言ったか。最後は泣きそうになってましたよ。」

「ははっそう、うん。それなら、いいんだ。」


 何かを気にしているような凪さんに、安心できるよう未来の朝の様子を沢山伝えた。学校に来るのが初日はあんなに嫌がっていたのに、3日目の今日は行きたいって駄々をこねて、と。

 未来の話をしていると、すぐ近くの席にいた斎がこちらをじーっと見つめてきた。その視線に気付いた凪さんが、その整った顔を少し緩ませる。


「あんまり見られると恥ずかしいよ。」

「あっごごごごめんなさい!!ぼぼぼぼくみみ弥重先輩の大ファンでっっあのっつつつい…あああのささサイン貰ってもいいですか!?」

「わぁ、嬉しいな。僕でよければ。」


 え、大ファンって…。

 まあ、凪さんだしな。イケメンで長身で悩殺スマイルで、しかもマダーとしても…。


「はいどうぞ。」


 斎がいつも持ち歩いているキューブについて纏めているノートの表紙に、一般人が書いたとは思えないガチな感じのサインが書かれていた。


「うっ…わぁ…。ありがとうございます!!!」


 90度のお辞儀をする斎に、凪さんがくすっと笑い、じゃあまた。と教室を出ていった。

 まだぼーっとしている斎に、長谷川がそんなに凄い人なの?と声をかける。


「あのね、長谷川さん。あんなに素晴らしい人は中々出会えないよ!もう僕の中では最高の更に上の上の上の」

「あー長くなりそうだからいいや。つっちー、仲良さそうだっけど、凄い人なの?」

「あー…。えとな、めちゃくちゃ凄い人。」


 斎が言いたくて堪らない顔をしているので、簡潔に言えと促す。ぱあっと輝いた顔を長谷川に向け、一言言った。


「無傷の先導者。」

「…ん?」


 逆に簡潔にされすぎてわからなかったらしい。少し補足をしてやる。


「俺らマダーのリーダーだよ。皆で集まったりすることが無いから知らない人も多いけど、色んなところで活動してる。」

「そう!で、彼は8歳の時にマダーになったんだけど、その時から今までずっっと戦闘による怪我をしていないんだ!」

「へぇ…すごいんだね。」


 目を丸くする長谷川に、もう一つ補足してみる。


「昨日未来が、圧倒的強さを誇る人がいるって言ってたろ。それがあの人だよ。」

「え!」

「何回か手合わせしてるけど未来は1回も勝ったことがない。」

「ええ!!」


 そんな人なら先に言ってよ…。と、落ち込む長谷川。…手合わせしてもらいたかったのかな?


「っと、じゃなくて。未来ちんの住所教えてもらおうと思ってたんだった。」

「未来の住所?」


 俺の机をとんとんと叩く長谷川。


「うん。今日休んでるでしょう。足まだ痛いのかなって思って。薬届けに行きたいから。」

「ああ…。足はもう完治してるよ。長谷川の薬、よく効いたみたい。休んでる理由はそうじゃなくて…」


 キーンコーンカーンコーン


 あ、授業のチャイム。


「そっか!ならいいんだけど。でもさっきちらっと聞こえた感じ、怪我してるんでしょう。どちらにせよ行くからね!」


 そう言って席に戻る長谷川。最初はあんなに嫌ってたのに、今はこんなに心配して。

 …良かったな、未来。

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