中学編 第7話 谷川斎①
’’キューブは××28年当時まだ6歳だった少年の手によって造られた。学者と学者の間に生まれた彼はとても聡明で利口だったが、ひとつの難所をクリアすることが出来なかった。その為マダーの数を意図的に増やすことは出来ず我々の命を脅かす死人に対抗する手段が限られていた。しかし現在14歳の彼は今、キューブの改良に努めているという。果たして完成させることができるだろうか。私たちの明日は、彼の手にかかっているのだ。’’
○○出版社
翌朝、学校では蒸し暑い体育館の中でここ1週間の死者の名前と死因を校長が読み上げていた。1日に死者が出ない日は無いと言われるほどこの街では人が死ぬのが当たり前。だから金曜日の1限目にこうして纏めて知らされるのだ。死んだ人達もこんなやり方じゃ報われないだろうと思う。
校長の話を聞きながら、俺は目だけを動かして周りを見た。長谷川が来ていない。昨日の今日だし無理もないか。未来と話し終えた時こそ笑っていたが、友達2人を一気に亡くしてしまってさぞ辛いことだろう。
あの後、2人の亡骸を形があるものだけ遺族に返しに行くと言っていた。ついていけるような雰囲気じゃなかったから昨日はそこで解散したけど...やっぱり一緒に行くべきだっただろうか。
視線を前に戻すと、俺の前に座っている斎がこちらを向いていた。きっと情報共有して欲しいんだろうな。
昨日は三組の子だって。
どこからか小声で話す声が聞こえる。
私達が死ぬのも時間の問題かもね。
嫌だよまだ死にたくない。
仕方ないよ。あたしらは守ってもらうしかないんだから。
なんとも言えない気持ちが胸に込み上げてきた。
「土屋、はよ。」
「おはよ。」
「珍しいな遅刻ギリギリなんて。相沢さんと一緒だった?」
1限目終了のチャイムと共に谷川が話しかけてくる。
「ああ。昨日未来が足怪我して、だいぶ早めに家は出たんだけどそれでもちょっとやばかったな。」
「足...昨日俺達が帰ったあと何かされたのか?あの2人も死んだって言うし、お前もなんか顔色悪いし色々訳わかんないこと多すぎるんだよ。」
顔色悪い、か。大阪で未来と組んでた時は死者なんて滅多に出なかったし、あんな惨い死に方見ることがなかったからだろうか。家に帰るなり盛大に吐いたのだ。今でも吐き気がする。
「死人に喰われかけたんだって。思いの外深かったみたい。」
前の方の列から秀が未来に肩を貸して歩いてきた。包帯が巻かれた左足が、痛そうにびっこ引いている。
「秋月君ありがとう。キツかったよね、ごめんね。」
「まあ...ちょっと頑張らないとしんどいけど、困ってる時はちゃんと手貸すから言って。」
おお、女嫌いな秀が進んで助けてる。未来は多分かなり気にしてるんだろうけど、本人がこう言ってるならいいか。
「秀ありがとな。未来、おぶろうか?」
「目立つからやだ。」
間を空けずに未来がピシャリと断ってくる。仕方ない、秀と同じ感じで肩を貸すぐらいにしてやるか。
「谷川君、ごめん。昨日忠告してくれたのに、上手く活かせられなくて...2人も死なせてしまった。」
秀から俺の肩に手を移してきた未来が申し訳なさそうに斎に言った。
「相沢さんは悪くないよ!俺がちゃんと1から伝えなかったからだ。事態をもっとちゃんと重く考えるべきだった。」
斎の顔が歪む。
「どっちも悪くなーい。アタシが単に弱かった、それだけの話よ。」
ひゃ!っと未来の驚いた声がした。まだ体育館にちらほらと残る生徒がこちらに視線を向けた。隣を見てみれば、氷が入った冷たそうなボトルが未来の首元に当てられている。その人物を見て俺も少し驚いた。
「長谷川...。」
「黒染めしてみました〜。」
派手に染められていた髪が黒くなっていた。それだけじゃない、着崩していた制服もキチンと着ているしジャラジャラ付けていたアクセサリーも一切ない。
「相沢、アンタは助けようとしてくれた。もうそれだけで十分。寧ろ感謝しなきゃいけないぐらいよ。ありがとう。」
長谷川が頭を下げる様子に周りがザワついた。まだ人間としてできていない年齢の俺達にとって、派手な奴というのはクラスの...というか学年で強い影響力を持つ存在なのだ。そんな奴がぽっと出の転校生にこうして頭を下げている所などなかなか見れるものでは無い。だが長谷川は周りの事などどうでもいいとでも言うように、続けて未来に話しかける。
「これ、アタシの家で作ってる
「は、長谷川さんこんなに色々貰えないよ。」
あれやこれやと鞄から沢山の傷薬を出す長谷川に申し訳なさを抱いたのだろうか、未来が手をブンブンと振る。
「凛子でいいよ。遠慮しないで、アタシの...ただの自己満足だから。」
「相沢さん、貰えるなら貰っておいたらいいよ!長谷川薬店の薬、よく効くから。程度によるけど大怪我でも1週間あれば完治しちゃうよ。」
「え、すごいね...。」
でも...と未来がまだ何か言いそうだったが丁度予鈴がなった。
「やべ、2限目始まる!」
慌てて周りを見てみれば生徒は俺達だけだった。いや、1人だけいる。
「阿部、遅れるぞ。」
阿部加奈子が栗色のセミロングの髪を指でくるくると巻きながら、こちらを向いてぼーっとしていた。声をかけても反応はない。ひたすらぼーっとしている。
「つっちーいつものことだよ。ほっときな、こっちが遅れちゃうよ。」
「ひょわあぁ!」
今度はどうした!未来がまた声を上げた。肩が軽くなったと思ったら長谷川がキューブを使っていた。遅れまいと思っているのだろう、自身と未来を風のちからで浮かせて高速で教室まで直行していった。あー未来しか連れてってくれないんだな。もう俺たちがいる場所からは2人の姿は見えなくなっていた。
「なに、なんだかんだで仲良くなったってこと?」
走りながら秀に答えた。
「ああ、多分もう問題無いと思う。」
「そっか。良かったね斎。」
固くなっていた斎の顔が少し緩んだ。
「斎は何も悪くねーぞ。」
「...ありがと。でもやっぱり色々思うことがあるからさ。」
斎の声に被って本鈴がなった。遅刻だった。
―――――――――――
昼休み、長谷川や他のクラスメイトとの食事を終えた未来が泣きそうな顔でこっちに歩いて来た。今まで人と話してこなかったのに大勢の人との飯がしんどかったのだろうか。それとも質問攻めにあったんだろうか。
「どうした未来。」
俺が問うと未来の目に涙が溢れてきた。よっぽど辛いことがあったのか。まだ安心せずにちゃんと目を光らせているべきだっただろうか。とにかく涙が流れぬ間にキュッと拭ってやる。
「凛ちゃんがいきなり塗ってきた!」
...ん?
「つっちー仕方ないんだって!アタシは未来ちんの為思ってしたんだよ!」
お、おお?
「自分で染みるから覚悟しろって言っといてこんな不意打ちせんといてや!」
俺を挟んで2人がギャーギャーと言い争っている。えーっとつまりあれか、今朝の克復軟膏を未来が受け取ってくれないから長谷川が勝手に塗ったと。そしたら染みて痛かったんだな。
宥めるように未来の頭を撫でてやると周りにいるクラスメイトが子供みたいと笑った。あんまり目立つことすると友達作りにくくなるか。俺はぱっと手を離した。
「馴染んでるね。」
俺の前に座る秀が言う。そうだなと返事をして改めてクラスの様子を見ると、未来の周りにクラスメイトの大半が集まっている。今までの彼女からしたらきっと考えられないことだろう。
「嫉妬すんなよ!」
「だーッ!してねーわ!」
不意に斎が頭がぐしゃぐしゃになるぐらい撫でてきた。そりゃ可愛い幼なじみが今までみたいに隆、隆ってすぐ来てくれなくなったら寂しいし悲しいし辛いけど!頼られたいけど!
「土屋、ブフッ心の声出てるぞ」
「...は。」
騒いでいた未来が赤い顔でこっちを見ていた。え、どういうこと。嫌な予感がして顔を上に向けた。嘘だろ。俺の頭の上に今考えたことが吹き出し付きで載ってやがる。
「阿部!何すんだよおお!」
教室の窓際で1人クスクス笑う阿部加奈子に言う。
恥ずい。恥ずかしすぎる。周りがヒューヒューとか言ってくる。黙れ。未来も恥ずかしがるな。
つまり俺の心の声が具現化されているのだ。これは阿部の能力。俺は火、未来は植物のように、キューブには主体とされる能力があって、そこから連想、発想されるものであれば何でも作り出すことが出来るのだが、これについては本人も何が主体の能力なのかよく分かってないらしい。
「やめやがれー!!」
虚しく俺の声が響いていた。
――――――――――――
「今日は秋月君なんだね。」
未来が小さい声で1枚の紙を見ながら呟いた。
ここは都内中心にある
「秀は最近マダーとしてキューブに選ばれてな、シフトに入ったばかりなんだよ。だからほら、チームの人数が多いだろ。」
シフト表をまじまじと見る未来に答えると、俺の名前を見つけたらしくこっちと紙とを交互に見た。
「隆、今1人なの?チームは?」
どうやら俺が入るシフトに俺以外の名前が無いことに気づいたようだ。東京はマダーが少なすぎてどうしてもチームを作れないときがある。1人でどうにか出来るやつは今はチーム無しで、フォローに入ったり独立して戦っていたりするのだ。
「信頼されてるわけだ。」
そう未来が微笑む。まあそう思ってもらえてるなら嬉しいけど、1人はぶっちゃけしんどい。昨日みたいに流れで誰かのヘルプが入るのは稀で、どれだけ相手が多くても相性が悪くても、全部自分でどうにかしなくちゃならないんだから。
「未来がまたチームメイトになってくれたら俺は嬉しいんだけどな。」
「そうだね、私も隆と一緒がいいなぁ。」
本部を出、暗い夜道を駅まで歩きながら笑って理想論を口にした。未来は1人でも余裕だろう。発想力がある為今までに苦手とされる相性は特に無かったはずだ。大阪での実績を調べられたらきっと一緒に組めることは無いだろうな。
「お熱いねぇ2人とも。」
不意に後ろから声がした。驚いたことに、大荷物を持ち重さに耐えながらニヤニヤしている斎がいた。頭の上と手と背中に異様なほどの荷物を持つその姿はピエロみたいだった。
「斎、お前どうしたこんなところで。」
今にも倒れそうなぐらい積み重ねている荷物を上から取って持ってやる。未来も斎が頭に乗っけている大きな袋を持ってくれた。
「やー、本部にね、研究費の上乗せを要求しに言ってたんだよ。そしたら要らないガラクタを沢山くれてね。」
研究費って...あー、最近根詰めてるもんな。
大分楽になったのか、ふぅー。と息を吐いた。
「相沢さん、足は大丈夫?」
何のことか聞かれたくないのか斎は早々に話題を切り替える。未来はこくこくと頷き巻いていた包帯を取って見せた。するとなんて事だ。痛々しかった歯跡が綺麗に消えている。大丈夫だと体で表現するように5回ほどジャンプしてみせた。
「ははっ元気だね。良かった。」
帰る方向も同じな為、歩幅を合わせて並んで帰る。本部から駅までも長いのにまた更に長い電車に乗ると思うと気が引ける。しかし、駅に着いた時だった。
『電車をご利用のお客様にご案内致します。只今山森市で、濃い霧が発生している為山森市行きは運行を停止しております。―駅からの振替輸送を行っておりますので――...』
駅員が放送をしていた。山森市とは俺達が住んでいるところだ。
「霧?こんな真夏に?」
未来の声に俺もなんとも言えない違和感を覚えた。時計を見てみると、向こうで居座りすぎたか、12時を過ぎていた。何だろう、嫌な予感がする。
「秀に連絡取ってみるよ。」
斎の携帯が鳥の鳴き声に設定された呼出音を鳴らす。
ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴよ ぴよぴプツッ
切れた?いや違う、微かに音が聞こえる。斎がスピーカーにする。砂嵐の音に紛れた何人かの声、多分キューブを使っている音。戦闘が始まっているようだし携帯は何かの拍子に電話をとるボタンが押されたんだろうな。
ザーーーーーー
砂嵐の音が鳴り続ける。
ザーーーーーーザーザーーーーーー
よく聞き取れないな。
ザーーーーーーザーザーザーーーザーーーーーーザーーーーーーザーザザーザーーーーーー
ほとんど何も聞こえない。やはり電話越しで向こうの様子は分からな
パァンッ!
...?今の音は何だ?銃声にしてはもっと重い、鈍い感じのする音。
3人で顔を合わせた。青い顔をした未来と目が合う。
「未来...。」
「..ひとり。」
「え?」
パァンッ!パァンッ!!
また連続で音が鳴る。音の最後に何か撒き散るような、形容し難い何かも聞こえる。
「ふたり、さんにん...。」
「え、相沢さん!」
何か呟きながら未来はキューブを展開させ、掌に樹という文字が浮かび上がる前に一番近い場所にある桜の木に向かって走り始めた。
「【
「ええっ消えた...!」
未来が桜の木に手をついた瞬間、彼女の体がふっと消えた。何事もなかったかのように木はそこに立っていて、俺たち2人は取り残されてしまった。
「未来の移動手段だよ。多分もう既にゴミ箱付近の木から出てきてると思う。」
「便利すぎか...。」
俺も急ごう。斎はマダーじゃないからあんまり戦場に連れて行きたくないけど、電車が動いてない中で死人に襲われる可能性があるのに1人置いていくことは出来ない。ちょっと見た目が良くないが斎に抱き着かれるような形でくっ付いてもらい、俺も斎を抱きしめる。
「【花火】」
足元が浮き山森市の方へヒューッと音を立てて飛ぶ。未来の【接木】にはまあもちろん適わないが、これもかなりのハイスピードだ。6時間かかった道が多分5分あれば着くぐらいの。
「土屋ッ...相沢さんは何かさっきの音で気付いたっぽかったけど!」
斎が落とされないように必死に抱き着いて言う。
「ああ、きっと考えたくない何かが起こってると思っていいだろうな...!」
「秀は...大丈夫かな!」
「大丈夫だと信じたいなっ...」
ああ、俺自分でも分かるぐらい余裕無いな。状況を想像できない斎の方が不安だろうに、悪いな。未来が間に合ってくれてたらいいけど。
「降りるぞ。」
斎に一声掛けてすぐに、バンッと音を鳴らして空から地上に結構な勢いで落ち、着地した。普通の人間なら死ぬような高さだが、キューブを使っている間だけはこれぐらい雑作もない。
「!?」
目の前に広がる光景に驚き、絶句した。真っ黒な液体が飛散したような形で辺り一面に広がり、更に黒っぽい霧の合間から何か柔らかそうな物体が大量にぶちまけられているのが見えた。それらにも黒い液体がねっとりと付いていて、未だポタポタと、地面に滴っている。
「おえっ...!」
隣で斎が嘔吐いた。これは一般人が見て正気でいられる光景ではないだろう、自分も目の前に広がる大量の内臓に吐き気を堪えながら斎の目に手を当て見えないようにした。
「斎、道作るから
腕で口と鼻を覆い、一番近いマテリアルまで安全な炎の道を作る。ふらつきながら歩く斎に、気を付けろよと言われ、小さく頷いた。
「ごめん、ばらすな。」
近くにある臓器、腸だろうか、手を合わせる。まだ温かく弾力があって手に吸い付くようにブニュブニュしている外の皮を剥ぎ、中身を抉り出す。ピチャぐちゃ、耳に残るグロい音がして、内容物が溢れて手に、地面に、ぽたんぽたんと流れ、滴る。
「げぇっ...!」
気持ち悪い。気持ち悪いっ気持ち悪い!
同じ人間のモノとは思えないぐらいぐちゃぐちゃなそれから出てきたものは、全て血ではなかった。
「未来...秀...!」
2人が無事か、一気に不安になる。口元を拭い、まだ胃の中身が出てきそうな状態で全力で走った。
解剖した中身から出てきたのは、黒い液体だった。固体なんて何も無い。全て、黒い液体だったのだ。
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