中学編 第5話 2年3組③
今にも雨がふりそうな厚い雲が月や星の光を遮っている。街の灯りを頼りに俺と未来はゴミ箱に向かって並んで歩いていた。
時間は夜中の12時前。人の気配は全くなかった。死人に狙われるのを恐れ、殆どの住民がマテリアルと呼ばれる爆破してもビクともしない超頑丈な建物の中へ避難しているからだ。
マテリアルは××30年、死人が襲来したのちに谷川哲郎博士が対策として作った特殊な素材で、今では何処も彼処もそればかりだ。わかるだろうか、見るもの全てがそれであるということは、コンクリートやレンガ、木造の建物なんかも使われなくなり、ゴミとなり死人となっていくのだ。
「昼間の話、もう少し詳しく聞いていい?」
未来が前を見ながら言った。
「谷川君と朝話した時に、私のこと気に入らない人がいるって言ってた。私の目のせいかって聞こうとしたら、順番だって言われたの。...つまり長谷川さんのことだったのかなあ。私が先にマダーになったから?なんでそれがそんなに気に入らないんだろ?」
言いながらおでこに手をそっと添えて確認をしている。プールの後ガーゼを外したようで、そこにはまだ痛々しい傷口があり、周りは腫れていた。
「理由は俺もよくわからねーけど、谷川が言ってるのは長谷川で間違いないだろうな。お前俺が認識してるの以外で何もされてないか?」
「え、特に何かされたわけじゃないよ?ただそのキューブを取られたのがなんでかなって思ってるだけで。」
恐れ入った。こいつ許せる範囲がどこまでかわからないんじゃなくて、ただ虐められてると認識していないだけだった。俺は...逆に安堵した。辛い思いをしてた訳じゃなくて良かったと。「あ、でも」と未来が補足する。
「筆箱の中に知らないカッターがあって、刃が剥き出しになって入ってて」「は!?」
俺は話を聞き終わる前に焦って未来の両手をとった。左の掌にくい込んだような怪我がある。
「違う違う、それは私が勝手にやっちゃったやつ。カッターは当たらなかったから。」
「あ...あれか、朝先生と話してた時の。」
俺が職員室を出る前、タオルに血がついていたことを思い出した。
俺は気をつけろよとだけ言って、他に何も無かったか聞く。彼女はやはり特に無かったと返事をするけど、俺の知らないところでもし何かあったらと思うと気が気でなかった。
「あ、いる。」
その声に俺はまだ少し遠いゴミ箱に顔を向ける。階段部分に3人で輪になって話しているようだ。12時ギリギリに来るようなマダーがいる中で、意外と真面目な一面を見た。
突如未来が走り出した!ダダダダダと凄い勢いで。おい待ってくれ。俺を置いていくな。相手はキューブ持ってんだぞ。それこそ何かあったらどうするつもりだ。後ろを必死に追いかける俺はそう心の中で言った。
「長谷川さん!エイコさんナツさん!」
未来が3人に近づきながら彼女らに声をかける。未来を認識した3人は遠目でもわかるほどゲッという顔をした。
「相沢ちんどうしたのー?こんな時間に危ないよ。ほら、もうすぐ12時。そろそろ死人が湧いてきちゃうからさ早く帰りな?」
「キューブ、返して。」
長谷川凛子の言葉には何一つ返事をせずに、未来が手を出す。その顔は怒っているというより、悲しい顔をしているように見えた。懇願している未来に長谷川凛子はニヤニヤしている。
「返してください。お願いします。」
「相沢ちん何のこと言ってんの?そんな大事なものアタシらが盗るわけないじゃんー悲しいなあ。仕事の邪魔になるから帰ってよー。」
「時間無いんだろ。さっさと返してくれ。そしたら仕事の邪魔もしないしすぐ帰るから。」
ああ、イライラする。追いついた俺は未来に任せた方がこれ以上関係が拗れなくていいと思っていたが、あまりにも長谷川凛子の態度が気に食わないためつい言ってしまった。
「持ってないからさあー、帰ってよ。」
足元に何か冷たい感覚がした。やばいと思い俺達は同時に後ろへ飛び退いた。途端にボッ!!と大きな音を立て、今いた所に竜巻が発生した。長谷川凛子の風の能力だ。
「人間にキューブを使ったら刑罰だよ!」
未来の言葉も聞かず、次々と竜巻を起こしてくる!右、左、避ける、避ける。後ろへ宙返り。
「【
正当防衛だ、仕方ない。火の粉を竜巻の根元に散らす。風に吹き飛ばされた火の粉があちらへこちらへ散る。避けるためにお互いが距離をとった。
「話し合おう?わざわざやり合う必要ないって...!」
「は?話してアンタに何がわかるっての!?」
未来の近くの木が突如声を上げて大きく揺れる。『オアァァア!!』まるでバットを振りかぶるように2人の頭を狙う。未来は木に手を付き軽やかに避ける。俺は膝をついて避けたために、その膝をついたところの影が蠢き、足元を拘束する。エイコやナツが参戦してきたのだ。
「凛子の邪魔はさせないから!」
「邪魔だ?こっちは話し合おうとしてんのに邪魔してる奴はどっちだよ!」
命を吹き込む能力に影を司る能力か。面倒だな!拘束された足から直接炎を出して影自体を無くす。影自体がなくなればどうにもならない。拘束は解かれた。
未来が着ている戦闘服の下に隠しているガラス玉をひとつ足元に投げた。パリンと音が鳴って彼女の周りに煙がたつ。
「あなたが何にこだわっているのかが私にはわからない。だから話そう、わからなかったらそれでいいから!」
未来が腕を広げた。すると急速に周りの灯りが消えていく。これは昨日拾った白熱電球が集結してできたガラス玉の能力。並の人間には意味がわからないが、未来はそのガラス玉で死人の能力を自分の力として使うことが出来る。才能ってやつか。周りが真っ暗になった。
お互い何も見えない。無理に力を使うと味方を傷つける恐れがあるため誰も動かない。ただ未来と長谷川凛子の声だけが響く。
「一体何をそんなに怯えてるの?何があったの?」
「怯えてるって?アタシが!?何言ってんのあんた。」
「そう見えるの!なんでここまでするの!?」
「ああわかったよ言ってやるよ!アタシはな、ずっと前からあんたの事が嫌いだったんだよ!殺したいぐらいに!」
俺の横で風の音と未来の小さな呻き声が聴こえた。暗くて見えないのにお互いの位置を正確に把握しているのだ。なんてやつだ。これでは話そうとして見えないようにしているのに意味が無い。
「なんでそんなに...!」
(リーンゴーンリーンゴーン.....)
12時の鐘が鳴った。死人が、生まれる時間だ。
未来の手が水平に弧を描いた音がした。灯りが戻ってくる。仲間割れしている場合じゃないからだ。認識できるようになった未来の体には、風でできた無数の切り傷があった。
「相沢ぁ、さっさと帰れよ鬱陶しいからさ。」
「キューブ返してもらえるまで帰れないよ!」
「だーから今は持ってないっての。」
ゴミ箱に目をやりながら2人が言い合っている。俺はキューブを持っていない未来が後ろになるようにゴミ箱へと体を向けていた。
「本当に今持ってないの?家に置いてきたの?」
「さあねー。ま、無くてもあんた戦えるならそれでいいんじゃない?問題ないじゃん?」
「あるよ、大事なものなの。」
「ふーん?まあいいや。ちょっとそこでアタシの勇姿を見てなよ。あ、つっちーも参加しなくていいからね。」
つっちーって俺の事か。と思った時、ゴミ箱がカッと光った。四角い物体がそこから徐々に大きくなって出てくる。光るそれが段々見えるようになって、それが中々びっくりした。
「ははっ!あれじゃん、センセが壊れたって言ってたタイマーじゃん!センセ捨てちゃったんだ!」
ナツが笑いだした。
あれは体育で使うことが出来なかったあのタイマーだ。周りではもっと高性能な物が沢山溢れているため、壊れてしまったタイマーにはもう用がないのだ。タイマーが体に付いている秒針をチッチッチッと鳴らしている。
「やー、タイマーと来ましたかー。何してくれるのかな!」
楽しそうに言い、ナツはタイマーの影を使って羽交い締めにする。エイコはゴミ箱の近くにある窓ガラスに命を吹み、動くガラスを高速で回転させてタイマーを秒で切り刻む。
「なーんだ余裕じゃん?【風神の舞】!」
長谷川凛子が赤い強風を巻き起こす。タイマーが細かくバラバラに引き裂かれ、青い玉が何度かバウンドして地に着いた。それが所謂死人の心臓だ。
「はいラスト!」
窓ガラスが風を切る音を鳴らしてその青い玉を地面ごと切った。キーンとガラス同士が擦れる音がして玉に一筋線が入り、さらにそこから細かくひび割れついにパキンと完全に割れた。
「さてと、一段落着いたけど、どーする?アタシホントに今持ってないんだよね。ここいても何も出来ないと思うけど?」
そう長谷川凛子が振り向いて言った時、俺と未来は目を見開き、彼女に向かって同時に声を上げた。
「「盾!!」」自身を守れという命令だ。
突如、全ての時間が止まった。
俺はそれまでの一瞬の間に自分と未来の周りを【
彼女らは口が開いたまま突っ立った状態で固まっている。だが意識はあるのだろう。目が怯えていた。その目の前には、心臓を潰したはずの死人がまるで嘘のように体を取り戻してそこにいるからだ。
そうか、奴の能力は他の時間を奪って自身の時を戻す力ということか...!
「2人とも今行く!大丈夫だからな!」
長谷川凛子が2人を守るため体を乗り出そうとする。だが無理だ。自身は守られているが覆っているその防壁は時間の影響を受けているらしい。防壁の中で長谷川凛子が叫んでいる。
「っんでだよ!動けよアタシの力だろ!おい!!ッ動けって!!」
自身で作った防壁なのに消すことも出来ず、動かすことも出来ないようだ。俺も改めて火を出そうとしたが、自分のいる場所より外には何も作り出せなかった。影響が大きすぎる。
「隆、やばいよ。ごめん場所変わって。」
未来が後ろで言った。
奴が、一歩一歩あの2人に近付いていた。その大きな1つの青い目が、キラキラしながら2人を上から下まで見ていた。
まだ何もしないうちにと、未来が服の中からガラス玉を出す。地面に叩き付けると、未来の周りを電気が纏った。気配を察したのか、奴が、ぐるんっ!と振り向いた。こっちを見ている。
「相沢なにを...!」
「大丈夫。信じて。」
叫ぶ長谷川凛子の声を聞きながら、未来が静かに言う。奴は動かないが、視線はこっちに向いている。
「あなたが動けなくなったのは中の線がおかしくなっちゃって電流がちゃんと流れなくなってしまったからでしょう。直してあげる。もう一度本来の意味で動けるように。」
奴がこっちへ来てくれるように諭す。未来は一筋汗を流した。ギリギリのラインでどうにかしようとしているようだ。足が動いた。少しずつ、こっちに寄ってくる。
「隆。もしもがあれば守ってくれる?」
ポソッと、未来が俺に頼んできた。言われなくても。
「当たり前だろ。任せろ。」
俺の回禄に奴の目が当たりそうなほどに近付いてきた。その目が、哀しそうだった。
「あなたを直したい。だから私はあなたに触れる必要がある。そっちに行きたいの。時間を戻してくれない?この境界線を無くさないといけないの。」
未来が本当にそれを望んでいるように、願うように寄り添うように、言う。一筋その大きな1つ目から、涙が、流れていた。
木の葉音が聴こえた。
「ありがとう。」
未来が礼を言い、俺を見て頷く。俺も相槌を打ち、回禄を解除したそのときだった。バシュッと不快な音が聴こえた。分かり合えなかった。そう思った。未来がやられたのかと。
「な...!!」
違う。その聞こえた先は、未来の前にいる死人。泣いているタイマーからだった。動けるようになった長谷川凛子が、背中側から鎌鼬で切りつけたのだ。間髪入れずに影に羽交い締めにされ、窓ガラスを細かくした破片が突き刺さる。
『キアァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア!!!』
突如そのボロボロの体で、拘束されたままで、あの3人の方へ走り出した。泣いて、叫んで、怒っている。もう何も聞こえないだろう。
「逃げろ!!」
俺は叫んだ。こうなったらもう並のやり方じゃ通用しない。彼女らは同じ様に切り刻み続けている。あんな甘い戦闘法でどうにかなるもんか。俺は炎で奴の片足を絡めとる。未来が死人を追いかける。
「アタシは、2番目なんかじゃないんだよ!!」
長谷川凛子が、叫ぶ。奴が片足だけになる。俺は奴の背中にある心臓に向け、【炎の槍】を投げる。
「アタシは相沢未来よりも、誰よりも、強いんだ!」
叫ぶ。叫ぶ。奴がもう
「アタシはアンタに負けるわけねーんだよ!!!」
「ばか!!」
未来が飛び出す。奴がもうそこに。
「アタシが最強だあああ!!!」
間に合わない。
ぐしゃっと、嫌な音が、そこ一体に広がった。
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