七頁

 秋山はまだ撃たれ続けていた。それぞれ致命傷にはなっていないものの、彼の体力を蝕んでいるのは確かだった。この時秋山は覚悟を決めた。となると後一つ・・・。

「名前・・・、まだ聞いてなかったな・・・」

 更に弱々しくなった秋山の声が武博の耳に入った。

「賀川・・・、賀川武博」

「賀川・・・、頼みがある・・・」

 秋山は気を取り直し、背筋を伸ばして銃に弾を込め出した。

「このまま・・・、国会に向かって・・・、後はこの大通りをまっすぐだ。そこに設置してある、爆薬を、点火して欲しい」

 秋山はジーパンのポケットから小さなカード型の電子機器を取り出した。

「赤の・・・、スイッチを押せば、30秒で爆発する。これを押して・・・、見届けて欲しい・・・、やり残したことがある・・・」

 それを秋山は後ろを向かず受け取った。

「止めたってもやる気だろう?」

 武博はわかっていた。秋山はバイクを降りてこの先訪れる玉砕を迎えるのだ。

「わかってたか・・・」

 秋山は俯いた。

「あんたの命、受け取った」

 武博は電子機器をジャケットの裏に忍ばせた。

「スピードは落とさなくていい。このまま落ちる、絶対振り向くな」

 秋山は銃の充填を完了した。武博は、口を噤んでいた。

 止めたい。

 止めたいが一心だ。だが彼は止まらない。

 覚悟を決めた人間に容易く短時間で説得が可能なのか。

「ありがと、相棒」

 秋山は少し笑顔になって言った。

「あばよ」

 その時秋山の体が宙を浮いた。

 同時に、ドサッと言う鈍い音。武博は振り返らなかった。何故か涙が出ていた。泣いている理由はわかっていた。

 振り向きたい。

 だが振り向くなと言った。

 武博は更に加速し、目指した・・・。




 転落した秋山は生きていた。だが頭を強打したため、満身創痍となってしまった。パトカーが猛烈な勢いで秋山の周囲を包囲した。

 数台が武博のバイクを追いかけていった。

「今すぐ武器を捨てろ!」

 警官が同じことを言った。また同じことの繰り返しだ。

 秋山は内心で嘲った。いつだって、どんな世の中でもやってることは昔からの繰り返し。人間も所詮は繰り返しで便利さと虚無を持っただけ。

 ”真の進化”をしていない。いや、真の進化は、本当はないのかも知れない。秋山は次の世界に希望を持ち、願うかのような顔でTシャツの中の爆薬に着火した。

 周囲は炎に包まれ、中心にいた秋山の体は灰に帰した。





 武博は走り続けいた。すると、議事堂が見えてきた。

 もうすぐだ。ところが、

「武博!!武博!!」

 聞きなれた声。もう聞くことがないと思った声。

 かなり遠く前の歩道に、かつての恋人高科愛子が武博を呼んでいた。

 神よ、本当にいるのなら何でこんな残酷なことをする。俺の決意を試しているのか。

 武博はバイクのスピードを落とし、愛子の前で止まった。

「あなたニュースで出てて、かなり心配だったから・・・」

 愛子の顔がかなり複雑な顔をしている。

 それは、心配と安堵と、期待と焦りと・・・、そして反省の色が。

 「この前は・・・、ごめん、本当にごめん!!」

 愛子は勢いよく頭を下げた。

 後ろに括っている髪がブランブランに揺れるぐらい強い振りだった。

「愛子・・・、俺のことは忘れて、もっといいやつを見つけるんだ」

 武博は言い切った。

 まさかこういう展開になるとは思わなかったが、武博は思ったとおりにしゃべった。

「え・・・?」

 愛子が顔を上げた。泣いている。

 何度か彼女の泣き顔を見てきたが、こんなに悲しそうな泣き顔は初めて見た。

「俺には、これからすることがある。・・・幸せになれよ」

 武博はエンジンをつけ、走り出した。早く立ち去りたいが如く、出だしが少し早かった。

 一人泣きじゃくる愛子を置いて・・・。

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