五頁

 秋山の衣服とキャップは紅い返り血で染まっていた。武博はもう訳が分からなかったが、助かることを最優先でバイクを猛スピードで走らせている。

「続きをしようか」秋山が話し出す。

 妙に友達口調だったが、武博は半ば聞き取っていなかった。

「俺がテロリストをやってる理由?・・・復讐だ」

 武博は小さく溜息をついた。どうせそうだろう。殺人者のその動機は大概”復讐”だ。ニュースでも散々やっていた。ところが、

「何の復讐?」武博は聞き返した。

 しまった、と、彼は心の中で自分を少し責めた。何でこんな奴の話を聞くんだ。

「・・・俺の肉親はみな、国に追い詰められて死んだ」

 この時、武博は背筋に何か血の沸き立ちを感じた。

「最近制定された”家族法”と”学校法”てのがあるだろう。あの法律が出来てから俺の一家は最悪だった。

 二年前に祖父母の介護に追われていたお袋は疲れてしまって二人を殺してしまった。五年前だが父親は仕事でのノイローゼで発狂して自殺した。

 妹は学校で出来が悪いと勝手に決められて夜の街に放り出されてしまった。それから2年経った今月に遺髪しか帰ってこなかった。

 俺も結婚してたんだが、俺の所得が少なかったせいで、妻は俺に苦をかけまいと言い残して保険金3000万を残して病死した。妻は病気だったんだが、治そうとしなかった」

 家族法と言うのは、六年前に制定された法律だ。理念としては”家族の輪を取り戻そう”と謳っていてが、実態はただの国の赤字を補完する為の税徴収システムだった。

 それは、家族それぞれ(未成年を除いて)一人ずつ二万円を出し合って、家族としての共同体から出された曰く”家族金”が毎月国に支払われるというシステム。

 これによって家族皆が助け合って、輪を為して行くと言うのが理想論と述べられていたが、この法律が制定されてから、一般家庭の崩壊が全国で著しく増加した。

 更に学校法も税徴収システムとは違うが、国が見なした云わば”出来損ない”と認定された者は未成年の段階で社会の枠から外される。男は環境が劣悪な作業現場へ行かされ、女は有無を言わさず低ランクの風俗街に沈められた。

 理念としては”いじめ、競争をなくし、子供を立派な社会人に育て上げよう”と言うものだったが、制定されて6年、当時の中学一年だった者の半数が社会に出る。世間ではこの集団を懸念していた。

 その生徒たちの大半は無感情でただ勉強をこなすただのロボットとなっている、”学校法の完成品”が社会に出るからだ。 武博自身は制定当時まだ高校だったが、彼は良くもなければ悪くもなく、本当に平凡な、バイク好きな少年だった。

 だがクラスから何人か顔が消えていたことがあった。結局その面々とは卒業しても会うことはなかった。

「・・・それが、あんたがテロリストになった理由?」

 武博は、少し落ち着いて聞いた。

「あぁ、だから俺はもう亡くすものはいない。恐れるものも何もない」

 その時、後方からサイレンが聞こえてきた。しかも一台の音の数ではない、かなり複数だ。

「今すぐ止まれ!武器を捨てろ!!」

 後方で警官がスピーカー越しに怒鳴ってきた。

「止まったら・・・、わかってるな」

 秋山は口調を変えなかった。ところが何もしてこない。銃を突きつけない。

「・・・わかってる」

 内心、武博は何故してこなかったのか何となくわかっていた・・・。

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