二頁
彼、賀川武博は朝、駐輪場のバイクを磨いていた。今日は海の沿道を走るつもりだった。本来ならいつもは彼女を乗せて沿道を走るのだが、その恋人は先週別れていた。仕事を惜しみなくこなし、給料をバイクの維持費と貯金に大半を回し、わずかな小遣いと生活費で切り盛りしていた。
そこまでやっていて、武博は恋人も理解を示してくれていると思っていた。だが、先週に言われたこと。
「バイクに夢中で私を見てくれていない」
そんなつもりはなかった。平日でも誕生日とか記念日とかは仕事を休んでかかせず祝った。土日は仕事が絶対休みだから絶対一緒に居てた。にも関わらずこれだ。
武博は無性に腹が立った。どうしてここまで尽くしてそんなに言われなければいけないんだ。だが、あれから一週間となってしまった以上、武博には別れた儚い、ヒリヒリとした小さな傷が心に残ってしまっていた。
そして久しぶりに乗るバイク。通勤には車を使っているためバイクは平日に乗ることは殆どない。磨き終えた武博は掃除道具を戻しに部屋へ行こうと立ち上がった。が、
「後ろに乗せろ」
低い声とともに、不意に背中に棒を突きつけられた。異様に冷たい。
何だろうこの感触は。生まれてきてこの方全くこのような感覚に触れたことはない。
「・・・今、何つきつけてんの?」
武博は恐る恐る、上ずった声で挑戦的に問う。
「銃だ。わかったなら早く乗せろ」
男はアッサリと、更に淡々と答えた。銃・・・。彼の日常には全く以って関わることのなかった存在だ。子供の頃ですら、流行っていた空気銃での打ち合いですら、テレビゲームでの銃を実体験出来るようなゲームですらもやったことがない。しかし武博の背中に伝わる冷たい円の筒が現実を知らしめていた。
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