猫にしか愛されない三十代独身男が妖(あやかし)の国へ召喚されたら結婚できた件

66号線

猫にしか愛されない三十代独身男が妖(あやかし)の国へ召喚されたら結婚できた件

 俺は秀衣夫。びいお、と読む。突然だが、俺は生まれてから三十九年間、一度も結婚はおろか生身の女と付き合ったことがない。


「また今回も返事なし、か」


 女子高生が最も多く利用しているという触れ込みの、出会い系サイトのメッセージ欄に向かってため息をついた。カブトムシの幼虫みたいな俺の愛らしい指で、いくらマウスの右クリックを叩いてリロードしても新着メールは出てこない。これで二週間は無視されたことになるから、もう絶望的だろう。今回で俺の婚活百連敗という記録が更新された瞬間だった。


 ショックで打ちひしがれる俺に、飼い猫のマキコがにゃ〜んと可愛らしい鳴き声とともにすり寄ってきた。マキコという名は女優の江角マキコから付けた。


「こうやって俺に甘えてきてくれる女はマキコだけだよ」


 俺のせり出た腹の上に乗っかってきたので撫でてやると、マキコはゴロゴロと喉を鳴らした。飼い主の悲しいぼやきなんて、猫には知ったこっちゃないのだろう。マキコは安心したように目を細めると、小さな寝息を立て始めた。愛猫の様子を眺めているうちに、いつの間にか俺もマキコとともに眠りについてしまった。


 ぼんっ

 

 けたたましい爆発音とともに草むらへ放り出された。睡魔から一瞬で解き放たれると、目の前にゾンビ犬の群れが広がっていることを確認した。起き上がるや否や、身体のあちこちを腐らせた死に損ないたちが悪臭を放ちながら一斉に飛びかかってきた!


「うわあああああああああ」


 俺は咄嗟に胸ポケットへ入れていたスマートフォンを取り出してカメラ機能を作動させると


「ホーリーライト!!!!!!!!」


 と叫びながら撮影ボタンを連打し、高速でフラッシュを浴びせた。


 ズシャシャシシャシャシャシャシャシャシャ!!!!!!!!


 響き渡る連続シャッター音にゾンビ犬の何匹かは怯んだが、それよりも俺が放った「ホーリーライト(ただの光)」が予想以上に彼らの網膜に打撃を与えたようだった。両手で両目を押さえるお約束のポーズをして、途中あちこちに手足をばら撒きながら散り散りに走って逃げていった。


 全てのゾンビが去ったのを見届けると、その場にへたり込んだ。情けないことに俺は失禁していた。


「やるじゃ〜ん、TVK☆」


 声がする方に見遣ると、頭から猫の耳を生やした江角マキコそっくりな女が立っていた。ナイスバディな尻から二本の尻尾が伸びているのを見て、猫又だと気づいた。


「キミはボクがこの魔法陣で召喚した使い魔なんだよぉ〜☆」


 江角マキコはどうやらボクっ娘だったようだ。


「初めて人間って種族を召喚したけど、キミ、弱っちい見た目に反して強いんだね〜☆ その平べったい札みたいな武器もサイコーにイカしてるよ☆ こんなのって初めて〜☆」


 江角マキコは推定Fカップの巨乳を両腕で挟み込むと、身体をクネクネと捩り始めた。


 その瞬間、俺の三十九年もののヴィンテージDT拗らせマインドはエクスプロージョンした!!! 

 

 江角マキコは俺のことをイカしてると思っている。いや、正確には俺が持ってるスマホをだが、ここは素直に感謝しよう。さんきゅースティーブ・ジョブズ、アップル最高☆  何よりも初めて召喚した人間が俺であり、どうやらゾンビに絡まれていた江角マキコのピンチを救ったのも俺であり、つまりは俺こそがこの女が出会った初めての人間であり、男だ! 江角マキコは見た目通り猫又とはいえれっきとした女なのだろうし、女は「初めて」がこの上なく大好きな生き物だ(とエロマンガに描いてあったから間違い無いだろう)。


 結婚できる!


 俺はコーフンのあまりションベンで湿ったジーンズのベルトを乱暴に外し全裸になると、江角マキコを自分の肩と右腕で挟む山賊抱きをして走った。走るたびにFカップがバインバインと勢いよく俺の背中にバウンドし「ふわあああああ☆」と間抜けな声を江角マキコは上げた。



※ ※ ※



「うわ、ひどいなこりゃ……」


 チェリーハイツの管理人は辺りに漂う強烈なすえた匂いに思わずえずくと、滲み出る涙を袖でぐいと拭った。


「猫が食っちまったのか……」


 大量の小バエとゴキブリとが占拠するちゃぶ台の上に置かれた一台のパソコンが、ぼんやりと光を放っていた。そこには秀衣夫と江角マキコ似の猫又がチャペルで挙式をする様子が、まるで彼等の遺影みたいに映し出されているのだった。

  

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