【クリスマス特別編】ヴァシリオス・ガウラス
───あの日、私達を捕えて離さなかった戦争が、あっけなく終わった。
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目の前をゆっくりと夜景が流れていく。
工場地帯は様々な光に照らされ、海面にその姿を揺らめかせている。
船上から見る光景はこれほどまでに美しい物だったのか。
いや、それは恐らく……
「命の危険が無いからこそ、この光は美しいのでしょうね」
そう声をかけて来たのは、副官のナタリア・メルクーリだった。
あの泥啜る戦場から共に在った信頼できる副官。彼女が居なかったなら、私達は戦争の終わりを迎える事など叶わなかっただろう。文字通り、命の恩人だ。
ドレスコードがある関係で、その彼女の姿は常ならぬ黒のカクテルドレス姿に包まれている。
微かな名残惜しさを感じつつ彼女から夜景へと再び目を移す。
「『工場夜景』などと何かを馬鹿なと思ったが……悪くはない。いや、認めよう。……綺麗だ」
「すまない。折角の休暇だと言うのに現地の案内などをさせてしまった」
そう言うと彼女は微笑んだ。
微かに頬が上気している様に見えるのは、船のライトのせいなのだろう。
「いえ、このみなとみらい地区で作戦を行うにあたって必要な措置でした。海路もこの地区では重要な交通機関ですから」
そう。民間軍事会社である我々はUGN日本からの依頼を受け、この地でレネゲイド災害を頻発させる遺産『エレウシスの秘儀』の鎮圧に来日したのだった。
被害が大きくなりやすいレネゲイド災害に対し、外部の組織の強力を求めるのは妥当な判断だろう。
レネゲイド災害緊急対応班はスペシャリストだが、人員が少なすぎる。その点で我々はその弱点を補強する良い前衛という訳だ。
「他の隊員はどうしている?」
「ご指示通り、情報収集を続けつつ、順番に休暇を取らせています。皆、喜んでいましたよ」
「なら良い」
あの戦場で生き残った者達の殆どは私に付いてくる事を望んだ。
戦う事でした稼げない者達が多かったのもある。
だが、あの時とは違い、未来がある。そして、羽を伸ばす機会も。
ならば、その機会は等しい物でなくてはならないだろう。この苦労を背負い込むたがる副官を不平等に扱う訳にはいかない。
「ナタリア、もう一か所付き合って貰えるか」
「はい。……しかし視察時間は終わりです。お休みになるべきでは?」
「休暇を返上した者が居る。君が良かったら食事に付き合ってくれないか。」
「……は、それは……しかし……」
戸惑っている様子の彼女に、私は付け加える。
「君のドレス姿は貴重だ。もう少し私にその姿を見せてはくれまいか」
彼女は驚いた様に顔を上げ、そしてはにかむ様に微笑んだ。
「ふふ、おかしいです、隊長。こういう場所では隊長も冗談を言われるのですね」
「分かりました。そういう事であれば、喜んで」
私は幸せ者だ。君達が此処に居る。
───だが、それで充分とは思うまい。
この世界はあまりに不平等だ。
その不平等を少しでも是正するために、私は弱き者に手を差し伸べよう。
意味の無い事だと笑う者がいても構わない。
彼等と共に信念の元に戦い続けたという事実が、他ならぬ私達自身の中に永遠に残るのだから。
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