獅子に付き従う狼

【西暦20××年・チェコ】

私は上官に向かって許されるギリギリの強い口調で報告する。

通信先はレネゲイド災害緊急対応班「ルカ」の隊長であり、私は副隊長だった。

私の目の前では既に悲劇が幕を開けようとしていた。

だが、まだ開いてはいない。まだ、間に合うのだ。


「隊長、これは……明らかな“レネゲイド災害”です!早急な“レネゲイド災害”認定と対処が必要だと確信いたします!」

「駄目だ。私の判断だけで今回の件をレネゲイド災害と認めることはできない」


しかし、通信機から聞こえてきた返答は、半ば、いやほぼ確信していた内容だった。

これまで何度も上申し、跳ね除けられてきたことだったから。

だが、私はそれでも言わずにはいられない。


「しかし!このままではこのレネゲイドを伴った事象は拡大を続け、人々に害を成していきます!今なら、それを未然に防ぐことができます!」

「今回の事象はその様な簡単な問題ではない!高度に政治的な問題なのだ。下手をしたら表の国際問題になりかねん!現在アッシュ様に確認を取っている。その場で待て」

「……っ!」

「返事はどうした。重ねて命令する。良いか、待機だ。そして警察及びその後に到着する現地UGN部隊の到着を待て。お前たちがそこにいる事すら表沙汰になってはまずいのだから」


(───これはレネゲイド災害です!)


そう、声高に叫べたらどれだけ良かっただろう。

しかし、喉元まで出たそれが口から出ることは無かった。私も組織人であり、責任を背負う身だから。

命令を無視する武装組織ほど、危険なものはこの世界に存在しない。

……そう言い訳をしなければ、通信機を叩きつけてしまいそうだった。

私は、通信機に向かってどこか無感動に「了解」と告げ、徐々に被害が拡大していく報告を聞きながら、内心で叫びをあげた。


(なら、私達レネゲイド災害緊急対応班に与えられたこの武器(権利)は何のためにある!?それは悲劇を打ち砕く銀の弾丸であるべきじゃないのか!?弾丸を放てない銃になど、なんの意味があるだろう!)

(ああ……誰か私達を撃ち放ってくれ!悲劇砕く銀の弾丸であれと命じてくれ!そうすれば、私達は彼らを救う事ができるのに!)


───しかし、私の叫びに応える者は誰も居なかった。


【西暦20××年・神奈川近郊MM地区】

私の目の前では“海”としか形容しようの無い大規模なワーディングが展開され、四肢を持つ鯨の様な怪物が人々に襲いかかっていた。

また、悲劇が幕を開けようとしていた。

だが、まだ開いてはいない。まだ、間に合うのだ。

焦りは無い。私は“隊長”へ───レネゲイド災害緊急対応班「マルコ」隊長へ向かって報告する。


「隊長、これは……“レネゲイド災害”クラスです!早急な“レネゲイド災害”認定と対処が必要と考えます!」


“隊長”は私を見て頷くと、すぐに宣言した。


「───今回の件をレネゲイド災害と認定する!」


それは単純な命令だ。だけれどそれは、私達を悲劇斬り伏せる一振りの刃へと変えてくれる世界で唯一の“魔法”。


「了解しました!レネゲイド災害緊急対応班隊長の非常時権限を以って、“マリンスノー”で起きている事象を“レネゲイド災害”と認定!これより作戦を開始します!」


世界はあの人の一言で変わった。いや、変わったのは私達。

あの人に率いられた私達は、もはやただのオーヴァードの集団ではない。

強大な権能を存分に振るう異能の獅子。


───もう自らの非力を、無力を嘆きはすまい。私は“獅子に付き従う狼(アセナ)”、あの人を支える事が、私の誇りだ。


end.

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