エレウシスの秘儀SS
@kei_munakabe
血の誓約
【西暦19××年・中東】
戦闘服を着た男性の兵士が、戦闘服を血に染めた女性の兵士の傍らに膝を付いていた。
男性の名はヴァシリオス・ガウラス。
中東に現れた戦場という地獄の中で、ささやかな勝利を得るためにゴミの様に使い捨てにされたオーヴァードだけで構成された部隊の隊長。
そして腹部から致死量の血を流す女性は、長い間彼と共に戦ってきた副官のナタリア・メルクーリだった。
ヴァシリオスの表情は冷静そのものに見えたが、ヴァシリオスに手を取られるナタリアは、彼が様々な負の感情に取り込まれていることが分かった。
それ位にはナタリアは男を理解しているつもりだった。
「君までも、私を置いていくのか」
「分かっていた事です……でも、良いんです。あなたじゃなくて良かった……」
その言葉にヴァシリオスは首を振った。
彼女に手を差し出した彼の瞳には暗い情念が宿っていた。
「……いや、君を救ってみせる。分かるのだ。今私が願えば……君を救う力を手に入れる事ができるのだと」
「この世界の理を歪め、願いを叶える力だ。この力を使えば、君は……いや、我々は永遠だ。決して暮れる事の無いこの世界の“黄昏”を歩くことができる」
ナタリアは目を見開いてかぶりを振った。
「駄目です、隊長。それでは……あなたの高潔な信念を汚してしまう……!」
ナタリアのその苦々しい言葉に、しかしヴァシリオスは優しく返した。
「だが、君達と共に、信念の元戦い続けてきたという事実は消えない」
「私達は人間によってこの地獄に放り込まれ、人間に塵芥の如く使い潰された」
「私達は、それはおかしいのだと声を上げ、戦った」
「───私達は確かにここに居た」
そう言ってヴァシリオスは微笑んだ。
それはナタリアが見た彼の作り物でないはじめての笑顔だった。
「なら、それで構わない。例え狂乱の果てに惨めに死んだとしても、それだけは───それだけは間違いが無い事なのだから」
「いつか私達を裁く者が現れる。それで、充分だ」
「だからナタリア。その時まで、私と共に黄昏を歩いてはくれまいか」
そのヴァシリオスの言葉にナタリアは一瞬ぽかんとして、そして笑った。
「ふふ、おかしいです隊長。まるで求婚されているみたい」
「……私は君にもっと酷いものを要求しようとしている」
ヴァシリオスは一瞬口籠ると、しかつめらしく言った。
確かにそれは求婚というには余りにも歪んでいて、血生臭いものだった。
けれど───
「いいえ、嬉しいんです。それはきっと、先に逝った彼等も、これから逝くだろう私達も同じ。だから───隊長、私を連れて行ってください。」
ナタリアはそう言って頷き、差し出されたヴァシリオスの手を握った。
ヴァシリオスの周囲に禍々しいレネゲイドの力が集っていく。彼は自らが堕ちゆく事を感じ取りながら宣誓した。
「“例え死が我々を分かつとも───”」
ナタリアもまたその微かな絶望と、大きな幸福感を感じながら宣誓した。
「“───あなたの傍に居る事を誓います”」
そしてその“血の宣誓”は世界の理を書き換えた。
ひとつ、またひとつと黄昏色の人影が周囲に集ってくる。
死した筈の彼の戦友達だった。
そしてヴァシリオスの手の中にいる“彼女”もまた……その身を黄昏色へと変じた。
エグゾーストロイス。ジャームが生み出した妄執の力、その顕現。
後に【血の花嫁】と名付けられるエグゾーストロイスを使用した瞬間、彼はジャームに堕ちたのだった。
かくして彼は“レギオン”と呼ばれる血の従と共に、「人間とオーヴァードの間にある不平等が是正された世界を創る」という“信念の残り滓である欲望”のままに戦い続けることになる。
【西暦20××年・神奈川近郊MM地区】
神奈川近郊MM地区に“レギオン”の能力を使用した大規模な奇襲をかけた“マスターレギオン”ヴァシリオス・ガウラスは居並ぶ神奈川近郊MM地区のUGNに言い放った。
「良く言ったUGN!だが、私も死した戦友に誓ったのだ!この不平等な世界を必ず変えてみせると!」
「お互い譲れぬものがあるのなら、あとは戦いで雌雄を決するのみ」
「さぁ、我が精鋭、“レギオン”の力とくと味わうがいい!」
「───死してなお黄昏の中で戦う事を選んだ者達よ───“レギオン”!」
その言葉と共に次々とレギオンが現れ彼の戦列へと加わった。
彼と共に黄昏を歩く事を誓約した戦友達。
そして最後にヴァシリオスの傍らに優美な大盾を持った女性型のレギオンが現れた。
彼を守る様にその大盾を構えた大盾のレギオンは“まるで人間の様に”ヴァシリオスへと語りかけた。
「……まだ戦うんですか、隊長。仲間は誰も彼もが死に果てました。もう、誰もいない。私達はあなたをたった独りにさせてしまった……」
「何を言う。君達はここに居る。そして我々の願いはあと少しで手に届く所に在る。───なら、それで構わない。それで、充分だ」
それは、あの日彼が“彼女”に言った言葉の様だった。
それを聞いた大盾のレギオンは寂しそうに微笑んだ。
「おかしいですね、隊長。私達はこれだけ変わり果ててしまったのに……まるであの頃のままの様」
「なら、戦いましょう。いつか私達を裁く者が現れる、その時まで」
end.
●中東戦争とオーヴァード
中東では1900年代初頭から大きな戦争が繰り返されてきており、今もその形を変えつつ戦争は続いている。
その最中で起きたのが、この中東の「はじまりの遺跡」で発見された未知のウィルス、「レネゲイドウィルス」の拡散である。
3年後、徐々にその影響が出始めた頃、アルフレッド・J・コードウェル博士から秘密裡に「オーヴァード」及び「ジャーム」なる存在についての論文が発表された。同時に提唱された「UGN」について先進国はその受け入れを始めたが、皮肉なことにはじまりの地である中東では宗教的・政治的な理由からこれらの存在について受け入れられなかったのである。
●魔女狩り
オーヴァードに覚醒する者達が国内で発生しはじめたが、その存在を認めない国々にとって、それは悪魔に類する化け物そのものであった。対策の取れていないジャームの暴走による被害の拡大もオーヴァードの迫害・排斥の動きに繋がり、魔女狩りさながらの様相を呈した。彼らは全ての権利を奪われ、人間社会から追われることになった。その結果、オーヴァードへ覚醒したものは自然と自らの場所を追われる事となり、その容れ物は戦場しかなかった。
●ただ兵器として
戦場ではオーヴァードの存在を知りつつも、そのままただ排斥することは無かった。敵対する者達に対する兵器として使用する分には困らないどころか、理想的ですらあったからだ。オーヴァードには最低限の配慮すら必要なく、それどころか被害は喜ばれすらした。それでもただ殺されないだけマシであり、オーヴァードは徐々に戦場の駒として認知されていった。中東のオーヴァードにとって世界は正しく地獄であった。
●ヴァシリオス・ガウラスとオーヴァード達
自然とオーヴァードは一つの場所に集められ運用されることとなった。イスラエルのオーヴァード部隊の隊長であったのが、正規軍を追われた軍人ヴァシリオス・ガウラスである。
ヴァシリオスは全てを奪われたオーヴァード達のためにあらゆる手を尽くした。
「人間とオーヴァードの間にある不平等が是正された世界」という自分たちの理想の未来を語り、その未来を勝ち取る為に必要な具体的な道筋を示した。彼はオーヴァード達に、人としての未来を───「生きるための希望」を示したのだった。
ヴァシリオスは長い間オーヴァード達と共に懸命に戦った。補給すらまともにされない戦場の中にあって、被害を食い止めるためあらゆることをした。戦いに関しては素人同然であったオーヴァード達に訓練を施し、戦術面で敵軍を圧倒した。数々の戦場で使い捨てにされた彼らだったが、犠牲を出しながらも生き残り続け、戦場で最強の部隊として名を馳せる様になった。彼らを有したイスラエル軍は国民から絶対的な支持を受けた。
●血の誓約
しかし、それでもなお軍は、国は、彼らのことを認めなかった。元から少なかった補給は殆ど無くなり、強大な敵戦力の正面へと単独で配置された。日々死んでいく戦友達の前で、ヴァシリオスはあらゆる負の感情を得た。彼らに希望を示したことすら、彼を苛んだ。───そして、その日は訪れた。
部隊の副隊長であるナタリア・メルクーリが銃弾に倒れ、それによりヴァシリオスはジャームへと堕ちた。Eロイス「血の花嫁」を顕現させたヴァシリオスは、死した戦友達を赤色の従者“レギオン”として蘇らせ、圧倒的な力で正面の敵軍を撃破。返す刀でイスラエル軍を壊滅させ、部隊共々その姿を消した。
●“マスターレギオン”の誕生
FH幹部となっていたコードウェルがヴァシリオスに接触したのはこの時である。コードウェルはジャームへと堕ちながらもその信念を忘れなかった彼を認め、マスターエージェントへと誘ったのだ。ヴァシリオスはこれに応え、“マスターレギオン”が生まれた。
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