セオと僕の走る

加藤ゆたか

走る

 西暦二千五百四十五年。人類が不老不死を実現してから五百年生きた僕は、パートナーロボットのセオと一緒に暮らしている。



「お父さん、どこか行くの?」

「ああ。ちょっと散歩しようかと思ってな。」

「ちょっと待って! 私も一緒に行くから!」

 水色の髪の少女セオは僕をお父さんと呼ぶ。それは僕が、パートナーロボットのセオと僕との関係を親子として作ったからだ。

「わかった。待つよ。」

と僕が言ってから、もう三十分は経とうとしていた。セオの外出する時の仕度は長い。髪をとかしたり、ちょっとした化粧をしたり、服も選んで身だしなみも確認する。ロボットなのに人間の少女のようだ。

「お待たせ!」

 ようやく姿を現したセオは『ちょっと散歩』に行くようなラフな格好ではなく街に出かける時のような洒落た黄色いワンピースにバッグまで持っていて僕は呆れたが、時間をかけただけあって彼女の姿は僕には特別に輝いて見えて、僕の心を少しウキウキとさせた。

「さ、どこ行く? いつもの河川敷かな? それとも商店街の方?」

 玄関から外に出るとセオは僕と手を繋いだ。

「今日は河川敷の方。」

 僕は自分のペースで道を歩く。セオも同じペースで歩く。

 河川敷には誰もいない。いつもの風景だ。僕らは川よりも高く盛られた道の上を黙って歩く。



「あ!」

 セオが何かを見つけて、急に僕の手を離して駆けだしていった。

「犬だー!」

 河原に降りる階段を見つけたセオが勢いよく下りていく。その行く先に目をやると若い女性とリードに繋がれた一匹の犬が見えた。珍しいな、と僕は思った。

 僕も歩いてセオの後を追い、河原に降りて犬とその飼い主の女性の方に近づいた。セオはもう既に犬を可愛がっている。

「こんにちは。」

 僕は飼い主の女性に当たり障りのない挨拶をした。

「こんにちわ。」

 飼い主の女性も会釈をしつつ僕に挨拶を返した。見た目は若い女性だが、僕ら人間はほとんどが不老不死になって若い姿を維持しているため、この女性の本当の年齢はわからない。

「タロ、これ取っておいでー!」

 セオが河原に落ちていた棒っ切れを拾って遠くに投げるとタロと呼ばれた犬は嬉しそうに走って棒を追いかけていった。セオもタロの後を追って走る。少女と犬はあっという間に遠くまで行ってしまい、もう豆粒のようにしか見えなくなった。

「元気な女の子ですね。パートナーロボットですか?」

「あ、はい。足のパーツが消耗するからあんまり走り回るなって言っているんですけどね。落ち着きがなくて。」

 タロの飼い主の女性は、僕の方を見ないで話を続けた。

「タロも一緒に遊んでくれる子がいて嬉しそうです。」

「それはよかった。タロは……本物の犬ですか? 珍しいですね。」

「ええ。あのタロは、クローンで作った五十一代目のタロなんです。もう十歳ですけど。」

「へえ……。」

 僕は良い返しが思い浮かばなかった。五十一代目ということは、この飼い主の女性は今までに五十匹のタロとの別れを経験しているということだ。動物を不老不死にすることはできないことになっている。そのため、ペットには動物ロボットを選ぶ人間も多い。

 そんな僕の気持ちを見透かしたのか、飼い主の女性はこう続けた。

「どのタロもみんな掛け替えのない大事なタロでした。」



 セオとタロがまた走って僕らの方まで戻ってきた。息を切らしたタロは途中でへばり、セオに抱きかかえられていた。

「もうタロもおじちゃんだからねえ。」

 そのままタロは飼い主の女性に抱かれて河原を後にした。

「走って楽しかったか?」

 僕はセオに聞いた。

「楽しかったー! お父さんも走ろうよ! このまま家まで!」

「いや……無理。」

 セオはロボットだからいくら走っても全然汗をかかない。僕はもう何百年も走っていない。不老不死だって体のどこかに支障が出れば病院に行かねばならず治療は大変だ。

「セオ、お前まだ走りたいなら、先に帰っていていいぞ。」

「もう。お父さんはしょうがないなぁ。」

 そう言うとセオは、また僕の手を握って一緒に歩き出した。また二人で黙って歩く。

 セオは犬を飼いたいとも言わないし、僕に走ろうとしつこく言ったりもしない。パートナーロボットは人間の気持ちを理解していて、僕が面倒くさがったり嫌がったりするようなことは言わないのだ。セオはロボットだからどんなに人間らしい行動をしていても心があるわけではない。

「別にセオが走りたいなら、僕に構わずいつだって走ってきていいんだぞ。」

 それでも僕はセオの気持ちを気遣うように言った。セオは何も返事をしなかった。

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セオと僕の走る 加藤ゆたか @yutaka_kato

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