SPEED〜小さき勇者〜

猫松 カツオ

第1話 お題 走る

 「ドロボー!!」

 

 背丈の低い青年が街中を駆けていく。

 

 「またあいつか」

 

 小人族のラオフェン。

 彼は盗みの常習犯で、この王都でも有名な悪ガキで名を通していた。

 当然それに警戒して街の中に駐在している治安維持を務める騎士達も黙って見てはいない。

 

 「待てラオフェン!!」

 

 しかし、彼の足は速くすぐに逃げられてしまう。

 その為捕まえるのも容易では無いのだ。

 

 「悩みの種だよあいつは」

 「この前なんか家のニワトリを数羽掻っ攫って行きやがった」

 

 何時もの様に騎士を撒く。

 俺は後ろに誰も着いてきていない事を確認すると裏路地へと足を踏み入れる。

 

 到底、自慢できることでは無いのだが、盗みは得意だ。

 例えバレても走って逃げ出せる。

 なぜ盗みをするのか、それは生きる為。

 

 鉄の装飾が錆びついた扉。

 その扉の前に止まり辺りを再び見渡す。

 

 誰もいない。

 

 トントン

 

 「騎士」

 「無能」

 

 がチャリ…ギギギ…

 

 合言葉だ。

 ここは盗賊団本部…ま、と言っても3人の集まりなのだが。

 

 「ラオフェン、今日はどうだった?」

  「ああ、問題なしだ」

 

 ここにいる2人は皆同じ穴の貉。

 親なしで盗みを生業として生きている家族の様なものだ。

 

 「これで数日は凌げるだろ?」

 「ああ、こんだけありゃ、少しの間は盗みをしなくてすむな」

 

 家族と言ったが当然血の繋がりは無く種族も様々。

 そして得意な盗みも違う。

 

 猫人族のアルメは高い所に登ったり足音を立てないのが得意で、空き巣をいとも簡単にこなして見せる。

 人族のブラントは不器用だが力があり、大きな物を盗んだりする時などで彼は活躍する。

 後は見張り…だろうか。

 そして小人族の俺ことラオフェン。

 俺は走るのが得意だ。

 今まで一度も捕まった事が無い。

 捕まらない自信がある。

 なんてったって俺より速く走れる奴はいないからな。

 

 こうして俺達は生活を続けていた。

 

 「ラオフェン、なんだ?

 もう出かけるのか?」

 「ああ、約束があるからな」

 

 そう、俺には約束がある。

 毎日の様にこなす日課の中でもこれだけは欠かさないようにしている事がある。

 場所は王宮の庭。

 花が咲き乱れる美しいところだ。

 その中で彼女はいつも本を読んでい

る。

 

 「ティナ、ごめん待った?

 今日は少し遅れちゃった」

 「ううん…今来たばかりだから大丈夫」

 

 ティナに近づき胸から一つの本を取り出し渡す。

 朝、本屋から盗みだしてきた本だ。

 

 「はい、これ。

 プレゼント」

 「まぁ、ありがとうラオフェン。

 本を持ってきてくれて…。

 でも、大丈夫なの?

 お金が…」

 

 俺はその言葉に少し目をそらす。

 盗んでる…なんて言えない。

 

 「はは、大丈夫さ。

 知ってるだろ?

 僕は騎士なんだ。

 本を買うお金くらい持ってるさ」

 

 …

 

 彼女と出会ったのはまだ幼かった頃の話。

 何時ものように3人で盗みを働き生活している中、王宮にある宝を盗めば数年は持つ、もしかしたら普通の暮らしができるかもしれない。

 そんな思いから王宮に盗みに入った。

 

 しかし、当然ながら王宮の守りは堅く盗むどころかこちらが捕まりそうになったのを覚えている。

 

 二人を逃し自分が囮になり王宮を走り回って逃亡劇を繰り広げている中、この場所を見つけた。

 

 「…どなた?」

 

 そんな出会い。

 その時、俺は彼女に心を盗まれた。

 

 「おっ…俺は騎士のラオフェン!」

 「騎士さん? 私より小さいのに?」

 「えっと…違った騎士見習いだった」

 

 そう訂正するとクスリ…と彼女は笑う。

 

 「変なの」

 

 …

 

 その時から、俺は毎日ここに通い続けている。

 もちろん何度か危ない時があったがこの小さい体を生かして隠れたり走る事で難を逃れた。

 だが…その危険を犯す行為は無駄では無い。

 彼女ティナといろんな事を話し笑った。

 その時間は俺に取って何よりも価値のある宝だ。

 

 「そういえば…ラオフェンは本を読まないの?」

 

 そう聞かれた事もあった。

 俺に字は読めない。

 でも騎士は違う。

 彼らは字を読むし計算?なんかもできると聞く。

 

 「ああ、もうそれは読んだから」

 

 嘘を塗り重ね、出来上がる騎士ラオフェンを常に演じていた。

 

 …

 

 とある日の事。

 俺は彼女が泣いている所に遭遇した。

 

 「ティナ?」

 「ラオフェン!!」

 

 俺を見るなりティナが抱きついてきた。

 

 「ラオフェン、お願いがあるの…私を連れて逃げて…。

 私は…貴方と一緒になりたい」

 

 政略結婚、この国の姫であるティナは隣国の王子であるアルスと言う男と結婚する事になってしまったらしい。

 

 俺は思考が固まってしまった。

 彼女と逃げる?

 俺が?

 それはとても嬉しい事だと思う。

 でも…それは今まで隠してきた別の自分を見せる事になる。

 騎士では無い盗人の俺。

 

 胸が苦しく締まるのを感じる。

 本当はこのまま二人で逃げ出したい。

 そして、昔語った夢を…ここでは無いどこか静かな場所で二人、花屋を営む。

 そんな甘い夢が頭をよぎる。

 

 怖い…怖くて仕方が無かった。

 本当の自分を知った時…彼女が自分をどう思うか…それを考えるだけで手が震え思考が停止する。

 俺は遅すぎた。

 彼女は固まる俺を見て悲しそうな顔をした。

 

 「ごめんね。

 困るよね…急にこんな事…。

 忘れて、今の話…少し…もしかしたらって思っちゃっただけだから」

 

 彼女はそう言葉を震わし途切れ途切れに告げると走って王宮の中へと入って行ってしまった。

 

 俺の馬鹿…

 

 …

 

 翌日、俺は何時もの様にその場所に向かった。

 

 だが…そこで待っていたのは二人。

 ティナ…そして隣国の王子、アルスの姿だった。

 戸惑いながらも近づくと俺に気づいた彼女は向こうからこっちに来る。

 だが…雰囲気が何時もと何処か違う。

 アルスの顔を見るとニヤニヤと笑みを浮かべてこちらの様子を見ている。

 

 「ラオフェン…貴方に聞きたい事があるの…。

 貴方が、人の物を盗んでるって本当なの?」


 足元が真っ暗になり何処までも沈んでいく様に感じる。

 今、目の前で恐れていた事が起こってしまった。

 

 パンっ!!

 

 頬が熱い、俺はビンタされたらしい。

 

 「本当なのね? 信じ…たくは無かった…」

 

 気づくと彼女は涙を流し俺を見ていた。

 

 「もう、ここには来ないで…」

 

 …

 

 結婚式 当日

 モヤモヤとする気持ちの中。

 俺はその日を迎えていた。。

 

 「おい兄弟、本当にこのままでいいのか?

 姫さん、結婚しちまうぜ?

 何をそんなに恐れてる?

 俺らにはもとから無くす物なんて無いだろ?」

 

 見上げるとアルメが手を差し伸べていた。

 その隣にはブラントが腕を組み笑っている姿が見える。

 

 「お前ら…いつから知ってた?」

 

 彼らにはティナの事を話した事はな

い。

 

 「馬鹿、気づいてたさ。

 そんな事は」

 「そうさ、で?

 どうする?

 姫様を盗むんだろ?」

 

 「そうだな…俺…やれるだけやってみる事にするよ」

 「狙った獲物は逃さないってか?」

 

 …

 

 時間は無い。

 俺は全力で走る。

 今まで無い程の速さで。

 街を抜け王宮へ正面から侵入する。

 

 アルメとブラントは囮。

 

 仲間とティナを盗む計画を立てた通りに行動を開始した。

 仲間が捕まり 迷う  

 

 「馬鹿! さっさと行きやがれ!」

 「俺達なら何とか逃げ出すから安心しろ!」

 

 走る…ただひたすらに…。

 

 会場は王宮のいつもの場所。

 花が咲き乱れる約束の場所。

 

 俺は躊躇なく人であふれるその場に走り込みティナのもとまで向かった。

 

 「その結婚、待った!!

 僕はティナの婚約者アルスに決闘を挑む」

 

 これに驚いたのはティナと王達。

 アルスはこの状況を楽しむかのように不気味な笑みを浮かべていた。

 

 決闘、この地ではよく行われる裁判の様な物でこれを挑戦されれば受けなくてはならない。

 互いに戦う事で神に何方が正しいか決めてもらうという物だ。

 

 これしか、彼女ティナを盗む方法は無い。

 

 …

 

 決闘はすぐに行われた。

 王子はこうなるであろう事を予想していたのだ。

 ティナの心を自分だけにする為邪魔者を排除する計画。


 王子はニヒルな笑みを浮かべ決闘を承諾した。

 俺を抹殺できると踏んだために

 場所は王都にある闘技場これみよがしにと観客が集まっている。

 

 王子が用意した決闘者は亜獣。

 オーク。

 図体がでかく恐ろしい魔物だ。

 本気で殺す気らしい。

 

 勝った方が 姫と結婚できる。

 神聖な決闘。

 

 「ラオフェン!!

 貴方には無理よ!

 お願い、辞めて」

 

 ティナは初めから知っていた。

 彼が騎士では無い事くらい。

 好きだったから…彼がどんな事をしていてどんな人なのかを知っている。

 彼が物を盗むたび被害にあった人に対し騎士に頼みお金を負担していた。

 

 「止めて!」

 

 王子にも頼むが聞く耳を持たない。

最後にはティナを打った。

  

 パンっ!

 

 「君は僕の言う事だけを聞いていればいいんだ」

 

 決闘が始まった時だった。

 それを見て怒りが俺の中で沸き起こる。

 

 「邪魔だ」

 

 オークは力が強いが遅い。

 俺のスピードについて来られない。

 

 止まるな 攻撃を続けろ。

 躱せ、走り続けろ。

 

 自分に言い聞かせる。

 一撃でも攻撃を喰らえばまずい、死ぬ。

 恐怖が支配しようと魔の手を伸ばしてくるがそれを振り払い走る…走り続ける

 

 「うぉおおおおおおおおお!!」

 

 俺の体力が尽きようとしていた時。

 オークが色々な箇所から血が吹き上がり倒れた

 息が荒れ苦しい。

 だが…やり遂げた。

 

 「ラオフェン!!」

 

 ティナがアルスのもとから離れ駆け寄ってくる。

 

 「ごめんなさい、私あの時…貴方に酷いこと言って。

 私、貴方の事が大好きだから…それで…ラオフェンと一緒になれないと思うと辛くて…耐えられなくて…」

 

 「僕の方こそごめん…君を失いたくなくてずっと嘘ついてた…」

 「知ってる…」

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