フラれました。

佐倉そう

フラれた後に

 走る走る走る、俺はずっとひた走る。

 口の中に鉄分を多く含む血の味を感じながらも走り続ける。

 そうすれば嫌な事は忘れられそうで、そうすれば『彼女』に追いつけそうだから、俺は全力で走った。

 

 数時間前に俺はフラれた。


「私たち別れましょう?」


 泣いた後なのだろうか少し目元が腫れた彼女が告げる。


 告白してきたのは彼女の方だ。

 俺には他に好きな人がいた。ずっとずっと隣にいてずっとずっと好きだった。


 『彼女』はいつも俺の先を行く。俺が告白される数日前に「私、彼氏できた」と短いライン通知が『彼女』から入った。それ以降『彼女』とは話も連絡もしていない。


 だから、俺は彼女の告白を受けた。彼女には悪いが半ば自暴自棄だったのかもしれない。


 俺は彼女の事を好きになろうと努力した。勇気を出してくれた彼女にしっかり向き合うために、誠実に向き合うために


 けれど、彼女に『彼女』を重ねてしまう。ふとした時、ふとした瞬間、たった数瞬であるが彼女が『彼女』だったら、と思ってしまう。


 比べないように意識していたけれど、『彼女』の事を忘れようと努力したけれど、『彼女』を思ってしまう。


 それがフラれた原因なのは分かっている。


 心にぽっかりと空いた喪失感が僕を襲う。


 『彼女』からラインをもらった時にも感じたこの喪失感は彼女にフラれても感じる。


 俺はそれでようやく、彼女の事を好きになれていたのだと自覚した。


 どうやって帰ってきたかは分からないけれど、俺は自宅の前に来ていた。


「ひどい顔、どうしたの?」


 そう言って隣の家の玄関にいた『彼女』は少し下向きの俺の顔を覗き込んでくる。


「うるさい」


 俺はぶっきらぼうに答えるが、自然と涙が流れてしまう。


「私でよければ、話聞くよ?言ってみて?」


「彼女にフラれた」


「そっか、それは辛かったね。彼女の事好きだったんだね。ごめんね」


 『彼女』は俺を包み込むような優しい声音で言う。


「どうして、おまえが謝るんだよ」


「んー、秘密。そうだ、走ろうよ!思いっきり体を動かせば、元気が出るよ!」


 『彼女』はそう言う。『彼女』なりに励まそうとしてくれているのだろう。


「いやだよ。そんな気分じゃない」


 今は何もしたくない。できれば家の中に引きこもってしまいたい、そんな気持ちだ。


「いいから走るよ!私に追いつけたら、何でもいう事聞いてあげよっかなぁ?行くよ!よーいどん!」


 『彼女』はいたずらっ子のような笑顔をしながらそう言うと走り出した。


「おい、俺は走るなんて言ってないぞ。あーくそっ、待てよ!」


 俺はそう言って『彼女』を追いかける。運動神経の良い『彼女』に運動とは無縁の俺が追いつけるとは思えないけれど追いかける。


「ははは、運動音痴君は、私に追いつけるかなぁ」


 『彼女』は俺を煽る様に言う。


「絶対に追いついてやる!うぉぉおらぁぁぁ!」


「あははは」


 俺は雄たけびをあげながら、『彼女』は笑い声をあげながら走る。


 近所迷惑かもしれないけれど、なぜかとても心地よかった。


 走る走る走る、俺はずっとひた走る。

 口の中に鉄分を多く含む血の味を感じながらも走り続ける。

 そうすれば嫌な事は忘れられそうで、そうすれば『彼女』に追いつけそうだから、俺は全力で走った。


「追いつかれちゃった。ねぇ、元気出た?」

「なんで、そんなに、速いんだよ。しかも、疲れて、ないし」


 俺は息も絶え絶えに『彼女』に追いついた。というよりも、『彼女』が途中で立ち止まって待っていてくれた。


「息が整ってから話していいよ」


 『彼女』がそういうので、しばらく休憩しよう。


「ありがとな、少し元気出たよ」


 俺は息が整ったところで、『彼女』に感謝する。


「よかった。ねぇ、何でもいう事聞いてあげるよ?私に何して欲しい?」


 『彼女』は笑いながら言う。


「なぁ、俺と付き合った欲しい。好きだ。ずっとずっと好きだ。だから、俺と付き合ってほしい」


 ずっと言いたかったけど、ずっと言えなかった。何度も後悔もしたけれど、恥ずかしくて言えなかった。


 でも、今なら恥ずかしいことも言える気がした。


 全力で雄たけびを上げて住宅街を走り抜けた後なら羞恥心などない。


 『彼女』には彼氏がいるから、断られるだろうけれど、伝えておきたかった。


 俺は分かり切った答えをドキドキしながら待つ。


「おそいよ、バカ。私もずっとずっと好きだよ、付き合ってあげる」


 『彼女』は俺の予想を裏切る返事を述べ、俺の唇へとキスをした。


 残念ながら俺の乾ききった口では、キスの味など感じなかった。

 


 次の日、『彼女』は学校に来なかった。暴力沙汰で停学になったのだ。


 後から聞いた話だけれど、『彼女』は俺の元カノから俺を好きだと相談を受けていたのだという。だから、あえて嘘をついて距離を取ったのだと。


 だけれど、元カノは俺以外の彼氏をすぐにつくって、二股を掛けていたのだという。いや、ほとんど俺はお飾りで遊び相手だったとか聞いた。それを小耳に挟んだ『彼女』がここでは言えないような暴言の数々を放ち、ぶん殴ったのだとか。詳細は知らないが関係者はそう言っていた。


 俺はそのせいでフラれたらしいので、あの時『彼女』が謝ったのだろう。

 それは『彼女』の秘密、いや、新しい彼女の秘密が一つ知れた瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フラれました。 佐倉そう @fujigon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ