冷静沈着なオレが初恋の相手に告白したら

沢田和早

冷静沈着なオレが初恋の相手に告白したら

 オレは感情を表に出さない。世界で一番喜怒哀楽から遠い場所にいる人間だと思っている。

 もっとも昔からこうだったわけではない。子供のころは普通に泣いたり笑ったりしていた。しかしそれには苦痛が伴った。感情が高まると全身がビリビリするのだ。体に電気が走るからだ。

 比喩ではない。

 よく痛みや痺れの例えとして「電気が走るような……」などという文言が使われたりするがそうではない。オレの場合、興奮すると本当に体に電気が走るのだ。


 それが判明したのは小学校の理科の実験の時間だ。

 電流計の電極端子に右手と左手を当てて、怒ったり笑ったりすると電流計の針が動いた。

 豆電球のケーブルを右手と左手で握って、怒ったり笑ったりすると点灯した。同様にモーターも回った。

 どう考えてもオレが電池になっているとしか考えられない。


「そうか。オレのビリビリの原因は興奮によって引き起こされる電気だったのか」


 ビリビリは痛い。興奮が大きければ大きいほど痛い。興奮が大きいと体を走る電気も大きくなるからだ。

 生物にとって痛みは忌み嫌われる存在である。できるなら味わいたくない。そのためには電気が体を走らないようにすればいい。そのためには興奮しなければいい。

 ということでオレは毎日感情を抑える訓練に励んだ。その訓練が実を結び、高校生となったオレは滅多なことでは興奮しない岩のような精神を持つまでに成長した。たとえ明日地球が滅びると聞かされても平然と日常生活を送れることだろう。


「ああ、それなのに、毎晩こんなにビリビリするなんて」


 情けないことだ。惚れてしまったのだ、同級生の女子生徒に。

 はっきり言って彼女はカワイイ。クラス中いや全校の男子生徒が彼女に惚れていると言っても過言ではないだろう。頭もいい。気立てもいい。スタイルも抜群。いわゆる完璧美少女である。オレのような平凡電気走りビリビリ野郎が釣り合うような相手ではない。


「くっ、今晩も体中を片思い電気が走り回っているぜ」


 考えないようにしようとしても、いつの間にか頭は彼女のことで一杯になっている。それだけでオレの感情は揺さぶられ体に電気が走る。体がビリビリ痛む。毎晩こんな状態だ。心が痛いだけでなく体まで痛い。もはや耐えられない。


「こうなったら告白だ。そして思いっ切り振られよう。そうすれば彼女のことも諦められる。片思いに悩むこともなくなり電気が走ることもない」


 翌日の放課後、オレは彼女を体育館の裏に呼び出した。いつもは高輝度LED照明灯のように明るいのに、今日の彼女はおどおどした様子でこちらを見ている。無理もない。根暗で無愛想で友達もほとんどいないオレとふたりっきりでこんな場所にいるんだからな。


「あの、お話ってなんですか」

「ずっと好きでした。一目惚れです」


 単刀直入に言ってやった。これだけの言葉でもオレの体には結構な量の電気が走っている。くそっ、体が痛むぜ。


「えっ!」


 彼女は口を開けたまま呆然と突っ立っている。よし、筋書き通りだ。たっぷり罵倒してくれ。そして豪快に振ってくれ。そうすればオレは電気の走らない静かな日々を取り戻せるんだ。


「よければオレと付き合ってください」


 オレの一言を聞いた途端、彼女は満面の笑みに変わった。


「はい。喜んで!」

「ぐはっ!」


 体中に激痛が走った。あり得ない返答を聞いてオレの興奮が急上昇し、一気に大量の電気が走ったためだ。万が一を考えて自販機のコンセントにアース線を接続しておいてよかった。これで誰かがビリビリ中のオレに触れても感電の心配はない。


「ほ、本当に? からかっているんじゃなくて?」


 痛みに耐えながら訊く。彼女はニコニコ笑っている。


「からかってなんかいません。私もあなたのことずっと好きだったんです」

「ぐわあああ!」


 興奮値さらに上昇。同時にこれまで経験したことのない痛みがオレを襲った。勢いづいた電気が体中を走り回っている。


「ど、どうして、オレなんかを」

「すごく冷静だから。私を見る他の男子の目線っていやらしいくらい熱を帯びているのに、あなたの目線は氷みたいでしょ。外見ではなく中身で判断してくれているのかなあって思うと嬉しくなっちゃって」

「うぐおおおお!」


 興奮が極大値に近い。体を走る電気もかつてないほどに凶悪になっている。まずい、呼吸筋が痙攣を起こし始めているぞ。満足に息が吸えない。


「はーはー、ありがとう、嬉しいよ、はーはー」

「ねえ、呼吸が乱れているけど大丈夫?」


 さすがにオレの異変に気づいたか。原因は君なんだ、悪いがこのまま何も訊かずに立ち去ってくれ、と言いたいのだが惚れた女にそんな冷酷な言葉は言えない。


「だ、大丈夫だ、はあはあ」

「全然大丈夫じゃないよ。ねえ保健室、行こうよ」


 彼女がオレの手を握った。柔らかく温かい。


「ぎゅがぐはあああー!」


 女子の生肌に触れてしまった。興奮するなと言う方が無理だ。体中を走る電気。体中に走る激痛。まずい、心筋が痙攣を起こしている。このままでは心臓が停止するのも時間の問題だ。


「つ、連れて行って、くれ」


 膝がガクガクする。もはや立っていられない。彼女に向かって崩れ落ちる。受け止めてくれる彼女の両手。そのまま胸の谷間に顔を埋めてしまった。


「はふいいいー!」


 興奮が頭を突き抜けていく。莫大な電気が体を走り回っている。どうやら最期の時が近づいているようだ。不思議と痛みはなかった。発生した電気によって神経さえも麻痺しているのだろうか。それにしてもこのプニプニしたふたつの膨らみ。この感触を味わいながら逝けるのだからそれほど無様ぶざまな死に方ではないのかもしれないな。ああ、オレの体を最後の電気が走っていく……

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