第4話 good boy,bad girl 3

 翌朝。とにかく、心当たりのある場所を尋ねることにした。あの女性がいそうなところを。思い当たるところは、あることはある。

「バイクは久しぶりね」

 わたしは昨夜のうちから充電させておいたバイクのサイドカーに乗っている。

「おかげで今朝はエアコンがつけられませんでしたね」

 ハンドルを握るのは塩地だ。ヒトとアンドロイド、お揃いの銀色のヘルメットとゴーグルをつけている。

「バイクに充電しながらエアコンつけたら、ブレーカーが落ちるわ」

 医療施設の我が家は、一般家庭よりは電力の供給量が多い。しかしながら、バイクに充電しながらエアコンをつける度胸はなかった。昨夜は塩地も十日に一度の充電の日だったし。

 蒸し暑い中で出かける準備をして疲れた体に、ぬるくても風が通り抜けるサイドカーの乗り心地は悪くない。道路の補修が甘くて、ときおり車体が跳ねるのはご愛敬ってものだ。ゆえにスピードは出せない。自転車よりちょっとは早いくらいだ。

 町は空き地と廃屋が目立っていた。彗星の衝突まであと三年。人口は減り続け、空き家になると防災の観点から基本的に解体されてきた。けれど、ここ数年は解体に手が回せないのが現状。だって、解体作業をするのがほとんど高齢者なんだから、無理。ぎゃくに命取りだ。

 今さら思う。命ってなんだろう。いずれ無くなる。廃屋や空き家も放置しておいて構わないのだ。だって、三年後には宇宙の塵だ。それでも死なないうちは生きなきゃならない。

 道を行くのは、杖をついたり手押し車でゆっくり歩く老人たち。若者は、たいていがアンドロイドだ。介護や看護を始め、さっきすれちがったバイクに乗っていた郵便配達人も、角を曲がっていったバスを運転をするのも、それから列車を動かすのも……世の隅々に浸透しているのだ。

 バイクは、ささやかな市街地を抜けていく。かつての商店は、配給所へと変わり今日も暑いというのに並んでいる。配給所で支給されたクーポンで、日用品と交換するのだ。そこを過ぎると、駅近くの広場には色とりどりのテントが張られている。自由市場は、基本的に物々交換だ。

 育てた野菜や、手作りの衣服や雑貨。ネズミ避けの猫や番犬まで入手できる。今は九時を少し過ぎたくらいだけど、すでに市場はたくさんの人が集まっている。

「マスター、余分なクーポンは持ってこなかったでしょうね」

「おあいにく様。へそくりは昨日で使い果たしました。だいいち、絶対に寄る気はないでしょう」

 塩地はそれきり黙った。文字通りハンドルは握られている。市場で肉のクーポンを煙草に替えることは不可能だ。悔しい。

 市場の賑わいを横目に、さらに道をゆくと途端に田畑が広がる。と、いっても多くは長く放置されて、柳や茅といった草木が生い茂っているんだけど。

「誰も草刈りなんかしないか」

 今は草刈り奉仕してくれる高校生もいない。

 ヒトの世界は、どんどん小さくしぼんでいく。それでも生活は送らなきゃならない。終わりの日まで。

 未舗装の道をノロノロと行くと、道は左右に分かれている。もう民家は見当たらない。塩地は律義にウインカーを点滅させ右にハンドルを切って、ささやかなゲートをくぐった。木製のゲートには看板が掲げられている。

『輝き野農園』。金文字で大書きされた看板をみあげた。通称【農園】。

 ゲートをくぐったら、先ほどとは打って変わって、きちんと手入れされた農地の中に道が続いている。麦畑は麦秋を迎え、黄金色の穂を揺らしている。野菜畑には紫色の花が見える。たぶんじゃがいもの花だ。背を高くしているトウモロコシ、ビニールハウスにはトマトだろうか。

 道からは見えないが、果樹園では、りんごや葡萄が作られているのは知っている。田んぼもあったはずだ。

「すんごい広い」

「世話をするのが大変そうですね」

 確かにそうね。畑で働いている姿がちらほら見える。みんな長袖に長ズボンだ。日よけの帽子(ボンネット)をかぶているから、顔までは見えない。男女や年齢の区別はつきかねるけど、たぶんわたしとおっつかっつだろう。

「働き者ねぇ」

「マスターも畑の手入れをされるじゃないですか」

「規模が違うわ。わたしのは片手間の家庭菜園。こっちのは、れっきとした仕事だわ」

 政府管理以外の大きな農園って、そうそうないだろう。政府の農場は、住民たちの輪番で世話されている。

「たぶん、乳牛の一頭や二頭いるんじゃないの」

 堆肥の匂いを鼻がかぎつけたから。やがて緩やかな坂を上ると建物が数棟見えて来た。農作業用トラクターのガレージの隅に、トラックが一台がある。

 塩地はバイクを大きな庇のある建物の前に止めた。おそらくここが事務所だろう。ヘルメットを脱いでいると、正面の扉を開けてわたしよりは十は若そうな女性が出て来た。

「どちら様でしょうか」

 簡素な水色のブラウスに、エプロンをつけた女性は口調こそ丁寧だが、目が鋭い。明らかに警戒されている。

「三区で医師をしている、小鷹と申します」

 先に下りた塩地に手を支えてもらってバイクから下りると、わたしは女性へ挨拶をした。下げた頭をあげたら、目の前の農園関係者が三人に増えていた。

「お医者様が、何のご用ですか」

 女性たちの後ろから、白髪の男性が声をかけてきた。たぶん、ここの責任者だろう。

「人を探しに」

 わたしの言葉に、三人がかすかに眉をひそめたのを確かに見た。

 痛む腰をこぶしで軽くたたき、わたしは向こうの出方を待った。

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