第8話 あんまり、触るなよ
それから彼らは予定を確認し、次の休日に早速、友人はブロウの部屋へやってきた。
「へえっ、美人じゃないか!」
「だから、ロイドだって」
「ロイドだからだって、言ったろ」
ステファンは片目をつむった。
「どれどれ。ふうん、かなりいい出来だなあ。これたぶん、もともとは相当高いぞ。素材が量産品じゃないように見える」
「高かったよ。……おい」
「ん?」
「あんまり、触るなよ」
「ああ、すまんすまん」
ぱっとステファンは〈リズ〉の手を離した。
「ひと財産だもんな」
「まあ、そんなもん、だ」
仏頂面でブロウは返した。
そう、これは高価な花瓶にべたべた指紋を付けられたくないのと同じ。高級品だから気になるだけであって――ほかの男に触らせたくないのでは、ない。
ロイドだ。機械なのだ。
〈リズ〉は、女の子ではない。
判っていた。そのつもりだった。
「――リズ」
呼べば、彼女は顔を上げる。センサーが反応しているだけだ。彼の呼びかけを「指示の前兆」とし、その曖昧な命令――「その辺、きれいにしといて」「何か飯、作って」等々――を処理すべく、準備しているのだ。
「何でも、ない」
そんな台詞にも、リンツェロイドはエラーを返さない。量産品ならば「指示が受け取れませんでした。もう一度どうぞ」と機械音声でしつこく言ってくる。または音などで知らせてきて、きちんと「取り消し」をしないとならない。
だが、リズは違う。
合わせていた視線を落とし、黙って待機状態に戻る。
そこに、寂しそうな表情など見て取ってしまうのは、使用者の勘違い、思い込み、妄想である。
なかにはそうした表情を作るオプションも存在するが、それはやはり「機能」であって感情ではない。
判っていた。判っていたのに。
それから、更に数ヶ月。
「調子が悪い?」
「ああ、そうなんだ」
ブロウはステファンに連絡を取った。
「〈リズ〉のことだよな。どんなふうに?」
「いや、その」
こほん、と彼は咳払いをした。
「こんなふうに言ったら笑われるかもしれないけど……」
「言ってみろよ」
友人は促した。思い切って、ブロウは続けた。
「顔色が、悪い、みたいな」
笑われると思った。自分が聞いたら、笑うだろう。機械が風邪を引いたとでも?――なんて言って。
「メンテ、出してるか?」
「え?」
「量産品は年一くらいでいいらしいけどな、リンツェロイドは超精密機械だから。どっか狂っても補って動くくらいには賢いし、簡単なエラーなら自己修復して勝手に再起動するんだが、少しずつひずみが出ちまうらしい。〈キャロル〉の担当者は『疲れが溜まるみたいなもの』だとか言ってたな。メンテはリフレッシュだとさ」
「疲れが……」
ブロウはどきりとした。
彼が眠る間も、リズは起きている。「稼働している」と言うべきだろうか。フル稼働はせず、唯一の活動は充電――内部で作り出したエネルギーを内部の充電池に溜めること――程度だが、もし突然「マスター」が起きて指示をしても対応できるように、或いは何か異常事態があれば「マスター」を起こすために、ただじっとしている。
それは普通のことだ。
だがブロウは、自分は彼女をこき使っているのだろうかと、そんなふうに感じた。
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