第7話 リンツェロイドは顔だろ

 あとで考えてみれば、あれは嘘だったのかもしれない。「売れない中古のリンツェロイド」を売るために、「このままだと〈リズ〉は壊されますよ」と言って同情を引く作戦。いたいけな子猫をつきつけて「あなたが飼わないと安楽死させられますよ」と言うような脅迫に近いもので、ブロウは巧く乗せられてしまったのかもしれなかった。


 だが、購入契約書及び所有証明書にサインとIDの登録をしたときには、これでいいんだと思った。


 可哀相だと思ってしまったものは、仕方ない。


 後悔するんじゃないかとかすかに思いもしたけれど、彼は迷いを振り切って〈リズ〉を連れ帰った。




 〈リズ〉はほぼプレーンなリンツェロイドで、オプションは皆無に等しかった。トークレベルはゼロ。つまり、返事すらしないのだ。


 しかしその代わり、表情が細やかだった。ブロウはあまりリンツェロイドを知らなかったが、ステファンの〈キャロル〉より、フィリップの〈ウェンディ〉より、〈リズ〉は優しい笑顔を浮かべた。少なくともブロウにはそう思えた。


 それは、プログラムだ。ブロウを「主人マスター」とプログラムが認証したから、彼と目が合えば〈リズ〉は微笑むのだ。いや、微笑みのような表情を浮かべるべく、頬の筋肉に相当する部分を動かすのだ。それだけだ。


 ブロウは判っていた。そのつもりだった。


 けれどいつしか、彼は〈リズ〉に話しかけ、「彼女」が話を聞いてくれているような気持ちになっていった。


 ひとり暮らしのリンツェロイド・オーナーがはまりがちな罠だ。


 彼ら、いや、あれらはただ「マスター」が声を出せば、その命令を聞くために、じっと「マスター」を見て命令を理解しようとする。


 それだけだ。


 判っていた。そのつもりだった。


 だがどこかで、リズは「命令のために待機」しているのではなく、彼の愚痴を聞いてくれていると――そんなふうに。


「お前もリンツェロイドを買ったんだって?」


 〈リズ〉が彼の家にやってきてから一ヶ月くらい経っただろうか。どこからか聞きつけて、ステファンが連絡を寄越した。


「ロイドに家事をさせることを馬鹿にしてたのに、どういう心境の変化なんだ?」


 画面の向こうで、彼の友人はにやにやとしていた。


「いや、馬鹿にしてた訳じゃないさ」


 真顔を作って、ブロウは返事をした。


「ただ、俺でもできることを機械にやらせるなんて馬鹿らしいとは思ってたけど」


「同じじゃないか」


 ステファンは笑った。


「どこの製品だ? ダイレクト?」


「まさか」


 ブロウはステファンがからかっているのだと思った。


「〈クレイフィザ〉っていう小さな工房さ」


「ふうん。聞いたことないな」


「個人店だよ。それも、たまたま入っただけで」


「そこで即断した?」


「たまたま出戻った、中古品があって」


 言い訳するようにブロウは説明した。


「へえ、中古品か」


「そうじゃなきゃ買えるもんか。俺はお前と違って、薄給なんだから」


「まあまあ、そう言うなよ」


 ステファンはにやにやしっぱなしだった。


「中古でも欲しいと思うなんて。よっぽど美女なんだな?」


「ば、馬鹿言うな。ロイドじゃないか」


「ロイドだからこそ、さ。人間は顔じゃないが、リンツェロイドは顔だろ」


 あっさりとステファンは言った。


「いまからそこに呼んで、見せてくれよ。あ、やっぱり、いい。近いうちに、〈キャロル〉を連れて行く」


「トーク機能はないから、ロイド同士で喋らせるなんて真似はできないぞ」


「何だ。つまらん」


 ステファンは鼻を鳴らした。


「それじゃ〈キャロル〉は連れなくてもいいが、お前のロイドは見に行くぞ。名前は?」


「……リズ」


「ふうん」


 リズか、と友人は繰り返した。ブロウはふと、ステファンにダイアナの話をしたときのことを思い出した。やっぱり彼はこんなふうにダイアナの名前を繰り返したものだ。


 まるで、友人に新しい恋人を紹介したような。


 ブロウは一瞬だけそんな錯覚に陥っては、すぐさま打ち消した。




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